家族のブログを始めますよ

詩音さんの高校も、間近です。

真凪さんが中学校に入ります。

紗代実さんも、いろいろな事を学んでいます。

 

さて、ネットの使い方をいろいろ制限していますが、

理由が合っての事です。

・その理由を学んで貰う事

・ネットの良い利用方法を学んで貰う事

事を目的として、

・家族の共通の日記(ブログ)

を始めます。

 

 

・雅治

 

 

2014年に向けて

☆はじめに

毎年、年初、
前年の反省と、新年の抱負を、年賀状代わりに紹介しております。

出来事の感想は、私の率直な思いを記してあります。

中には、世論の意向と反する表現もあるかもしれません。

また、特定の個人を名指し、もしくは推測可能な記載もありますが、
特別な意図を含ませているわけはありません。

2013年に直面した事実に対し、
賛否・喜怒哀楽を、一杯詰め込んでおります。

お楽しみ下さい。

なお、認証された方だけが閲覧できるホームページとなっております。

第3者への転送や開示は、一切、おやめ下さい。


☆2013年、89点

2013年のキーワードは、
・尻拭き
・再会

と、定めた。

・尻拭き

手を出してきたことの整理をしたいという事だ。

まず、
「NPO法人エンジョイターミナル」
これの、法人格の取り下げ、任意団体化の作業。

設立のきっかけは、NPO法人設立ブームの中、
以前に手がけた美術番組のつながりを
別の形で可視化する事が目的だった。

作家の紹介や作品の紹介のみならず、
展覧会の開催や、支援などを目的として、
美術家・芸術家、そして支援者で設立した。

☆別途、エンジョイターミナルの軌跡

しばらくは、小さな事を積み重ね、
補助金の受給などを受けながら、活動を続けていた。

しかし、時が経てば、人の立場も、心にも変化が出てきて、
活動の一貫性は薄くなり、やがて停止状態になる。

もちろん、関係悪化とかトラブルがあったわけではない。

単純に、ネタ切れとハタフリ役の欠如かな。

NPO法人は、都道府県の知事認証によって設立されるため、
取り下げも、同様に、行政手続きが必要である。

まずは、
・理事会の開催
・全員総会の開催
・解散の決議
・清算人の選任となる。

諸事情あって、遅れ気味だったが、
11月初旬に、およその準備が整い、
法務局へ登記申請、そして大分県担当窓口に申請。

いまは、縦覧期間という狭間で、2014年1月に
すべての手続きが終了の予定である。

・愛用のBMW525Bの引っ越し

2012年3月に、ナンバーを返納以後、
市内の山奥、森の中に保管していた。

見方を変えれば朽ちていく放置車両の様な状態。

これを救出し、親族所有の住宅地に移動した。

同じく、カミサンのBMWも移動したため、
夫婦車両として、ならんで過ごしている。

車夫婦と人間夫婦

いずれ、
この4個体が1つづつ無くなっていくんだろうなぁ。

なんて、思ったりして.....。

・再会

長年、お会いしてない方がいる。

この目標を立てた時に、
一番に顔を浮かべた人は、会えてない。

でも、「お久しぶりの顔」を更新できた人は居る。

率直な感想として、
男性の方が、フケ感が大きいかナー。

・その他

ワインを飲むと宣言していた。

思い立って、セラーを開くが、結局悩む。

と言うのが、家族のバースデービンテージが多く、
「自分の一存で開けるべき?」と思案。

それでも、五大シャトーの1つを賞味。

当然、イオンのPETボトルワインとは違う。

でも、流通価格の価値は、私には判らないまま。

さて、
結果の、89点は、昨年の71点より大きく伸ばした。

目標に関する達成も、100%では無いにしろ、
まずまずの手応えで終わった。

また、日々の任務の中で、
新たな出会いや、関係性、そして得た物の大きさからすると、
「平穏な一年」ではなく
「充実の一年」だったと思う。

なので、12月を迎え、一年を思い起こしたとき、
自分の中に積み重なった経験や思考の価値は大きい。

なので、
総合点としては、89点としたい。

2013年は、 46歳になった。

でも、
「日の出を制する」には、未だ至らず・・・・・


☆スナックで焼酎

2013年は、外飲みが、少なかった。

減少傾向は、取引先との関係萎縮と、
交友関係の疎遠かな。

ただ、それは関係悪化ではなく、
「酒を飲む」という面談が少なくなった。

実際の所、ホテルのランチなどが多い。

かと言って、まったく外飲みがゼロではなく、
誰かと歓談するための機会があった。

自分主導の会であれば、

・食事ができるところ
・マイルス

というコースが標準だ。

歌う事もしないし、
おねえちゃんとの会話も求めていない。

なので、飯食って、イイ酒を飲む。

歓談は、あなたととことん楽しむ、わけ。

だが、
誰かの主催であると、その嗜好に沿う。

スナックのはしごになる。

ぜひ、紹介したい女の子がいる。
と言われ、いくつかの店を渡り歩く。

あるいは、意中の店が満員だと、
その待ち時間のために、別の店に座る。

そのたび、数千円づつ放出されていく。

で、思ったのだが

ハウスボトル、
あるいは、キープボトルが、
なぜか、焼酎になってしまっている。

わたしゃ、焼酎飲まんのだけどねー。

いった先々で、焼酎が出てくる。

なんで、そんなことになったのかしらね?


☆首からさげる除菌 って?!

おいおい、またー、マジですかぁ?

本当に除菌効果があるなら
口の中や、鼻の中の善玉菌を死滅させるだろう?

選択的な効能薬剤なのかねー?

それにしても、胸の位置でケースに入った袋から
放散される蒸気で、人体の周囲1mに薬効があるって、
無風室内でも疑わしいのに・・・・・

まあ、面白グッズ的なノリなんだろうけど、

大きなホームセンターの入り口に、
ばばーんと大量展示にビデオ解説までつけて、
販売者責任は、大丈夫なのかしら。

きっと、信じて買う人いるだろ。

それと、PM25の便乗商売も、いかがなものか。

おおきく、PM25とPOPされた下に、
ごく普通の紙マスクの山積み。

でも、商品に「高性能ではない」って書いてあるし。

そんな商売するような会社じゃないと思うんだが……。

いつしか、レジ精算のアレ、
「キャィーン…..」って悲鳴声に変わっていくのかしら?


☆通信ガジェットの整理

携帯電話を使う事が多い。

現在、固定電話は、FAXのみ。

電話番号は「教えない」主義である。

カレーワゴンは、
引き合いの連絡があるのでは?

という事もあるのだが、
電話が掛かってくるのは、
こちらに売りつけてくる営業ばかり。

移動屋というホームページを設置してから、
電話での問い合わせは、狙い通り減った。

もちろん、開業当初の2006年に作った印刷物には
携帯電話の記載があるが、今から作るモノには載せてない。

移動屋ホームページからの問い合わせは、
自然淘汰的に、メール問い合わせになる。

メール問い合わせになれば、
ある一定のコミュニケーション能力が必要な為、
先方の意向がある程度、まとめた結果で問い合わせが到着する。

これが、電話の頃は、
「ともかく、さぐりの意味で電話した」
という、直感型の人が多かったと感じる。

その対応のために、長時間の電話は苦痛だ。

さらに、私の携帯着信はすごい高額設定なので、
かけてくる方には気の毒でアル。

さて、そんな風に固定電話脱却の現在、
携帯電話の利用率は高く、使い勝手も重視する。

結果して、ガラケー時代は、
SONYでつないできたが、
スマートフォンでは、iPhone以外の選択肢は見当たらない。

だが、ともかく維持費用がかかるのなんの。

ガラケー時代に比べ、パケ代の従量による乱高下は無いが、
高位に維持された価格設定には、ため息が出る。

そんな中、
機種代金や維持費を安く抑えることを呼び水にした
MNP契約の安売りが、2013年は目立った。

特に、(ウワサされている)卸価格から判断して、
iPhoneの実質割引は不可能だとされていたが、
auが、支払総額で、あっさりと廉価をだした。

それに、販売店が独自に、割引の調整を行い、
機種台ゼロ円・維持費は廉価コースという組み合わせで、
単に、iPhoneを通話のみに使うのであれば、
月額3円で維持することが可能なパターンが登場した。

6万円程度の機種台を、月額通信費から相殺割り引きを行い、
なおかつ、MNPによる移転で、月額費も安く抑える。

これらの支払いプラン組み合わせで、
月額費より、割引費の方が上回り、
総額としては、マイナスになる事も。

ただし、マイナスは無く、毎月ゼロ円。

法律上契約者に科せられた、ユニバーサル料の3円のみ。

私は、それで、iPhone5の白を手に入れ、
原稿主力機のバックアップ用に確保している。

現在でも、ゼロ円iPhoneは、見かけるが、
有料オプションの契約や、2台目携帯の契約など、
しばりが増えて、ややこしくなっている。

1月中旬で、利用がなくなる番号があるので、
それをMNPして、ゼロ3円5sでも狙ってみるか。


☆誤表示

ホテルの飲食店や、高級食材を使ったテイクアウト商品に
表示と違う食材が使われていたと、話題になった。

エビで言うと、
ブラックタイガー使っているのに、車海老として表示。

何度か開かれた記者会見では、
謝罪をしつつも、
「謝って表示(カタログ作成)をした」と言う。

あのねー、
「そんなわけねーじゃん」

明らかに値段が違うし、味も違う。

突っ込んで言うなら、
仕込みも、調理法も変えねばならない。

調理法を変えるとなれば、それに関わる素材がすべて変更。

単に、
・提供分量を間引きました、とか
・切り方を変えて大きく見せました、とか
・皿の下に、もやしをひいて高さを出しました
なんて、簡単な事じゃ無い。

本当に、「誰かが誤って」事が進んだのなら、
料理長は、自分の命というべきレシピとプライドを
地に落として、踏みにじられたに等しい。

良い素材を扱える事で、ワクワクしただろうに。

でも、
知らない間に、変えて客に出されたってワケじゃ無い。

人の責任じゃないでしょ、アンタの問題ですよ、これ。

謝罪の弁には、おきまりの
「景気が悪く、コスト意識が過剰になった」とある。

コスト意識は、景気がよくてもあるわけで、
売り上げ不振は、競争力の問題。

ブラックタイガーで、1万円のコースを作れば良かろうに。

きっと、アンタなら出来るよ。

これだけ、誤表示(疑念表示)が騒がれても
回転寿司の話題は出てこない所を見ると、
現在、飲食業界で、まともにCM出稿しているの
回転寿司か、テイクアウト屋だけだもんなー。

あるいは、マクドナルドみたいに、
商品の素材由来に触れない展開をせねば。


☆ペット連れ

ペットとっても、様々。

さて、イベント会場に居る事が多い私。

行った先で気になること、ペット連れ来場者。

その取扱いの個性から、ネコ連れは、見た事が無い。

主催者の趣味で、鷹・フクロウ連れはアルな。

ずばり、問題は、ワンコ連れだ。

それも、小型犬に服着せる派。

さらに言うと、ワンコをペットと呼ぶと怒る人。

いま居る会場は、主催者の意向で、
動物の同伴は原則禁止としている。
※介護用・盲動用は別

入り口で、その指摘を受けるワンコ連れは多い。

この場は、通年、広い芝生で、
行政施設だが、開放されてることが多い。

なので、近所の方が、毎日の散歩コースに
この広場を通過することはあるだろう。

だが、今日現在は、
主催者が、地権者から運用方針を含め全面借り受けている。

よって、主催者のルールをお願いする事は
大きく間違っていないと感じる。

ほとんどの人が、係の説明を受けて、迂回する。

だが、前述の特別な意識の方々は、
強行に入場するか、制止が聞こえないかのように振る舞う。

会場内には、私たち飲食提供を楽しむ、
テーブルを設置してある。

して、そこを陣取る。

一見、小型犬であり、
他の来場者に凶暴な行動を起こすことはないだろう。

だが、狂行は飼い主。

ワンコに、食べ物を与える。

それも、テーブルの上に出し、
テーブルの上に、ワンコを乗せての提供。

これはイカンだろうに。

あんたの自宅なら、好きにしてくれて良いが、
ここは不特定多数の行き交う場。

私が、関与する教育施設の運動会は、
「動物の持ち込み禁止」である。

運動会や発表会は、園児だけで無く、
保護者や近親者など、不特定多数の行き交う場。

動物に対する嫌悪感とは別に、
「動物アレルギー」を懸念しての事。

きっと、狂行の主は、
「うちの子は予防接種して、シャンプートリミングしてます」
と、溺愛ぶりを述べるだろう。

おいおい、アレルギーは、そういう事じゃないって。

不特定多数の行き交う場で子供(人間)を騒がせ、
知らん顔のバカ親もいるわけだから、
ワンコ主も、そういう人もいるだろうけど。

アルレギーって、死人がでるのよ!

そんな、ワンコ一家のワガママっぷりからすると、

昨今の嫌煙者の強行ブリと、
喫煙者の従順ブリは、感心する。

閉鎖会場じゃないから、今回は無いのだが、
屋内会場なら、


☆つなひいちゃった

2011年秋口

大分市内を中心に、ロケが行われた
「映画:つなひいちゃった」が2012年に公開された。

そのロケに、エキストラ参加した話は、下記。

結局、劇場にはいかず、見てなかった。

そのうち、Wowowでアルだろうと思っていた。

2013年、DVDが発売となった。

ところが、長女が
「進撃の巨人」をレンタルするからと、
Geo会員になったので、映画をレンタル。

自宅観覧で、つなひいちゃったを見た。

私の登場シーンは、

・ペットショップ前の通行人
・別府競輪の客
・竹町商店街の通行人
・決勝会場の通行人
・決勝戦会場の応援人

かな。

なるほど、けっこう、使われてて、驚き。

また、
竹中中学校を、
カミサンと総力を挙げてアテンドした結果、
エンドロールに入れてくれていた。

よかった。

それ以後、出演依頼は無いようだ。
あるいは、事務所が、脚本を選んでいるのかも知れない。

俳優業専念は、しばらく先のもよう。


☆2014年のキーワード

今年、2014年のキーワードは、

・仕留める

としたい。

いろんな意味に取れる。

まず、
#自分の決めた事や任務を完了させる

組織に所属せず、自営業を続けていると、
自分の立ち位置を正確に把握するのが難しくなる。

叱責も無ければ、賞賛もない。

自己分析と、自己評価、
そして自己満足の中で、回していく。

陥りがちなのが、相対評価による判断。

絶対位置が大好きな私。

学校のテストでいう
「平均点より10点上だから良い」とか、
周囲との相対位置による判断は、ピンと来ないわけだ。

「みんな調子悪かったしね、このくらいでイイでしょ」
なんて事は、ナシにしたい。

自分の目標が、100点なら、それを目指す。

だって、プロの仕事で100点以外、NGでしょ。

#1つ1つ終わらせる

加齢による思考速度の低下で、
多少は緩和されたモノの、

すぐ、目に入った隣の面白い事に飛びつく私。

結局、なにも集中出来ず、仕上げもせず、散乱。

また、「後でやろう」と思っていても、
後では、すっかり忘れてしまって、放置に至る。

例えば、
帰宅後、「後で片付ける」と荷物を玄関に散乱し、
それを忘れ、別の事を始める。

大荷物を運びたいのに、玄関がふさがっている。

さっき、やっとけばスムーズなのに。

この先、加齢進化は止まらないのだろうから、

「1つ1つ、やっていく」習慣をつけねば、って事。

#その他

数年続けている、いくつかの次世代事業を、
そろそろ、本格化して取り組みたい。

2014年は、ゼロ点を基準に、プラマイを推移し、
マイナス時期も、キチンと見込んだ計画の中で、
大晦日に、ちょいプラスで、終わりたいと思ってる。

大型犬と暮らすのは、まだ先だな。

2013年に向けて

☆はじめに

毎年、年初、
前年の反省と、新年の抱負を、年賀状代わりに紹介しております。

出来事の感想は、私の率直な思いを記してあります。

中には、世論の意向と反する表現もあるかもしれません。

また、特定の個人を名指し、もしくは推測可能な記載もありますが、
特別な意図を含ませているわけはありません。

2012年に直面した事実に対し、
賛否・喜怒哀楽を、一杯詰め込んでおります。

お楽しみ下さい。

なお、認証された方だけが閲覧できるホームページとなっております。

第3者への転送や開示は、一切、おやめ下さい。

 

☆2012年 71点

2012年のキーワードは、

・取捨選択
・研磨

と、定めた。

さて、結果。

・取捨選択

身の回りのモノ、アレコレ、
大胆に捨てる予定で望んだのだが、

結果、大きな変化は見られず。

宣言では、未使用パソコンの整理や、
コミュニケーションの整理を掲げていた。

実際のところ、
それらをばっさりとは行かなかったモノの、

例えば、長年貯めてきた、IDEのフラットケーブルや、
4GのSCSIハードディスク・10BASEのLANカード、
TEL用モジュラージャックケーブルは、大きく整理を果たした。

VAIO55やシグマリオンも、整理の対象にはあるのだが、
昨今、捨てるには廃棄費用も掛かる事もあり、
廃業者との協議で、まとめて捨てるとお得とのこと。

もすこし貯めてからにしようと、
期を逃したわけである。

使い物にならないブツは、廃棄で良いのであるが、
未開封品や、在庫品などは、
必要な人に使ってもらうという事も推進した。

なかなか機会がなかったネットオークションへの出品も、2012年の新ネタ。

あまり期待はしてなかったんだけど、
BOSEの純正スピーカー台座が、
定価の約50%程度の価格で売り切った。

その他、オークションの場に
いくつか掲載をしてあるが、今のところ反応無し。

実は、それに味を占め、

動作確認をして整備をすれば、
「売れるのでは?」と、思った故、
むやみに捨てるより、オークション出品がよいと判断。

つまり、廃棄予定だった旧来の機器は、
オークションへの掲載を待つため、

「そのうち整備をして出品準備」
というタイムスケジュールに移動したわけ。

つまり、
「いずれ廃棄」の前に「販売の可能性検討」と言うアクションが、
増えただけで、もうしばらくは私の傍らに居る事に。

「コミュニケーションの整理」について

交友範囲の整理をしようと思っていた。

わかりやすい要件の1つを挙げると、

接点のあった事業所が法的判断後、再スタートをしたが、
その旧体制と、新体制は、内容が異なってきたため、
新体制とは、こちらの意図と無関係に線引きができたと感じている。

自ずと、その変遷によって接点が消滅した個人もいるが、
この先、必要なら再度、線がつながるだろうし、
このまま、再開すること無く終えたとしても、
特段、問題はないと感じている。

「コミュニケーションの整理」対象の中には、
ネット系の活動が含まれる。

ブログの閉鎖やSNSの退会も1つである。

これは、いくつか整理をした。

livedoor ・ココログでやっていた
プライベートブログは、やめた。

SNSについては、
・Mixi
・Facebook
・Twitter
が対象である。

どのサービスも、
ビジネスのにおいが強くなってきており、
日頃の興味情報の収集や暇つぶしで利用する程度の事に、
個人情報の登録や2次利用への同意というリスクは大きく、
バランスを崩し始めてきたな、なんて感じている。

移動屋の広報手段としては、
リスクバランスも調整可能だが、

私生活をさらしてまで必要なコミュニケーションは、
そこには無い。

よって、SNSも、2013年の整理対象である。

余談ながら、
iPhoneアプリのビジネスっぷりも、
ちょっとめんどくさい水域にきたのは、
もうちょっと傍観かな。

・研磨

取捨選択ののち、残ったモノを大切にするという宣言。

2012年、特に新分野に手を出した事はないが、
カレーワゴンのメニューに「からあげ」を本格採用。

2011年のアフリカンサファリ出店の惨敗を反省して、
商品構成を考えた末の、製品化と販売本格化。

結果として、大好評であった。

試作や自宅用を販売用にするには、
手順や材料を1から見直すくらいの事になる。

これは、研磨と呼ぶに等しい作業。

もちろん、その結果、原価や出来上がりの意匠も、
お金を頂くに遜色の無いものにはなるわけだが、
マイナーチェンジは、日々、取り組んでいる。

もう1つ、昨年のダイビング&EFR取得に関連して、
今年は、WFAを受講した。

救命救急は、当面の間、
私の生活の中で、重要な研磨対象となるだろう。

さて、
結果の、71点は、昨年の80点より大きく低下した。

理由は、いま、私自身が抱いている達成感に依る。

忙しくもしていたし、気がかりな事を片付けられ、
懸案のいくつかを処理し終えるなど、充実の一年ではあったが、
整理を宣言した故、新規分野への着手を控える一年だった。

そのため、ステップアップ感や前進感に乏しい。

そんな穴が、心に空いたままでは、
高評価を下すわけにも行かず、

総合点としては、71点としたい。

2012年は、
人生90歳だとすると、半分の45歳になった。

でも、
「日の出を制する」には、未だ至らず・・・・・

 

☆華道

2012年1月6〜8日

大分市能楽堂で行われた
文化イベント「異風同心」

===
モダンダンス
後藤智江

チェロ
白沢史子(白沢あいり)

華道 「南宗瓶華」
湯浅法子

この3人のコラボレーション。
===

この舞台イベントの手伝いに参加した。

私は、
後藤智江モダンダンススタジオ
衣装部・装置部 「永田組」の構成員である。

もう25年にもなるが、大きな興行時にはお呼びが掛かる。

これまで、
別種のダンス(クラッシック・フラメンコ)とのコラボはあったが、
チェロや華道のライブコラボは、私の関わった舞台では記憶に無い。

今回、中でも、華道の湯浅先生のお手伝いする時間比率が大きく、
湯浅先生のお仕事を間近で拝見するチャンスも多かった。

華道といえば、「池坊」とか「小原流」とか、
「お気楽OLが暇つぶしお稽古にする分野」くらいしか、
私は思っていなかったのだが、

湯浅先生が歩んでいらっしゃる「南宗瓶華」は、
単語自体、初耳だった。

※写真は、能楽堂エントランスに飾られた作品。

湯浅先生の話によると、

「南宗瓶華」は、
自然にあるがままのものを使い再現する
とのこと。

よって、表現に使用される素材は、
私の感覚で言う「花屋の花」のみならず、

枯れ木や、苔、野菜・果物もあり、
場合によっては、植物以外の物も用いるんだとか。

今回、会場内に、いくつもの湯浅作品が展示され、
公演では、ライブで生け込みを披露された。

キレイな花に交じって、
枯れ木とか、雑草みたい感じの素材を、
ごちゃごちゃと並べていく。

キレイな花を、キレイに並べていくのが
美しい作品の作り方と思っていた、私。

しかし、湯浅先生の手元では、
ごちゃごちゃが、いつの間にか命を抱き、
奥深い大地の中で、目を引く光がちりばめられて、
ある世界観が作り出されていく。

そこにある花が綺麗なのは、
無骨な大地に居てこそ、映えるのであって、
その花だけに注目しても、感動は少ないかもしれない。

湯浅先生の作品は、地球をそのままもってきた、って感じ。

これまで、見てきた他流派?の華道作品は、
「わぁー」と言う感動を抱いたが、

湯浅先生の作品には、
「おぉ!」と言う力強さを感じる。

よい体験になった。

ちなみに、湯浅先生は、

「2008北海道洞爺湖サミット」で
エントランスに飾られる生け花を担当されたとか。

話は、飛ぶが、

写真の黄色い物体

仏手柑(ぶっしゅかん)、と言う。

手のような形をしているが
「食べられるミカン」だ。

現物を初めて見た。

漫画:レモンハート
で、マスターとまっちゃんが、議論する中に登場する。

ミカンか、バナナか、と言う話。

そんな、余談でした。

で、華道。

料理人は、華道を学ぶべきだと、言われている。

色や配置やバランス感覚など、
料理の盛り付けに通じる所があり、
著名な料理人は、華道の修練を積んでいる事が多いらしい。

そんなワケで、華道に興味もあるのだが、
私は、華道そのものの活動が納得いかない。

俳人:滝野瓢水(たきの・ひょうすい)の句
「手にとらで矢張野に置け蓮華草」
に賛同する私。

病床の友人に、季節感を味わってもらおうと、
切り花を手にしたこともあるけども、

そこに居てこそ、その花、その命。

と思っている。

だから、私自身、そうやって生きてます。

 

☆学校について、あれこれ

今年から、学校ネタに、中学校ネタが増えた。

中学校でも、さまざまな矛盾点を目耳にした。

経緯は省略するが、
長女は、居住校区にある中学に進まず、
隣接校に通うことになった。

本来、通うはずの中学校は目視できる距離であるが、
実際に通う中学校は、
これまで通った小学校より、もうちょっと先になる。

私の距離感からすると、
この通学距離は同じ生徒の中でも、
極端に遠いわけでも無く、
普通に通学するのだと別に気にしてなかった。

だが、バスで通う事が浮上して、あれこれ問題発覚。

問題は、帰りのバスについて。

授業が終わって、自宅に向けた路線がある停留所は、
学校から、離れた場所にある。

また、帰宅時間帯は、市街地の交通量によって、
バスの運行に遅れが発生する事も多い。

例えば、一般的に、バスの利用者は、
停留所に到着して、どういう行動をするか?

定期に運行されているかを気にして、
待ち客の状況や周囲の空気を感じ、
まず、時刻表と時計を見比べるだろう。

だが、中学校には、
時計をもって行ってはいけないのである。

時間によって運行されている定期バスを利用する事を
通学手段として許可しているにも関わらず、
「時刻を知る手段」を禁じられている。

もちろんの事、携帯電話も禁止だ。

小学校までは、届け出によって、携帯電話所持の特例があったが、
中学校では、傷病疾患などの重篤事例でないかぎりNGだという。

「父親が精神疾患で傾斜思想を持っている重篤事例」
というネタでは、ムリっぽいらしい。

さっそく、戦闘準備を施した私だが、

学校は、子供を人質に捕っているような状態なので、
日々の生活や、高校受験に対する評価記載などで、
万一、仕返しがされるとすれば、傷つくのは通学者本人。

まるで、核の抑止力のような感じで、
1学期2学期は様子をみた。

さて、この先、どうなるか。

でも、通学かばんに、
ミッキーのぬいぐるみは、OKなんだって。

なんてフシギな校則なんだろう…..。

あ、じゃあ、ぬいぐるみの中に、
装置を仕込めばいいわけだ。

さて、小学校。

学校で行われる、
二分の一成人式は、2年前に驚いたが、
まあ今年も、次女に実施。

それと同じく、6年生は、保護者に対して、
「感謝の集い」を行ってくれた。

参加した私の受け止め方からすると、
卒業式でやってた企画モノを取り出し
単独興行?にしたってところ。

つまり、歌とか、思い出の叫びあい、など。

よって、卒業式は、それなりに別企画を詰め込む。

さて、
「感謝の集い」は、卒業式より前に行われた。

生徒も親も、服装がPTAのノリな軽装であるだけで、
まるで卒業式のような式典感覚で進行する。

その中、演目の後半、感謝の気持ちを込めた歌があり、
6年生全員が、親と対面して立ち、歌う。

この歌、感謝場面で流行ってるのか、
この行事の数日前に、二分の一成人式で聞いた。

6年生ともなると、歌唱の精度があがるのか、
コーラスもキレイに揃っている。

でも、なんだか、違和感がある。
体育館に響き渡る声質が、校歌斉唱と異なっているのだ。

また、あまりにも譜面通りの音取りで、ライブ感がない。

ふむ・・・・

式典終了の挨拶を、PTA代表の、ある母親が述べる。

この母も、6年生・4年生を同時に持つ親なのだろう、
二分の一成人式で聞いたと語る。

そして、
「さすが6年生、4年生とは歌の素晴らしさが違っていた」
と言うような讃辞を述べた。

さて、本当であれば、私も素晴らしいね、と感じ、
その夜、帰宅した長女に、その旨、問う。

すると、
「あーあれ、CD」

え!、なんだって?

聞く所によると、
6年生がマジメに歌わないので演目が成立しなくなった。

そこで、教師がとった手段が、
「どこかの合唱団が歌ったCDを流す」事だった。

私にとっては、驚き以外、なにものでもない。

大人数アイドルグループが、そうだとしても、
それはビジネス上の演出の話であって、
教育の場では、許されないだろう?

小学校を巣立つ6年生に対して、

教師が送った、最後の教訓は、
「ズルしてもOK」という事だった。

教師は、なにを目的に、ズルする事を選択したんだろう?

給食について疑問も尽きない

配られた給食を残してはいけないらしい。

体格差や嗜好、体調もあるだろうに、
残すのは、NGらしい。

「お皿に取ったモノは残さないように」と言うわけ。

そりゃ、確かにそうだ。

バイキング料理の重要なマナーである。

しかし給食はバイキング形式ではない。

食べる側の意思と無関係に配膳された分量であり、
拒否権も認められず、残すと批難される。

どういうこと?

家庭訪問時、担任に厳しく質問する予定。
※ちょっと担任も可哀想な気もするけど。

もう1点、私自身、未だ正答できない事がある。

「口に合わないモノを食べねばならぬのか?」

どうなんだろう?

「口に合わないモノを食べない」

のは、生き残る為に備わった防御機能である。

変質したモノ・まずいモノ・くさいモノは、避ける。
特に子供は、苦みや辛みについて、敏感である。

学校給食で、変質物が出てくる事は考えにくいが、
「口にあわない」事は、あるだろう。

それを拒否した場合、
通知表の「給食」の項目で、評価が下がる。

望んでも無いマズイものを食べさせられ、
苦痛を感じているのに、それが悪だと低評価される。

どうして?

「スキキライの矯正」だと言う意見だが、
スキキライは、あって当然と思う。

一方、「作った人への感謝」という理論がある。

それは、もちろん、そうだろう。

だが、その作ったモノに対して、
食べる側が、コメントする手段を断じられており、
出た物を受け入れざるを得ない状態である。

機会があれば、この問題は、追求していく。

給食問題の為に、市議か県議に立候補するか・・・・。

きっと、利権者から、徹底攻撃受けるだろうな。

ははは

毎年、夏休み前に、
旬の物として、購買案内があった。

それは、私の時代も、今も利権に変わりは無し。

「肝油ドロップ」

固形の砂糖に包まれた、
ちょいと酸っぱい、アレである。

写真の様に、
その構成素材は、ほとんどが菓子である。

また、本来の肝油自体の効能についても、
戦後、栄養不足の救世主?だとして、
広く普及をしたまま、
その効能の検証や新たな研究結果も見当たらない。

逆に、効能を疑問視する記載はいくつか見かける。

さらに言うなら、過剰摂取によって、
中毒症状もあるとのこと。

でも、心配無用。

学校で販売されている商品には、
肝油なんて入ってないから。

ははは

それでも、今だに小学校で、斡旋販売をやっている所をみると、
よほど、業者と学校に、おいしい話なんだろうな、
なんて、思うわけ。

考えてみる・・・・

300粒入り、2500円

原価、500円として、1000円づつ折半。

500人が買うとしたら、50万円か。

なるほど、大きい収入だな。

利権を守る気持ちがわからんでもない。

 

☆古いスコッチ

4月の終わり頃、所用で東京方面に。

夜、飲食を共にした方々から、
「何か希望は?」と問われたので、

「大分では体験しがたい飲食」とお願いした。

と言うのが、私は大分の住人。

食い物に関しては、日頃から良い体験に包まれており、
わざわざ、東京で食べたいモノなどない。

行列出来るラーメンなんかも、どうでもいい。

ミシュラン星の店も、確かに大分にはないけど、
観光地的な話なわけで、感動もフォーマット的に終わる。

そんな私の希望で行き着いたのが、とあるバー。

そこで案内されたのが、銀座 Bar Dolphy。

いろんな種類の酒があるというので、
オススメをいくつか出してもらい、楽しんだ。

私の何気ない
「この店で、一番古いボトルは?」との問いに
これが出てきて

「飲みますか、開けましょう」と、
開栓してもらった。

ちなみに、このお店に入荷されて、
9年間、未開封だったボトルらしいのだけど、
まさか、この日、開ける事になろうとは。

コルクは、切れてしまって、ナイフで少しづつ取り除き、
80数年ぶりに、外に出てきた、ソレ。

さて、Black&Whiteの通常版?が
どのような感じなのか知らないので、
なんともな話なんだけど…….。

写真のモノについては、
注ぎ分けてもらう時のビン口から漂う香りから
すでに魅力的。

少し大きめのグラスを鼻先に運ぶと、
単にアルコールの放香だけでない
なにかが浮かんできている。

手の中でじょじょに温められたグラスからは、
さらに開いていく様を感じ、
一口を含むと、口のなかの隅々にまで、
香りと味わいが広がってくるくる。

とはいえ、スコッチなので、
ストレートでガツンという感じは、正直な感想。

そこで、バースプーンに1杯程度の加水をしたところ、
さらにひらき、花の香りが飛び出して!!

加水(薄まったはず?)なのに、味わいも、力強さを増して、
うむむ!どわ!、ってところかな?

他にも、
「1950年のジン」
とか、
「30年前に出荷された、バランタイン17年」
とか、

味わった次第。

東京の魅力って、「膨大な選択肢」なのかなー。

在庫力って事なのかしら?

「大分では体験しがたい飲食」は、大成功だったわけですな。

 

☆ガンって

乳がんについて

2008年に歯科インプラントを施術し、
当初から、ずっと口腔管理を指導して頂いていた
歯科衛生士さんが、乳がんのため退職なさった。

当然のことながら、業界の牽引者であり、
大分代表チームとして海外研修に行き、
最先端の口腔管理を学ぶなど、
頂点であり先頭を走り続けていた最中のこと。

私のずっと不自由だった奥歯の欠損が、
インプラントによってQOL向上を見せたが、

それ以上に、同衛生士さんの指導による
口腔管理の徹底が、「人生を変える」ほど、
口に関するストレスを払拭してくれた。

私にとって、
命の恩人といっても過言では無い。

その方が、これから乳がんと闘うらしい。

他の衛生士さんに引き継ぎの前をして、
最後の担当回には、すでに切除済みとのことだった。

順調ではあるものの、それに立ち向かうため、
筋トレなど、「備え」をするために、
一度、現役を離れるという。

わたしとしては、
そんな「プロの資質」を眠らせるのは
もったいないと思った。

その問いには、
「後進を育てることや、講演などを通じて、
これまでと違う方法で、口の健康を訴えていく」
との事だった。

歯ブラシを見る度に、この衛生士さんを思いだし、
磨き残しや、面倒くさ磨きを、悔い改めている。

私の経験の中で、ガン闘病は、
良い結果を見た事がないので、
その名を聞くだけで、身が凍る。

必ず、再開し、指導頂いた口腔管理を
私が実施出来ていることを見せて上げたいと願っている。

 

☆原発問題

2011年の東北震災

人類史上でも、
最悪と称されるに値する事だったと思う。

1年以上が過ぎて、

九州のこの地では、その現実感は薄い。

福島の原発では、
日本に投下された原爆と比べものにならないほどの
放射性物質が、飛散効果の高い位置に、
いまも燃料棒の状態で存在している。

私が、IT系の講義をする際に、
「前提条件の欠如」という項目を述べる場合がある。

システム構築の際に、必要な要素として、

・課題点を解決する手続きの検討

を、行うのだが、
その実施には、暗に前提条件が存在する。

その処理を行うのには、
・社員の協力
が前提なのに、

実は、経営者や上司が、社員から嫌われて、
満足な運営ができてない会社だったりする。

そんな事を生業にしている私なので、
目に見えない部分の課題に、
特に目が行ってしまう、

福島では不休の体制で、
復旧対処が進められているとの事だし、
国家の公式のコメントでは
「安心して良い」的な情報しかない。

もちろん、対策を進めているのは事実だろう。

しかし、それは、
暗に存在する前提条件があると思われる。

例えば、

・作業完了まで次の地震・津波は発生しない
・テロリストの攻撃はありえない

など。

そんなこと言ってたら、
進むものも進まないのかなぁ。

見えない振りをして、無理に事を進め、
準備をしていなかった前提条件の崩壊で、
作業が失敗に終わることもあるだろう。

そうなったらそうなったで、
「ほれ言わんこっちゃない」的にほくそ笑む
陽の当たらない研究者のドヤ顔も、どうかとは思うが。

原発の廃止が叫ばれている。

まあ、風の流れとしては、そうかもしれない。

でも、私は、完全廃絶に対して「反対」である。

もちろん、今の技術レベルや監視体制では、
不安も大きいので、それは「全面見直し」が必要だろう。

しかし、かつて、人類が火と出会ったときも、
電気と出会った時も、同じだと思う。

犠牲者の心情を荒立てる気は無いが、
事実の反省の上、前進の方向性を見つめてはどうだろうか。

自動車産業も、多くの犠牲の歴史の上にあると感じている。

次に、がれき処理。

国内分散処理には、「反対」である。

私は、このアイデアの意味がわからない。

分散させるだけのコスト負担を覚悟しているのなら、
がれき発生場所に、処理施設の新設をすればよいだろう。

人手が足らないなら、それを全国公募すればよい。

なんて、実際は、金にむらがるソレらが、
突っ込まれないための、口実なんだろうから、
もともと、賛否議論なんて、関係ないんだろうけどね。

平成の現代でも、

「士農工商」は、絶対的なのかもね。

いや、工に、そんな力は無いかな。

「士商医農」かな?

ははは

 

☆三協技研 上野事務所

あの件と題して、続けてきたネタ

2011年9月の大改革で、一区切りと感じている。

多くの方は、感情論の整理が、いまも続いていると思うが、

その出来事の出演者それぞれ、自分の思いがあって、

また、この先、どういう人生を歩もうと、
それを覚悟で、右か左か選んだはず。

私が、無料でコメントする必要もないわけ。

さて、その引き継ぎの中で、山崎さんちに残った、
「三協技研株式会社」である。

債権債務の整理が終わり、ペーパーカンパニーになるところだったが、
あの件に巻き込まれた一人の男性が、
創業者の灯りを消さぬよう、片棒を担いでくれることとなった。

山崎の祖父、故山崎正巳と、長年やってきた生粋の職人である。

水道下水に関しては、
独自のセンスで目の前の問題解決に取り組み、
決して逃げ出したりはしない男である。

在職中でも、一匹狼的に、
営業・見積・計画・施工・メインテナンスと、
一人で何役もこなす、スーパー職人。

でも、経営に関しては、さっぱり?!

そこで、三協技研をなんとかしたい私と、
腕一本でやってきた吉良と、二人の協業が始まった。

1年かけて準備をすすめてきたけど、
まだまだ第一歩な状態かな。

2013年は、もう少し、形にしていかねば。

「水道・下水道」で困ったら、
なんでも言って下さいね。

 

☆8ナンバー

やまばと幼稚園のオーダー

「座席の無い、居室になり、収納スペースが大きいバスを作れ」

そう言われ、ミッション、スタート!

2012年GW
カレーワゴン アフリカンサファリ出店が、
まずまずの成果をあげた後のこと。

前もって、4月初旬に、
友人のカーショップ(ラウダダCLUB)で
手配していた中古マクロバスの改造に着手した。

要点としては、
・園児が昼寝を出来るよう部屋にしたい
・遠足など出かけた先での休憩室にしたい
・荷物を多く積みたい
とのこと。

だから、バスを手に入れても、客席は不要。
ところが、バス車体で、客席を取っ払うと、

・貨物車
・キャンピングカー(特殊車両)

の2択しかない。

また、貨物車とは、
「荷物を運ぶ車」であり、
合理的・実質的に荷物の出し入れが出来ること。
が要件となる。

すると、バスの乗降口では、
「荷物の出し入れ」に該当する幅では無く、

・キャンピングカー(いわゆる8ナンバー)
として、仕上げるしか方法が無いと結論した。

ネットで「キャンピングカーの作り方」を見て、
あれこれ計画を立てたのだけど、
具体的な準備・合格基準の情報は不十分だった。

合格を受けるには、結局の所、
大分運輸支局の検査官の判断次第、って事と、

その検査官がもっている基準書がなければ出来ない。

そこで、まず、バスの状態のまま、
2度ほど、大分運輸支局に通い、
なんとか、基準書を見せてもらう事に成功!

基礎車体は、
ラウダダCLUBでイスなどを外した状態で受け取り。

まずは、車内清掃。

次に、「キャンピングカー」として
8ナンバーを取るための要件の整理。

・座席数に応じたベッドの整備
・キッチン

この2つ。

今回は、運転手以外の乗員を定めないので、
ベッドは、規程の計算式により2人分必要である。

また、キッチンは、必須である。

かつて、税金対策として、8ナンバーの取得が流行したが、
その時の防止策として、キッチンの設置が制定された。

ちなみに、現在では、
税制改正によって、8ナンバーでの節税効果は無く、
維持(車検)の手間を考えると、メリットは極薄い。

キッチンは、

シンク前に、人が立って調理できるスペース
※立ち位置で垂直に天井まで空間があること

・出水を制御できる蛇口
・シンク
・外部電源に頼らない給水ポンプ
・炊飯もしくは加熱調理器
・上下水タンク
・食器収納スペース

が、要件。

写真のような、システムキッチン?を作ってみた。

CADで図面書いて、
大分市賀来、ホームワイドで、
木工のおっちゃんと一緒に、材料を切り出してもらい、
組み上げたワケ。

車載するとこんな感じ。

このキッチンで、シンクに向かって立つとして、
幅50センチ・奥行き30センチの立ち位置

その場で、160センチ天井まで空間があること。

マイクロバスなので、車内で立っても大丈夫。

室内後部には、
180センチのベッドを2人分。

もちろん、車体のどこかに固定されてなければならない。

かけぶとんは要らないけど、マットは必要なので、
ウレタンにタオルケットを巻いた。

これも、走行振動でマットが落ちてはNGなので、
底部にマジックテープを張って、ズレ防止を施す。

キッチンは、「電子レンジがあれば調理器と見なす」
ってことだったけど、念のため、カセットコンロを装備。

これも走行中、動いてはダメなので、足底部を両面テープで固定。

なお、固定って、

「人が素手で外せない事」が要件なので、

・バインド線
・蝶ネジ
・ガムテープ

は、ダメ!

・溶接
・六角ボルトナット
・インシュロック

は、OKだって。

そうやって組み上げて、陸運局に持ち込み、
検査を受ける。

外回りは、車幅反射鏡を言われたくらい。

内部構造は、
24Vから100Vを取る配線の
追加設置を指摘されたくらいで、
一発合格。

基準を指導した検査官ご本人だから、
「文句の付けようが無いですね」と。

そして、
「キャンピングカーの認証なんて何年ぶりかなー」
と、遠い目をして、空を見上げた。

約一ヶ月がかりで、8ナンバー取得。

大分運輸支局のみなさん
ラウダダ倶楽部のたっちゃん夫妻

たいへん、お世話になりました。

いろいろとコツを勉強したから、
次からは、
円滑にキャンピングカーは作れるようになった。

でも、
人生で、そんなにキャンピングカーを作ることって無いよね?!

 

☆ネットやくざのしのぎ

まだ、スキが多い業種なんだろうな、と思う。

たぶん、平成に入ってから位。

IT系企業と呼ばれて、持てはやされ、
一発芸人が、出演コースを一巡して終わるみたいに、
いくつもの経営者が、出ては消えていった。

また、社会問題を呼び起こすこともあった。

2012年は、
ペーニーオークションや、
ステルスマーケティングが目立った。

コンプガチャが、PTAから怒られて、
Facebookが出てきて、Mixiが衰退して、

携帯契約純増が伸び悩む切り札に、
スマートフォンを推進した結果、
アプリ通話で通話料金が取れなくなったキャリア。

もちろん、今年が特に話題に満ちていたわけでなく、
毎年の様に、あれこれある。

過去を振り返れば、
・ライブドア ホリエモンの騒動
・楽天 三木田の動向
・ソフトバンク 孫の言動

プラスもマイナスも、話題になってきた。

IT系事件といえば、大分でも、

・アソシエント・テクノロジー
が、賑わいを見せたことが懐かしい。

アソシエント
私にとっては、粉飾決算の事より、
問題が発覚すると、創業時の態度を一変して、
さらりと逃げ切った不動産関係に驚いた事が印象強し。

2013年は、インターネット普及20周年になる。

インターネットの社会構造は、
人間の社会構造によく煮ていると思う。

単なる山林が商業施設で埋めつくされるように、

・プロバイダー(道路)
が整備され、

・サーバー構築行(建設業)
が活気づき、

・斬新な表現(海外ブランドの招致)
で人を呼び寄せ、

・裏方業(清掃業・トラブル対応)
などでも、お金を産む。

・SEO・メディアクリエータ(広告代理店)
が金のにおいをかぎつけ、

・勘違い屋も登場(個性派セレクトショップ)
なんて面白いバカも出てくる。

まるで、リアルショップの社会現象みたいに、
ネット社会も、成長してきた。

だから、そこには、やくざがしのぎを求めてやってくる。

平成になってからのビジネス戦略には特徴があると思う。

昭和の時代の事、
それまで聖域だった場所から金を奪う仕組みが
大きく成長してきたと思う。

それは「女子供の財布」だと私は思う。

混雑する人気のスポットに行ってみると、
女子供であふれかえる。

オッサンたちは、
昭和の時代、身を切る思いで仕事に没頭し、
「いつかはクラウン」と夢を抱いてきた。

そんなオッサンは、
現代ビジネスのターゲットでは無いから、
ショッピングモールでは居場所など無い!

本屋の片隅か、喫煙所、もしくは駐車場で時間をつぶす。

憧れのクラウンも、
「アイドルのご褒美」にプレゼントされる景品扱いの昨今。

まあ、相手にされなくてもしょうが無いかな、
オッサンは、金もってないし……。

ネットやくざも、
女子供に手を出す以上、万全の構えをする。

理由は簡単、女子供は、
「話し合いで解決する相手」ではない事を知っている。

実際、女子供とトラブルを起こすと、
理屈で説明しようが、事実関係を整理しようが、
まったく無駄なことで、

ただ、泣き叫ぶに陥ってしまう。

なので、法律を盾に、ビジネスを保護するわけだ。

特に、顔を見られないネットサービスの場合は、
約款などをよく読まない女子供の方がやりやすい。

LINEの規約から

====
2.1 お客様は、本規約の定めに従って本サービスを利用しなければなりません。お客様は、本規約に有効かつ取消不能な同意をしないかぎり本サービスを利用できません。

当社は、当社が必要と判断する場合、あらかじめお客様に通知することなく、いつでも、本規約および個別利用規約を変更できるものとします。
====

ということらしい。

つまり、
1.規約に同意しないと、使えません。
2.同意したら取り消しを出来ません。
3.規約は、同意時点から勝手に変えます。

って話。

特に、2の「取消不能な同意」は、近年の流行語。

これらは、LINEや、COMMなど、
コンプガチャ縮小でしのぎを奪われた会社たちだ。

おおー怖い!!

スマートフォン生活には、さらなる危険がまってるって事だな。

女子供が知らぬうちにハメられて、
事実、規約の同意を盾に請求が届く。
尻ぬぐいで、オッサンが払う構図だ。

それに危惧するオッサンたちが、
女子供の行動に制限を設けるだろう。

ただ、
完全に自由を奪える立場では無いから、
わかりやすい上限を設ける仕組みに飛びつく。

2013年は、
「ネットプリペイド」がビックビジネスになるのでは?
なんて、思ってる。

余談だけど、
ペニーオークションの偽装タレント達、

金融商品なら、「風説の流布」なんだろうけど、
まだネット犯罪には摘要されないのかなー。

 

☆姫島に行った

大分県北部は、
股関節みたいな形をしており
国東半島という。

そこから、フェリーで20分ほどの所に
姫島がある。

私、
大分県民でありながら、
県内市町村で、未踏の地が、いくつかアリ、
その1つが、姫島だった。

2012年7月30〜31日で、訪問が実現した。

私が、お手伝い参加している、
大分県議会議員さんの政務調査同行によるもの。

大分市を出発し、陸路で国東半島、伊美港に向かう。

車は、港駐車場に置いて、フェリーにて、姫島へ。

港から、互いの港を見通せる距離なのだけど、
フェリーに乗るなんて、普段ないから、ちょっと↑気分。
※長時間だと酔うからイヤなんだけどねー。

今回、移動屋仲間の
「姫島宣伝隊 小岩直和さん」のご協力で、
政務調査も、滞在も、円滑に進められた。

島の経済状況や、産業の状況など、
役所や生産者・企業経営者を回って、
インタビューする。

私は、横でニコニコしてただけ。

車海老の養殖も、たいへんだなーと思うが、
とてもアナログチックな体制だと感じた。

移動途中、自販機でソフトドリンクを買ったが130円だった。

最初、離島だから飲料は10円高いんだ、と思っていたが、
「空き缶デポジット制度」によるものだ。

島内では、空き缶をスーパーなどの店舗に出すと、
10円戻ってくる。

姫島といえば、
「キツネ踊り」や「車海老の養殖」で知られている。

今回の訪問時期は、この2つと時期がズレていて、
ピーク感は味わえなかったけど、

宿泊先では、すてきな料理で、もてなしを頂いた。

私も、聞いて、始めて知ったが、
姫島は、地球史でも、貴重な存在なのだと。

地球上の大陸は、マグマの噴火と冷却の繰り返しで、
約2億5000万年前くらいに、
大きなプレートが出来上がり、それが分割されて今に至る。

姫島は、それらプレートの形成後、
一番、最近になって出来上がった活火山島らしく、
その形成の記録が、地層となって残っている。

それは、地球が、ドロドロの状態から
陸地を形成してきた過程そのものだとか。

なので、地質学者にとって姫島は、
夢の実験室的な存在らしい。

また、姫島でしか取れない黒曜石がある。

各地の火山地帯で出土するが、
姫島の黒曜石は、姫島でのみ存在する。

構成成分が、地域によって違うらしい。

写真は、その黒曜石が多く見られる崖。
ふたコブの手前、湾の様に見える所は、
現在、休止している火口である。

ちなみに、この場所に行くには、
相当な運動量を必要とし、
私は、心停止するかと思った。

また両足は、ブルブル震えるほどの筋肉痛に。

今回、2日間の短い滞在だったけど、
たいへん、居心地の良い場所だと思った。

IT系の研究所など、
居場所に捕らわれない職業の人達は、
ここに拠点を作ればいいのに。

飯も旨いし、季節感に溢れてて、良い所だ。

 

☆ブルーインパルス

別大国道の整備が、一区切り付いたらしい。

それと同時に、大分市政100周年。

その記念に、ブルーインパルスが、
別府湾で、展示飛行をするとのこと。

2012年5月26日

良いお天気の中、
チャリで、観覧スポットである田の浦海水浴場に向かう。

駐車場もあるようだが、混雑するだろうし、
小学校が努力遠足で使う程度の距離なので、
めんどくさがりの私でも、
チャリ走に耐えられるであろうとの判断。

今回のイベント、あるルートから、
カレーワゴンの会場出店の話も頂いていたが、
めんどうな利権の話があったので、お断りして、
今回も、客として参加。

ブルーインパルスが、大分上空で展示飛行をするのは、
46年ぶりの事らしく、前回は、1966年大分国体。

自宅を出て、日豊本線を別府湾側にそって、走る。

道路の自動車は、まだ流れは順調みたい。

会場近くに、自転車のたまり場があったので、そこに駐輪。

歩道橋を渡ると、人口ビーチが広がり、
私が、ダイビングライセンスを取得した場所。

会場は、多くの人と、出店で、賑わっていた。

私ら同行者合流までの間、
こちらはかき氷などで、時間つぶし。

パイロット無線を聞こうと、ハンディーを持っていたが、
すっかり忘れてた。

展示飛行は、時間になると勝手に飛んでくるのでは無く、
地上のイベントと連動しているので、
イキナリ始まるわけで無く、
会場のアナウンスで観覧者は体制を整える。

どこから来るのか、キョロキョロとしていたら、
いよいよ、というアナウンス。

真っ正面の水平線から、扇状に上昇しながらのスタート。

私らの座り位置が良くて、センター機のラインが、
びったり頭上を、一直線に引いていった。

その後、いくつものフォーメーションを見せて、無事終わり。

この日、
あいにく、長女だけ観覧出来ず、ホンモノ主義の私としては、
見せてやりたかったナーと、心残り。

その後、ダイビングショップのバーベキューに参加して、
再び、チャリにて走行開始。

車の大渋滞を横目に、するすると帰宅で走る、私。

なんだか、築城基地の飛行祭にも、行ってみたくなったなー。

 

☆デジタルと音楽について

CDって、音の波形をデジタルに変えて記録している。

例えば、
ド・レ・ミ を 1・2・3 とする。

簡単に言うなら、
音の高さや幅を、1・2・3に置き換え記録している

さて、音の高さを数値化しているのだが、
人間の耳には聞こえる範囲しか記録しない。

つまり、音の上下は無限大ではなく、限りがある。

鳴らす音の種類に限りがあると言える。

種類の限界、バリエーションに限りがある。

てことは、

「同じ並びの数値を示す、2つの曲が存在する」

って言う話、この後続きます。

この限りがある、デジタル音楽の制限の中で、

例えば、使える音は、1・2・3しか無いとして、
音符がかぶらない曲は、いくつできるか?

3音階を、3音符まで、だから。

111・112・・・・・332・333

3の3乗で、27曲できる。

====

※以下、ネットから引用後、補足

CDのサンプリング周波数は44.1kHz
5分の曲を保存するのに211,000,000bits必要。

上記の例でいうと、
0000とビット0が5分間並ぶ無音曲から、
1111とビット1が5分間並ぶピーク周波数のみの曲まで。

Bitなので、2進数、つまり、2の211,000,000乗通りの曲ができる。

つまり、何曲?

その曲数を表す数字が、63,000,000桁の数字になるらしい。
6千3百万桁ってこと。

ちなみに、1兆円は、13桁。

水1滴に含まれる原子数6セクステリオン、22桁
地球全体の水の原子量、50桁

途方も無い数字。

だけど、無限でははない、って所に、
私は、「おもしろい!」って思った。

そうそう、
最近(2012年時点)、販売されているハードディスク。

地上デジタルTVの録画用などで、T(テラバイト)が
普通になってきてる。

T(テラ)って、G(ギガ)の約1000倍

で、T(テラ)を1000倍すると、
P(ペタ)と言う単位になる。

現在、音楽と認識されている信号を、
人間の有史以来の作品、すべてiTunesに入れたら、

1P(いちペタ)あれば、入るそうな。

そのうち、PサイズのUSBなんか出るんだろうから、
人間の全ての音楽は、手のひらにはいるのね。

そんな

デジタルと音楽の話でした。

 

☆ウイリアムス症候群

そういう症状があるらしい。

遺伝子疾患だとか。

具体的には、
・知能低下
・発達障害
・心臓疾患
などが見られるらしいが、

おしゃべりに問題が見られないことが多く、
この症例の特定の難しさがある。

一方、この症例では、顔に特徴がでる。

・小さい顔
・歯がとがっている
・上向きの鼻
・目の下の膨らみ
など

別に、私の周りで、そういう症例の方が居るわけでは無い。

でも、この症状が「疾患」とされているのが、
なんだか悲しくなったって話。

この疾患の、なにが問題かと言うと、

「人に対する警戒心が欠如している」事だ。

人は、異形に対して、生まれながらに恐怖感を持つ。

例えば、
・顔の均整取れてない
・流血や大きな外傷
・あるべきものがない
など

極端な話だけど、

・片目が飛び出して
・頭がつるっぱげで
・口から大量の血を出している

そんな人に出会ったとする。

対人経験の少ない乳幼児でも警戒し泣き出す事が多いだろう。

だけど、ウイリアムス症候群では、
「ニコニコと微笑みながら近づいて行く」のである。

この「警戒心の欠如」が、経験ではなく遺伝子的に欠如している。

当然、危険動物や危険毒虫にも同じ反応を示す。

身体的な疾患症状が少なく、
体機能の安定を維持して成長を続けても、
この子らは社会の攻撃にも対応出来ない。

いじめや恐喝を繰り返す友人らにも、
「ニコニコと微笑みながら近寄っていく」のである。

・誰にでも優しい
・いつも笑顔
・嫌なことがあっても引きずらない

いっけん、素晴らしい人の様だが、

もし、その人が、ウイリアムス症候群であったとするなら、
身体の奥深くで揺らぐ本音の炎は、
「私はそんな人間じゃ無い!」って叫んでいるのかしら?

もしかしたら、私の人生のなかで、
例えば、学校の同級生で、イイヤツは居た。

あり得る? いや無いか…..。

医学や科学の進歩で、
人の全ての言動に
「要因と症状」に名前が付く。

そんな事になるのは当然だろうけど、
その先は、排除や根絶活動になるのかなー。

魔女狩りみたいな?

ひょっとこを受容した村ってのは、
都市伝説なのかしら?

私が、悲しいと感じたのは、

技術の進歩や事実の解明は、
「差別を産む」のだと感じたから。

出生前診断については、また、いずれ。

 

☆iPad修理

GW明け

iPad2のホームボタンが、全然ダメになった。

iPad・iPhoneユーザーの間では、有名な症状なので、
デコピンやら電動歯ブラシでの対処方法がネットにある。

AssistiveTouchで、画面ボタンを使用する逃げ道もあるけど、
さすがに、面倒なので、修理に出すことにした。

Apple SupportからWebで修理依頼を送信。

5月22日 18:00、ヤマト運輸が引き取りに来る。
5月24日 11:03 診断開始のメール到着

5月26日 10:50 ヤマト運輸が返送にきた。

ウワサ通り、新品交換(交換用商品らしい)。

なので、中身も無くなってるし、画面フィルタもない。

任天堂の神対応都市伝説みたいに、
張ってたシールがそのままだった的なことは無いんだナー。

それから、半年、今のところ、順調。

 

☆海辺の小瓶 終了

私の携帯サイト開発 第1号作

「海辺の小瓶」のサービスを

2012年9月30日23:59 終了した。

12年と2ヶ月。

=================

元祖?!出会い系携帯サイト

公式記録としては、
2000年7月30日0:00にサービス開始。

当時は、
携帯電話がネット機能を持ち始めた時。

docomoは、iモード
IDO/DDI-Cellulerは、 ezweb
J-Phoneは、j-スカイウェブ

と、独自路線でスタートしたばかり。

まだ Googleが日本に無かったなー。

そんな時、暇に任せて、
興味本位で始めた、システム耐久テスト。

Microsoftの世界征服に対抗するかのように、
じわりと動き始めた LinuxというOS技術。

ペンティアムが3から4に行きそうな空気。

でも、メモリーは、128Mがいい所。
インターネットも、64Kとか128Kとか。

その条件下で、私は宣言、
10万人アクセスに耐えるシステムを作っちゃる。

公開当初、テストを呼びかけて、
参加して頂いたみなさん、ありがとう。

いまでも、No2からずっと連なって残ってる。
※会員番号1は、当然、私。

でも、携帯電話でネットにつながると言うモノの、
実際は、サービスがほとんど無い状態。

例えば、iPhoneのIOS6でPassbookが入ったけど、
ほとんど無いじゃん、って感じ?

それにうまくハマって、1ヶ月で、1000人超え。
半年で、1万人超えと急成長!!

「公式サイト」なんて、今は死語?

このシステムを中心に、いろんなビジネスや、
交際の範囲が、どっと広がったのは、言うまでも無く。

それから、約12年間。

その間、サービス停止は、ほぼ、無し。
※3回、サーバーの引っ越しの間の1時間とか位?

最終的な稼働状況は、

会員数:28,270人 (述べ登録数は、52,532人)
男:女、45%:55%

総計 8,052,336ログイン TOPビュー

瞬間最大アクセス
11万ページビュー/日

なんてところ。

しかし、ここ数年。
新規会員登録は、月に0〜5名程度。
アクセスも、月間500〜1000件

その他、諸事情もあって、

12年で初めて、休暇を頂くという事に。

当日深夜、定刻になり、
サービスの停止をする。

停止と言うより、利用メニューを出なくした、
ってところかな。

画面も、終了のお知らせに、切り替え。

停止後、アクセスログをみると、
きちんと、そちらに誘導されてるのを確認済み。

12年間、ずーっと傍らで動き続けていたワケで、
目にも入るし、どこに居ても頭の片隅にあった。

6年前に、飲食業を始めたから、
ちょっとだけ接する時間も減ったけど、
それでも、自分の生活中で、
大きな自慢だったし、愛情もあったし、
で、ちょっとだけ負担でもあったし。

いつしか空気のような存在になったのかなー。

サービス停止は、なんども考えたけど、
いろいろあって、継続を守り続けた。

なんで今回は、実施したかって?
うーん、タイミングなのかしら?

何を言っても、自己都合のいいわけにしか聞こえない。

今回も、宣言後、再考をうながすアプローチがあったし、
逆に、賛成の声もあった。

ずっと、思い出を辿りながら、お別れの準備をしてた。

少なくとも、第3者にご迷惑をお掛けしないように、と。

で、
2012年9月30日 23:59:59 ディレクトリ切り替え

そして、終わり……。

自分の努力で、なんとかならんかったのかなー。
問題解決の方法論は出尽くしてたのかなー。
応援してくれた人はなんて思うだろう?

と、言う気持ちがわいてくる。

それと同じにくらいに、

ああ、これで自分の中にスペースが出来た。
さて、物理的に占有されてた部分を片付けられる。

なんて、思うのも、事実。

なんだか、市役所にバツ申請した後のような感じ。

そして、2012年が終わる事で、

私の中の海辺の小瓶も、
2012年の思い出おもちゃ箱の中に入りました。

 

☆Appleまわりのリニューアル

ずっと、マックですねー。

なんて事を、自慢げに語る方もいらっしゃるが、

私もマック(アップル)比率は高い。

さて、2012年9月に、iPhone5が発売。

20数年使っている携帯番号が、
セルラーから始まって、今はau。

昨年、iPhone4S をauが扱い出した時、
乗り換えのチャンスだったが、
携帯サイトのデバックの為、
ガラケーの維持は、必須だった。

なので、別途、iPhone/iPadは、所有維持。

9月に、管理していた携帯サイト
「海辺の小瓶」が終了し、ガラケー卒業OK。

iPhone5を、導入。

なので、今、私のiTunesには、

・iPhone 3G
・iPhone 4
・iPhone 5
・iPad2
と、4台表示される。

うーん、
ガラケーから、スマホに変えて、どうかなー。

やはり、「落とすと壊れる心配感」が大きいかな。

元々、音声通話は、あまり使わないので、
通話時の問題(タッチスクリーンが耳に触れる感じ)に支障は感じない。

ニュース・webの閲覧とか、暇つぶしゲームとかに使うけど、
45歳になると、小さな文字が見えないのねー。

家に居るときは、iPad2が大活躍。

特に、この冬、寒くてPCの前に座らず、
布団の中で、iPad2での作業が多い。

 

☆移動屋とか、カレーワゴンとか

2012年9月で、6周年7年生。

カレーワゴンも、続くねー。

さて、
昨年、2011年のゴールデンウィークでは、
アフリカンサファリにおいて、
移動販売車初出店の任務を頂きながら、
カレーワゴン運営の歴史的惨敗を記録した。

そこで、今年2012年は、万全の構えで再チャレンジ。

特に、新商品、鶏の唐揚げが好評で、
第二店長と共に、大きな成果を上げた。
※「からあげ」だけに「あげた」って?

調子こいて、
お盆の連休もアフリカンサファリに出店。

夏は、大雨の連続で、客足にブレーキをかけたが、
それもGWの時に取得した市場調査の結果を参考に、
販売予測の変動要素を加味してみごとにマッチ。

予想通りの結果を残した。

ん? 順調なのか、カレーじゃないのか?

ははは

カレーは、カレーで、まあそこそこの成績。

話変わって、
カレーの師匠、藤田哲也も、大分市都町の閉店から、
休暇を経て、大分市内に復活。

なんとか飛行継続中。

さて、カレーワゴンの今後。

上春日ポイント・元町ポイントとも、
諸事情により、出店を終了したので、
現在、定期出店は、お休み中。

2013年、これまでの6年の実績を踏まえ、
市場戦略をしっかりと立て直し、を考えております。

 

☆2013年のキーワード

今年、2013年のキーワードは、

・尻拭き
・再会

としたい。

・尻拭き

これまで、
いろいろと手を出してきた事を、
ひとまず分析・評価・整理をしたい。

例えば、NPO法人の整理。

2003年当時のNPO設立ブームに乗って設立した。

もちろん、設立当初は有意義な存在感であったが、
世の中でもブームが過ぎ、
多くのNPO法人はグダグダな状態である。

ビジネスに結びつく可能性を考えてのスケベ心もあったが、
いま、自分の生活の中で展開しているビジネスは、
行政との連携とか、誰かにくっついて仕事をする事も無い。

理事の皆さんにも、整理について同意を頂いたので、
年明けから、法人格の取り下げを進める。

SNSの整理も進めていきたい。

また、引き続き、所有物の整理廃棄や、
契約関係の見直し・解除も進めたい。

au・sbを一本の絞るとか。

家に引き込んでいるネット環境も、整理したい。

長年連れ添った、BMW525(旧)も、
森で朽ちていきそうなので、整理してあげるべきだろう。

・再会

長年、お会いしてない方がいる。

居所が不明な訳で無く面会も容易な距離だが、
なぜか、機会を失って、数年が経過している。

そんな方、一人や二人では無い。

そういう方と連絡を取ってみて、
お許しがあれば、お会いして見たい。

人に限らず、思い出の地や、本・映画なども、
もう一度、目にしておきたい。

・その他

尻拭きというか、整理というか。

15年くらいかけて、集めたワインがある。

これを、飲んでいこうと思う。

2013年は、積極的にマイナス圏での活動。

という感じかな。

父と娘の小旅行ファイナル

我が家では、

子供が3歳になる誕生日前に、
交通費などが無料に当て込んで、
旅行をするシリーズを持っている。

2002年5月10日
長女 詩音と、シリーズ初回を実施。

2004年8月2日
次女 真凪と、シリーズ2回目を実施。

2008年3月10日
三女 紗代実と、シリーズ3回目の実施。

第4子が居ないため、
当シリーズは、ひとまずここまでと判断。

そのファイナルとして、
一家全員で同じ道を辿る旅をした。

5人で行く

一家、5人で、旅行に行った。

5人そろっての、大がかりな旅行は、
2007年の「沖縄美ら海水族館行き」に続く2回目。

旅行実施の基準として
「3歳前のお子様無料旅行」と並行し、

「小学校入学直前旅行」という基準がある。

事の起こりは、2005年4月

やまばと幼稚園で必要になった中古マイクロバスの買い付けに、
雅治が、東京まで行く任務。

小学校入学直前の詩音が、その長距離任務に同行したことがキッカケとなり、
小学校入学前には、旅行に行く慣例となった。

前回、沖縄美ら海水族館は、
次女真凪が小学校入学前であったため実施された。

今回の旅行は、三女紗代実が小学校入学前であるため、
旅行実施基準に合致し、実施となる。

「小学校入学基準」と
「父と娘の二人旅シリーズ」ファイナル。

そんな基準を睨みつつ、どうしたものかと、思案に明け暮れる。

決断点の1つに、

現実問題、今の私にとっては、今後実施される可能性が低い、
「父と娘の二人旅シリーズ」を完結したいとの思いがあり、
最終回は、5人で思い出の地をたどりたいと考えていた。

この旅行計画は、1年以上前から話題に上っていた。

要点は、

二人旅シリーズの完結編となると、
行き先は、東京タワー・品川水族館の2つのみ。

そして、日帰り。

その内容に対して、5人で大金を使い、実行すべきか?

また、計画段階の2011年末から翌春にかけて、
長女詩音が、中学受験を控えており、
どんな春を迎えているのか、まったく想像がつかない。

激しくお祝いムードでの旅行になるのか?
それどころではない空気に包まれるのか?

さて?

旅行計画

実施予定の4月は、春休みシーズン。

2007年沖縄旅行時と違い、5人の生活環境も変わり、
社会的立場も変わってくる。

そこに、日帰りでなく、宿泊する旅行が組めるのか?

沖縄を例に取れば2泊3日となる。

数ヶ月間、実施の可能性や問題点を、
頭の片隅に置いたままの日々が続く。

食事の際や、TV観覧中、なにげなく、
東京旅行に際し、旅程の希望を、5人で協議する。

やはり、どうしても入れて欲しいとの希望が、
「東京ディズニーリゾート」への訪問だった。

同地は、雅治・佐和子が、若かりし頃、訪れた思い出の地。

そこに、5人家族となった今、再び赴くのは、良いと思う。

しかし、私たちは、行列に並ぶ事や大混雑が苦手であり、
日本有数の混雑地である同地に、「金を払っていく」のか?

と、ひっかかりが消えない。

そうは言っても、「旅行は行けるときに行くべき」
と、自分の経験や、先達からのアドバイスの通り、

先送りすれば永遠に実施できないのも事実。

そして、2012年明け。

長女詩音の中学受験の結果を受け止め、
生活も平滑化してきたところ。

「父と娘の二人旅シリーズ ファイナル」

「紗代実小学校入学前家族旅行」

と、称し、前回同様、4月初週に計画を定めた。

そこで、実施を確定した上で、再度、旅程希望を募る。

出されたのは、

・東京タワー
・品川水族館
・東京ディズニーランド
エレクトリカルパレード(夜)を是非みたい
・東京ディズニーシー
・ワンピース原画展
・国立科学博物館
・上野動物園

これらから、現実的な話を組み立てていく。

その他でいうと、

・東急ハンズ
・秋葉原
・銀座周辺

などもあった。

だが、計画責任者である雅治の意向が優先される。

そこで

・東京タワー
・品川水族館

は、第1日目

以後、他の希望を、どうやって埋めていくか
ネットであらゆる情報を探し、検討すること数日。

=========================
第1日目
・空路出発
・東京タワー
・品川水族館
・東京ディズニーランド アフター6入場

第2日目
・東京ディズニーランド 夕方まで
・ワンピース原画展

第3日目
・国立科学博物館
・予備
・空路帰宅

と、決めた。

落選候補は、

・東京ディズニーシー
まずは、ランドを充分の堪能する作戦にしたため
今回は、断念した。

・上野動物園
は、科学博物館に飽きた人が行くとしたが、
私は、「科学博物館は飽きない」と感じていた。

博物館大好きの私たちが、
国立科学博物館を前にして、
「飽きる」など、絶対にありえず、
むしろ、「1ヶ月ほどの滞在を希望する」だろう。

およその計画が決まったので、

アメリカンエキスプレスツアーデスクに相談。

沖縄同様、旅行者の氏名・生年月日・性別・嗜好を併記し、
旅程の中での細かな要望をびっしりと書いてFAXする。

1日おいて、FAXでプランが届く。

ポイントは、三女の扱い。

小学校入学前とはいえ、旅行の日付的には小学生。

でも年齢は、7歳未満。

また、5人となると、ホテルの部屋が難しく、
2部屋に別れるか?否か?

さらに言うなら、ディズニーランドに訪問をする際の
利便性を考慮すると、リゾート内かオフィシャルホテルが望ましい。

せっかくなので、リゾート内ホテルの体験をさせて上げたいが、
旅程を考えると、ホテル内に居る時間は、あまりない。

時間があれば、ずっとランド内で遊んでいるはずだし、
ホテルのレストランで、ゆっくりディナーという計画も無い。

ただ、素泊まりに近い滞在のために、1泊3万はちょっと無駄だ。

そんな部分を、ツアーデスクと協議し、

三女は、「幼稚園児」だと言う事で、
母と添い寝コースとした。

よって、1室4名のホテル利用が実現し、
全員同室での宿泊が確保できたわけだ。

詩音・真凪は、自分ら二人で、ホテル1室を使う事に
とても興味をもっていたのだが、今回は、残念。

旅程と並行して、
・ワンピース原画展
のチケットを手配する。

いま、ちまたで流行の
「週刊少年ジャンプ掲載 ワンピース」
の原画が展示された展覧会が、
六本木ヒルズ森ビルで、今回の旅行期間中に開催されている。

詩音が、ワンピースをお気に入りで、
ぜひ、この展覧会に行きたいとの希望を出していた。

ただ、旅程の中で、2日目の夜半しか組み込めず、
そこに、5人で移動するのは、体力的に難しそうだった。

よって、雅治・詩音・真凪の3人だけとし、
佐和子・紗代実は、ホテルで休憩か別行動にする。

チケットは、出発前に、
自宅付近のセブンイレブン端末で購入した。

アメリカンエキスプレスへの発注も終わり、
まずは、準備一段落。

書店で、ディズニーリゾートの攻略本やガイドを買って、
期待を高める毎日となる。

旅行準備

春休みに入り、いよいよ旅行の日が近づく。

恒例、佐和子主催の旅行準備買い出し。

旅行ケースは、前回の沖縄旅行時に揃えた物が
そのままで行けそうであるが、
各個人が、移動時に携帯する物をどうするか?
と言う事から、なにやらバッグを物色する。

今回、旅行中の大きな荷物は、空港やホテルで、
次に向けた宅配サービスを利用する為、
宿泊用品と生活用品は、わけておくという事。

また、大分と東京の天候差がいかばかりか?

ネット情報はあるものの、体感として計りきれず、
コートやパーカーの新規導入も進める。

そのため、パークプレイス大分を超えて、
イオンモール福岡まで出向く展開。
※もちろん別件とあわせての追加行動である。

イオンモール福岡では、旅行用品の買い出しという当初の目的と違って、
オーダーメイドぬいぐるみにはまってしまい、ミニ支出が一家を襲う。

さらに、福岡から帰りに、家電店へ。

これは、旅行用が主ではなく、幼稚園の年度末予算の関係で、
この日、3月31日までの領収を目的とした物。

店頭で販売のおにいちゃんに
「デジカメ、12台ください」って理事長先生。
おにいちゃん「じゅ、12台ですか?」と聞き返す。

はは、ワイルドだろぉ。

園の要件で訪問した家電店ははあったのだが、
旅行用のデジカメも調達。

早朝から、福岡香椎・イオン・大分市内と、かけずり回って、
なんとか2011年度を終えた一日だった。

出発前夜

週を明けて、出発前日4月2日

雅治・佐和子は、不在中の対策のため奔走する。

カレーワゴンは、2回の出店が休みになるため、
そのフォローをする。

また、
経営に関与している法人が新年度になるため、
その事務手続きなど、あれやこれや。

日も落ちて、夕食は、
旅行中の不在に備え、生鮮品の処分を目的としたメニュー。

そして、大量の旅行用品の陳列と確認。

雅治は、
電車の乗り換え駅やホーム番号・運賃の確認

佐和子は、
準備物の確認
あとの3人は、さっさと寝る。

雅治は、早朝の運転があるので、晩酌せず、
5時起床まで、2時間ほど、寝る。

4月3日 初日朝

4月3日 計画

05:45  全員起床
06:10  出発=>自家用車=>大分空港
07:30  飛行機チェックインリミット
07:40  フライト JAL1782(39A) 予約0338
09:10  羽田着
到着ゲート先 スーツケースをTDLへ転送依頼
・ホテルエアポートエクスプレスサービス
09:30  東京モノレール羽田空港駅=>浜松町駅 B1Fに移動
10:00  世界貿易センタービル=>タクシー=>東京タワー
10:20  東京タワー入館 展望台・特別展望台 b0.860.ー
11:30  東京タワー=>タクシー=>浜松町
12:00  浜松町(4)=>京浜東北線=> 大森駅
12:30  大森駅(東口)=>タクシー=>品川水族館
12:40  品川水族館 入館
15:00  品川水族館離脱=>シャトルバス=>大井駅
15:20  大井駅(1)=>りんかい線=>新木場 (約27分)
新木場(1)=>京葉線=>JR舞浜(南口) ¥380.¥150
16:00  TDLウエルカムセンターインフォメーションカウンター
クーポン=>パスポート
※早ければ、ホテルにチェックイン
18:00  TDL入場
20:30  ディズニーマジック・イン・ザ・スカイ
22:00  TDL離脱
22:30   ヒルトン東京ベイ チェックイン 047-355-5000

====

さて、旅行初日、4月3日 午前5時過ぎ

なんとか皆起き出して、そろった。

朝食もままならない状態だが、準備物の詰め込みも終わり、
不在中のガス・水道・施錠の管理も、終わり。

つまづきもなく、出発

自宅から大分空港までは、自家用車で移動し、
空港駐車場に置いたまま、2泊する。

空港までは、大きな事件もなく、スムーズに移動。

ターミナル前で荷物を下ろし、雅治は駐車場へ。

その他は、
手荷物を預けるために、カウンターに行く。

Eチケットの束を渡して、スーツケースのみを預けた。

早朝便の大分空港。

昨今、大分空港のレストランエリアは、
朝食をやってないため、3Fには行けない。

5人して、
2Fの書店?・ミヤゲコーナーあたりで時間つぶし。

そんなに待たずに、搭乗の御案内が館内にながれ、
事前に準備した、Eチケットの携帯版を、
それぞれが持ち、手荷物検査場へと向かう。

ところが、詩音のEチケット(携帯画面)の反応が悪く、
通らないため、印刷物を係員に渡す。

すると、係員が全員分をチェックしてしまい、
Eチケット体験が中途半端に終わる。

まあ、わたしゃ、子供にさせるモンではないと
思うので、特に気にもせず。

ゲートロビーで、搭乗が始まるが、
トイレとか、機内の飲料とか手配しに、
私は、フロア内を、うろうろ。

機内で飲むドリンクを買って、ゲートへ。

そこで、またトラブル。

各自が持つ、携帯チケットのQRが一部、通らない。

というのが、先ほど手荷物チェックで、
係員が紙チケットで通してしまった人は、
携帯コードが無効になってしまっている。

結局、ごそごそと紙をだして、通過。

機体は、737の小ぶり。

お嬢さんがたは、2008年の沖縄旅行以来の飛行機。

あいにくの雨。

まあ、しっとりとした感じで、良いでしょう。

離陸、そして羽田空港

そろそろと動き出した機体。

ランディングコールがなって、
アナウンスが、離陸開始を伝える。

離陸加速が好きな真凪は、わくわく。

乗り物酔いが心配な詩音は、神妙な面持ち。
紗代実は、ママとニコニコ。

さて、離陸。

びゅーっと加速し、ふわりと飛び上がる。
あっという間に、空港や豊後水道が見えなくなってしまった。

しばし、静かに上昇中。

さて、
水平飛行になって、機内の緊張が和らいだ所。

それぞれ、ごそごそと活動開始。

写真撮ったり、お菓子食べたり、
iPadとか、機内音楽とか。

残念ながら富士山は見えず。

特に大きな事件もなく、順調に飛行する。

やがて、シートベルト着用サインが点灯し、
機内アナウンスが、降下を知らせる。

みな、広げた物を片付け、座り直し。

町の上を飛行し、エンジン音がふっと途切れて、
どどど!っと着陸。

手荷物を預けているので、焦って出ても仕方なし。

ゆっくりと、機内を後にして、ロビーへ。

トイレを済ませ、手荷物受け取りに向かう。

預けたのは、みどりのスーツケースだけ。

雅治が、一人別行動で受け取りに行く。

なかなか大分空港から到着の手荷物が出てこない。

ちょっと待ったな、という感じを抱いたところで、
無事、みどりのスーツケースを手にした。

みなと、到着出会いの広場で、合流し、
そこにある、インフォメーションで、
スーツケースを、ヒルトンホテルに転送してくれるサービスに
依頼する。

本日、混み合いのため、18時到着は難しいかも知れない。
そう言われるが、代替案もないので、預ける。

モノレールとか

各自、自分のリックをしょって、モノレールへ。

発券機前、そんなに混み合ってなくて、キップを購入。

今回、初めての自動改札。

有人改札で、老人男性が、なにやらもめていて、
案内の女性と、行ったり来たりしていた。

改札を抜け、ホームに行くと、快速があるようなので、そちらへ。

しばし、ホームで待つ5人。

乗り物酔いが不安な詩音。

滑り込んできたそれに乗り込み、
多少混み合う車内で過ごすこと、20分。

無事、JR浜松町駅ビルに到着した。

人の流れが激しいので、全員、一度壁側に移動し、
そこで、全員点呼するまで待避!と指示。

モノレール改札を出て、貿易センタービルを抜け、タクシーのよせばへ。

今回、5人で、タクシーに乗れるのか懸念があったが、
雅治前・あと4人後で、大丈夫だった。

タクシーにて、東京タワーに向かうが、
途中、本願寺にて、なにやらイベント中。

どうやら、全国大会?みたいなもの。

タクシーの運転手さんも、詳しくはわからないとのこと。

東京タワー

タクシー移動、約10分程度で、東京タワーに到着。

いいお天気、順調に、滞在スケジュールが始まった。

特別展望台まで上がるつもりで、チケット売り場に並ぶが、
それは、150m展望台で、購入するシステムらしい。

東京タワーと言えば、
入館して、すぐ左の階段上に、踊り場がある。

そこで、3歳前の詩音・真凪は、寝込んでしまった。
その思い出の場所を、再確認。

でも、二人は覚えてないって。

スカイツリーに押されて、という噂もあるが、
それでも人気の東京タワー。

春休み的に、込みあう。

5人、150m展望台に上がるエレベーターに並ぶが、
タイミング良く、するりと乗れて、一気に上昇。

さらに、250m展望台に向けて、昇る。
狭い階段をあがって、
250m昇りエレベーター前で、しばらく順番待ち。

あいにく、逆光になってしまうので、撮影は難しい。

2回ほどまって、私たち5人も上昇。

道路が、もう1つの東京タワーだって

250m展望台
といっても、フロアとトイレ以外なにもない所なので、
おもしろいか?といえば、たいしたことはない。

ゆらゆらと、展望台を一周して、即降りる。

再び、150m展望台。

ここは、ショップなどがあって、賑やか。

一通り、ぐるりとしながら、スカイツリーや
新宿副都心などを指さし、でも富士山は見えず。

ここで、お約束のデザートタイム。

「父娘旅」では、ここから、ママに電話をするのが、恒例。

まあ、でも、今日は、そのママが、一緒にいるのでナシ。

アイスやドリンクを買って、
席に座り、しばし休憩。

出発前から体調がイマイチの真凪が、
イマイチな反応ながら、アイスで喉を冷やす。

さて、長居の予定でもないので、撤収モード。

床がガラスの見下ろせる場所で、
写真を撮り、ショップでミヤゲを買う。

みな、さっそく誰かにお渡し用のみやげを物色開始。

「えー、もうみやげかい?」
と、雅治は、ちょっと離れた人の邪魔にならない所で待機。

今回、みやげ資金は、5000円と設定していた。

詩音・真凪は、商品の単価をみて、
みやげ人数を数えた所、かなりの高額になることを実感し、
ストラップやら、クリアファイルやらの個別ミヤゲを断念。

東京で5000円なんて、すぐに無くなるでしょ。

そこで出たチョイスが、東京タワー絆創膏BOX
これを、1枚づつ配る作戦だ。

これなら、1箱でけっこう稼げる。

紗代実は、おもちゃチックな物に目が行くが、
それはナシ、佐和子もあれこれ購入して、
さっそく、手荷物満載状態の4人。

わたしゃ、おみやげの風習をもたないので、
なにも買わない。

このあと、父娘シリーズでは、
歩いてタワーを降りることもあったが、
今日は、スケジュールが詰まっているので、
エレベーターで降りる。

地上ビルに到着し、屋外に出ると、
チケット売り場前で、猿回しが上演されていた。

比較的有名なチームの様で、TVでも著名らしい。
ちょっぴり観覧して、移動開始。

南極観測隊のジオラマも気になりつつ、
タクシーに乗り込み、再びJR浜松町へ。

品川水族館

次の目的地は、品川水族館。

京浜東北線、JR大森駅に向かう。

浜松町ホームにて、列車を待ち、
できれば、隣接する新幹線が見えればと思ったが、
そんなにナイスな状況にはならず。

大分と違い、列車の待ち時間は、ほぼ無い感じ。
乗り込み、移動し、下車。

JR大森駅は、駅ビルのショップの中を通って、地上にでる。

少し小腹の空いてきた一行、
地上出入り口で菓子の実演販売をみて、
ちょいと、足を止めそうにナル。

が、スルーして、タクシーにて、移動。

数年ぶりの、品川水族館。

ニッサンNISMOの前で降りて、
ショールームに展示してあるレースカーをチラ見。

入場門をくぐると、品川区民公園。

水族館は、その奥にある。

池に沿った道を進むと、
真凪の思い出のオブジェ、
クジラのシッポが見えてきて、
真凪はかけよる。

うーん、大きくなったのかな、真凪。

入場券を買って、中へ。

かつての訪問時と同じように、
東京湾の魚たちが展示されていて、
順に、水槽を見ていく。

とはいえ、指したる変化もなく、
真凪の体調不良もあってか、静かな展開。

外は、雨が降り出しており、肌寒くて、
イルカ・アシカショーは、断念。

水槽の一般展示を観覧して回った。

地下の休憩コーナーで、水族館プリクラを撮影。

さて、おまちかね、おみやげタイム。

もちろん、4人とも、
さしあげ用を物色する。

が、紗代実は、前回の訪問時に手に入れた、
ケケケと言うイルカの食玩を見つけ、
壊れてしまったから買い換えると申し出る。

承認。

他、あれこれ購入していたが、
雅治は、ショップ外にあったガチャガチャを。

クラゲのストラップが、本日はじめて、
自分用おみやげとして、手に入れた。

みな、空腹も感じているようなので、
屋外のフードショップに、
フライドポテトなどあるのか訪ねると、
いまからの準備なので時間がかかるとのこと。

まあ、確かに、作り置きできるような来場者数でないし、
そりゃそうだと納得し、ショップに戻る。

4人は、まだあれこれと物色していた。

あー、まだツアー開始から、数時間しか経ってないし、
まだこの先、みやげスポットはあると思うんだけど。

すでにけっこうな荷物、各自リックに納め、
品川水族館を撤収。

次の目的地は、TDL。

品川水族館運営のシャトルバスで、
JR大井駅に向かう。

バス停では、子供会の帰りと思わしき団体と一緒。

まあ、嫌悪感を抱くようなこともなく、
意外と時間が掛かって、JR大井駅に到着。

確かに、駅に到着なのだが、
バス停から、発券機・ホームまで遠い。

大分との違いを実感する。

舞浜へ移動開始

さて、この段階で、15時前。

実は、この日、まれにみる大型の低気圧が接近。
今日の東京都周辺は、暴風雨になるとのこと。

都内在住者に意見を求めると、
移動手段も制限される恐れがあるとされていた。

佐和子の判断で、イルカショーなどを断念し、
早めに水族館を離脱したことが功を奏し、
私たちは、順調に進み、JRりんかい線に乗った。

新木場駅でJR京葉線に乗り換えるが、なにやら大混雑。

5人、必死で、階段エスカレータを上り下りして、移動する。

列車は、荒川を渡り、葛西臨海公園を臨み、
東京都内と違った風景が見えてきた。

すると、遠くに、緑に囲まれた広大な造成地が見えてくる。

もう、外は雨なので、薄暗く、視界も悪い。
でも、遠くに見える、その木々の間に、
さまざまな形をした建物が顔を覗かせている、

佐和子の解説で、建物の正体が明かされていく。

東京ディズニーリゾート生活開始

16:00
無事、JR京葉線舞浜駅に到着。

改札をでたら、もう、そこは東京ディズニーリゾート。

さて、私たちは、このあと、18時以降に入場する
アフター6パスポートを準備している。

まだ、18時までは、時間がある。

また、この雨と風、閉園になったりしないのだろうか?

雅治は、旅行代理店クーポンを
TDLパスポートに交換するため、
インフォメーションセンターに行く。

聞く所によると、アトラクションによっては、
制限されるが、いまのところ閉園などは
決まっていないとのこと。

そこで、まずは、ホテルに入り、
体制を整える事にした。

JR舞浜駅から、宿泊先のヒルトン東京ベイには、
TDRのモノレールで移動する。

このモノレール、
東京ディズニーリゾートの敷地をぐるりと囲む環状になっていて、
どこから乗っても1周回って、出発点に戻る。

※逆に、1つ前の駅に行きたければ、1周回らねばならなぬけど。

1回の乗車が、380円
2日間有効な定期券が、680円

2〜3回は、乗るだろうな、とおもったから、
定期券にしたんだけど、

よく考えれば、
ホテル<=>TDLの間にいくだけで、2回使う。
さらに、ホテル<=>JR駅の間も使うし、
予定変更で、ちがった動きをするなら、
その度に、モノレールを利用せねば成らず。

結果として、定期券買ってよかったって話。

関東圏暴風雨

外は、雨と風。

モノレール車内、ミッキーの形をした窓の外に、
TDLが見えているのに、今日は、NGか?
と、テンション上げて良いやら、押さえ込むがいいやら。

ホテルに近いステーションに到着し、
シャトルバス乗り場に向かう。

気温は低いし、風と雨で、なんとなく全身がしっとりとして、
動きづらく、それは周囲のゲストも同じ感じ。

地上に出て、バス乗り場にいくと、
またしても、ミッキー。

シャトルバスが、至るところに、ミッキー。

雨で落ちかけたテンションが、やや上向きに。

車内のアナウンスも、
やさしく、元気な感じで、迎えてくれた。
※バスの構造上、あまり乗り心地はよくないんだけどね。

5分程度の走行で、今回宿泊の、
ヒルトン東京ベイホテルに到着。

やはり、ヒルトン。
それなりに、しっかりとした感じ。

入館し、左のフロントで、手続きを進める。

フロント前には、ディズニーっぽい、
お子様エリアがあって、多くのお子様が、
楽しんでいた。

うちの4人は、ちょっと敬遠気味に、立ち待ち。

カードキーの予備をもらって、
ポーターさんの案内で、お部屋に。

途中、館内をチラ見するが、
ほぼ、ディズニー客だけの感じな館内。

まあ、確かに東京出張の泊まりビジネスホテルって
感じではないですな。

通されたお部屋は、1100号室。

海側が一望できる部屋だが、あいにく、外は暴風雨。

ともかく、朝5時から活動を開始した、5人。

胸襟を解いて、ベッドやソファにどかんと腰を下ろす。

この時点、まだ16:00。

私たちが入場可能な、18:00までは、
いずれにしても、待つしかないので、
ちょっと居眠りしたり、軽食やドリンクで、時間を過ごす。

私は、東京在住の関係各所に、状況を連絡。

それぞれが、口を揃えて、
「今日は、記録的な暴風雨で、震災くらいの帰宅難民だ」
という。

TVのニュースも、公共交通機関の全面停止が叫ばれていた。

あらあーーー。

窓の外、地上では、街路樹が、スタンドアップウェーブ状態。

ここまで来て、行かぬはずもなく

やんわりと、
「まあ、こんな日もあるから、
今日は、ホテルの施設でも楽しみますか」
なんて、外出不可に備えて、空気を作ってみる。

が、4人とも、それでは納得いかず。

行くだけ行ってみる方向性はぶれること無く、
ホテル1Fコンビニで、雨合羽の調達など。

コンビニでは、
昼時間に、ランドやシーに行っていた人達が帰ってきて、
最後のお買い物のような感じもあったが、
それに混じって、少数の人達が、カッパを手にしていた。

てことは、うちも、やはり参戦か!

ご飯は、ホテルでゆっくりというワケに行かず、
コンビニ弁当や、ベーカリーショップでパンなど購入。

部屋に戻り、ちょいちょいと、済ます。

さて、時は、17:30

「行ってみますか!」
と、各自、カッパやデジカメ、
その他を再装備し、部屋を後にする。

エレベータの中、途中階で、別のご家族が乗ってきた。

みな、カッパ装備。

「みんな、ヤル気やナー」と、雅治、ポツリ。

室内、ぷふふと、笑いがコボれる。

「せっかくですもんねー」と、佐和子。
もうひとかたの夫人も、笑顔で同調。

ホテルから、モノレールステーションまでは、
さきほどのミッキーバスで行く。

そんなに混雑するほどもなく、乗車。

モノレールも、同じ感じのガラガラ空き具合。

TDLステーションにて、下車。

雨の天気もあって、もう、あたりは、すこし暗い。

ゲートにて、それぞれがパスポートを通して、入場。

TDL生活開始

さて、TDL体験のスタート。

通常なら、ディズニーキャラクター達が、
お出迎えしてくれる場所なのだが、数も少ない。

まずは、もう少し身軽にするため、
手持ちの不要物をコインロッカーに荷物をいれて、
ウォルトディズニーさんを撮影し、マーケット方面へ。

マーケットのセンターを抜けると、
そこには、シンデレラ城が待っていた。

詩音、「うわー、すげーー」
真凪、「・・・」  <=喉が痛い
紗代実、「うっきー!」<=ただテンション上がってるだけ

暴風雨の場内、18:00現在では、
まだ、昼の客が、おみやげ物色時間と思われ、
混雑は続くものの、天候の影響で早めに切り上げる人が多いのか、
時間と共に、少なくなっていった感はある。

合わせて、夜の入場を計画していた人が、
断念したのであろうか、そこからの入場者も
あまり増えてはいない感じ。

さて、私ら5人。

大分では、ガイド本をめくり、あれこれと
計画をしていたわけだが、
この暴風雨の洗礼で、すっかり混乱?!

ファストパスやら、ポップコーンやら、
人気アトラクションの制覇など、
想像していた事は、どこにいったやら。

まずは、佐和子おすすめの、
「イッツ・ア・スモールワールド」へ。

ゴンドラに乗って、流れにそって進むアトラクションだが、
1台のゴンドラが、20人ちかく乗れるため、
行列がはけるのも早い。

アトラクション待ち行列の初体験には、丁度良い所。

あまり待つこともなく、
通路を抜けて、エントランスエリアに入る。

ちょっとした体育館くらいの広さの場に、
乗り込み場と、予備のゴンドラが待機する場所がある。

感じの良いキャストの案内で、乗り込み、
流れに乗って出発。

しかしなにやら、けげんそうな、真凪。

少し進んで、エントランスホールから、
スモールワールドエリアに入っていく。

そこは、世界中の文化や特色を表した人形が
歌と踊りで迎えていくれる世界。

これと同様なアトラクションが、
大分県ハーモニーランドにあるので、
みな、それは体験済みだが、
「規模の大きさや、造作のクオリティーが違う」、
と言う部分を、本物主義の我が家は、
ぜひ比較対象としてココは外せないところ。

いろんな動きが、仕掛けで、音や歌に合わせて動く。

雅治は、その人形の左右の動きを目で追っていて、
同じ動きをしていた。

それを見た、真凪は、
「うわ、パパがノリノリ!」と思ったって。

ハーモニーランドのそれと違い、
人形の数も多く、奥行きや高さ一杯まで、
なんらかの仕掛けが満載。

みんなは、どう思ったのかな?

下船後、真凪が「奥に行くと思わんかった」と告白。

彼女は、エントランスホールの中
予備ゴンドラのレールのところを、
ホール内で、グルグル回るだけかと思ったらしく、
「ママはこれのドコが楽しんだろ?」と、
疑問におもっていた、らしい。

まあ、確かに、エントランスホールは大きくて、
大分の遊園地ゴーカート程度の広さはあるので、
あの中で完結するオチも、あるかもしれない。

体験に勝るモノ無し!

次にむかったのは、
「ホーンテッドマンション」

真凪は、怖い物キライなので、
「いやだ」と、言う。
でも、行く事に。

結果、大丈夫だったし、逆に楽しかった様子。

外は、相変わらず暴風雨。

残念なお知らせ、
本日のエレクトリカルパレードは中止とのこと。

このパレードを見に来たといって過言ではないこの旅行。

さらには、
ビッグサンダーマウンテン
スプラッシュマウンテン
が、中止。

ああ、残念。

ポップコーンショップや、
屋外軽食の施設も、ほぼ全滅。

その後、
ドナルドの3D映画シアター。

エントランスホールで、3Dメガネを手渡され、
時間が来ると、ホールに呼び込まれる。

ドナルドが主役のこの作品。
さまざまなディズニー作品を巡る度。

3Dの映像効果だけでなく、
香りや触感でも、演出が続く。

最後のオチに、会場大笑いで、幕。

前回、雅治・佐和子と二人で来た時は、
ベビートーク3Dだったかな?

改装中だった、キャプテンEO、見たかったナー。

さて、時間もさがり、少しは行列も落ち着いただろうと、
「プーさんのハニーハント」に挑む。

向かうと、雨のなか、施設外まで、行列は続いていた。

「まあ、待つのもいいでしょう」と、並ぶ。

横を、ファストパス保持者が、数名、入っていくが、
こちらの列も、動きが悪いわけでなく、
待たされている感は少ない。

やがて、施設内に入り、エントランスホールに入り、
乗り場が見えてくる。

アップルパイのようなゴンドラに2〜4人が乗って行くみたいだ。

どこかに行ってた佐和子が、キャストに連れられ戻ってきた。

5人そろった所で、丁度良く、乗り込み。

レールのない、平面をするーっと進む。

プーさんが、クリストファーロビンとともに、
100エーカーの森で過ごす、
そのままが展開される。

途中、ティガーの登場するエリアあがるが、
そこで、ティガーのぴょんぴょんを体験する。

真凪は、
「ティガーってあんな気持ちなんやー」と感心。

他、うなされるシーンでは、
広いエリア内で、ゴンドラが右往左往と行き交う。

ぶわっと、なにかかけられたりして、終わり。

退出後は、プーさんショップ。

世の中のディズニーショップにあるぬいぐるみと、
出来が違うのだろうか?

どうも、TDLにあるモノは、目を引く。

8000円の抱っこサイズのプーさん、
気になったが、今ここで、抱っこサイズを買うか?
と、思って、止めた。

で、4人組は、さっそく、小物を物色。

ここで、ちょいと、エネルギー補給。

フードコートに入り、軽食。

手際よく注文が進む。

なんだ、目的のものだったのか。

陶器に入ったデザート
この器、お持ち帰りなんだって。

えー、そうなの?と、驚く雅治。

あ、お持ち帰りの制度に驚いたのではなく、
旅行初日で、陶器を持って帰る根性に感心した。

まあ、ここにしか無いって言われれば、そうなんだけど。

20分程の休憩

真凪が、消耗状態。

早めの切り上げも視野に入れながら、
バズライトイヤー、へと、進む。

ここは、
レーザービームを打って、
得点を稼ぐアトラクション。

もう、閉園も間近か。

佐和子・詩音・紗代実は、
スペースマウンテンに行くが、
コースターものが嫌いな真凪は、

雅治と二人で、他のアトラクションに。

ところが、もう時間もさがっており、選択肢は少ない。

ピノキオ
ピーターパン
は、待っている人が居ないので、そく搭乗。

で、もう一度、
ハニーハントに行く。

佐和子・詩音・紗代実は、
スペースマウンテン後、
シンデレラ城に行ったそうな。

ラストは、5人そろって、モンスターズインク

最後、
ロズから、メッセージをもらえる。

「おやあ、3番目の女の子、ミニーマウスかとおもったわよ」
と、紗代実が声をかけられる。

どうやら、バックヤードで見ている、
ライブアナウンスと言う事らしい。

外にでると、もう閉園時間。

マーケットで、ちょっとだけ物色して、
名残惜しいが、ホテルに移動する。

モノレール・シャトルバスを経て、
ホテルに到着。

カードキーなので、フロントに行かず、
そのまま、部屋に直行。

一同、歩き回って、ぐったり。

お風呂の準備をして、順番に入浴。

お風呂にTVがあると、大騒ぎ。

まあ、でも、深夜時間だし、大した番組もないだろう。

雅治は、コンビニで買ってきた缶ビールで
一人乾杯。

ようやく、1日目が、終わったのだった。

4月4日

4月4日 計画

06:30 起床・朝食・チェックアウト
07:30 手荷物ロッカー入れ(入口)・TDL入場待ち
08:00 TDL入場
11:30 ディズニー・イースターワンダーランド
15:00 TDL離脱準備・おみやげ散策
16:30 宅配便手配(ランド外配送センター)
17:00 TDL離脱
17:10 JR舞浜(2)=>京葉線=>JR八丁堀(2)=> �.ー
八丁堀(2)=>日比谷線=>人形町(4)=>浅草線=>浅草=>浅草ビューホテル
18:00 浅草ビューホテル チェックイン 03-3847-1111
19:00 食事?・六本木に移動
田原駅(1)=>銀座線=>銀座駅(5)=>日比谷線=>六本木駅(1c出口)
20:00 森ビル「ONE PIECE展」入場 雅詩真
展望台? 佐紗
21:00 森ビル離脱
六本木=>タクシー=>浅草ビューホテル
22:00 ホテル帰着

さて、7時過ぎ、
なんとなく、目が醒める人、
あるいは、まったく醒める様子が無い人。

それぞれ。

当初は、8時のTDLオープンに向けて、
朝食・移動・入場と予定していた。

ファストパスを取得するための計画だったが、
前夜、主だったアトラクションを制覇したため、
あまり、意欲がわかなくなってしまっていた。

そうはいっても、マウンテン系は、逃したままだし、
TDLの入場券も手配済みなので、行動を開始。

朝食は、ホテルのバイキング。

5人して、会場に近づくと、長蛇の列。

むむ!

それは、間違いなく、朝食バイキングの順番待ちだった。

ああ、行列の洗礼を、朝一番から浴びせられるのだった。

8時入場をやめにしたので、心に余裕ができたわけで、
「まあ、待ちましょう」と、並ぶ。

すると、ホテルスタッフの案内で、
行列を抜けていくご家族が数組あった。

特別待遇のファミリーってことは無さそうだし、
朝食を断念って感じでもない。

そのホテルスタッフの発言に耳を傾けると、
朝食バイキングは、地下の別の会場でも行っている。
テーブルの景観がよい、1Fのレストランは、
この行列のように満席なのだが、
地下の中華料理レストランを会場にしたところは、
まだ、席に余裕があるとのこと。

特にメニューの違いはないらしく、
食事をするのに、景観を求めていない私たちは、
さっさと行列を離れて、地下に向かう。

すると、スタッフの言の通り、スムーズに着席。

中華円卓ゆえ、5人では十分な広さで食事ができたのだった。

ひさしぶりの、朝食バイキング。

ふだんの外食でも、バイキングを選ぶ事が多く、
戸惑うことなく、それぞれが散っては戻り、食事を進める。

次女、真凪は、相変わらず喉の痛みがあるため、
絶好調とは行かないモノの、バイキング料理の中で、
食べられそうなモノを選び、食を進める。

別に、焦ることもないが、居座る必要も無く、
さらりと済ませて、部屋に戻る。

さて、TDLに向かう前に、もう一仕事。

昨夜までの着替えや、これからの行動に不要な物、
そして既にかさばってきている土産品を、
この場所から、大分に向けて発送する準備が待っている。

1Fでは、宅配をするための専用受付があり、
詩音が、発送のための、段ボールを手配にいった。

ま、そりゃ、そうだが、箱は有料らしい。
数百円の箱だったが、よくみると、
ホテルとモノレールの間を往復する、
リゾートバスを模した段ボール箱だ。

箱に、昨夜着替えた洗濯物や、
東京タワーなどの土産物を詰め込み開始。

まだ、土産物は増えるということで、
パッキングを完了せず、部屋は、ひとまず、このままでTDLへ。

時間を見計らって、チェックアウトをするつもり。

ホテル1Fで、入場チケットをパスポートに交換。

クルーザー(バス)に乗って、モノレールに向かう。

昨夜は、暗がりで細部がみえなかったが、
ディズニークルーザーは、いたるところに、
ミッキーがいる。

また、昨日と違って、ホテルから出掛ける人も多い。

ほぼ満席の状態で、バスは、ホテルを離れた。

数分、バスにゆられて、モノレールへ。

世の中、昨夜の暴風雨から一転、絶好調の青空。

モノレールで数分。

お目当てのTDLへと到着。

これまた、昨夜の暗がりでは見えなかったところが、
あれこれと目に入り、みな、気持ちも上昇。

もちろん、お天気に比例して、入場者も多い。

多いというか、爆発的な混み具合。

パスポートを配り、それぞれゲートを通過。

ミーティング広場は、もう既に満員。

そして、そこにはおなじみのディズニーキャラクターが、ちらちら。

私どもは、まだ、この段階で、余裕を感じていた。

ビッグサンダーマウンテンのファストパスの様子を見に、
もしくは、昨夜、買えなかったポップコーンを求めて、
それぞれに行動開始。

だが、昨夜の反動か、入場者はどんどんと増えていき、
振り向いた瞬間に、目にする行列は、長くなっていく。

大分の感覚では、なにに並ぶにしても、
数組の待ち程度だが、ここでは数百人が列を成す。

子供達のスケール感でいうなら、
「全校生徒が並んでいる」という規模?!

私は、命じられ、
ポップコーンに並んでいた私だが、
他の様子を見るために、そこを離れた。

だが、一度離れると、次に戻った際には、
前回の数倍の行列に延長しているのである。

また、ポップコーンは、それぞれの店舗で商品が違うらしく、
先ほどの店舗は、そこでしか売ってない物を手に入れるため、
私が行列していたらしい。

私は、そんなことを理解していないので、
「どっか、空いてる店で買えばいいではないか」
と、言う。

しかし、一同、
「もー、あそこしか売ってないから、並んでって言ったのに」
と、大ブーイング。

役立たずの私は、ジャングルクルーズの順番待ちという、
比較的わかりやすい任務をを引き受け、
他のモノは、プーさん容器のはちみつポップコーンを手配に、
会場真逆の店舗まで、旅だった。

日影のない待ち行列だったが、春の日差しは不快でもなく、
私は、入れ替わりで戻ってくるお嬢さん等と、
楽しく待ち行列。

それが約1時間程度続き、
ポップコーンチームも、ほぼそろったのは、
アトラクション乗船の数分前。

5人そろって、ジャングルクルーズへ。

ジャングルを模した森の中に、
船で進んでいくが、アナウンスは録音でなく、
キャストが、乗客の様子をみながら、ライブで進める。

ゴリラに惚れられたとか、誰かが帰ってこなかったとか、
笑いや緊張感を折り込んで、進んでいく。

進路両岸に見所があるため、
全周囲を見なければならず、けっこう忙しい。

終了は、大人数のキャストに支えながら、
大きなお父さんもこけることなく、下船。

ふぅ。

お次は、と言いながら、
もう、行列に並ぶ気力は少なく、
目の前のツリーハウスに、入っていった。

やまばと幼稚園でも(理事長先生だけ?)、
ツリーハウスの実現について、なんどか案もあったが、
なかなか、実施に至らず。

私は、この先、いつ実施命令が下るかも知れず、
細部に至るまで、じっくりと観察した。

なるほど、ツリーハウスは、
なんらか、テーマを決めるといいのだな。
そうすると、自ずと、作り方や装飾が決まってくる。

ここのツリーハウスは、無人島に船が難破してたどり着いた、
その後、ツリーハウスを作り、生き延びたという設定。

ゆえ、装飾品も、当時の時代の客船に乗っているモノで
構成されており、利便性もそこで手に入る材料で表現される。

結構な高さのツリーハウスであるから、
上り下りでも、そうとうのエネルギーを使う。

降りてきて、退場した後は、
海賊モノのショップに行きたいという詩音の意見で、
カリブの海賊アトラクションに向かうが、
当然、長蛇の列。

なので、そのExitにあるショップで、物色。

佐和子は、名物?の
「ミッキー・ミニーまんじゅう」を求めに別行動。

海賊モノは、世の中、流行の中にあるが、
ここに商品の多くは、ジャックスパローなど、
パイレーツオブカリビアンのものがほとんどだ。

私も覗いたが、根がインドアなため、
海賊帽やバンダナを巻いた自分が想像できず、
なにも買わず、外にでる。

すると。
「ミッキー・ミニーまんじゅう」を手にした佐和子が帰ってきた。

みなに、披露するが、
お嬢さんたちは、反応薄。

シルエットは、確かにあのカップルだが、
ブツは、肉まん。

たしかに、反応は薄いかも知れない。

結局、大人が片付けることに。

時間は、12時前。

午後の予定を確認。

私は、単身、ホテルに戻り、チェックアウトする。

あとの4人は、そのまま残り、パレードを観覧する。

そうと決まれば、さっさと行動。

ゲートを抜け、モノレールに向かうが、
どうやら、入場もピークに達して、
新規入場券の発券は、中止ししているとのこと。

つまり、超満員。

昨日は、超閑散で、今日は超満員。

極端なTDLの2つの顔を一気に体験したことになる。

ゲート前では、入場を断られる人

混雑解消を待つ人

あきらめて帰る人など、さまざま。

モノレールで、ホテルに戻るが、
そのたびに、乗車する、ディズニークルザー。

運転手さんも、そんなに交代はしないのだろう、
昨日から何度も、顔をみる人だ。

先方は、覚えていないだろうが、
なんども、顔をあわせると、
「このお父さん、なんども乗ってるな」
なんて、思われるのかしら?

部屋に上がると、
開いたままの発送段ボールがある。

特に、新たに参加した土産物もないので、
発送する事に。

ディズニークルザーを模した箱。

私は、あまり、そういうの興味がないので、
詰め終わった箱の上部を、テーピングした。

1Fの発送窓口に持って行くと、
その箱を丁寧に再包装してくれていた。

そう、この箱も、土産物として大切に扱うことを
希望する客が多いのだろう。

折り目も、傷も付かないように、最上の扱いだ。

段ボール箱は、通函としか思っていない私には、ちょっと驚き。

送料、手数料を支払って、まずは予定作業が1つ終了。

最後は、スーツケースを、持ち出し、チェックアウト。

このホテルは、全部、前精算なので、
チェックアウトも、冷蔵庫の商品を使ってないのなら、
フロントに立ち寄る必要もない。

さらりと、帰ればいいのだ。

さて、スーツケースは、当初の予定、
舞浜駅か、TDLステーション付近の
コインロッカーに預ける予定だった。

しかし、先ほど、TDLからホテルまでの間の
コインロッカーは、ほぼ一杯の様子。

かといって、このままハンドキャリーもめんどうだ。

転送サービスはないかなー。

たぶん、あるだろうな、と思いつき、
ホテルのコンシェルジェに聞く。

チェックアウト後、
舞浜駅から、離脱するのだが、
スーツケースを預けられる方法はないのか?
もしくは、今夜宿泊先の、
浅草ビューホテルまで、転送できないか?
と、聞いたのだった。

すると、
ホテルから、舞浜のインフォメーション。
※初日、最初にパスポートを交換した場所。

そこまで、転送して預かることは可能だと言う。

ただし、15時以降になるってことだ。

真凪の様子から、早期切り上げも考えられるが、
まあ、15時は過ぎるだろうと判断。

手数料を支払い、委託する。

私は、手ぶらで、TDLに戻る。

ゲート前、相変わらず、混雑。

ふと、並びの人達の手元をみると、
A4プリントの紙を持っている人が多い。

して、パスポートではなく、その紙を見せて入場していた。

詳細はわからないが、
なにやら、キャンペーンかクーポンかだろう、
それを使い入場している。

大混雑の原因になったのか、わからないが、
そういう人達が、たくさん来場する日だったのかも知れない。

敷地内に入り、4人の居所を問い合わせる。

ミッキーの部屋とか、あれこれチャレンジしたが、
どこも長蛇の列で、断念。

さすがに、昨夜とのギャップが大きくて、
「こんなくらい並んで当たり前」に事実に、
いつでもスルリの頭から、切り替えが難しいな。

どうやら、アトラクション周りは断念し、
土産モノ物色をしているようだった。

して、いつものように、4人とも意見の食い違いで、
ぐだぐだな空気。

聞けば、誰がどうした、それがどうだったと、
それぞれ、希望と現実のギャップに不満を述べる。

「はいはい、じゃあ、みやげ買って、撤収」

一番のストレス要因は、私たちのキャパシティーオーバーだろう。

普段から、こんなに混雑した所で生き抜く行動をしていないし、
競争原理に基づき、我先に飛び込むような生活様式でもない。

なので、疲れたってところ。

最後の買い物ということで、
ワールドバザールで、散策するが、
頭も混乱してて、
本当に欲しいものか
記念的に気になるだけなのか、
ただ、さわってみただけなのか、
もう、グダグダ。

通りでは、ピアノ演奏をするパフォーマーが行き交うが、
それも人混みをかき分けての演奏。

私は、ブルートのぬいぐるみを購入。

自室のベッドにクタらせておくと、いいだろうと考えてのこと。

あ、そうそう、
TDLで販売しているぬいぐるみは、かわいいと思う。

福岡のディズニーショップなどに行く事はあるのだが、
むいぐるみの出来がイマイチ、か、ブスだったりする。
また、生地の毛並み?も違う気がする。

たしかに、タグには、
東京ディズニーランドと書いてあるから、
ここでしか販売してないロットだろうと思われるが、
品質の違いがあるのかな?

みやげ物色も、そろそろ飽きてきたので、
いよいよ退場。

ゲートに向かう。

が、ミート広場にいくと、
これまた、いろんなキャラクターが出てきて、
ゲストに囲まれている。

ティガー・各種姫様・船長・ピーターパンなどなど。

もちろん、王子様ミッキーマウスもいらっしゃるが、
握手して記念撮影するには、これまた長蛇の列。

90分待ちだとか?

その様子を遠目に見ながら、並ぶか撤収か、
ギリギリの攻防が空気を硬直させ、5人を包み込む。

で、結論は、撤収。

ここで出たとしても、再入場は可能なのだが、
それはナシという事で。

ゲートを抜け、歩きでJR舞浜駅に向かう。

佐和子の心残りは、
ディズニーシー限定の、??グッズ。

特に、ポップコーンケースが欲しいとか。

いまから、シーに移動するか?
というかけ声が、出そうになっていたが、
撤収を決めたので、撤収で。

途中のショップで、グッズを探すが、無い。
欲しかったブツは、プレミアム感を維持するために、
限定品はあくまでチャンスにたどり着いた人だけのモノ。

さて、私は、スーツケースを受け取りに、
舞浜インフォメーションセンターに行くが、
どうやら、まだ届いていないらしい。

なので、しばらく、待機。

センター前の商業施設で、飲食をするか、
あれこれ物色するが、みな、疲れもあって、
意見はそろわず、なぜか外の噴水で待機。

20分ほど、そんなこんなで、空白の時間を費やす。

再度、荷物の確認に行くと、無事、届いていた。

それを受け取り、JR舞浜駅を後にする。

車中から見える、葛西臨海公園水族園に行く事も、
さらりと提案したが、
ミッキーとの記念撮影ができなかった事に、
無念を感じる詩音、
体調不良の真凪、
お疲れで不機嫌な紗代実、
その3人の不機嫌を吸い上げて、お疲れの佐和子。
で、ひとりほのぼのを維持する、雅治。

電車内から、スカイツリーが見えてきた。

ようやく、頭が、次の予定に切り替わっていく所である。

JR茅場町=>日比谷線=>都営浅草駅まで。

そこから、浅草ビューホテルまでは、歩き。

もう少し近いかと思ったが、けっこう歩いたな−。

右手には、アサヒビールの巨大なウンチが見える。

浅草

2泊目は、浅草ビューホテル。

窓から、スカイツリーが、正面に見えますって、
旅行代理店の推しプラン。

複雑な手続きもなく、2012号室へ。

たしかに、まど全面に、スカイツリーが望める。

また、その直線上眼下には、浅草の町並み、
そして、浅草寺。

ひとまず、5人して、くったりと休憩。

今夜は、
雅治・詩音・真凪の3人
そして、
佐和子・紗代実の2人は、

別行動となる。

詩音の願いで、
漫画ワンピースの原画展に行くため、
3人チームは、20時着で、六本木に。

5人で行く案もあったのだが、
原画展は、作品との距離や、あれこれマナーの制限も多く、
紗代実が楽しめる要素が少ないとの判断で、
佐和子・紗代実は、別行動とした。

さて、16時

ホテルの朝食バイキングから、ろくに食事もしていない。
まあ、激しく、ポップコーンを食べてはいたけど。

そこで、昨年、佐和子が園の旅行でいった
天丼屋に行くことにした。

大黒屋というが、後で調べると、有名な店であることが判明。

特に、地元の人は、絶対に行かない店で有名だとか。

ごま油の黒い感じの天丼は、
関東方面では、アリなのだけど、
長年継ぎ足して使っているであろうドンつゆは、
なぜか、コゲ風味に包まれ、苦いばかり。

喉の痛い真凪、疲れて寝入る紗代実。

結論から言うと、「ブー」な評価に終わった。

完全に寝入ってしまわないうちに、再度行動開始。

六本木ヒルズ

佐和子・紗代実は、浅草の人力車体験。

雅治・詩音・真凪は、六本木へ移動開始。

六本木チームの目的は、

六本木ヒルズ森タワーで開催中の
「ワンピース 原画展」

作者、尾田栄一郎監修で、
見所や、読者垂涎のシーン原画が展示されているという。

また、映像や立体、作者の作業場再現など、
漫画作品と、その周辺を大きく表現されている。

列車を乗り継ぎ、六本木。

地下から、地上に出ると、目の前は、ヒルズタワー。

広場には、大きなクモのオブジェがあり、
遠くには、東京タワーが光る。

少し、雨のちらつく中、看板にそって進む。

螺旋階段を上り、細かく仕切られた通路を、
案内に従い進むと、チケットセンターがある。

実は、展覧会と併設して、ワンピースレストランが
営業している。

そこでは、作中にでてくる、「あの肉」や
キャラクターを模した料理が提供される。

ただ、そのレストランは、
展覧会と違った場所で開催されており、
そこへ入るためには、別に展望デッキ入場が
必要だと言う。

あのメニューがでるレストラン

幸い、今回の旅行には、
その展望台の入場券が特典で付属しており、
まずは、それを使ってレストランに向かった。

展望台フロアにエレベータで上がる。

右に行くと、展覧会、左がレストランだった。

早速、レストランに行くと、
券売機で、メニューを選び、チケットを買うシステム。

それを知らずに、中を見ようと進むと、
店のおにいちゃんに止められ、
システム遵守を指摘される。

なんだか、歯を磨いてない様な口臭のする人だった。

なので、口論する気が失せて、従うわたし。

さて、メニューだが、
あまり空腹でもないし、
マズかったら困るので、

・肉のヤツ
・ハヤシライス
の2品に留めた。

先ほどのおにいちゃんが居るので、
チケットを見せると、奥に案内してくれた。

どの席も、ヒルズ高層階から東京都内を一望出来る。

特に窓際席は、足下から硝子窓なので、圧巻。

でも、私らは、興味なし。

壁側の席を陣取る。

が、チケットがあっても、セルフサービスらしく、
カウンターに行く。

ファーストフードのノリで出てくる。

うーん、田舎者には、六本木ヒルズは、
セレブの場所というイメージがあるんだけど

出てくる物は貧相なのね….。

さて、お味は・・・・・、ははは。

意匠重視ってね、そういう事もあるか。

高い授業料だった。

あ、ちなみに、
ワンピース展の入場券があれば、
別途展望台入場の手続きは無くてもOKだったらしい。

ワンピース原画展

さて、入場時間が決まっているワンピース展だけど、
そろそろ予約した入場時間が迫ってきた。

なので、レストランを撤収し、ゲートに行くと、
「お客様、これは予約券なので、入場券に変えて下さい」
と、なんと、1Fまで降りることに。

その場で発券出来そうだったけど、
ダメだと言う、もぎりのねえちゃん。

まあ、もめてもしょうが無いので、
再度、1Fまで降りて、入場券を持って、再上昇。

最初は、手配書が張られているブースがあり、
そこの出口で止められる。

ある程度の人数が貯まると、次のブースへ入る。

そこは、映像展示となっており、数分の映像で観覧出来る。

平面展示・映像展示をいくつか超えると、立体展示があった。

ワンピースを把握してない、雅治と真凪は、
なんのこっちゃわからん部分もあるが、
でんでん虫のフィギュアは、欲しくなった。

最終の大部屋は、原画が展示され、中央には、
作者の作業場を再現したデスクがある。

また、作者が作画の際の心得などを紹介し、
1枚仕上げていく過程がビデオで上映されていた。

出口では、新聞や、記念のビブルカードをもらい、終わり。

さて、その先のエスカレータを降りた所が、
今回の展覧会に関連したグッズのおみやげコーナー。

当然ながら、ここでしか買えない商品もある。

詩音・真凪は、自己予算の範囲で、購入を考える。

といっても、商品は、1セットづつ展示してあり、
購入者は、注文票に個数を記入してレジに行くだけ。

二人は、クリアファイルなどを、買っていた。

雅治は、限定ストラップBOX

さて、そこからが大変。

浅草に戻るため、ビルを出ようとする、

エレベータで、1Fまで降りたが、
そこは、エレベータで言う1Fであり、
ヒルズ全体としては、何階なんだろう?

そして、地上から数えたら、どこに居るの?

オフィスビル部分は、営業を終えており、
誰も通ってないひとけの無い場所。

タクシー乗り場は、どこよ?

途中、コンビニを発見したので、
喉が痛い真凪用に、ドロップを購入。

その後、ビル内をうろつくが、迷い気味。

なんとか、守衛さんと遭遇して、
タクシー乗り場を理解する。

時間は、22時を過ぎていた。

3人は、タクシーで、浅草ビューホテルに向かう。

皇居周辺など、いろいろと見所を走るタクシーだが、
夜なので見えもしないし、2人もお疲れ。

無言のまま、ホテルに到着。

部屋にあがると、佐和子・紗代実は、元気に待っていた。

雅治は、再度、晩酌用品を求め、浅草の町に繰り出すのだった。

といっても、ホテル前のコンビニにいったくらいだけど。

そして、
2泊目も、なんとか無事に、終わる。

4月5日

3日目の朝

最終日の出だしは、宿泊先の浅草ビューホテルでの朝食バイキング。

盛りだくさんの旅程ながら、みな、大きな疲れを見せること無く、
さっと支度を済ませ、1Fロビーへ。

指定のレストランに入ると、もうすでに満員。
どこかの老夫婦と共に、順番を待つ。

レストラン入り口には、スカイツリーの模型が飾られていた。

満員のレストラン内だったが、

同じような家族連れも多く、
回転が速いため、長く待つこと無く着席。

料理は、まあ、一般的なものだが、
バイキング好きの私たちは、朝から気分よし。

前夜、食事のタイミングが難しく、
早い時間の天丼と、2チームに分けた行動で、
まとまった食事が出来なかった影響か、
みな、立ち座りを繰り返し、テーブル間を駆け回る。

朝食を終え、ちょいと浅草周辺を散歩。

ホテルを出て、道路を渡ると、浅草寺の空気に包まれる。

お天気も良く、5人は道々の興味ブツに立ち止まりながら、
浅草寺参拝に進む。

雷門で、大きな提灯の下を進み、本堂で参拝。

なにやら縁起の良いローソクを奉納。

で、おみくじ。

ん?寺でもおみくじってアリかね?

そういえば、ずーっと以前、山崎さんちで、
ここに来たことがある。

苦い思い出の多い旅行だったが、
その苦渋の1つが、おみくじ。
今回は、無事、全員で成せた。

山門を出ると、参道には露天が営業を始めていた。

お嬢さんたちは、怪しいべっこう飴を購入。

昨夜、人力車で観光をした、
佐和子と紗代実が、そこで得た情報を
解説しながら、進む。

途中、イモアメ屋?を見つけ、
ご購入。

切り欠き看板や、浅草交番で、記念撮影。

浅草演芸場のビル。
そこの消防ホースの差し込み口が、
給水経路に合わせて色分けしているのに、
雅治・佐和子は感激して、記念写真。

さて、一度、ホテルの部屋に戻り、出発の準備。

再度、洗面やトイレ、荷物整理。

当然、結構な荷物になっていた。

それをなんとか詰め込み、チェックアウト。
特に面倒な手続きも無く、終わり。

上野へ

ホテル玄関で、タクシーに乗り込み、
上野駅浅草口へと依頼する。

私らが大分の人間であると言うと、
運転手さんが、昔話を始めた。

自分が困っていた時代に、助けてくれて、
タクシー業を共に歩んできた人がいるのだが、
その方が、大分湯布院で寺に居るとのこと。
「オオマエダ」と言ってたかな。
ぜひ、もう一度あって、御礼を言いたいと。
でも、40年とか前の話らしい。

道路の状況も、混み合わず、上野駅には、すぐに到着。

浅草口のコインロッカーには、スーツケースOKだと
事前調査で把握していたので、ココに来た。
情報通り、大型のケースを納め、500円をいれて預ける。

活動装備になった5人は、本日の目的地へと向かう。

目指すは、上野公園、東京国立科学博物館。

駅の真反対なので、駅構内の散策をしながら、
公園口を目指す。

上野公園に入ると、桜の季節。
花見客も、多く居た。

恩賜公園
正岡子規記念球場
東京文化会館
などを通り過ぎ、
国立西洋美術館の隣。

夢にまで見た、東京国立科学博物館に到着。

国立科学博物館

博物館・動物園・水族館など、
大好きな私ら5人。

ふだんの生活のなかで、
これらの話題も多い。

そこで、いつも、
「やはり東京国立科学博物館が一番かな」
と、自慢げにいう雅治の言葉に、
「いつかカハクへ」と思いを募らせてきた。

私としては、TDLより、カハクに時間を取りたく、
この旅行の計画当初は、TDLが無くて、
2日間カハクという案すらあった。

もちろん、秒殺却下。

さて、入館。

公立施設であるため、
年齢や諸条件で、入館料が変わる。
いくら払えばいいのか、アレコレ案内探す。

結局、子供は無料って事。

そんなガイドに左右しながら、チケットを手に、
まずは、巨大映像を見ることに。

「シアター360」

360度全天球シアターがあるのだが、
丁度タイミングよく、上映時間に合致。
次回上映に向けて、通路を進む。

「気分が悪くなる」という警告板を見て、
詩音の状態が気になった。

中に入ると、大きな玉の中に入って行く、
そこには、こちらと向こうをつなぐ、1本の橋。

観覧者は、その橋の上で待機。

すると、会場全体どこをみてもスクリーンが、
それぞれの視点の映像を映し出した。

水の中、恐竜時代の森の中。

おお、これはヨソでは見た事が無いな。
と、感心する。

が、その特徴を生かそうとする映像作家の意図なのか、
カメラパンが多かったり、細部が荒かったりで、
私としては、60点というところかな。

詩音もなんとか、無事に観覧終了。

さて、本題に行きますか。

カハクは、開館当時からの建物を「日本館」とし、
剥製や科学の展示をする「地球館」に分かれる。

まずは、新館である
地下3階・地上3階の地球館へ。

地下3階から、始めることにする。

地球館B3:自然“しくみ”を探る

宇宙・物質・法則についての展示があった。
手で回して、磁石や電気・エネルギーの実験を行う機器が多数。
もちろん、お嬢さんたちは飛びついて行く。
ちょっとだけ知識人の詩音は、映像解説のBOXに座り込む。

雅治は、宇宙線の粒子が飛来してくるのを可視化する
実験機が気に入って、全員を集めて、紹介したが、
うーん、反応はイマイチ。

というか、みな、それぞれ見たいモノがあったのを
中断されたのに、怒った?

地球館B2:誕生と絶滅の不思議

一番見たかった、古代生物のエリア。
カブリア期の奇妙な生物たちの模型や、
アーケロンなどの大型生物の化石模型。

見上げた上に展示されている迫力は、感激。

地球館B1:恐竜の謎を探る

TV番組「科学君」で紹介されていた、
トリケラトプスの全形化石なども、ここにある。

また、Tレックスなど、おなじみの恐竜もココ。

地球館1F:みんな、かかわりあって生きている

現代でも見ることの出来る動植物の展示
細菌からゾウや鯨など大型生物の骨格や特徴を解説している。

地球館2F:日本の科学者技術者
私たちは考え、手を使い、創ってきた

フロア前半は、滑車。ブランコやシーソーを使って、
物理実験を体感できるエリアがある。
フロア後半は、ロケットや工業製品など、
主に日本の技術を紹介するエリア。

当然、お嬢さんたちは実験コーナーに食いつくが、
移動時間があるため、途中で集合が掛かり、涙目。

地球館3F:力強く生きる哺乳類と鳥類をみる

フロア前半は自然の状況や地層を模したエリア
フロア後半は、動物の剥製エリア。
ここにパンダの剥製がある。

さて、新館は、ここで終わり。

次に旧館?、日本館へは渡り廊下をつたって行く。

古い建築であり、
歴史を物語る映画などに登場しそうな内装であり、
手すりや階段の石のすり減りなどには時間経過を感じる。

空からみたら、飛行機の形をしている日本館。

中央の螺旋階段ホールから、南翼・北翼に別れる。

日本館3F南:日本列島の素顔

日本の気候や地質の展示がある。

日本館3F北:日本列島の生い立ち

日本特有の鉱石や出土した化石が展示されている。

日本館2F南:生き物たちの日本列島

日本の動植物の展示がある。

日本館2F北:日本人と自然

日本人の歴史、古代人の生活が展示されている。

後半には現代人のブースがあり、記念撮影ができる。

忠犬ハチ公の実物は、ここにある。
意外にデカイので驚いたが、秋田犬だったわけだ。

日本館1F南:自然をみる技

江戸・明治以降で、天文学や物理学の展示がある。

なお、当日は、日本の最新工業製品を表彰した展示があり、
極薄繊維や充電方式などの実物が展示され、
同時に、開発会社の営業さんがPRに立っていた。

ひとまず、ここで一区切り。

館内の見学は終わりだが、ちょいと飲食補給。

売店・フードコートにて、飲料・軽食を取る。

人は多いが、座れないワケでも無く、
軽食購入に手間取るけども、なんとか全員着席。

真凪の病状も、改善はしないが、気力で楽しんでいる。
紗代実のグズリも軽微であり、詩音もご機嫌。

最後の難関は、もっとも時間を取る、ミヤゲコーナー。

さすがカハクなので、博物的ミヤゲの品揃えは、膨大。

色違いのアノマロカリノスストラップなど、
イイ感じだったのだが、色違いを揃える趣味は、
私にはないので、見ただけ。

女4人は、誰かに差し上げるミヤゲの物色に奔走。

まあ、30分はかかるな。

雅治は、人にミヤゲを買う風習はないので、
自分記念を探す。

目に入ったのが、カハクガチャ。
当然!? 海洋堂作品。

カハクの展示物がミニチュアフィギアになっている。

狙いは、やはり忠犬ハチ公。

300円を投入し挑む、が、出てきたのは、
「東京国立科学博物館」だった。

え?、ああ、そうか。

カハクの建物は飛行機の形だと言ったが、
その様子を表すかのように、建物のミニチュアフィギア。

まあ、これでもいいかと、ポケットに。

ミヤゲコーナーに行くと、まだまだ物色中の4人。

なので、もう300円投入し、カハクガチャに挑戦。

なんと!、狙いの忠犬ハチ公が出たのだった。

ちょっと、うれしい。

機嫌をよくした私は、4人の所へ行き、
「まだ時間もあるし、せっかくなのでイイの選びなさい」
と、時間がかかることを容認。

ははは

そうはいっても、最終日。

飛行機の時間もあるので、無制限には出来ず。

小荷物を抱えて、5人は出口側広場へ。

広場には、シロナガスクジラの実物大模型。

うーん、でかすぎて、展示がハデすぎて、
なんだか実感が沸かない。

そのクジラの下で、喫煙中の人が、
警備員からマイク放送で怒られていた。

もう、心残りはないか?と、確認したら、
みな、カハクガチャをしていないと、
戻っていった。

でも、フタバスズキリュウやらトキやら、
なんだか、いまいちなモノで、がっかり。
やはり、ハチがいいよねー。

そろそろ、上野を離脱する予定時刻だが、

佐和子が、どうしてもパンダを見ていこうと提案。

まあ、確かに200mくらいあるけば居るわけだし、
次回はたぶん、無いだろう、このチャンス。

上野動物園

私の全体感では、体力の問題など、どうかと思ったが、
4人の意見がまとまり行くというので、GO。

詩音の料金をどう判断するか、だが、
今日は小学生として、無料で押す。

入園すると、すぐ右がパンダ舎。

実は、ちょっと前に、佐和子は別の案件で、
同園を訪れており、施設を熟知。

幸い、特に混雑している様子も無く、
見学の並びに、連なる5人。

ちょっと日差しが気になるが、暑いわけでもなく、
のんびりとした距離感で、時間を過ごす。

リーリー:オス
シンシン:メス

についての解説が、施設壁にあり、
リーリーの誕生が真凪といっしょだと盛り上がる。

やがて展示室が近づき、みなデジカメを構えるが、
あちらを向いて、寝ていらっしゃる。

かろうじて、シンシンが動いてきたところを激写。

さて、パンダだけという事なので、退園と思いきや、
日本では数少ないゴリラの実物を見ると園内を走る。

実は、パンダ舎とゴリラ舎は、園のハシと端。

小走りで到着し、僅かな隙間から、お姿を見て、
「ハイ見た!、戻るぞ、ダッシュ」

駆け足で、園内をヌケ、離脱。

盛り上がる上野公園の花見客をかき分け、
上野公園交番を激写し、上野駅へ。

スーツケースを出している間、トイレや小物買い。

私は、タクシー乗り場を聞きに、交番へ。

なんだ、階段下って教えてくれたところって、
今朝、タクシー降りたところじゃないか。

5人揃い、大荷物を詰め込んで、タクシーは、
羽田空港に向けて走り出す。

都市高速にはいり、地下やら交差やらをヌケ、
高層ビルの間を走る中、真凪曰く、
「高速道路って山の中を走るんじゃないの?」と言う。

まあ、確かに大分・九州では、高速道路は山道だわなー。

羽田空港

大きな渋滞に見舞われること無く、
湾岸沿いを進み、無事、羽田空港に到着。

まずは、大きな荷物を、預ける。

そうしないと、これから、まだ買い物が続くのだろうし。

預け荷物の重量超過を取られず、荷札をもらって、買い物開始。

だが、まずは飲食補給。

AMEXから5000円のミールクーポンを貰っていた。

なので、指定のレストランで、軽食。

疲れもあって、あまり進まず、気力を振り絞り、
ミヤゲコーナーが集積するガレリアへ。

各自、目的物を探しに行くが、ばらけて迷子になると
どうしようもなくなるので、全体行動。

JALショップや、玩具ショップ・文具雑貨を巡る。

真凪が東京タワーの旅に来た際に、寝転がったソファを拝観。

最後は、お菓子系ミヤゲを物色し、ゲートを通過。

JAL九州方面なので、歩く歩道を何度も使い、7番へ。

しばし、搭乗時刻を待つ。

さよなら東京

アナウンスが始まり、5人して、ボーディング。

ほぼ、定刻、無事に飛び立った。

みな、うつらうつらしながらの機内。

サービスのドリンクやらを貰って、
おとなしく過ごす。

やがて、スクリーンが機外を移し、
降下姿勢に入ると、
真凪はトイレに行くといった思い出を語る。

そして、着陸。

大分とうちゃく

大分空港手荷物カウンターでは、
寿司が回り、金属の車海老がお出迎え。

もうひとがんばり。

雅治は、車を取りに、駐車場へ行く。

手荷物をもった4人を、載せて、大分空港を離脱。

一般道を走行し、空港バイパスに入る所。

1車線に合流する地点で、右から迫ってくる車有り。

ほんの少し、ぶつかったようなので、停まるかと思ったら、
そのまま走行。

あれえ?、どうしたものか。

ひとまず、追いかけると、逃げる。

詩音のデジカメで、ナンバーを撮影し、様子見。

徹底的に追いかけても良いが、それで2次被害にあっても
困るし、警察を呼んで、帰宅が遅れるのも、
みな、そろそろムリな体力。

デジカメとETC通過で、証拠はあるから、いいか。

通常走行にて、帰宅。

一人の事故も亡く、無事に終えたのだった。

結果として

5人で動けば、
しかるべき費用はかかる。

5人で動けば、
意見の違いも出てくる。

5人で動けば、
発見も多い。

社会構造そのもの。

なので、
厳格なルールと
臨機応変な対応力と
正確な判断力が求められる。

どこぞの論文で、

子供の時に家族旅行の経験数で、
社会に適合できる能力差が出てくるとか。

確かにナー、なんて思った。

次の予定は、しばらく無し。

2012年に向けて

☆はじめに

毎年、年初、
前年の反省と、新年の抱負を、年賀状代わりに紹介しております。

出来事の感想は、私の率直な思いを記してあります。

中には、世論の意向と反する表現もあるかもしれません。

また、特定の個人を名指し、もしくは推測可能な記載もありますが、
特別な意図を含ませているわけはありません。

2011年に直面した事実に対し、
賛否・喜怒哀楽を、一杯詰め込んでおります。

お楽しみ下さい。

なお、認証された方だけが閲覧できるホームページなっております。

第3者への転送や開示は、一切、おやめ下さい。

 

☆2011年 80点

2011年のキーワードは、

・過去の整理
・戦闘準備

と、定めた。

さて、結果。

・過去の整理

別にうしろめたい過去はないのだが、
気がかりは、いくつかあった。

中でも、やはり、山崎を冠する立場上の案件は
「いずれかそうなる」と予想していた結果に至り、
複雑な思いを抱いた。

これは「整理」とは言えないかも知れないが、
「区切り」ではあっただろう。

さて、
所有物を放棄する整理法が話題だった2011年だが、

以前より、私の整理法には「完全撤収」が多い。

稼働する機器は、しかるべき場所に譲るなどの処分、
引き取り手の無いモノは、廃棄とする。

2011年も、いくつかの分野で実施をしたのだが、
まだまだ膨大な所有物がある。

今のところの整理状態では、
「起きて半畳寝て一畳」という空間ではないな。

気持ちは、シンプルに生きているつもりなんだけどなー。

・戦闘準備

特に、戦が控えているわけでも無いし、
想定された敵が居るわけでも無いから、

戦闘準備というのもおかしな話だが、

「有事に備える」という意味で、2011年の目標とした。

そして、東北の災害を目の当たりにし、「敵の1つ」が見えた気がする。

何年も前から、災害対応は心がけて情報収集を続けていたし、
私の無駄遣いも、決して、これを無視した話ではない。

後付けの言い訳にきこえるかも知れないが、
カレーワゴンも、災害時の運行が可能なように装備されている。

「災害という敵」に向け具体的に手がけた戦闘準備であるが、
大きく進めたのが、避難用品の準備である。
※詳細は非公開

「生き残るためには」というテーマを掲げることが、
決して、失笑を買うような事ではないと強く感じている。

一方、目の前で発生した課題に対応するのも、
その都度、戦闘準備が必要だった。

2011年は、
親族所有の株式会社を当時の経営者から取り戻すという大役に挑み、
大きな損害を見ずに、ほぼ完了した。

これも、自分が独立開業時代から続けてきた法人運営の知識習得と、
諸事情に応じた手続きノウハウの実践が功を奏したと感じている。

もちろん、改めて学んだ事もたくさんある。

以上の事から、目標であった、

・過去の整理
・戦闘準備

は、順調に果たせたと評価したい。

さて、結果の、80点は、昨年の84点より若干低下した。

しかしながら、前年比から低下を気にする必要は無い。

様々な取り組みをこなしてきた1年の中でみると、
該当目標の達成に高得点を与えられたとしても、
日々の生活の中で、悪いことも失敗もあるわけで、
総合点としては、80点が適切である。

2011年は、
好きな数字「4」の並び、44歳になった。

でも、
「日の出を制する」には、未だ至らず・・・・・

 

☆家の隣が火事だ

夕食も終わり、我が家の住人のそれぞれが自室に散っていった夜。

私は、サーバ室で、いつものように過ごしていた。

2011年1月20日0時から、
任天堂3DSの予約開始だった。

その前夜にあたる。

別に買う予定もなかったが、混雑具合に乗っかろうかと考えていた。

22時近くだったと思う。

壁の外は、カレーワゴンの駐車場。

なにやら、パンパンと、乾いた音がする。

「うーん、バケツかPETが転がってるか?」
と、部屋の扉をあげて、駐車場をのぞき込んだ。

すると、黄色いカレーワゴンが、オレンジ色に光っていた。

「なんだ、公園の照明?」(であるはずもない方向からの光だ)

光源の方向へ目をやると、義母の住む別棟。

そこが、メラメラと、オレンジ色が揺らいでいた。

「これは、火事だ・・・・・」

すぐさま、佐和子(かみさん)に叫ぶ。

「おーい、火事だ、まずは消防か、電話して」

佐和子がTELすると、もう通報は行ってるみたい。

私は、義母の様子を見に、外に出る。

すると、火元は、義母別宅ではなく、その隣のS氏宅。

義母を、我が家に避難するようにして、一安心、
というところだが、もちろん隣接建築なので、
延焼が心配される。

義母や佐和子は、義母宅から貴重品の持ち出しを試みるが、
普段から、そういった整理をしていない為、慌てるばかり。

私は、敷地から通りに出てみると、もうすでに人だかり。

火元宅前にいくと、ご家族が水道ホースで水をかけている、
そして、まだ高齢者が中に残されていると叫んでいる。

ただ、もう、その段階で、素人の手に負える火ではなかった。

ほどなく、消防車が到着し、地元の消防団も集まってきた。

我が家敷地からの消防活動が有効だと判断し、
ホースを庭に引き込んで、消火活動が進む。

それと同時に、新聞社の記者が入り込んできた。

とっつかまえて「不法侵入だ」と名刺を提出させ、追い出す。
※記者は、なぜか特権意識をもっているから不思議だ。

我が家周辺は、消防隊によって進入禁止となってしまう。
心配して駆けつけてくれた方々も、近寄ることが出来ず、
境界線や屏越しに、こちらの無事を伝える。

火は強くなっていくが、こちらが風上となって、
居住区の無い運動降園側に流れていった。

もし、風向きが逆だったら義母宅は延焼していただろう。

続く消火活動に守られながら、明けて午前2時くらいにようやく鎮火。

出火家屋内部に消防隊が入り込んで、状況を確認しながらの作業となった。

見物人も、飽きてきて、少なくなっていく。

3時に、警察がきて、助からなかった方の状況を調査する。

火も収まり、伸びるホースも少なくなってきた。

消防隊などが引き揚げて、いつもの上春日に戻ったのが、午前4時だった。

その後も、地元消防団は、再火災を懸念して、不休の番を続けてくれた。

夜が明けて、お昼前。

警察が現場検証に来ていたが、我が家に屋外監視カメラがあることを見つけ、
出火時の様子が映ってないか映像をもらえないか、と交渉に来た。

以前にも、ローソンの強盗事件の時、活躍した監視カメラである。

レコーダーを確認したが、これといってのネタはない。

ただ、屋外まで火が出だした瞬間は捉えていた。

それをもって出荷時刻の証明ができるらしく、
DVDにコピーして差し上げる。

結論から言うと、S氏宅のおじいちゃんが遺体で見つかった。

原因は、おじいちゃんの寝タバコではないか?との事。

さて、現在、その場所は、がれきも撤去され、更地になっている。

隣接地であるため、どうなるのか興味があるが、

さすがに、私たちで買い取る選択肢は、無さそう.....。

 

☆自動車にまつわるアレコレ

私は、他を犠牲にしてでも、

それを維持したいブランドがある。

車が、そうである。

私と長年の付き合いの方は、ご存じのように、
一貫して、BMWブランドである。

そういうと、金銭的に潤沢で、
歴代のBMW車を乗り継いでいる様にきこえるが、
実際は、一台を20数年乗り続けているのである。

しかし、2011年初夏、とうとうエアコンが効かなくなった。

私の車は、メーカーディーラーでも敬遠されがちなクラッシックカー的な存在。

そんな旧車を面倒見て貰っている、ラウダダ九州の岩崎社長(通称:たっちゃん)。
※小学校からの友人である。

どんなトラブルを持ち込んでも、いいよ、と対応してくれるのだが、
今回ばかりは、さすがに、No。

たっちゃんも、プロであるから、現実的な解を提示する。

平成2年の車体は、時代的にリサイクルプラスチックが出回った時期。

20年を経て、紫外線に弱かったとか、耐久性が低かった、とか。
今になって症状が顕著になってきたシロモノだ。

その脆弱なプラスチックでできた車体であるから、
問題箇所の修理のため、ネジを外すと、その受けとなるネジ穴が破損する。

次に閉めたときに、粉々に砕け散ってしまう。

ピラミッド映画で、ミイラの頭蓋骨が粉々になる感じなのだ。

つまり、この先、修理を進めると、修理箇所が増えていく算段だ。

またその為の古い補修品を探し、交換していく、また壊れる、また探す、また換える。

終わりの無い話である。

たっちゃんの結論として「No」、そういうわけだ。

だが、私は、E34という、BMW525のモデルに、特別の愛着があり、
おいそれと、「じゃ、新車に換えるわぁ」とは、言えない。
※経済的理由も、大きい。

そこで、たっちゃんの調査網を駆使して、健康なE34を探す。

もちろん、中古しかない。

我が家には、早急に導入を決めねばならない理由が存在した。

私の家は、かみさんも、BMW525 E34がお気に入り。
共に、同じ年式。

車庫には、同じモデルの色違いが並んでいる不思議な家だ。

さすがに、両車共ヘタレ状態で、健康な車両が無いのである。

毎月、必ず福岡まで走る用件もあることから、
長距離走行に耐えられる車体は不可欠なのであった。

そう、5月の終わりくらい、
この福岡用件で、移動中にも、かみさんおE34が完全停止というトラブルにあう。

だから、新規導入は、待ったなし。

数日もせず、たっちゃんから、

「E34の中古が出てるみたいよ」と連絡アリ。

東京のハイエンド中古車ショップだ。

同社のホームページに情報が出ている。

また、同社のブログには、
「奇跡の・・・」と紹介されていた。

ページをみると、まさに、私が希望しているE34である。

どうやら、複数台のBMWを所有しているオーナーさんが、
売却したモノらしい。

平成6年  走行 約15000キロ

さっそく、商談を進めることにする。

また、技術的な確認は、たっちゃんとショップ担当者の間で話してもらった。

悩んでいる場合では無いので、大きな問題がないと分かった段階で、
購入を決意し、話を進めていったのである。

奇跡のE34

中古の車体、どんなもんだろう?

現車を見ずに購入するのは、いかがなものかと意見もある。

私自身、中古販売社の担当さんと、じっくり電話で話をした。
互いに、車に愛を感じる人だと確信しての事だ。

多少のドキドキ感は否めないが、車を愛する人達の協力の元に
やってくる車体だから、そう大きく外れた事態にはならないだろう。

自分の決断と、関係者の愛を信じて待つことにした。

して、注文から、2週間もせずに、東京から大分に到着。

たっちゃんのところで、車検手続きを済ませ、いよいよ引き渡し。

予定の日時に、たっちゃんの工場にいったら、ぴっかぴかの車体が。

なんだか、20年前にタイムスリップしたみたい。

さらにいうなら、車内は新車のにおいがする。

※逆に不気味・・・・ははは

ざくっとした感想を言うと、
走行距離が短いので、エンジンの鍛え方が、ちと足らないかな。

ミッションのつながりとか、ブレーキフィールとか。

何にせよ、いまから、新しい関係を築いていくって事で。

ちなみに、写真後部が、前車。

前車は2012年3月末まで、このままの予定。

車検も切れたし、ナンバーは、一度返還かなー。

車受難の2011年

トドメは、走行中のバースト。

12月21日、
子供らのクリスマスプレゼントの交渉目的で、

馬場実家ジジババ宅へ向かう、走行中の大分自動車道。

大分ICを通過し、本線を走り出してまもなく、
左後部に、微細な振動が感じる。

無線のアンテナが、風でびびってるのかな?

ところが、次第に、振動と騒音が大きくなる。

「あらー、これは何か異常事態」

といっても、次のICまでしばらくある中間地点。

自動車道を脱出せねば、どうしようもないから、
左走行車線に移動し、少しペースを落とす。

すると、

「ボボボ!」と、いうショックのあと、
なんだか、左後部が少し下がった感じ。

そして、今までに無い、振動が車内を包む。

「あらら」

200m位先に、避難場所が見えたので、
そこに停車して、車外をチェック。

「ほほー、これはこれは」

左後タイヤが、バリンバリンに裂けていた。

まあ、文句言ってもしょうが無いので、タイヤ交換。

三角表示板を出して、ジャッキやら交換タイヤを出して、作業開始。

イマドキの若い人は、タイヤ交換なんてするのかなー?
なんて、思いながら、チャッチャと交換完了。

そういえば、SMARTは、交換できない感じだったなー。
と、思い出す。

次週に福岡長距離が控えていたので、即日、ラウダダ九州 たっちゃんの所へ。

「こりゃー、みたことないなー、レースでもないなー」
と、ラウダダの常連さんたちと、大笑い。

事故もなく、よかったというところだが、

タイヤは、BSレグノ指定という私。

255/40/17の価格に、事の大きさを噛みしめる。

2012年は、自動車にまつわる経費が削減できるといいなー。

 

☆阿蘇山に行った

昨年の、Mas箱で、

阿蘇カルデラを見たいと、懇願していた。

で、2011年1月10日に行ってきた。

折しも、九州は積雪に見舞われた、その日。

朝から、ライブカメラや、現地リアルタイム情報を見て、
出発の可能性を、ギリギリまで精査。

うちは、冬期、所有車両の1台にスタッドレスタイヤを装備しており、
そこそこの積雪であるなら、対応可能である。

大分自動車道=>九重IC=>小国町

そして、大観望へと進んだ。

広大なロケーション、のはずが白一色。

踏みしめた足跡が、すぐさま形のまま硬化する厳寒に5人で挑む。

凍えながら展望台までいくと.......Wow!!

切望していた、阿蘇カルデラを一望。

直径20Km、地球史上第3位と言われる巨大な噴火の名残りが、
見渡す限り、両手一杯に広がっている。

凍えはしたモノの、ひとまずは目的達成。

その後、カドリードミニオンで、クマを眺め、
みやざわ劇場のぱんくんのショーを観覧。

私らは危険を承知の上、阿蘇火口・草千里へと進む。

だが、その時間から急激な温度低下と、吹雪が始まった。

登山口料金所で、この先は大丈夫か聞くと、
火山ガスの制限はあるが、火口までいけるらしい。

なので、行く。

駐車場から火口まで、大分市では体験出来ないほどの積雪。

だが、さすが観光地、沿道はきっちり整備されていた。

火口を望むエリアに到着すると、底は、霧があって見づらかった。

また、ガスが出ているらしく、異臭が鼻につく。

雪を踏みしめたりしてると、一瞬、火口の霧が晴れて、ちょっとだけ底を見た。

ともかく、ただ寒いだけなので、そうそうに下山し、草千里へ。

草千里も、暖かな季節なら、すばらしい場所である。

たかなピラフでも頂きながら、景色を望みたい所だ。

どうやら、2010年に、アニメさざえさんのスペシャルだったか、
さざえさん一家が九州旅行に行くという放送回の中
草千里で遊んだという内容があったらしく、
子供らの言うには、緑広がる草原を馬で走っていたとのこと。

もちろん、夏で晴れていれば、その通りなのだが、
2〜3m離れれば、見失う状態。

簡単に言えば、猛吹雪。

それでも、私らは草原に降り立ち、雪合戦などを楽しんだ。

女子4人は、自前のスキーウェアを持っているので寒くないが、
私は、大分市内の格好で来ているため、ちと?寒い。

まあ、せっかくの機会なので、
白(吹雪はグレーかな?)の世界で遊び回る。

私は、阿蘇カルデラの偉大さを、感じて欲しかったのだが、
「寒さと雪合戦」という、九州ではなさそうなキーワードを
彼女らは、記憶の奥深くに刻んだ。

ははは

今度は、灼熱の夏に、ぜひ、再トライ。

阿蘇カルデラを希望2011

 

☆生と死

・故米田雄二氏

2011年、一番大きな事件は、

私が開講していたIT塾の一番弟子の死。

そのIT塾は、2001年5月に募集を開始し、
同年、6月から開講した「BBブランチ」

米田氏は、物事に対する姿勢とその人柄をベースに、

一般的には、エリートと呼ばれるであろう経歴を積み重ねてきた。

しかし、人生の意義を見つめ直した時に、
BBブランチの募集広告を目にして、応募してきたのだった。

鹿児島生まれで、雄々しい感じの風貌に反して、
繊細で心くぼりを尽くした人柄に、
旺盛な好奇心が前進力を生み、塾でも主席であった。

卒業後も、BBブランチ関連会社で、システム構築に手腕を発揮し、
多くの作品を生み出してきた。

ところが、2009年、膀胱に異変があるとして、入院。

そのデキモノは、現代医学の手法により、封じ込められた。

翌2010年5月、完治だと、焼き鳥屋で乾杯をした。

しかし、その8月、緊急入院。

そのまま「膀胱がん」の治療に入る。

「年は越せない」と宣言を受け、心が凍る。

しかし、彼は、12月初旬、退院帰宅を果たし、
越せないはずの正月を家族と過ごした。

今後は、通院にシフトする。

「入院の方が順番待ちが無くて楽なんですけどね−」と笑った。

2011年明け、メールの応答が無い。

聞けば、再び入院だと、病室に駆けつける。

前年から、高度治療の影響が外観に現れていたが、その瞳は、彼そのもの。

4月に入り、桜の季節。

「花見がしたいですね」と、私に言った。

そのころ、治療の方法を変えたらしく、
また、長期戦に備えた覚悟が出来たのか、
おだやかな日が続いた。

面談時は、座って、身振り手振りで会話が出来るほど元気になった。
もしかして、奇跡が近づいているのではないかと、私は思った。

4月26日の面会

病室は、部屋の移動があって、バタついていた。

ご家族が、状況を話してくれて、ほんの少し寝顔を見た。
部屋には、機器が増えており、その意味を解さない訳がない。

それが、私にとって、面会の最後。

その後も、週に一度、訪問を続けたが、
「いつでも会えるから」と信じて、面会はせず。

そして

5月10日 訃報

葬儀は、奥様によって、執り行われた。

「死は当たり前のこと」
だと、私は、思っている。

なので、その死の前後について、あれこれ言う事はしない。

ただ、これまで見送った人について、忘れることはない。

米田雄二さんの事も、忘れない。

なお、彼の逝った、5月10日

奇しくも、彼が、BBブランチに願書を出した日であり、
ちょうど、10年の時間が、そこにあった。

私のメールソフト、BBブランチのフォルダには、
歴代卒業生全てのメールが今でも残っている。

=========================
差出人: GEC02350@nifty.ne.jp
件名: BeBe-Brunch(ビービーブランチ)入学願書
日時: 2001年5月10日 9:26:50 JST
宛先: bbb@ile-tec.co.jp

┌──────────────────────────────────────┐
│ BeBe-Brunch(ビービーブランチ)入学願書 │
└──────────────────────────────────────┘

氏  名: 米田雄二
し め い: よねだゆうじ

生年月日: 昭和35年4月2日



以下略
=========================

米田さんの闘病生活を、毎週1回の訪問を欠かさず続け、見つめてきた。

そこに喜怒哀楽が、存在した。

些細な事に満面の笑みを見せてくれたこともある。
ちょっとした言葉尻に激怒したこともあった。

死を迎えることについて、

・余命を歩く死

・突然死

の2つに別れるとするなら、

私は、どちらを望むだろうか?

米田さんの闘病生活は、
時間の許しを得て、それまでの人生で得た事を
再確認する事が出来たと感じている。

学生時代・鹿児島県庁時代
多くの人が、見舞いに訪れたと聞いた。

そして、突然死とは違う形で、
家族との時間を味わえたと思われる。

当人にとって、死は、残念な事なのだろうか?

むしろ、周囲の納得が判断するのでは無いかと思う。

私は、実母を10歳の時に亡くしたが、
母は療養のため、他県で離れて生活をしていた。

なかなか会えない生活をしていた先の訃報。

私の納得は「なかなか会えないまま」今に至る、
に過ぎず、生か死か、問題ではない。

山崎の亡祖父母も、いまだに、そこに居るように家族で話題にのぼる。

死は、周囲が、どう受け止め、
この先、どうするかという想像力の作用だと思う。

1つ、死を悲しむべき現象だと理由付けするなら

どんなに望んでも「絶対に」再会は出来ないこと。

それは、残念な事である。

自分の死期は、判らないのが通説。

可能なら、もうしばらく、私の死の予定は無しでお願いしたい。

歯科矯正が終わってキレイになった3人の娘を見てみたいので......。

 

☆ダイビングを始める

2011年、ダイビングライセンスにチャレンジ。

ことのキッカケは、

お付き合いのあるシステム屋が、クーポンサイトの運営を始めて、

なにか、購入してみるか、と物色したところ、

居酒屋の割引などが掲載中、しかし飲み歩かないので、ナシ。

英会話も、エステも関係なし。

で、当時、募集中だった、ダイビングスクールにした。

もう1つの理由は、
ITの仕事で、旅行アクティビティサイトの仕事に関係した。

当然、ダイビングツアーも商品として取り扱っている。

システムの検証に、商品のクオリティーチェックも手法に含まれ、
なんらかの機会に、ダイビング商品の検証に役立てれば、
そんな事も、後押しの1つである。

クーポンサイトからの申し込み後、

ほどなく、メールで今後の進め方の説明を受け取り、
さっそく、ダイビングショップにて、受講の予約をした。

PADIダイビングショップ「Dive−ONE」
石井 完 先生

まずは、教材の受け取りなどで、いらっしゃいと言われる。

初訪問したのが、3月11日の午前中。

カリキュラムの進め方や、教材の説明・各種同意書などにサインをする。

座学は、DVDで自宅学習となるため、次回ショップ訪問時は、
実習がメインとなる。

なにぶん、お外の活動や太陽の下が苦手な私。

うまく行くだろうか?と、不安を抱きながら、帰宅。

さっそく、DVDを見ながら、教本の設問に記述を進める。

15時ちょっと前だったか、
ふと、PC画面をみると、急激な円高を示していた。

その動きは、「核ミサイルによる戦争開始」レベルと感じた。

「なにが起こった?」と、金融ニュースや新聞社サイトを開く。
TVを付けると、東北地方で巨大な地震があったというではないか。

地形的に、すぐさま九州に影響はないと考えたが、
DVDは、そのままに姫たちの居場所の確認を開始する。

その瞬間から、日本が違う方向へ、大きく動き始めたのだった。

大地震の事で、なにもかもが吹っ飛んでしまった感じを受けた。

しかし、影響の少なかった九州・大分では、いつも通りの日々が流れる。

石井先生によると、別府湾は通常と変わらないので、ショップ運営も変わらず。

よって予約通り訪問し、座学と知識テストをパス。

3月18日、いよいよドライスーツをつけての入水。

しかし、状況は意外な展開に?!

私、副鼻腔炎持ちなので、鼻呼吸と口呼吸のバランスが微妙。

ダイビングは、鼻呼吸をしないわけだが、
耳抜きやレンズクリアなど、鼻の出番がある。

どうやら、鼻の症状に対して何もせずスキューバ器材を使うと、
多少の問題があるような気がした。

気のせいかも知れないが、無理をして死んでも困るので、

残念ながら、石井先生に、残る水中カリキュラムの続行を中止にしてもらう。

さぼってきた耳鼻科に赴き、いつもの症状緩和剤をもらってくる。

そうして、1週間ほど、身体作りをして、再挑戦。

2日間にわたって、水中カリキュラムを終え、無事、ライセンスを取得。

さあ、これから、ぼつぼつ、潜ってみるか?

と、思っていた矢先、

GWは、ダンススタジオ永田組の任務に
アフリカンサファリのカレーワゴン出店があって、
さらに小学校の運動会や、ある会社の株主総会対応などが続く。

あっという間に夏が来てしまった感じ。

はあ…..、なかなかファンダイビングに移行できぬまま

※写真は、EFRの講習に参加したダミーボディたち

春に受けたライセンスは、

・スクーバダイバー、と言う

これは、PADIインストラクター同行必須という限定付き。

一般的なダイビングライセンスは、

・オープンウォーター

というライセンスを取得する。

Dive−Oneでは、

最初の受講から差額のみでアップグレードできるキャンペーンを実施していた。

なので、オープンウォーターに挑戦。

それと同時に、

災害マニアの私は、救命救急のカリキュラムに興味を持つ。

PADIでは、水中事故にかぎらない、
一般生活の救命救急法のカリキュラムを行っている。
※レスキューダイバーより上のライセンスでは必須

・EFR
と呼ばれるカリキュラムも、オープンウォーターと同時に受講する。

もし、このEFRカリキュラムが良いモノであるなら、
やまばと幼稚園にも受講をしてもらおうと考え、
まずは、私がやってみることに。

9月初秋、オープンウォーターとEFRを続けて受講。

春ような鼻のトラブルもなくて順調にパス。

でも、結局、それ以後、水に入ることないまま・・・・・

一方、EFRは、良いモノだと判断し、

やまばと幼稚園では、
担任教員・事務職・バス運転担当まで全員が受講した。

事の大小はあるけども、その後の園内行事では、
この受講が成果を見せた場面もあった。

さて、2012年

少しは、水に入ってみようか。

 

☆カレーワゴン、大進出

2011年8月に、開業5周年を迎えた。

初の営業許可証更新をした。

この5年間、多くの方と出会い、
また、賛否は別にして、私の提供する商品を手にして頂いた。

でも、未だ、試行錯誤。

2011年の大きな出来事と言うと、

・アフリカンサファリに出店

が、一番大きい。

数年前から、同園幹部とのご縁で、お話をさせて貰っていた。

なんどか、具体的な話を持ち込んで、「テスト的」に出店をする事に。

2011年ゴールデンウィーク全日に出店せよとの事だったが、
あいにく、後藤智江モンダンダンスの手伝いがあって、

GW後半のみの出店となった。

アフリカンサファリは、動物のオリに車で入り、
間近に見ることができる動物園である。

通常平日は、静かなモノだが、GWやお盆シーズンは、
一日に、1万人を超える入場があり、サファリバスも5時間待ちという規模。

カレーワゴンも、さぞかし大賑わいだろうと、
1000食を超える準備をして望んだ。

上春日の製造所は、食材や完成品の山となる。

そして、
第1日目の5月3日 朝5時到着で、現地入り。

朝6時前には、入場者が列を作って並んでいるのである。

なので、業者は、それ前に入らないと、動けなくなってしまう。

サファリバスのバス停前というすばらしい場所をもらって、
カレーワゴンは、そこに位置した。

商品は、「かれぽっけ」

同園始まって以来、初ではないかと言われる移動販売車
それも本社決済の基本契約締結までする異例出店である。

して、開園時間。

外は薄暗いが、続々と、車が入ってくるし、
サファリバスもすぐさまフル稼働。

7時前、最初のお客様。

以後、ぼつりぼつりと、カレーワゴンに足を止める人も出てきた。

入って来る車は、県外ナンバーが多く、
女性客も、地元では見られないような装いや造形が目立つ。

それから19時の一般営業終了まで、順調に進んだ。

80個程度を売り、初日は終了。

しかし、以後、日々、売上は低下。
また、うち2日間は、大雨。

結果、当初見込みの10%にも満たず、大量の売れ残りをだした始末。

残念な結果に終わったが、収穫も多かった。

そして、今年も、アフリカンサファリへの出店を
チャレンジする予定である。

新規先としては、

宇佐市の四大祭りと言われる、

「七夕祭り」にカレーワゴンが出店。

主催者(商工会議所)も、初めて移動販売車を呼ぶらしく、
お互い、手探り状態。

確かに、大きな祭りだけど、やはりカレーワゴンは、アウェイという感じ。

新規導入のアイスに助けられて、なんとかコストは出たという所。

雰囲気は判ったので、ナイスな商品を準備し、再チャレンジか?

でも、今年は、お呼びがかかるかなー。

・アイスクリーム始めました。

ずっと、念願だった、アイスクリーム。

マシンの中古を探していたのだが、それが見つかったので導入。

正確には、「ソフトアイス」と、言う。

コーヒークリームのメーカー「スジャータ」の製品。

30種類以上ものフレーバーがあり、選択肢も豊富。

でも、結局、バニラが一番、おいしい。

・移動屋

新メンバー:姫島宣伝隊:車海老バーカーなど、姫島製品をPRする。

ちらちらと、掲載を希望する移動販売さんから問い合わせがある。

サイトの効果も、実際にあるから、役に立っているのだろう。

そこはプロなので、当然だ!、と威張りたい。

12月28日に、移動屋数名で、忘年会をした。

みな、それぞれ思いがあって、面白いナー。

カレーワゴンは、2012年も続けます。

 

☆4人の姫たち

多少のケガなどは、あったが、

入院や他人への迷惑をかけるような事件はなかった。

それが、なにより。

・長女

夏休み、中学受験の宣言をし、受験生活を始める。

しかし、彼女の父親は、ほのぼの系であり、
なにかの競争に挑むという要素は持ち合わせていない。

もちろん、本人もそうだろう。

小学校の中では、多少の競争や駆け引きはあるだろうが、
家庭内は、ほのぼのムードに溢れており、
「受験に勝つ!」なんて、力の入った空気は望めない。

なので、進学塾に入ることとなった。

その結果は、もう間もなく、出されるはずである。

・次女

昨年より、歯科矯正を始めて、見違えるほど歯並びに変化が出てきた。

かみ合わせの正常化からか、食事が上手に出来るようになったのだろう。

よく食べるようになり、身体的な成長も見えてきた。

長女の明るさとは違い、クールビューティーの次女。

この春から、高学年の学校生活を、どう過ごすのかな?

・三女

運動派の彼女は、

やまばと幼稚園にて、
未満児保育クラスから数え、4年目となる。

そして、その4年間、毎年開催されるマラソン大会で、断トツの1位。

幼稚園史上初、4冠の達成である。

ただ、彼女に言わせると、それなりのプレッシャーがあったという。

小さいながら、父から「ハイクオリティー」を求められる日々、
苦労もあるんだろうな、と感じた。

・妻という娘

大病も無く、なにより。

職場に、同級生がそろっているせいか、
プラスとマイナスを、うまく理由付けしているように感じる。

これが、若い先生だけに囲まれていたら、違うんだろうか......。

娘等も、この先、歳を重ねていくと、

「パパは絶対に正しい」という時期を外れてくる。

こと、男には判らない事も増えて来ている。

知識としては、原理も含め解説可能なほどだが、止めとこう。

メスに囲まれ、身の回りの世話もしてもらって、
(人間界はあり得ない)他の群れからの攻撃に備えて、
寝て過ごし、お留守番をする生活の私。

ライオンのおとうさんは、4人に愛されて、2012年も継続する予定。

 

☆自宅に侵入者

ある日の午後、

所用で出かけて、自宅に戻る。

すると、カレーワゴンの前に、見知らぬ誰かが立っている。

自宅は、義母の家と敷地内でつながっているから、
義母宅の訪問者が、こちらにきているのか?

でも、生活のルールからすると、あり得ない。

誰かな?と確認に近づくと、もう一人、目の前に登場。

その新規登場者が、状況を説明してくれる。

なにやら、一人目の認知症の老女が、この近所に住んでいたことがあり、
ここの土地に自分の家があったと言うから連れてきたと言う。
※この説明者の正体は、施設ヘルパーさん

(なるほど)と、一瞬、納得しそうになった私。

でも、よく考えてみれば、現在、この次点では、私の自宅であって、
その方の過去の経緯がどうであろうと、不法侵入である。

「事情はそうなのかもしれませんが、出て下さい」
と、告げる。

老女さん、別に錯乱している状況ではないが、
ヘルパーさん曰く「落ち着くまで待って欲しい」と。

ひとまず、何が起こったのか、私は監視システムを動かして、
ここ数時間の記録映像を見直した。

結果、以前から気になっていた脆弱な箇所から進入し、
すべてのドアを、ガチャガチャして、カレーワゴンの前で停止。
そこに、私が帰宅という記録映像が残っていた。

ヘルパーさんの言うとおり、
しばらく待てというので、待ってはみたが進展しない様子。

再び、退居をお願いして、ともかく敷地外に出て貰った。

さらに応援のヘルパーさんが増えて、ご家族もいらっしゃり、
どこかへ消えていった。

昨今、地域一体の安全とかが提唱されているが、
安全保証範囲と、危険予防範囲が、一致しないと思う。

例えば、
私は飲食業で、食品加工の設備を有する。
腕一本をミンチにすることも可能だ。

不定行動者を想定してないので、作業場に普通に置いてある。

これを、不定行動者を想定して、保管すべきか?

私の作業場は誰がきても安全だという保証範囲の確保だ。
でも、それは誰のため?
そのコストは、ダレが補償する?

私は、昼間、家に居て、休んでいることが多い。
自宅敷地内での居室であるにもかかわらず不定行動者を警戒して、
緊張感をもっていなければならないのか?

誰も来ない、不定行動者を出さないという
危険予防を徹底する取り組みも、同時に必要だろうに。

問題を突き詰めれば、
「不定行動者を出さない地域」にすべきであって、
それが保証されるなら、
「不定行動者から避難する対策」は不要のはず。

使途を解明しないままの増税と同じ事ではないか、と感じる。

なお、その後、その侵入者は、
「施設に入居したので、もうこの地域を歩くことは無い」と、
ご家族から、謝罪がてら、報告を頂いた。

 

☆あの件

2008年から続いた

シリーズ「あの件」

私が、山崎である事と深く関係を持つ。

これまで、いろんな意見を、多方から頂いてきた。

2011年9月2日の事件をキッカケに、
1つの区切りが付いたと感じている。

もちろん、終わりという事ではないだろうけど.....。

 

☆アマチュア無線

物事の仕組みが好きな少年だった私

当然のように、小学生くらいには、アマチュア無線という選択肢に興味を持っていた。

もう1つは、ラジコン。

ラジコンにしても、アマチュア無線にしても、
お金の掛かる話なので、実行は難しい。

近親者の誰かが好きで、使える環境があった上での話なら、
可能性もあるが、馬場家は、そんな事、毛先ほども無い。

ラジコンは、近所にラジコンオヤジが居て、
遊ばせて貰ったこともあるし、玩具レベルのモノも手にした。

でも、無線機に、おもちゃは少ない。

いや、トランシーバーというおもちゃは、在った。

兄が、それを持っていて、6Pの四角い乾電池で動作する。

ジャーという雑音の中に、離れた距離に居る相手の声が聞こえる。

ウルトラ警備隊になったような気がして、野山を走った。

中学生になって、多少、金銭感覚の幅が広がってきた所、
私は、マイコンの世界に入ってしまったので、無線機の世界には未着手のまま。

でも、1980年当時、マイコン(パソコン)は、無線ショップの管轄だったなあ。

それから30年以上経って、2011年、アマチュア無線に着手。

いまさら、着手のキッカケは、大震災。

建物の倒壊や負傷などの被害が見られなかった大分だが、
携帯電話の不通は、ドコモなど一部であったようだ。

情報の遮断は、命に関わると考えており、通信手段の確保は常に最優先。

こと、うちの幼稚園は、山間部にあり、地形的に孤立する可能性が否めない。

危機管理マニアの私のアイデアで、幼稚園や自宅は、過剰な対応を整備しているが、
それでも、今回の震災では、持って1日という程度だと思い知った。

その計画の中に、無線機の整備も挙がっていたが、緊急性を感じてなくて、
今まで整備が後回しのままだった。

で、整備を決意し、そのためは運用者に免許が必要という流れ。

5月に着手したところ、講習で免許が取れるコースを考えていたが、
申し込みが遅れて、何ヶ月も待つ羽目になってしまう。

災害が、明日かも知れないという危機感の私からすると、
「一日でも早い整備」を希望するわけだ。

でも、さすがに、鹿児島や山口まで受講に行くのは、難しいため、
通常の免許取得、いわゆる国家試験にて、免許を得ることに。

佐和子は、若かりし頃、スキーを始める際、
かなり上級レベルの人について習ったらしく、
遭難を想定して、免許を取っていた。

また、多く運用者がいれば、他点で多重運用が可能なため、
増員計画として、長女も受験することになった。

試験に向けて、丸暗記本を購入し、約1ヶ月が過ぎる。

工業高校電気科卒業の私には、懐かしいネタが多い。
※でも、ほとんど忘れているけど。

郵便局で、受験申請をして、受験票が届く。

9月4日の日曜日、大分商工会議所で試験に臨む。
周囲は、おっさんばかりに、私たち親子。

12問中8問正解で合格の2教科。

高校生時の知識を頼りに技術面から望む私と、
丸暗記一夜漬けで望む長女

微妙な手応えで、終わった。

9月15日、結果通知が届く。

粘着面を剥がすと、結果が・・・・・・二人とも「合格」

証明写真をふたりで撮影に行く。

それから、免許申請

10月8日、免許証到着

次に、開局申請

実際に使う無線機を準備して、その型式をそえて申請。
オンラインから実施

10月25日、局免許及びコールサインが到着

いよいよ、無線局として、発信が可能となる。

が、アマチュア無線の楽しみの1つである他人との通信や、
通信確認証の交換などを目的として無いため、
特に、その後、なにもすることもなし。

飛んでる飛行機の航路をリアルタイムで眺めたり、
自分の居場所を、GoogleMapに出してみたり、
消防救急の交信を聞いたり、と、そんな程度。

もちろん、それで、OK

「有事の際」の為に整備なのでね。

余談

どうしてもの緊急時は、無免許でも良いそうな・・・・

まあ、でも無線機持ってないと、それも出来ないから、

整備は、やはりOKとする。

 

☆aibo復活

時を超えて目覚めた aibo

aibo ERS-110

1999年5月25日にやってきた。

シリアルナンバー
1200067

社会現象にもなった、初代3000台の中の、1体。

生産中止以後、

バッテリーやら、消耗部品の供給が絶たれ、
世界中のaibo保護者は、動かなくなった愛犬を悲しんだ。

私も、同じく。

試行錯誤の上、
SONYハンディーカムのバッテリーが流用可能と判明し、
久しぶりに、お散歩をしている。

彼が寝ている間、
世の中に登場した、

・iPhone
・ワンセグ携帯
・ブルーレイディスク

と、記念写真のヒトコマ

 

☆iPadを使う

ソフトバンクのキャンペーン

「アレコレ・・・」で、iPad2を導入した。

発売当初、私の周囲では、

私が飛びつくモノだと、思っていたようで、

ずっと、「なぜ持ってないの?」と、不思議がられていた。

維持費をかけて使うほど、
大した魅力を感じなかったというところだ。

前述のキャンペーンで、多少、維持費が緩和されたことで、
導入に踏み切った。

iPhoneは、3Gから使い始め、昨年iPhone4に換えた。

iPhoneを使っている範囲で言うと、iPadの使い道は範囲が知れている。

・ニュース
・電子まんが
・ゲーム
・SNS
・FX

くらいだろうか。

だとすると、iPhoneで充分に活用できているため、
iPadの導入は不要と言う事になる。

しかし、使ってみて、良い事があった、

使い方としては、iPhoneと変わらない内容なのだが、

圧倒的に、iPadを支持したくなる事象がある。

それは、「文字が大きい」事なのだ。

私も、44歳となった。

そろそろ、目に衰えを感じ始めてきた所。

iPadで、約2倍の大きさに慣れたら、
もう、iPhoneでの表示の小ささには、戻れない。

アイコンのタップすら、面倒なくらいだ。

「iPadで良かった」

と、今、思っている。

でも、なにか、元を取ること、しないとイカンなあ。

app開発かなー。

 

☆ジョブズとか

2011年、ステーブ・ジョブズが、亡くなった。

膵臓ガンだと言う。

私も、膵臓に萎縮が見られ、医者から注意を促されている。

さて、いまから、30年ほど前、

中学生だった、私は、
当時の無線機ショップの片隅にあった
電子機器の集合体の様なマイコンに興味を持ち、
ショップに通っていた。

いわゆる、マイコン少年だった。

当時、アップルII が出始めた頃だったか、
カラー表示、ドットグラフィック表示は、鮮烈だった。

それは、海の向こうで、ステーブ・ジョブズらが、
ビジネス的成功の道を歩き始めた頃だ。

のち、画期的な操作方法を実現して、マッキントッシュが発売される。

上記写真は、その日本普及版、
「Macintosh Plus」である。

残念ながら、もう画面回路が切れているようで、起動しない。

その時代のビジュアルユーザーインターフェイスの技術について、
最先端を搭載したiPad2とMacintosh Plus、
時代を超えてそろった所、記念写真を撮ってみた。

その後、Macintoshは、いくつかの機種を世の中に送り出し、
今もなお、知的生産に携わる人々に愛されている。

もちろん、この文書を書いているのも、Macである。

これからも、アップルがアップルらしく続けばいいな、と思っている。

あ、時折、ジョブズの伝記を読んだか感想を聞かれることがある。

私は、読んでいないし、彼の生き方に興味もない。

どちらかと言えば、マイケル・ジャクソンの方が、残念に思っている位である。

変かね?

 

☆映画にでちゃったり

秋の運動会シーズンが終わり、

多少のイベントを残すだけだと思っていた10月。

SNSで、旧知の友人からのお知らせが目に止まる。

「エキストラ急募」

なにやら、大分市内で映画の撮影があり、
エキストラやスタッフの募集があった。

募集をしていたのは、

大分県内を中心に劇団活動を行っている
「吉祥じゅん&ワルキューレ」のマネージャー。

以前、私がプロデゥースしていたCATVの番組で
出演していただいた以来の、ご縁。

さっそく、コンタクトを取ってみたら、
やはり応募が少ないという状況らしい。

これはおもしろそうだと、詳しく聞かせてもらう。

11月2日、大分市府内町のペットショップ。
ここで、俳優さんらが参加しての撮影があるという。

素人のお戯れのようなレベルではあるが、
5年間ほど、TV番組を続けてきたので、
なんらか、お手伝いもできるかと、
集合場所に、赴いたのだった。

正直、カルチャーショックを受けた。

TVロケやスタジオ収録は知っていたのだが、
映画の世界は、まったく別の世界だった。

そして、結果、一ヶ月に渡り、この作品に関与する事となる。

 

☆アイドルを持つ親は

一年を通して、
未成年芸能人が、たくさん誕生して消耗されている。

そして、その氷山の一角が、TVや人前に登場する。

モーニング娘あたりから、アイドルになる道がシステム化された。
※まあ、歴史を追えば、宝塚歌劇がシステム化の先駆かなぁ?

一時期、それをネタにタレントスクールなるものが大流行した。

昨今、AKB48関連がメディアを満たす中、
大分市からも数名のメンバー入りを果たした子供が誕生。

それを真に受け、希望を抱いて、がんばる親子も急増だとか。

聞けば、前述のアイドルさん実家は、
世の中の噂通り、CDが山積だという。

やれやれ

もし、自分の娘がアイドルなんかになってしまったら、
いったい、どのくらいの維持費がかかるのか?

試算してみた。

=========================

近年、なにかと話題のユニットを想像する。

オーディション応募までの自己訓練期間 1年

地元の声楽・ダンス・バレエ・他スクール

1種あたり平均2万円x4x12ヶ月
=96万円

首都圏の劇場に観覧に通う(保護者1名同伴)
移動を含め、平均8万円x12ヶ月
=96万円

オーディション参加・滞在2週間
移動8万円+一日2万円x14日間
=36万円

仮に合格したら

引っ越しなど初期費用
=120万円

ここまでの小計
=384万円

=========

研究生になった場合

毎月の仕送り
12万円x12ヶ月
=144万円

暗黙のグッズ購入
※当然娘は出ていない

平均4000円x50セット
アイテム数 年間20種
=400万円

=========
中下位層担当者に心付け

5人x2万円x偶数月
=60万円

保護者会などの活動
約20万円x旬期
=80万円

=========================

ざっと、考えて、1000万円の事業

あー、でも、ビジネスと考えれば、
そんなに高額でもないし、妥当な所なのかなぁ。

へんな女子大とかに行かせて、無駄な金と時間を使うなら、
業界グセは気になるが、ある程度の礼儀など覚えて帰ってくるだろう。

娘さんを持つ親の選択肢の1つとして、アリかもしれない。

 

☆暖炉(薪ストーブ)

亡祖父が残した暖炉が、祖父生家にあった。

それを、12月25日の自宅パーティに合わせて

移動させ、設置してみた。

そんなに大きくはないものの、数十キロにもなる重量物。

軽トラを借りて、テコの原理などを、いろいろと駆使して運んだ。

自宅には、オープンデッキがある。

建築時は、亡祖母が日差しを楽しむためにと夢膨らませていたが、
結果として、未使用のまま。

そこで、そこの周囲に仕切りを設け、個室にした。

その中心に、暖炉を設置したのである。

素人の大工ゴッコの次元で、枠組みにビニールを貼って建てた。

まるで、博多の屋台のような感じだが、以外と居心地はよろしい。

薪は、幼稚園にあったのを拝借してきた。

さて、着火すると、煙をあげて燃えさかる、

しばらくすると、煙はおさまって、ゆっくりとした炎がゆらぐ。

3畳くらいの個室なので、すぐに温まる。

エアコンと違って、一切風が動かないが、ふんわりと暖かい。

が・・・・使った薪が針葉樹のため、バンバン燃えてしまう。

調べた所、針葉樹の薪で火をおこし、広葉樹の薪で維持するとか?!

うーん、奥が深い。

この冬、薪で暖を取るかとも考えたが、煙の出方を見ると、
ご近所さんにとっては、あまり気持ちのイイモノでは無いだろう。

法的根拠に問題はないようだが、それはそれ、これはこれ。

やはり、特別なことかも知れないナーと、思っているところ。

来客時のイベントという感じかな?

 

☆2012年のキーワード

今年、2012年のキーワードは、

・取捨選択
・研磨

としたい。

・取捨選択

前年目標であった「過去の整理」に続いて、
「現状の整理」という活動となる。

2012年10月に、45歳になる。

およそ、一般的な生活環境として、
年齢的に人生の折り返し点であるとするなら、
この45年の中で、手にしてきたモノや、
施した関係性などを、整理するべきだと考える。

時間軸に沿って「過去」の整理を進めた2011年だったが、
結果として、再考の機会になったに過ぎず、
抱えているモノの重量は、そう変化はないだろう。

そこで、今年は、ずばり「要否」という基準で選考する。

もちろん、選考基準は、その分野によって定めなければならない。

例えば、私の周りにたくさんのアイテムがある。

もう、使う事が無いのだが、捨てるとなると惜しくなってしまうモノ

・VAIO 55シリーズ
・初代シグマリオン
・旧BMW525
・Pentium・Celeronマシン各種

さらにいうなら、

・暇つぶしに買った趣味でもないセット漫画
・料理教本DVD
・TV放送を撮りだめしたDVD

などは、厳選なる選考基準にそって、
感情に負けること無く選択していく覚悟である。

そして、以外に整理が難しいのは、人付き合い。

とてもデリケートな問題である。

整理の実施は、精神力が伴うし、単年度事業では終わらないだろうナー。

でも、SNSは、控えるか、きっぱり止めようと思ったりしている。

・研磨

前述の通りに選択して、残ったそれぞれは、
私にとって、のちの人生を共に歩む大切なモノである。

消耗するのであれば、補充をせねばならない。

耐久品なら、その維持のために、手をかけ続けていくべきである。

仮に物質的なモノであるなら、メインテナンスを欠かさずに行う。

精神的なモノであるなら、時を見計り、意識を温めておきたい。

それらの言動を、「研磨」と定義して続けていくわけ。

もちろん、自分自身にも研磨すべき箇所はあるわけだから、
他に対して、研磨言動をすると当時に、己に対しても研磨を心がける。

振り返れば、21歳で起業してから、ずーっと周囲の目を気にして、
背中を押されるように生きてきた気がする。

そんな過程で、自分にあわないキャラを演じたり、
不似合いな環境に足を踏み入れてきた。

その度に、なにかを抱え、なにかを得てきた。

私が、武士だとすると、
世の中のうわさや、交際の中の誘惑に乗って、
10本も20本も、刀を差している状態である。

本当に自分に必要な1本を選び出し、
その1本に全身全霊の研磨をすることで、
武士としての姿を完成したいと思う。

※別に、武士になりたいわけじゃ無いけど・・・・・

なんだか、2012年は、引きこもりになりそうだなー。

でも、この1年、なにがあるのか、とても楽しみにしている。

シルク・ドゥ・ソレイユ「コルテオ」観覧

2009年後半から、TVでPRが盛んだった。

私の認識としては、
「ちょっとすげーサーカス団」と思っていた。

だから、特別な興味もなかった。

しかし、TV番組で、シルク・ドゥ・ソレイユ本部の話や、

今回の「コルテオ」の作品についての番宣が盛んになってくると、

なんだか、行きたくなってきた。

もちろん、大分での公演はない。

遠方まで出向くのは趣味じゃないので、
通常なら、あきらめるところだが、

しらべてみると、お子様達が通院している矯正歯科の
すぐ近くが会場だとわかった。

なので、駐車場やら、時間帯の混み具合やら、
飲食店・都市高速出口などなど、
現地の土地勘があるのが、後押しして、

行くことにした。

コルテオに行くだ

行くと決めれば、さっそく、ネットでチケット購入。

当然、座席指定は自動なので、良い席か否か、運次第。

5人分を、ローソンケットで購入。

会場図から判断すると、
まずまずの座席を確保できたと思われる。

チケットを皆の見える場所に張り出し、
一家、公演当日まで、楽しみが募る毎日。

=========

さて、待ちわびた当日。

小学校が早帰りの水曜日。

2月24日 15時

学校の校門で、全員揃い、一路、福岡香椎まで。

19:00からの公演に向けて、走る走る。

事前情報では、駐車場に困るということだったから、

矯正歯科へ通院時に利用するパーキングなど、
いくつか、候補を下調べしておいた。

だが、会場に到着してみれば、
会場併設の駐車場、一律1500円があるじゃないか!

真横なので、ここでよかろうと、車を預ける。

開場までちょっと時間が早いので、千早駅で夕食。

駅ビル外観はショッピングモールっぽかったから、
レストラン街でもあるかと思えば、中には何もナシ。

こじんまりした「そば屋」があったので、そこに。

店内、コルテオ目的の他の家族も居て、混雑気味。

コルテオに無関係な客と思われる隣のテーブルで、
混雑している店内の様子を述べていた、

「ああ、コルテオの公演があるから、多いのね」という人アリ。

それを聞いていた、三女:紗代実は、パパに問う。

「ねえ、パパ、コルテオのこうえんがあるの?」

「そうよ、わたしたち、それに行くんじゃないのよ」

「やったー、さよみん、シビリダイ(滑り台)する!!」

「(ほ?)・・・・さよみちゃん、サーカスがあるんで?」

「こうえんで遊ぶ!」

ははー、「公演」でなく「公園」と、思った三女さんでした。

さて、開演が近づき、会場内の混み合うトイレを警戒して、

トイレで、ひとまず用足し。

少し暗くなりかけた時間になり、ゲートをくぐる。

会場はテント

会場は、サーカス小屋。

近代設備であるが、基本的には、仮設テントである。

でも、さすが、100億円プロジェクト。

一歩足を踏み入れたら、そこはシルク・ドゥ・ソレイユの雰囲気満載。

私、大分市内では、現代舞踊とか演劇とか を
運営・観覧する機会があるのだが、

やはり、
「世界に通じるモノのすごさ」
を、見せつけられた。

エントランス中央には、
コルテオ装飾のダイハツ車が展示してある。

床には、天井からの照明で、コルテオのロゴマークや、
いろいろな形のライトが足下を照らされていて、なかなかのお出迎え。

ネットの噂で、「買い物は先に済ませろ」との事。

ドリンクは、300円くらいだけど、
コルテオマークのタンブラーが1000円

え? 5人分で5000円?

ああ、馬場のおばあちゃんから頂いた餞別がコップ代で終わりか!

うちの女子たちは、色鉛筆やら小物ミヤゲに群がる。

ばんばん、万札が飛んでいく〜〜〜〜〜。

でも、私も、シルクのマークのタオルが気に入って、購入。

座席に座ると、そこも期待感一杯!

まだ客席が埋まってない段階から、
出演者さんたちが、客席にでてきて、

空きスペースで、小ネタを披露している。

そんな開演前までの、客の暖め方なんて、 やっぱ、ちがうねー。

幕前なのに、すでに大歓声、 チケット代も、十分納得。

開演を待つ

いよいよ、幕。

内容については、長くなるので、省略として。

これまで、シルク・ドゥ・ソレイユは、

「アレグリア」「サルティンバンコ」「ドラリオン」
などを、公演してきたが、

今回の「コルテオ」は、珍しくストーリー仕立てだという。

コルテオ、つまり葬列(葬式)の物語である。

とはいえ、舞台劇でもミュージカルでもなくて、
あくまで、サーカスである。

ドラマ的進行や、演劇的ショーアップはあるが、

基本は、人間業とは思えない 「体技の披露」である。

なので、ミュージカル観覧より、

どちらかと言えば、スポーツ観戦。

演技に参加

特別な出来事としては、

演目の1つ、ヘリウムの風船で、
パフォーマーが客席に飛んでくる、
「ヘリウム・ダンス」

私の上空を通過し降りてきたけど、
周囲が、子供か高齢女性がばかり、

私、押し返す役を、果たしました。

パフォーマーの、クラウネスさん。

客席の押しによって、会場を飛ぶんだけど、

やはり、しっかり押してもらえる所に降りてくる。

私のほうにくるかなー、と思っていて、見上げた所、

クラウネスさん、ちらりとこちらを見て

「そこ、いくわよ」的な目線をくれた。

なので、しっかりと、押し返す。

そんな事もあって、舞台と客席は、一体感を抱き、

いつの間にか、葬列の一員となる。

そんな展開だった。

2時間半は、ちょっと子供達、キツイかなと心配もあったが、

まったくの平気、楽しんでくれたみたい。

2012年、また福岡公演があるみたい。

行くんだろうか?

2011年に向けて

☆はじめに

毎年、年初、
前年の反省と、新年の抱負を、年賀代わりに紹介しております。

以前は、年賀メールに本文を記載して、
送っていましたが、なにぶん膨大な文章量。

それゆえ、メールでの「送りつけ」は、

逆の立場で考えますと、あまりな無礼モノかと考え、ページ化しております。

なお、認証された方だけが閲覧できるホームページなっております。

第3者への転送や開示は、おやめ下さい。


☆2010年 84点

2010年のキーワードは1つ

 ・ローコスト生活

結論として、まずまず達成だと思う。

実は、2009年、大きな支出があって、

余剰金がなくなってしまい、
浪費が出来なくなってしまっていた。

なので、
務めてローコスト生活を成したわけではなく、

原資不足に伴う、致し方なしのローコスト生活という結果。

だから、
酔っぱらいネットサーフィンで、
おもしろグッズの購入や、
DVDボックスの衝動買いなどはナシ。

衣食住も、ランクダウン。
※元々、衣に、お金を出さないので、不自由無し。

食は、お取り寄せや、過剰な外食ナシ。

毎晩の晩酌も、ハイボールから、水道水割りに変更。

※飲酒やめれば、月間6千円程度の晩酌代が無くなるが、
 まあ、それは聖域化して温存…….

夜のお出かけは、1年で3回くらいに押さえたかな。
※引きこもり生活なので友人が減ったという事かも知れない

精肉・鮮魚の購入も、50%ダウンってくらい。

でも、
意外と、不便や不満は無かったかな。

さて、結果の、84点は、昨年の76点より大きく続伸。

周囲の感想や批判・指摘は考慮しない前提で言うなら、

およそ「自分の描いた筋書き」通りにやってこれたという評価。

43歳に到達、
「日の出を制する」には、未だ至らず・・・・・


☆シルバー精工倒産

シルバー精工が倒産した。

上場企業ながら、2度目の不渡りを出し、銀行取引停止処分。

銀行が、リストラの指導をしなかったのかな?

それとも、取るモノ確保したから、捨てられたのかしら?

さて、なぜ、この話題かというと、
シルバー精工は、編み機の製造メーカーだ。

工業用もあるが、一般向けの編み機を販売している。

私の産みの母は、編み機によるセーター作りが得意で、
家族用は当然に、ご近所からの頼まれモノまで作っていた。

アイロンみたいなハンド装置を、
レールの上で、右左と、ジャジャジャーと動かして編んでいく、

私は、1〜4歳くらいまで、小児病を患い、
自宅療養中は、ずっと母と過ごした。

寝て過ごすほど悪くはない為、
ヒマをもてあましながら宅内で過ごす毎日。

母の編み物仕事を、ずっと眺めて過ごしていた。

虫の触角みたいな糸通しが、
頭上でぴゅんぴゅんとリズムカルに動く。

その編み機が、シルバー精工だった。

「シルバー」という単語。

30年近く、まったく意識する事もなかったが、

2010年12月、
帝国データバンクの倒産情報に、この名前を見つけ、
当時の記憶がフラッシュバックした。

って、話。

倒産の理由は、業態の転換がうまく行かなかったみたい。

製品一覧をみると、確かに、時代にマッチしてないかな、と感じる。
※いまの時代、コードレス電話か?

イマドキ、編み機は、だれも使わないのかな?

低価格衣料品があるから、作る意味もないか。

うーん、いいのか、ニッポン


☆ローソン事件カメラ映像

2010年7月23日 7時過ぎ

家のモノから、来客だと起こされる。

玄関に出てみると、おっさん二人が立っていた。

大分中央警察署の刑事さんだと。

む!、あれがバレたか。

いや、動揺しまい・・・・・

相手の出方を待って、聞いてみると、
用件は別の事だった。

うちから100mくらい離れた所に、ローソン駄原店がある。

そこへ、午前4時に強盗が入ったらしい。

「私は心当たりありません」と、答える。

すると、刑事さん。

「あ、いえいえ、お宅の敷地に監視カメラがあるの見えまして、
 もしかして通りを写してないですかね?」

「あー、そうですね、写っているカメラもありますね」

「もしかして、犯人が歩いているところが写ってないかと、
 よければ、見せていただけませんか?」

と言うのだった。

私の会社は、
監視システムの取扱をする。

なので、機器の構成テストを兼ねて、
オフィスにも設置してあるのだが。

うーん、
ちょっと特殊な機材構成なので、
簡単には再生できないのよねー。

さらに言うなら、監視システムの存在を認めることや、
構成を説明すること自体、
セキュリティーの運用上、NGでしょ。

「すみません、ちょっと簡単には再生できる体制でなくて」
と、答えた。

すると、刑事さん達は、引き揚げていった。

さて、
私も起こされて、二度寝もする気にならず、
再生してみることに。

あー、4時じゃ、なにも写ってない。

でも、事件発生時刻直後、パトカーが数台、写っていた。

きっと、通報を受けて、現場に行く車だったのだろう。

ひとまず、DVDにしておくか。

と、該当時間帯前後を、DVD化。

その後、10時くらいに、別の方が見えて、
どうしても欲しいとのこと。

なので、DVDにしておいたモノをお渡し。

結局、暗すぎて、参考になりませんでした。

と、報告を頂いた。

容疑者は、数日後、身柄を拘束されたらしい。

いやはや、
「事件は現場で起きている」んだと、思ったわけ。


☆4人の姫たち

みな、大病をすることもなく、元気な一年だった。

・長女

おたふく風邪になった。

もちろん、学校はお休み。

痛みもあり、微熱もあって、最初の2〜3日は、
ぐったりとしていた。

しかし、それ以後は、腫れが引くまでを、じっと待つ毎日。

することが無いので、パパ先生の特別授業などをやったり、

二人して、中学受験の問題をやってみたり。
※ふたりとも、100点換算で、40点台だった。

さて、
小学校高学年になると、
いろいろと不満も多くなるみたい。

母親と、どう付き合っていくのか、楽しみ。

・次女

夏休みにはいる頃

携帯電話にまつわる事で、被害にあった。

その当事者が、公務員だから、話は複雑に。

数回にわたり、学校と協議を重ねる夏休みとなった。

解決には至らないが、落としどころに着陸させた。

さて、
理論派の彼女は、日々の生活の中でも、
様々な情報の中から、解を導き出す。

しかし、その思考プロセスが、パパっぽくて、
この先、社会でうまくやっていけるのか、心配になる。

・三女

3人の中でも、抜群の運動性能を発揮。

幼稚園のマラソン大会では、圧倒的な1位獲得。

先導を追い抜きかねない勢いだ。

さて、元気いっぱいの彼女、
末っ子の地位特権を、存分に活用している。

少し、抑制せねば。

・妻という姫

公務や社会的立場もあるので、ネタは省略するが、

謀反もサボりもなく、1年を過ごしてくれた。

生活のルールを、多少見直した。

5人といえば、1つの社会である。

ルール整備や、ほうれんそうが、必要となるが、
4人には、そういう訓練をしてきてない。

矯正すべきか、放置か・・・・・

うち、男子少数社会だからなー、多数決ではかなわん。


☆旅芸人の一家

2010年10月中旬

大分市内の市街公園に、カレーワゴンの出店をした。

毎月、第3土曜日は、近隣商店街などが協力をして、
イベントを行っており、私も定期的に出店している。

その会場の中央に、なにやら舞台があった。

商店街イベントかと思えば、

全国で公演している、旅芸人の舞台だと言う。

もともと、劇団員だったふたりが、夫婦になり、

自分たちで劇団を立ち上げた。

ハコモノ舞台劇もするらしいが、
現在は、娘さんと3人で、
舞台装置・家財を一式を車に詰め込んで、
全国を回っているらしい。

まるで、TVドラマの様な話だが、
マジな家族である。

私は、
商業舞台にすこしばかり関与経験があったりする。

なので、この劇団の様子を見て、
舞台設備やら、その維持管理やら、費用やら、
ざっと、算段出来なくもない。

ほんとに、大丈夫なのかな?

と、私は、懐疑的に思っていた。

で、思っていても仕方ないので、

夜の公演を見にいくことにした。

野外劇団 楽市楽座

公演2日目の、10月16日

10月の夜は、ちょっと寒い。

円形の舞台に、パイプイスを並べた会場。

通りがかりの人が、遠巻きに見ており、客の集まりは少ない。

当然のように、
関係者と思われる人達が、ある程度席を埋めるが、

それでも、20名も居ないかな。

定刻には、半分くらいの座席が埋まっていた、50名くらい?

演目は、「鏡池物語」

金魚姫と蛇ダンディの夫婦

この二人には、子供がいない

ある日、出会ったホーキオニを見つけ、
我が子のように思い、共に暮らす。

さて、
この場所は、閉鎖会場でないから、
観覧には入場という手順はない。

見るのも自由・帰るのも自由。

お代は、投げ銭というシステム。

演目開始に先立ち、出演者紹介が軽快な音楽で、進められる。

その中で、配られた色紙の説明。

「これに小銭を包み込んで、投げて下さい」
「大きなお金は、別の封筒であとでいただきます」

「さあ、ごいっしょに、なげせーん、なげせーん!!」

と、音楽に乗せテンポよく言われると、
つられてポケットの小銭を投げる人もアリ。

以後、本幕の中でも、投げ銭タイムがあったりする。

封筒の中身に入れられた投げ銭の規模がわからないから何とも言えないが、

終始、状況をみていた所から判断すると、
本日収入、3万円程度かと推測する。

今回の、大分市公演は、4回だという。

こんな感じで、全国を回っているのだろう。

私は、
こういう生き方もアリだと思う。

「今からあなたの目の前で舞います、
 だから、お金を下さい」

という事だ。

これをみて、私は、昨今の就活や婚活に悩む人達に、

ぜひ、この舞台をみて、この家族の押し出し方を感じて欲しい。

君たちは、
自分のできることを、精一杯PRしているかい?

どこかカッコつけて相手から距離を縮めてくるのを待ってるだけじゃないのか?

欲しいものなら、自分の手を伸ばしてみてはどうだ。

なんて、おもった。

で、私が、気になったのは、観客の方。

中には、演劇がスキで、来ている人も居るようだ。

さらには、なんらかのご縁で、観覧を勧められた人もいるだろう。

そして、まったくの通りすがりの人も居る。

集まった人達は、大分では珍しい「投げ銭舞台」をみて、

いくばくかの金銭を出した。

世の中、不況だ解雇だ、不振だと、目耳にする。

だけど、「投げ銭舞台」を面白いと思ったのか、お金を出すという人が居る。

絶対に、「自分の金を他人にやるものか!」

という空気ではない。

例え、大分だとしても、
キッカケがあれば、出てくる余裕のお金があると言う事だ。

今回、たまたま、
そういう明るい場所での出来事を見たからそう思ったのかもしれない。

現実、暗い場所では、
本当にキツイ思いをしている人もいるだろう。

でも、明るい場所がある、
あるいは、出てくるお金がある。

大分は、平和なんだろうな、なんて思った。


☆ジャスティス:サンデル教授

NHKハーバード白熱教室と言うのが、

2010年、話題になった。

私も、なにげにTV視聴した。

スリリングな、議論の展開に、
なんだか、TVドラマを見ているような感じも受けた。

サンデル教授が、なにやらスゴイみたいな、
話題になっていたが、

私は、あまり、そこには魅力を感じなかった。

正義について、議論することは、
別に特殊な事ではないと思う。

それを、特殊だという方が、変だろう。

また、サンデル教授の講義の進め方が、ドラマチックだ
みたいな、話もあるが、一般的な進行手法だと思う。

卒業生なら、熟知しているが、
BBブランチというIT塾も、同じ手法で授業が行われているから、
私にとっては、めずらしくもない。

なぜ、わたしが、ハーバード白熱教室に魅力を感じたのか、

それが、のちに判明した。

2010年夏、サンデル教授を東京大学に招き、
ハーバードのように、講義をした。

その様子も、放送された。

当然、内容は、スカスカ。

議論になってない、単なる意見を述べるだけに終始している。

あー、私がスゴイと思ったのは、

ハーバードの学生は、「まともな思考をする能力がある」からだ、
と、疑問の解決に至る。

さらに、白熱教室を日本の教授がまねてやっていたが、
その内容も、スカスカ。

ワークシェアなどの意見を議論していた。

で、最後に、日本人教授のコメントに愕然とする。

自分が設定した結論に生徒が近づけたから良い。

という。

この教授「ばかじゃねーの」と、思った私。

答えを誘導するのは、議論じゃねーだろうが!

レジュメ配っておけば済むことだ。

あー、やっぱり、
日本は他国より何十年も遅れているのか・・・・・

どこか、話の合う、知能程度の人、居ないかなー。

日本に居ても、ダメかな。

公文先生を思いだしちゃった…….。


☆トランブの組み合わせ

これまでの生活の中で、
なにげに、トランプを使う事があった。

ジョーカー1枚と、
A・2・3〜J・Q・Kまでの13枚が、
ハート・クラブ・スベード・ダイヤの4セットある。

数学的な話をするので、ジョーカーを除き、52枚で話を進める。

神経衰弱というゲームがある。

裏返しのまま、広げられたカード52枚を、順次表にして、
数字がペアになれば、取得して、獲得枚数を競うゲームだ。

さて、
わかりやすくするために、カードは、
縦4枚・横13枚の枠の中に整列させて配置するとした。

充分にシャッフルしたカードを左上から、順番に並べていく。

もちろん、カードはランダムに出てくるだろうから、
1ゲーム目・2ゲーム目と、同じ位置に同じカードは無いだろう。

さて、では、この枠に並べられるカードのパターンは、
最高、何パターンできるか、おわかりだろうか?

そう、全部で52枚のカードなので、

52x51x50x49x・・・・・と、なる。

数学的に書くと、52!と表現するらしい。

で、実際に何通りできるかというと。

8.06581752 × 10の67乗 である。
※68桁の数字

この数字の偉大さが、私の注目した点である。

比較として、

宇宙の年齢、137億年を秒数で数えると、
4.320432 × 10の17乗
※18桁の数字

68桁の数字の大きさを比較して考えてみる。

例えば

地球の人口が、100億人として、
全人口100億人が、宇宙誕生から存在していたとする、
全員で、1秒間で一斉にカードを並べて、137億年続けた場合。

4.320432 × 10の27乗
※28桁の数字

それでも、68桁の数字には届かない。

つまり、137億年という宇宙の歴史が始まって以来、
神経衰弱というゲームで、同じパターンが出たことがない。

と、考えられるわけだ。

「すごいじゃないか、トランプ」

と、思ったのである。


☆深刻な悩み事

私、一見、悩みなのなさそうな風体。

・健康そうな大きめの体つき

・やわらかくしっかりした手のひら

・素顔がニコニコの顔つき

深刻さなんて、似合わないキャラである。

まあ、確かに、悩みは無い、と言えば無いのだが。

ここ4年ほど、社会生活から離れ気味の毎日を過ごしている。

週2日のカレーワゴン出動と、その準備以外は、自宅にいる。

あ、状況を正当化させてもらうと、

コンピュータネットワークセンターの管理者であるから、
居ることが任務なわけ、無職とか、心が病んでいるわけではない。

「全力で在宅」している。

ただ、トラブルが無いと、出番も無いし、
帳簿とか、事務作業などの諸雑務も、
そのうちネタが尽きて、する事もなくなってしまう。

そこで、日頃から疑問に思っている事を、調べたり、
自分なりの仮設を立て、証明していく活動をやってみたりする。
※作家活動みたい・・・・

昨今、
地球環境の悪化が叫ばれているが、
私も、地球に住む一人として、気になっていた。

温暖化防止や、絶滅危惧生物の保護

資源枯渇の代替対策・事故防止・犯罪(戦争)抑止。

そこで、ネットを中心に、新聞記事や論文などを読みあさり、
関連資料の深層に足を踏み入れていくのだった。

調べていく内に、わかってきた事が、1つ。

環境問題も、資源問題も、生物多様性問題も、

すべてが、「ビジネス」であるという事。

そして、「人間の立場」で述べられている事。

そりゃ、まあ、だれも金にならん事は、しないわなー。

と、納得するのであった。

絶滅危惧種の問題は、子供向けのアプローチでも多い。

その動物が居なくなることは、イケナイ事の様に描かれている。

だが、本当に、その動物が居なくなると、どんな問題があるのだろう?

・他国の動物園に高額レンタル出来なくなるからだろうか?

・多用な生物が住む奇跡の星の体裁を守るため?

絶滅危惧種保護を声にする団体への突っ込みドコロに、

「新種の数」が報告されてないという部分があるらしい。

1年に減っていく絶滅種とおなじくらい、新種の誕生がある。

なので、生物種がゼロに向かっているのではない。

実際、地球上の種の数は、
およそ一定に保たれているのだ。

そして、
保護を優先される絶滅危惧種の選定も偏りがある。

ナマコを食べない国に、
ナマコの絶滅危惧を訴えても反応は薄いだろう。

より多くの人の賛同を受けそうな種に限って、
メディアを取り上げ、危機感をあおる。

逆に、とあるゴキブリの絶滅危惧種があっても、
ユネスコが、保護活動をする事はないのだろうな。

それらの待遇の違いは、なにか?

金になるか? ならないか?

である。

そこで、ビジネス主義を廃した文献だけを取りまとめていく。

結果、大きく2つの意見が出てくる。

A.ほっといても地球は大丈夫だ
 ※地球の45億年の歴史から見れば、
  人類の文化構築期間は瞬きにすら値しない

  生態系ピラミッドの頂点に、人間がいる。
  なので、それ以下の生物が抑圧されることはあるだろう、
  逆に、下位生物の動向で上位生物が影響される事もあるだろう。

  もし、地球に人間という種が繁殖し続ける事に限界がきたら、
  そこで減少に転じ、いずれ頂上を誰かに譲るのである。

  それでも、地球は回っている。

B.原因要素を廃すれば、自然は復活する
 ※悪化させている要因を排除すればいい

  今すぐに、緑豊かで、
  多くの生物が共存している地球に戻したければ、
  人間という種を絶滅させてしまえばよい。

私は、この2つは正論だと受け止めている。

人間という種が持つ特殊能力「欲」を廃して、
すべてを天然物で統一を決意する。

医療も止め、畜産・農業なども止める。

その究極は、
働かなくても生きていける環境になるらしい。

働かず、健康を維持して、縁あった男と女で子をもうける。

子や弱ければ育たず、世界人口もぐっと減るだろう。

他の生物の餌食になるかもしれない。

人間の数が減れば、自然に手に入る食物で、生きていける。

わざわざ濾過しなくても、川の水がきれいなのである。

ははー、それもいいじゃないか。

そんな感じで、1つ判った事の裏取りを進めると、
また新たな事実や意見に出会い、また次の疑問が生まれる。

それに当てはめて、毎日を送っていると、
日々、人間社会で発生する問題や小競り合いは、
あまりにも小さな事に感じてしまうようになった。

逆に、人間は、生物の中で、まともなモンじゃないな、
って、思う。

宇宙船地球号の乗組員の資格はないな、って。

で、悩みは

「地球号を追い出された、どうしよう?」

って、ところなのでした。

そして、
ゼロ円生活?
電気のない生活?
お金の要らない生活に挑戦したいな、

なんて、思っているわけ…….。


☆阿蘇カルデラ

また、月刊NEWTONネタなのであるが、

九州に住んでいる私には、

隣県、熊本に中心を持つ、阿蘇山系は、

身近な存在であり、特別視する事もなかった。

修学旅行や、ドライブで、活火山の火口を覗いたこともある。

火口頂上から、周囲の見渡し椀形のぐるりを見て、

「おお、火山じゃー」と思ったモノだ。

で、またもNEWTONの特集より・・・

「超巨大噴火」を見て事実を知った。

阿蘇の噴火口というのは、
現在観光地として近づける火口だけでないと言うのだ。

今から、約9万年前、阿蘇は、大噴火を起こした。

その規模は、巨大で、地球の歴史上、世界第3位の規模だったという。

大分県(北側)から、阿蘇に近づいた所に、大観峰という場所がある。

阿蘇外輪山でも、最高峰の山であり、阿蘇カルデラを一望できる。

そこから、見える直径約20キロの大きなカルデラ(凹地)が、
9万年前の火口という事だ。

その火山灰は、北海道まで到達し、そこに15センチも積もったという。

九州の動植物は、その時、ほぼ死滅しただろうと言われている。

新たな知識を得た今、再度、阿蘇カルデラを見たいと、
毎日、夢見ているのである。


☆あの件

2010年

そろそろ、潮時だと思い「ノータッチ宣言」をしてきた。

でも、周囲はなかなか理解してもらえず、
未だに、さまざま情報を持ち込んで来てくれる。

失笑

周りがあれこれ言わなくても、
本人が一番判っていると思う。

決断するだけなのに。

ワルモノにされて、むげねーのー。


☆おもしろ一言

「石器時代は終わったが石はある」

 石油の枯渇問題について逆説を述べたモノだったと思う。

 石器時代が終わったのは、
 石がなくなったから石器を作れなくなったのではなく、
 石器の存在が、生活文化に合わなくなったという事。

 つまり、石油依存の現代も、
 この先、代替資源や生活文化の変化で、必要とされなく成る。

 という意味らしい。

 たしかに・・・・と、思った。

「ドバイの石油王なのに、ガスしか出ない。」

 ムネ製薬という会社の、商品PRコピー。
 この会社、浣腸を作っている。

 便秘に悩む人の心情を描いた一節。

 他にも、いろいろあって、大笑いした。

「イクメン」

 父親の育児参加を表す新造語らしい。

 国の予算があるので、メディアも取り上げざるを得ず、
 関連グッズもあれこれ発売され、あちこちで、
 イクメンリーダーやら、イクメン一年生が紹介されている。

 ウンチの世話がイヤなパパのためのテクニック特集って、

 我が子の世話が嫌いななら、産まなきゃいいのに、
 と、私は憤る。


☆2011年のキーワード

今年、2011年のキーワードは、

・過去の整理
・戦闘準備

の2つ、と考えている。

・過去の整理

掲載している文中で述べたが、

今後の生活の中で、万が一という事を考えるようになった。

その際、残った人たちに整理を強要することになる。

使いカケのボールペンも、
飲みかけのウイスキーも、
楽しみにしていたDVDも、

何らかの要因で、私が自室に戻ってこない状況となれば、

どうにかして処分されてしまうことになる。

パソコンなんか、残っても困るだろう。

守秘義務が必要な仕事をしているから、
こちらの都合で、情報を流出させるわけに行かない。

相応の仕組みを、研究・導入しようと思っている。

また、IT業務の中で、長年のお付き合いから
惰性のような体制があると感じている。

結果、トラブルの解決に余計なコストが発生するなど、
本来の任務とは違う部分が見えてきた。

任務に応じた(安くない)報酬をいただいている以上、
納得いただける品質を維持したい。

つまりは、過去のトラブルやご要望の整理をし、
次世代の体制を提案する根拠を固めねば。

・戦闘準備

別に、戦争地域に行って、写真を撮り、
ゆっくりしゃべろうと言うのではない。

前述の整理を進める中で、
相手があるネタには意見交換が必要で、
互いの主張の整理が出てくると思う。

その準備をせねば、という事。

特に、IT顧問は、過去の整理と共に、
近未来のテクノロジーを武器にせねばならず、

つまりは、戦闘準備。

いずれにしても、いままで構築してきた情報網を維持し、
なおかつ新たな分野にも広げて行くわけだ。


☆その他

・飲食ビジネス

 今年の8月で、営業許可の期限が切れる。

 もちろん、更新するつもりだが、移動販売ではなく、
 別のアプローチも、考えようと思う。

・施設訪問

 別府市の児童養護施設に、毎月訪問しているが、
 2011年は、ひさしぶりカレーワゴンの出動を考えている。
 できれば移動屋さん、数台参加してもらいたいな。

・IT業務

 ちらちらと案件打診もあるので、
 少しは、活躍の場があるとおもわれ。

 戦闘準備を整えねば・・・・・

あとは、
もうちっと、収入を増やさねば。

浪費の中から生まれるアイデアも大切だわ。

しかし、収入を増やすの、苦手だし.....。

2011年は、「もうちっと+(プラス)」を基本にやって参ります。

本年も、なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。

ドクターヘリを見に行った、その2

4月の春休み。

子供達と私は、
興味本位でドクターヘリを見に、
久留米に赴いた。

そして、夏休み。

再び、久留米に向かったのだった。

再び、久留米へ

春休みに、

ドクターヘリを見るためだけに、
久留米大学医学部へ行った。

詳細は、下部のリンクを。

さて、夏休みに入り、7月最終日。

カレーワゴンの出店があったので、
夏休みの遊びに入れずの私。

どちらかといえば、自分へのご褒美に、
再び、ドクターヘリの見学を計画した。

もちろん、子供達もOK

2度目の訪問なので、自動車道も順調。

久留米市にはいって、街中も順調。

車を停める位置も、
見学ポイントも、ばっちり。

運動場に近づくと、
建物の間から、ちらりと見えて、一同歓声。

前回と同じ、神社に車を止めて、グラウンドのフェンスに
4人で連なる。

しばらくは、いろいろと思いをはせながら、
停止している機体を眺めているが、とうぜん飽きてくる。

「じゃあ、ローソン行きますか?」

と、トイレ休憩のため、ローソンへ徒歩で移動。

ドクターヘリを見に行った、その1

係員の方に見つかってしまった

ローソンでトイレに行き、

「アイスの実」を買って、みな口に入れる。

車の場所まで戻る途中に、
もう1箇所、見学ポイントがある。

職員駐車場の先に、ヘリ駐機場への入り口がある。

そこまでギリギリ近づいて、写真を撮る事に。

だれも居ないのを見計らってフェンス口に駆け寄る。

と、

「やあ、こんにちは」

と、制服をきた、小柄なおじちゃんが立っていた。

私は、「(うわ、見つかった)」と、ちょっとドキドキ。

ところが、おじちゃん、

「見学ならどうぞ、近くで」と、
駐機場内に招き入れてくれた。

このおじちゃんが、ドクターヘリのパイロットさんだった。

病院関係だと思ったらしいが、

大分から、ドクターヘリをわざわざ見に来た親子と知って、
いろいろと、説明をしてくれた。

ドクターヘリに搭乗

構造上の機密もあろうかと、
ちょっと機体から離れた位置で、記念撮影を撮ろうとした。

ところが、
「ああ、中に入ってみる?」

と、5枚のドアを全開にして、中に入れてくれた。

うちのお嬢さん達、まっさきに、ドクター席へ

パイロットさんも、驚き。

「はー、男の子は、操縦席に座りたがるんだけどねー」

だって。

フライトドクター席

フライトナース席

補助席

と、それぞれ座らせていただいた。

私は、患者ベッドに横たわると、いう案もあったが、

出発に備えリセット済みの機内なので、それは止めた。

ドクターヘリあれこれ

さあ、質問攻め

・機体はいくらですか?
約5億円くらいです。

・スピードはどのくらいですか?
250キロくらいです。

・早いですか?
ここから大分まで25分くらいです。
※車は90分かかった

・要請があって飛ぶまでの時間は?
3分以内に飛び立つようになっています。

・部品で高いモノは?
はやりローターかな。
エンジンは2台付いていて、別々に動いています。

・飛べないことはありますか?
風は問題ないが、キリはダメです。

・日本のドクターヘリは同じ仕様ですか?
3種類あります
ドイツ式・アメリカ式・日本式
久留米のは日本式です。

などなど、答えていただきました。

次回から見学は難しいだろうな

また、見学にいきたな、と思っていますが、

2010年中に、病院屋上ヘリポートでの運用に切り替わり、
地上からは見えない場所になるとのこと。

残念。

救命救急のシンボル

予備知識「スターオブライフ」

救急車・ドクターヘリなど
救命救急の関係施設には、
蛇のマークがあるそうな。

「スターオブライフ」
と呼ばれている。

6本の柱は、一番上から、意味が決まっていて、

(1)覚知
(2)通報
(3)応答
(4)現場手当
(5)搬送中手当
(6)医療機関への引き渡し

と、救命救急の一連を表す。

杖に絡まるヘビは、医療のシンボル。
「アスクレピオスの杖」と呼ばれる。

救急車やドクターヘリなど

救命救急の任を追うところには、
このマークがあるんだって。

ドクターヘリを見に行った、その1

2010年1月より、

フジテレビ系列で放送された、

「コードブルー2」というTVドラマ。

前作に続き、大手医療機関のERスタッフを取り上げた作品。

通常の医療ドラマとひと味違って、
救急搬送用のヘリコプターがストーリーの柱に入ってくる。

次女真凪は、常々医療行為に興味を持っており、
メカニカルな思考もあって、
ドクターヘリにも食指を動かした。

我が家の成り行きからすると、
「ドクターヘリを見たい」
となり
「じゃあ、行くか」
って事に。

TVドラマの話かと思えば

高度医療が整備された首都圏の話で
さらにはTVドラマ用の作り話でしょ。

って感じもするが、
実際、日本各地にドクターヘリは整備されている。

ドクターヘリは、
事故現場での対応や判断を行うため、
医療行為の免許をもった
「医師搬送」という役目がある。

また、搬送中の急変に対応すべく、
医療行為を行いながら搬送する
「移動治療室」という役目もある。

救急車に医者が乗っていくという話と大差は無いが、
事故の内容・傷病の内容によっては、
車で陸路を移動するよりか、飛んだ方が早いという事。

「ドラマ:コードブルーシリーズ」では、
ヘリに同乗するに値する経験とノウハウをもった
医師や看護師を育成・認定するためのプロセスが描かれる。

同者らは、
「フライトドクター」
「フライトナース」と呼ばれ、
ERの中でも秀逸な人材が望まれるようだ。

ドラマの意図には、
「フライトドクター」
「フライトナース」
の求人募集的な感じとも取れなくはない。

もちろん、その前段階として、
医学部や看護学校の壁が待ちかまえている。

さておき、
実際に緊急を要する事例の際、
空を飛んで、医者が駆けつけてくれるなら、
どんどん普及すればよろしい。

なんて、思うのだ。

だが、当然のことながら、
1機数億円もかかる上に、
受け入れ病院の体制・発着場の整備
パイロット・整備士などなど、
初期投資や維持するコストは、救急車の比ではない。

日本は、全員皆保険制度であるから、
お金持ちがドクターヘリを使い、
貧乏人は間に合わずに死ぬ、
という事は、想定されていない。

つまり、ドクターヘリのコストは、
厚生労働省管轄の税金によってまかなわれる。

ということは、
整備される病院は、税金を投入して、
しかるべき理由付けがなされる場合にのみとなる、

余談ではあるが、

日本国内には、

ドクターヘリの他

・消防庁管轄の
「消防防災ヘリコプター」

・警察庁管轄の
「警察ヘリコプター」

・防衛庁管轄の
「自衛隊ヘリコプター」

が、いろいろな事情で整備されている。

その他、マスメディアが持っている
「報道ヘリコプター」など。

どこにいけば見られる?

さて、ネットで情報収集

まず、最初に判ったのは、
「大分県には無い」事

山間部も多く、離島もあるので、
大分県にもあっていいのでは?なんて思うが、
そんな金は大分県にないってのが現実。

私らの「見てみたい」という希望が、
いきなりの挫折。

で、調査の結論から言うと、
九州には「久留米大学医学部付属病院」にあった。

あー、久留米かー。

「大分ホーバークラフト」程度のノリで、
休日の行楽気分でいけるところにあれば、
なんて、思っていたが、
久留米は、ちょっと遠いなー。

なんて、調べただけで、終了。

余談

実際は、民間の医療法人で、
独自にドクターヘリを運行している病院もある。

「大分ホーバーフェリー終焉」

大分県でもドクターヘリ!

しばらくは、そのまま企画倒れで放置していた本件。

なにげに、思い出して、あれこれ、調べると同時に、

現在(2010/4)、大分県立病院に入院中の友人
ふじのくんに、ドクターヘリのことを話した。

彼曰く

「えー、時々、屋上に飛んでくるよ」
とのこと。

大分県立病院は、10Fがドリンクラウンジとなっており、
通常は、入院患者や訪問者が、歓談の場として利用できる。

その窓ガラスをあけて、屋上に出ることができるが、
屋上には、あのHのマークがある。

ふじのくん曰く、
ラウンジでお茶してたら、突然大きな音がして、
ヘリが現れ、ストレッチャーが出てきたって。

そこで、私は、本件に対する意欲が再燃した。

そう、つまり、
大分県には、ドクターヘリの駐機場はないが、
ドクターヘリの管轄範囲ではある。

見ることは、不可能ではない、ということだ。

「お、じゃあ、ふじのくん、
今度ドクターヘリきたら、教えてよ、見たいから」
という私に、ふじのくん。

「あー、ムリかな、患者おろしたら、すぐに飛び立つ」

そりゃそうだ、まったくもって、正しい。

患者をおろしたら、次の現場に備えて、
駐機場(久留米)に戻らねば。

やはり、大分県で、ドクターヘリを見ることはむずかしい。

ちなみに、ドクターヘリは、
上空を、時速200キロ以上で飛行可能だ。

つまり、九州の範囲、およそ30分で、
どこへでも到着可能なわけだ。

飛ぶって、すげー。

ダメでも元々

そうなると、やはり見たくなる。

この際、久留米まで行くかと思い始める。

せっかく行くとなると、できるだけ近くで見たい。

また、行ったけど見られないって事も無しにしたいので、
情報収集がてら、

久留米大学医学部の総務課へメールしてみる。

同施設のホームページには、
「なんでもメール下さい」って書いてあるので、
こちらの意向を記述して送った。

でも、先方の意図としては、
「医学部卒業見込みの学生に対して」
なんでもと、門戸を広げているのだった。

一般向けでは無いのねー。

ははは

で、お返事も来ないし、すっかり忘れていたところ、

総務課の酒田氏から、お返事を頂いた。

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山崎雅治 様

ご連絡遅くなり申し訳ございません。
久留米大学の坂田と申します。
以前、メールにてお問い合わせありました、ドクターヘリ見学の件ですが、
当院では一般の方への見学は行っておりません。

しかし、現在グランド内ヘリポートに常駐しており、
ご覧になる程度になるかと思いますが、グランド外からの見学であれば可能かと思います。
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そんな、お返事を頂いた。

坂田さん、感謝です!

どうやら、頂いたメールによると、
近寄れないが、見ることは可能だという。

これにより許可をいただいたという事ではないが、
酒田氏から、案内をいただいたので、
すぐにでも行動すべきと、
早速、見学の日程を調整した。

「ドクターヘリシステム」

久留米はブリジストンだらけ

都合良く、春休みシーズン。

4月9日(土)に、おじょうさんたち3人を乗せ、
久留米に向けて出発。
※一番大きな娘は、幼稚園行事のため、行けず

その日、大分は雨

大分自動車道は、一部通行止め。

ちょっと、不安もあったが、予定通りに行動開始。

湯布院ICから、自動車道に入り、
いつもは、右にまがる鳥栖ジャンクションを、
今日は左へ。

ほどなく、久留米ICに到着し、一般道へ。

目的地は、
久留米市街地(市役所などがある中心部?)だ。

特に大きな混乱もなく、
右折目印の、久留米市役所を曲がる。

そのまま直進すると、久留米大学付属病院が見えてくるはず。

って

市役所よりも大きな建物群が、目の前に現れる。

迷う方が難しい。

気が付けば、途中・途中にも、大きな建物や倉庫があるが、
それらは、みな、ブリジストン関係。

やはり、久留米は、そうなんだ、と関心。

付属病院外来車駐車場の先を左に曲がると、
大学の運動場があり、そこに駐機場があるとのこと。

事前の下調べで、運動場と隣接する神社の間にそって道があり、
そこに路上停車すれば、いいだろうと、考えていた。

おお、あれか!

大分は自動車道が通行止めになる悪天候だったのに、
久留米市内は快晴だった。

運動場の端を右折し、フェンスにそって進むと、
神社駐車場があった。

ひとまず、そこに、車を一時停車させようと、左に寄せていく。

すると、運動場の手前に、整備された芝生があり、
その真ん中に、TVでみたようなカラーリングされた

ドクターヘリが、しずかに置かれていた。

おじょうさんたちも
「ああ、あった、あれだ、あった!」と、歓声。

大学の運動場なので、ラグビーができる広さ。

その端に、テニスコート2面程度の広さが芝生となって
真ん中に、白い機体のドクターヘリが停止していた。

敷地の端には、格納庫がある。

私らが到着した10:30は、
緊急出動待機中なので、
格納庫から出されて、発着場の中心に居る。

機体の他に、エンジンのスターターらしき装置が
太いケーブルでつながっていた。

どこまで近づけるか?

さて、「見る」という事は、達成したが、
この後、どこまで近づくか?

あるいは、触れるか?という段階。

もちろん、強行突破をする気は元々無い。

というのが、今回の訪問も含め、
こちらの身分を明かして、久留米医大
総務課酒田氏とのやりとりを経ての訪問。

私らが強行突破すれば、坂田氏への問責となり得る。

そりゃ、やはりイカンでしょう。

で、さらに難関が…….。

実は、機体のそばには、びっちりと警備員さんがいる。

そう、推測ではあるが、
TVドラマをみて、ドクターヘリに興味をもった人が、
ここを訪れて、ヘリに近づく事件が多発したのだと思う。

一見、ただ停止しているヘリだから危険でもないし、
触っても経るモンじゃない、なんてババアの理論もあっただろう。

でも、ドクターヘリは、医療機器なのである。

シロウトの接近は、
患者さんにつながれた人工心肺に触れるようなもの。

そして、待機しているという重要な任務を遂行中だ。

もし、見学者がヘリの装備に触れ、
出発が遅れるようなことがあり、
その結果、大切な命が救えなくなる事にでもなれば、
ドクターヘリの意義自体がゆらぐことになる。

なので、今回は、ムリをせず、フェンスの外から、
見るだけにした。

もちろん、それだけでも充分な見学だった。

ドクターヘリが活躍して、
飛び立つところや着陸を見たかったのだが、

それは、誰かがケガなど重傷を負うと言うこと。

本来なら、飛ばないことを祈るべき。

「良い一日であった」と、お嬢さんらと確認した。

久留米城跡

せっかく、久留米中心部まで来たので、
久留米ラーメンを食べずに帰るのは失礼?だろう。

その前に、参拝者でもないのに、篠山神社駐車場に車を止め、
ドクターヘリの見学に行っていたので、
駐車場を拝借した御礼に、神社へ参拝することにした。

けっこう急な石畳を上り、本堂に参る。

この石積みの高台は、久留米城跡らしい。

どこかのご家族が、本堂内で拝礼していた。
なんだろう? 新入学のお参りかな?

私らも、なんとなく参って、城跡上から、
再度、ドクターヘリを見下ろす。

久留米ラーメン・沖食堂

車にもどり、さてラーメン屋に。

いくつか、候補をしぼっていたので、
まずは、わかりやすそうな所へ向かう。

でも、目的の場所らしき所には、
下調べのラーメン店は無かった。

そこで、次の候補「沖食堂」へ。

久留米市役所をめざし、
篠山小学校・明善高校に向かう。

およその場所に近づくと、
「沖食堂駐車場」があり、そこへ駐車。

でも、店はどこよ?

私らは、ひとまず駐車場から右に向かって歩く。

でも、どこにも、なにもなさそう。

すると、駐車場から左に向かう人達を見つけ、
沖食堂にむかうのだろうと、その人たちについていく。

すると、どこかの民家の倉庫みたいなところに入ったので
「あれえ、ここじゃないのか?」

と、その民家の扉奥には、多くの人が座っていた。

「わお、ここだ!」

沖食堂って、イマドキの飲食店らしくなくて、
創業以来の木造店舗そのままだった。

店内に入ると、開店から間もないのに、ほぼ満席。

私らは、運良くテーブル席を確保でき、即着席。

その次の組から、行列となった。

さて、初めての店舗。

無難に、ラーメンを4つ注文。

1杯380円だ。

私らは、福岡の長浜屋(2010/5/10再開)が好きなので、
それを基本に、ラーメン判断をする。

沖食堂のラーメンは、
少し太い麺で、白濁のとんこつスープ。

ほどなく4杯が用意され、しばらくラーメンをすする。
子供慣れしているのだろう、小皿をすぐに用意してくれた。

その間、お客は続々と増え、
店の外まで、行列ができていく。

もちろん、店内も立待ちが出てきて、
ゆっくりという雰囲気は吹き飛ぶ。

でも、おじょうさんら、なんとか食べて、退店。

支払いを済ませて、そとに出ると、
そこは、沖食堂の正式な入り口。

そう、私らは、調理場横の入り口から入ったので、
民家の倉庫という印象を持ったのだった。

太麺に「しっかり食べた感」を抱き、沖食堂をあとにした。

福岡青少年科学館

自然博物館は、北九州の
「いのちのたび博物館」が良い。

科学館は、
この「福岡青少年科学館」が
九州でも、高レベルだと下調べしていた。

なかなか、単独目的では訪問する機会も無かったが、
今回のドクターヘリ見学と合わせて、訪問実現。
※まあ、また5人で、再来かな。

この日、土曜日は、子供入館料無料デー。
大人400円のみ支払い、入館。

同館は、プラネタリュウムや望遠鏡などを備え、
数々の実験施設を持つらしく、期待も大きかった。

3Fは、地球・海底・古代・資源・ロボットなどが展示されている。

もちろん、お約束の様に、「故障中」もあるが、
かなりの数の展示に、おじょうさんら大興奮でそれぞれに進む。

紗代実は、Tレックスのロボが怖かった。

真凪は、エア稼働のロボットとの会話が面白かった。

詩音は、地底探査のシミュレーターが良かったと。

その他、絵を描いてくれる産業ロボにアンパンマンを書いてもらう。

2Fは、物理コーナー。

リニアモーター・飛行機の原理
テコや滑車の原理を組み合わせたボールマシン。

鏡や偏光レンズの部屋

風力・水力なども事件設備が満載。

竹とんぼが、びゅーんと飛ぶのをみて、
私と紗代実は大爆笑。

館内では、時間が決まっている実験があり、
説明者がライブをやってくれる。

ちょうどのタイミングでライブ開始となっていた実験、
日本でも数少ないという、高電圧実験室に入った。

強電やカミナリの実験だが、
結論からいうと、爆音が怖かっただけ?

ガラスを走る電気はキレイだった。

このフロアに高精度のフライトシミュレータがあり、
完全予約制らしい。
(もちろん無料)

時間をみると、順番チケットが取れそうなので、
詩音が受付に走る。

フライト待ちの間、
なにげに、ウォータークーラーで
水を飲むのに、4人ではまってしまう。

シミュレータ自体は、高性能なんだろうけど、
初心者コースだったので、ほとんど自動操縦で終わり。

でも、室内の造作もそれっぽくて、
ジェット機に乗っている感じだった。

施設最後は、1F中庭にある、大規模な水車仕掛けのポンプを
手回しして、遊ぶ。

また、
巨大反響版で、離れた所との会話ができる施設に、
私と紗代実が挑む。

紗代実、大喜び。

15mくらい離れているけど、
ひそひそ話が、きちんと聞こえるから、あー不思議。

さて、時間としては、プラネタリュウムの上映時間だったが
夕方からの用件もあって、もう久留米を離れる時間。

おじょうさんら3人のブーイングを断し、館をあとにする。

そして、車は一気に、大分へ。

久留米は快晴だったのに、大分は、やはり雨。

長距離移動の一日だった。

ドクターヘリなら、30分なのに…….。

「福岡県青少年科学館」

驚き!気をつけねば

あとで気が付いた事だが、
この時、免許証を携帯してなかった。

3月の下旬に、車両保険の切り替えした時、
資料に挟んだまま、いつも持ち歩いているバッグに戻してなかった。

つまり、この数日前に北九州にも行ったが、
この時も不携帯。

約10日間ほど、気が付かなかった。

いやはや、問題にならなくてよかった。

さらに、車検切れなども発見で、
らしくない展開に、猛省......。