デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

以後、話を進める中で、デジタル機器について

次のように整理をします。

・PC

 いわゆるパソコンで、キーボード・マウスを使うデジタル機器

・Pad

 iPad・iPhoneなど単画面のタッチ操作のデジタル機器

・デジタル教材

 上記、PCとPadを指す。

とする。

私が「教育に関するデジタル教材」を意識し始めたのは、

鶴崎工業高校在学中の事だったと思います。

たぶん、高校2年(1984年)くらいだったです。

当時、私はSHARP製のPCを使っていた。

日本語はまともに表示されず、メモリーも64Kだった。

 ※64Kとは、ギガの16344分の1

そして高校生がPCを使う事がめずらしい時代。

販売元であるSHARPの大分営業所でも話題になり、

その話は大分県下を駆け巡ぐりました。

やがて大分県教育員会情報センターに噂が届き、

当時の情報処理部長の先生と面談する。

この方(故人)は、のち情報科学高校の校長を務めました。

この時、部長先生から、

「学校でパソコンが使われると思うか?」

と聞かれ、たしかこう答えました。

「パソコンを学校で学ぶと言うのはプログラミングですか?

 それともパソコンの製造ですか?、活用ですか?」

と、いつもの問いに対して問いで返す馬場少年。

まだこの当時は各学校にPCを設置する事は無く、

実習として、この情報センターに行って使っていました。

そのカリキュラムは、極簡単なプログラムを体験する程度で、

その体験を元に「将来はPC関連の仕事に就くぞ!」と言う事など

想像できるほどのものではありません。

いまで言う職場体験程度の事です。

しかし翌年、1985年に実業系高校に少しづつPCが入ってきます。

NECのPC88Mark2だったと記憶しています。

授業は、簡単なプログラミング例を紙で渡されて、

それを打ち込んで動く事を確認するだけの話でした。

馬場少年は教師から「おまえはスキにやってろ」という扱いです。

その後、1985年からパソコン通信が普及すると、

学校現場では、興味をもった教員が自分の活動として、

あるいは部活としてパソコン通信を取り入れるようになって、

学校現場からの情報発信が始まってきます。

ネットワークの歴史は、1993年に大きく変化を始めます。

インターネットの一般開放が始まりました。

1990年初頭まで多くを占めていたパソコン通信は、

利用者とセンターが、1対1でつながって情報通信をしていました。

その為、センター側の回線数が利用者の最大値となり、

例えば、100回線のセンターでは、同時に100名しか利用できず、

101人目は、使用中の誰かが退席するまで待たされていました。

また接続中は、ずっと通話状態となり秒刻みでお金がかかります。

新規投稿を表示させてデータを受けている時もお金がかかり、

その画面を操作せずにずっと読んでいる間もお金がかかりました。

ところが、インターネットは、仕組みが違い、

利用者は、最寄りの幹線道路(ネット)につながりさえすれば、

その道路を通じて、沿線に立つビル(ネットサービス)に自由に行けるのです。

インターネット開始当初は、パソコン通信と同じく、

時間刻みでお金が掛かっていましたが、のちに技術の進化によって、

定額制が始まり、通信の速度も、光ファイバーの普及で飛躍的に向上します。

1990年代後半になると、学校でのPC導入は、

「プログラミングを体験する」

から

「インターネットでの情報検索」

にかわってきます。

うちの3人は、この時代以降のPC教育を受けてきたはずです。

さて、学校現場は、基本的に文部科学省の管轄ですが、

一方のインターネットは総務省(当時の通産省)が担当です。

お互いの成果競争が始まります。

通産省は学校にインターネットの普及を促し手柄にしたいし、

文部省も同じく、ネット利用のカリキュラムで誇示したい。

しかし、

学校の現場や周辺の業者にとってはどちらからも予算がでる美味しい話でした。

私は、当時の御縁から、

東京都港区 神応小学校のプロジェクトに参加します。

苅宿俊文先生

http://www.si.aoyama.ac.jp/gshi/profile/kariyado.html

苅宿先生は、当時、神応小学校の教員でした。

「らしさ工房」

そこで自由な発想で子供達が活動できる環境の研究をしていました。

その環境にPCを取り入れて行きたいと言う話があり、

私は、そのソフト開発のお手伝いをしました。

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003026422

「再構成型描画ソフトウエア脳の鏡」

簡単に言えば「お絵かきソフト」なのだけど、

子供が描いていく様子を白紙からずっと録画を続け、

また使ったペンのサイズや色もそのまま記録していく。

その後、再生をしながら子供がなにを思って描いたのか分析ができる。

例えば、

最初は、大きなマルに長い鼻をつけてゾウを描こうとしていたが、

羽をつけたり、足が車輪になったりと、なにやら不思議な絵が出来上がった。

その描画課程を白紙から再生で見ながら、子供と教員は、

この時なぜ羽をつけたの?

足が車輪になったのはナゼ?

と聞きながら、子供の心理や好奇心の変化を遡って見る事ができる。

そのようなソフトでした。

紙に描いて、結果だけみる、従来の図工の教育では不可能な事です。

PCが教育に使われる1つの好事例だと思っています。

※私はそのソフトのレコーディング部分の開発を担当しました。

 ええ、はい、とても美味しい仕事でした。

 たぶん1000万円近くもらったと思う。 笑

しかしながら、

学校現場の現実は、物理的環境よりも、教員のやる気や

職員室の空気や、学校そのもの・教育委員会の歴史が左右して、

PC導入よりももっと前の段階で解決すべき事が多いと感じています。

上記ソフトを導入して、苅宿先生に続けとばかり挑戦した学校は多く、

九州では、宮崎の小学校に予算が付いて脳の鏡を使いました。

酪農しかない村で、全校生徒6人とか言う小学校です。

私も関係者として宮崎まで見学に行きました。

ホテルシーガイヤのスィートルームに滞在して、

電動で開くカーテンから太平洋を昇る朝日で目覚める体験をしました。

さすが省庁が予算に付くと、いろいろ違いますね。 笑

もちろん結果は、おわかりの通り、

苅宿先生が築いた教育は、苅宿先生しか成せない。

効果がなかったわけではないですが、

そうやって感性を膨らませた子供達が、

その後の人生に於いて、それをどう活用する?

あるいは、何かの別のキッカケをスイッチOnできるか?

と言う部分で難しいのだろうと思いました。

ここまでの話でわかるように学校現場でのデジタル機器の導入は、

当初の、開発者養成から=>利用者訓練に変わっています。

たぶん、本質はデジタル機器の利用方法というより、

氾濫する情報社会の中で、情報の真贋をどう見分けるか?

と言う事になるだと思いますが、

今の時点で、日本の教育システムの中では、

その判断基準を設けたり、適切な指導をする教員の要請は難しいのでしょう。

最後に、

2000年に入ってからは、インターネット利用の道具としての導入も

少しづつ変化をみせ、教育の道具としての導入が出てきました。

デジタル教科書、あるいはデジタル授業としてのデジタル機器の活用です。

たぶん日本の教育史の中で、機械にたよる授業の始まりは、

英語教育ではないかと思っています。

ネイティブの教員をすべての学校に配置できない事から、

録音テープや教材ビデオを整備していきました。

その録音を繰り返し聞く事で、英語を学ぶと言う仕組みです。

LL教室(LanguageLaboratory)といわれていました。

そのLL教室の刷新にあわせてデジタル機器の入れ替えが行われています。

1998年くらいだったか、

私は、東京銀座のシステム会社の依頼で、

教科書・問題集ソフトを作りました。

教員が、設問と回答の選択肢を登録すると、

生徒の画面に、アンケートの様に表示され回答していきます。

教員画面では、各生徒の進捗や出席、成績が一目瞭然!

このシステムは、

・東京医科歯科大学

・早稲田大学

・桐朋学園

・慶應義塾大学

に納入しました。

美味しい仕事でした。 笑

今でも使っているのかは判りません。

さて、

それらのシステムに携わってきた事を振り返ると、

「授業でネットを使う事」

については、何も問題はないと思います。

しかしながら、その授業は

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

いずれが目的なのかをスタート時に明確にすべきでしょう。

別件「未成年者のSNS利用について」に関連しますが、

SNSを上手に活用するためには、

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

の能力が求められます。

そして、指導者側の教員も、上記4点について習熟が必要です。

ピアノを弾けると同じような習熟レベルが求められます。

ネットは極身近で活用されていますが、

それは自動車の運転と同じくらいの距離にあり、

利便性がある事と同じように、危険性も大きいです。

自動車の運転には免許が必要なように、

ネット利用も、もしかしたら許可制にするほど危険なのかも?

と思う事もあります。

ひとまず、このくらいで終わりとしておきます。

(ぱ)

未成年者のSNS利用について


このネタを頂いて少しだけ教育関係者が考えるSNSの課題に目を通した。

※教育委員会が学校しているガイドラインなど。

まず課題を見る立ち位置の前提が大きくズレていて、お話になりません。

SNSを未成年者が利用する事は「悪」と言う方向性が定められた上で

利用についてのガイドラインを模索しているから話がズレる。

ちょっと余談も入りますが「SNSとはなんぞや?」を整理します。

人類は有史以来、単身で生きていくのは困難と知り、

集団あるいは統率された組織によって人類種を維持してきました。

2人以上が協力して生きていくためには、

・同じ目的

・力のバランス

・ルール

・共感

が必要だろうと思っています。

・食生活による区別(積極的狩猟・受動的採取)

・居住環境による区別(温暖・寒冷・海・山など)

から近しいグループが出来上がり、

自然に、拡張・淘汰を繰り返してきた結果が現在です。

やがてそれが村になり町になり、国になっていきます。

領土の拡大を求めて勢力を大きくした種族もあります。

駆逐排除された種族もあります。

場合に寄っては友好的な交渉による領土の融合もあったでしょう。

時は進み、

太鼓や煙で遠くとの意思疎通の技を身につけ、

のち、

飛脚や自動車・船舶・航空機による手紙の配送で

コミュニケーションを維持してきました。

伝達される内容は、生死の確認や徴税・兵役などから

詩書・絵画・音楽譜・写真を用いて心を伝え合ってきました。

そして人類は電気の発明と共に信号伝達や無線などを発明していきます。

つまり、人間は社会本能的に、

・自分の心を誰かに伝えたい

・相手の心を中を受け止めたい

と言う欲求があるのでしょう。

ここまでで判るように、人は本来、

「自分を立たせ、誰かを求める」根底があると言えるかも知れません。

その欲求を低価格(手にしやすい環境)で容易(難しくない技術)に

実現出来る方法を模索し続けています。

話は少しだけ、ズレますが、

電気通信技術を使ったコミュニケーション方法は、

モールス信号から始まり、電報(カタカナ)・電話・FAXと続き

パソコンを使った文字通信に進化をしていきます。

とは言え、パソコンの通信は、

設備や安全性の維持もあって一般に使われず、

それまで会社や大学・行政機関しか許されてなかった事。

ところが1985年4月、電気通信法の改正により、

ネットによるパソコン接続が一般に普及する事になりました。

大分でも地場企業の社長や2代目が研究団体を作り、

大分県を日本一のネットワーク県にするぞ!と意気込んでいました。

現在では、列車の時刻表や航空機の予約などスマートフォンで

簡単に実現出来て、個人がリアルタイムに情報を得ることは

まったく当たり前です。

しかし、その当時は、大分駅の営業時間中でしか対応してもらえず、

まして自宅からパソコンで調べるなんて不可能でした。

その大分の研究団体は、

時刻表や公文書図書館を作ろうと頑張りました。

しかし、情報を入れてみたものの誰も面白いと思わず、

立ち上げ早々、尻すぼみに陥ってしまいます。

さあ、そこに伝説の男子高校生が登場します。

大分県立鶴崎工業高校電気科3年のその男子は、

高校生ながら東京のパソコン雑誌に記事を書き、

ビジネスをやっていた天才少年でした。

なんとこの高校生は、

大人がビジネス利用のサイトで、投稿ルールを無視して、

自分の日頃の生活を日記風に書き始めます。

少年の文才も効果してなのか、

時刻表に飽きてた大人達は、その少年の投稿に夢中になります。

そして研究団体は気が付くのです。

「ネットは情報図書館ではなく人の生活のそのものである」と。

言い方を変えれば、

「社会活動(ソーシャル)を通じて人々が相互に通信しあう事」である。

そう、SNS(ソーシャルネットワーク)こそネットの醍醐味だ。

狭い国土の、これまた大分と言う片田舎で、一人の天才少年によって、

ネットワーク社会へ通じる未来の扉が1つ開かれた瞬間だったのです。

笑笑

その経緯を詳しくまとめて出版されています。

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=電子の国コアラ

ママが単行本を持っていると思う。

さて、

前述の事を踏まえて考えると、大人でも未成年者でも、

自分と他人との関係をより深くに求めていく行為に差はなく、

それが社会生活に参加する人間の正しい姿であるし、

学校は、その社会性を身につけるための集団生活を行っている場であります。

見方によっては学校もSNSであると言えるでしょう。

電気通信によるネット社会も、大きく変化をしてきました。

でも、人が求めることに違いはありません。

ネットが文字だけの通信から始まり、

日々の生活の様子をノンフィクションの様に求める一方で、

物理的距離を意識させないネットでは、

旧交を求める活動が生まれてきました。

日本のSNS史上、面白い出来事があります。

1996年に始まった「このゆびとまれ」と言うサービス。

全国の小中高大の同窓会SNSです。

一時期、事業譲渡などで混乱したが

現在は有志によって再開されている。

https://yubitoma.or.jp

自分の母校がなければ、申請により作れます。

全国の同窓生が、電子上の仮想の同窓会を楽しみました。

※のち、ゆびとま、と呼ばれ、大ヒットになり

 その後、Mixiと言うSNSに進化します。

それと同じ事をやったのが、Facebook

これはハーバード大学の在校生・同窓生SNSでした。

Facebookには、特殊な起爆剤があって、

「ハーバードの人と友だちになりたい他校生」が

こぞって参加したため、爆発的に会員を増やしました。

上位層とつながりたい下層のゲスな行動丸出しで、

なんか、こっけいですね。

そう見ていけば、SNSとは人類が集団で生活を始めた時から、

電気通信の発明前でも、それ以後でも自然に存在する活動であり、

そして日本でも多の国でも当たり前に存在する現象です。

さあ、そこで、日本で特有の状況、

なぜ学校や大人が、未成年者のSNS利用に警戒心を抱くのか?

これは国の運営にも似ています。

国にとって国民は、

「国家を構成する最重要の要素」

であるのは当然ながらも、

「国家の運営方針に従順でなければならない」のです。

身分制度とまでは言いませんが、

支配管理層と従業者層はその垣根を越えてはならないし、

従業者層の中から優秀な人材がうまれてもいけないのです。

戦争中の指揮管理体制、あるいは不当労働環境下では、

上から下達した情報のみが真実であり、他は排除する必要がある。

その精神は、未だに学校や、もしかしたら行政にもあると感じています。

教育カリキュラムに無い事は、覚えてはいけないし、知っても行けない。

教えてないことは発見してはダメだし、教えあってもNGです。

近隣の大国が、国民の情報管制をしています。

まさに上記の通り支配管理層による国の独占化を目的としての事です。

つまり学校で言うと、

・学校内の様々な問題を外部に流出されては困る

・教師の個別の立ち振る舞いを記録されては困る

・他校との違いを感づかれては困る

わけです。

あるいは教育者が自分で提唱した教育論の間違いを指摘されるのを恐れています。

みなさんなら判るだろうが、

・髪型と成績に相互関係はない事

・持ち物と素行に関係はみあたらない事

・校則には人権無視がある事

が、バレては困るわけです。

極めて独裁的で閉鎖的な場が日本の学校という所なのです。

一方で、学校側も未成年者の本音に近い部分を求めています。

従来だと生徒会や、進路指導教員&不良グループと言う、

「裏公式で設置された連絡機関」において、

多数の生徒の動向を相互に情報交換していましたが、

ネットの登場によって、その情報管制が不可能になってしまいました。

近隣大国は、

まずい問題があればネットを遮断する事で国民を内閉しましが、

さすがに日本ではできない。

どうすれば未成年者のSNS利用を自分たちの手中に取り戻せるか?

これに悩んだあげく旧態思考の文部省や教育者は、

SNSの利用制限を実現するために、

「ネットは悪だ」と言うキャンペーンを張ることになりました。

ネットは詐欺行為・援助交際(パパ活)などの不法行為の温床となる。

なんて事を前面に押し出して、悪を印象付けます。

もちろん、もう遅い。

そんな幼稚で根拠のない手法に今の未成年者はだまされません。

元々、パパ活をする子はネットがなくてもやります。

不良グループの集会も、実現出来ます。

ネットが元凶だ!、と言う部分の立証は難しいです。

さらには、私のようにネットの誕生からみてきた50代が、

親となった結果、未成年者(我が子)にネットのある暮らしを容認しています。

あるいは援助交際をしていた世代女性が、今、母になっています。

それもあって、エンコー(性行為)はダメだよと言い、

でも若さは金になるから十分活用すべきで、

パパ活(ゴハンまで)にしておきなさい、となっているのかも?

極端で失礼な例え話ですが、

シングルマザーが彼氏をさがすのにSNSで熱心な横で、

高校生の我が子にSNSを禁止!なんて言えるかどうか?

余談だけど、山崎家の謎ルール。

「ゴハンの時はTVを消す」

これはママが決めた事です。

たしか、真凪さんがようやく離乳食になったコロかな?

TVに夢中で食べない二人に怒って、

「ゴハンの時はTVは消します」と決めました。

それが続いていたと言う事です。

ルールは徹底するパパは、絶対に守ります。

パパの徹底ぶりにママは自分が見たいTVが見られないと

なんどかキレていたのを覚えています。

3人に「TVが見たいから早く食べて!」と怒った事も。

ゴハンの時にiphoneを触らないのもルール。

パパが同居の時は徹底していたのになぁ、

場の意識の維持って、一度崩れるとダメになりますね。

つまり、山崎家のルールと同じとすれば、

学校は、自分らが理想とする学校の品質を維持するため、

それに影響を及ぼす存在はすべて「悪」だとしてとらえ、

未成年者にそれを教育していくのです。

例え、教員側がルールを無視した実生活があったとしても、

未成年者には徹底を強いるのです。

同じく、ネットいじめもそうだと思います。

いつの時代でも、なくなることはないでしょう。

人が発展のために競争心を燃やし続ける以上、

誰かが負ける事はさけられません。

笑う話だけど、教員の中でもいじめは当然だろうし、

上下関係によるハラスメントもひどいものでしょう。

大人で言うなら、酒の席でそれらの情報交換や

問題の発生を知る機会だったのでしょう。

それがSNSになっただけ。

未成年者でも同じです。

SNSのない昭和の時代でも、醜い事はありました。

そして現在、実際にSNSを通じて不当行為に及んだり、

相互のいじめや個人攻撃に至る未成年者もいるでしょう。

しかし、それは本来、その子が自ら戦うべきで、、

あるいはその子の周囲が責任(支援)を持つべきで、

親や親権者、教員など関連する大人達の責任です。

売春やドラッグ・金融詐欺の片棒など、

未成年者が末端で犯罪行為に巻き込まれる事があります。

その事件のすべてがSNS起因だとは思えません。

言い方をかえれば、SPATIOやCHAIMOも

彼女らの貴重な10代を大人達がつぶしたと言えなくもない。

未成年者の被害は昭和でもあった事だし、今後も続くでしょう、。

よく考えてみたら良いと思います。

未成年者の犯罪や無茶ぶりは、必ずどこかに指導する大人が居ます。

お金目当てか、母校のOBか、関係性は様々でしょうけど。

そうであるなら、SNSは学校が指導するべき事では無く、

各家庭の思想により、判断実施されるべき事だと思っています。

例えば、アルバイトを未成年者に許可するか否か?

まなぎさんがやまばとの手伝いをする事は違反か?

かつてうたねさんが若草公園カレーワゴンに同行するのはNGか?

生活困窮家庭がアルバイトをする事を止める正義はどこにあるのか?

一般的な、高等学校の言い分に乗せると、

ファーストフード店のアルバイトは大学生などとの接点が増え、

背伸びした言動や、あるいはカラオケ・居酒屋など、

本来高校生が立ち入るべきでない場所に関係する恐れがある。

と言う事になります。

ここまでを見直すとわかるように、

SNSの規制は、未成年者にする事では無く、

その子の周囲の大人に注意喚起・啓発を行うべき事です。

ただ一方で、

保護者の意識の低下や貧困による社会教育の不徹底で、

親が子供と向き合えない状況が多くなっているのかも知れません。

つまり、親は学校の責任として投げてしまう方が楽だし早い。

学校も、指導現場の教員は自分に実害がないから、

教育委員会や文部省に押しつけて指導書を読み上げるだけ。

やれやれです。

私の現在の自論からすると、

自分で出来る事は、自ら考え行動する。

もちろん家族のあり方や成長の仕方も含め、

仕事も社会との関わり方も「突き通せる筋」が必要だと思います。

ただしね、重要な事があって、

社会性への依存性が高い環境で生活を望むのであれば、

「個の意思は相応に押さえる必要がある」のは理解しています。

50代で、いまだ自分の道を見つけ切れてないと言う事なのでしょう。

長くなりましたが、SNSが良い悪いは判断が難しと言う事です。

本件、単純にまとめると、

「包丁(刃物)の存在は利便なのか?悪なのか?」

と言う哲学的な展開と同じだと思っています。

(ぱ)

パパが思っていた三信学園の未来像

えー、
真凪さんの進路をマジで決めねばならない時期。

詩音さんの初等教育方面への歩き出した事も含め、
パパが思っていた事を書き出します。

ママ及び理事長先生が思っている未来像と違うと思うので、
それはそれで、うまく解釈して下さい。

また話が前後したり、飛んだりする事がありますが、
それもご了承下さい。

以後、パパ=>私、と記述します。

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さて、
私は佐和子さんとの接点をキッカケに幼稚園の事業実態を知りました。

もちろん、
私自身は、北九州の漁村町の幼稚園に通ったので、
幼稚園そのものを知らないワケではありません。

1歳から入院生活だったし、その後も自宅療養でした。
なので幼稚園は、5歳の1年間だけ。

私の通った幼稚園は、地域の子供たちが全員行く私学でした。
お寺が運営する、昭和にありがちな幼稚園で、
お昼寝は広いお堂の畳の上で、仏様の前で寝ます。

境内の庭でセミを取り、漁村の海岸で遊びます。

先生は、たしか上野先生(女性)だったと記憶があります。

発表会は北九州なのに、なぜかナマハゲだった。

自宅の隣に同級生の女の子(むらせきょうこさん)が居て
母子とも、いつも一緒に行動してました。

卒園式の後、パーティーがありました。
パーティーは、各家庭からランドセルが持ち込まれ、
そのランドセルのある席に座ってパーティーでした。

そして卒園児全員がすぐ隣の柄杓田小学校の1年生になります。

1年生を終えて、小学校2年生から私は大分で生活を始めます。

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時は飛んで。

私が20歳の時、
1987年7月28日、佐和子さんと出会いました。

そう時間も経たぬうち、立子さんとも顔合わせしました。

当時、佐和子さんは幼稚園の後継者と言うより、
三信グループの「後継者を探してくる任務」
と言う意識だったようでした。

立子さんとの面識が出来てから、幼稚園に顔を出すようになりました。

そして、1994年3月だったと思う。
初めて、卒園式でビデオ上映をしました。
20周年記念だったかな?

この時の園長先生は、村上先生のもう2つ前かな。
ん?1つ前かな?

この時はクラス写真を順に出す位でした。
その後、卒園児一人一人の作品展の絵を表示する方法へと進化し、
やがて顔写真を出すようになりました。

そしてDVDの販売を始める事になったのだけど、
保護者の間で不正コピーが出始める事件発生。

私はMacで手作りしていたのを逆手に取られ、
仲良しママさんが数名で1枚買ってコピーしまくり。

私は、私学に通わせる家庭でも、その程度の民度か?
と、笑った記憶があります。

もちろん売られたケンカは買うので、放置はしません。
対策としてDVDのコピーガードの仕組みを導入して、
保護者席では絶対に取れない写真を特典として
久保さんの写真を添付する事になりました。
つまりDVDを買わなければ写真は手に入らない。

そんな事を積み重ね、
私は、理事長先生のダンナさんと言う事とは別に、
出入り業者として幼稚園を見てきました。

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一方で、私は音響映像・パソコンの仕事のつながりで、
他の幼稚園や保育園に顔を出すことがありました。

保育園の話は除外します。

ある時、別府の石垣幼稚園(公立)から呼ばれました。

園歌を新しくしたので、録音とCD化して欲しいとの事。
何日か通いました。

そこで思ったのは公立は先生がババアだなって。

判り安く言えば、全員が町田先生と言う感じ。

佐和子さんにその事を強く言いました。
「うち(やまばと)は先生が若くて良い」と。

紗代実さんの小学1年の先生が高齢者で、
体育の授業参観で指導は見てるだけの姿勢に疑問を持ちました。
やはり担任は、
走り回りたい園児についていけるだけの体力は必要だと思う。

でも2019年現在、やまばとも公立のような景色になりつつある。

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他園の文化をみつつ、やまばとも見た時に、
やはり学校は「閉鎖的」であるなと思いました。

文部省の管轄下で決められた事しか出来ないにしても、
世の中の進歩や常識の変化に対応すべきだろうと思います。

例えば、はだか教育。
やまばとでは立子先生の時代から継続してきました。
しかし世の中の紫外線に対する認識の変化にそって、
佐和子理事長は徐々に推しを辞めていきました。

正直な話、現在の日本人は太陽光を浴びる必要はありません。
極端に言えば、害ばかりです。

ビタミンDの欠如を防ぐため太陽光を浴びる事が
必要だと言われていましたが、
※ブラックジャック:ロッカーの赤ちゃんの話
現在は食品で賄われているため必要ありません。

さむい冬でも裸で外で遊ぶ事が元気な証拠との印象があります。
日本では戦後、乾布摩擦が健康に寄与するとされてきました。
これは皮膚を摩擦で刺激する事で、毛細血管が活性化し、
血流を促す事を目的としています。

しかし現在の解釈では、不必要な肌への負担とされています。
生物の身体は必要に応じて機能するようになっています。
皮下毛細血管の増加が必要なら自動的になります。

それを布で無理矢理こすって微量の擦過傷を負わせて
「皮膚が強くなり健康になる」と解釈されていました。

もちろん筋力トレーニングも、筋肉に負担をかけて増強するので、
同じと言えば同じ事なのだけど、
乾布摩擦に使用する布の素材で、アレルギーがあれば逆効果。

現在、科学的根拠の無い発言は難しい時代です。

振り返ると、
私が幼稚園の運営に少し深くなったのは、
佐和子さんが理事長になってからだと思う。

徐々にやまばとの異常性について指摘をしていきました。

当時は、それが常識だったのだろうけど、
根拠のない事は攻撃される時代なると私は思っていました。

そこで指摘したのは、当時の入園案内。

「当園では健康のため靴下をはかせません」
と、堂々と書いていた。笑

では、靴下をはいている子は病気になるの?
と、佐和子理事長に尋ねたところ、そうではない、と。

実は、世の中には健康に関する事や病気の治療に関する事は
「薬事法」と言う法律で厳しく制限されています。

「○○水を飲めば痩せる」
「XXプロテインで筋肉増加」
などはNGです。

もちろん靴下・・・もNGです。

余談だけど、漢字教育も矛盾があった。

詩音さんが入園して、漢字教育が始まったので、
私は、漢字と意味する挿絵のフリップを作った。

すると、
「字を覚えさせるので挿絵はNG」と言われました。
それじゃあ漢字を覚える意義はどこにある?と議論に。

元を辿れば、どこかの教育者が開発した事をやっていて
その理屈を議論や精査をせず取り入れたと言うことだった。

今でも、金目的のビジネス教育者が、
新しい教育論やカリキュラムを作り出して、
売名的に本を出し、講演をしたりで暗躍しています。

もしくはベネッセなど教育出版社が、
目新しネタを探して、モデル幼稚園をでっち上げ
教材を売りつける事をやっています。

佐和子理事長はこういうのに厳しいですが、
みどり幼稚園は、好んで採用しますね。笑

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そんな事が、いろいろと出てきて、
私の特殊能力である
「俯瞰からの現状分析」によって問題が浮かび上がり、
時には役立ち、時には周囲を怒らせた経過を綴ります。

それらの事をベースに考えた時、
今後、三信学園を維持して行くには、
「根拠の立証された取り組みと正確な判断力」
が必要なのだろうと思い始めました。

悪く言うわけではないですが、
佐和子理事長は、その辺りがちょっと甘い。

自分が好きな人間の言う事は鵜呑みにする。
たぶん私の提案も、
「うちのパパが言ったら正しい」と言う流れも多かった。

これまで見てきた中で思う事は、
聞きかじった事を述べる人や、
安っぽい事に飛びつく人など、
理事長の周りには高等な人が少ないようです。

また理事長自身もそれらの検証する術を持って無く、
やるか・やらぬか?との判断だけと見受けます。

立子理事長の時代から始まり、
町田先生・森本先生から受け継いだ文化で、
ここまでやってきたと思います。

そのベースに佐和子理事長のアイデアで
維持してきた現段階ですが、
今後、少子化の影響が出てきて、
さらに難しい時代の到来は判りきっています。

現在、退職した先生を呼び戻したりして、
佐和子理事長に対してYes派ばかりになっていますが、
それと同時に高齢化してきて、公立幼稚園みたいです。

それはやがて園の空気が高齢化していく事になります。
良い言い方をすれば落ち着いた感じになるかもしれません。

逆に野心的・挑戦的な空気はなくなるでしょう。

昨今の労働環境改善とのバランスにも影響しますが、
体力勝負の行事を避けるようになり、
サービスの提供側(園)の都合で物事が進むでしょう。

保護者からすると、
あまりに若い先生は頼りないかもしれませんが、
自分の寄りもずいぶん年上の担任に、
手がつけられないほど元気な我が子を預けるか?

私が、現役パパだったら、
やまばとに我が子を預けるのは要検討と思っています。

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と言うことで、
その様な経緯を前提として三信学園の未来を考えたとき、

・幅広い情報収集のネットワーク
・今(リアルタイム)を感じるセンス
・専門知識のあるスタッフ
・実行力
・何があってもブレない軸
・100年先の夢

が必要なのだろうと思います。

学校法人は、営利企業とは違って、
追求する利潤は貨幣でないかもしれませんが、
しかし金銭の潤滑がスムーズでないと破綻します。

その為には、教育者としての顔と同じくらいに
経営者としての顔が求められます。

佐和子理事長は、金銭的苦労を知らないお嬢さんです。
他人から抑圧され屈辱を受け傷つき、
金を手にすることのへの執念と言うのは薄いかもしれません。

でも、やまばとを選ぶ家庭は、そのような人もいます。
先のDVDコピーの話のようにズルい事をする人もいます。

やまばと幼稚園のPTAが波風立たないのは、
DQNが少数なのか、たまたまなのか、
それとも水面下では酷いことになっているのか。
それはわかりません。

でも、DQNにも言い分がある、
そしてそういう人達の言い分を理解する力は必要だと思います。
※言い分を採用すると言う事では無く、理解ね。

・幅広い情報収集のネットワーク
 三人が進学して行く中で、
 友好関係を広げていくと、
 様々な情報ネットワークになります。
 良い悪い・好き嫌いではなくて、
 なんでも求めれば情報が集まる事は、
 人としても園としても大切な事だと思っています。

・今(リアルタイム)を感じるセンス
 私は3人が新しい事を体験して話をしてくれるのが楽しみです。
 私が知っている事を外で理解して来てくれる事。
 あるいは私が知らない事を体験してくる事。
 「そっかぁイマドキそんな事かえ」と言うアレ。
 今を感じると言うのは流行と言うダケではないです。
 政治経済もあれば、空気感もあるし、
 自分のコミュニティーの中のいざこざも今です。
 それを感じる力は、組織運営には欠かせないし、
 未来設計の大きなタネになります。

・専門知識のあるスタッフ
 学校法人が文部省の許認可である以上、
 法律や行政との関係は避けられません。
 以前、詩音さんの進路で「法学部」と言いました。
 それは、この部分を補完する力が三信学園には無いからです。
 理事長先生が大津先生と県連で活動したり、
 陳情あいさつで上京などしていますが、
 遊びの範囲を超えていません。
 これ以上必要ないと言う理事長先生の判断です。
 ですが真凪さんに言った公認心理師について言うと、
 大分ではNGをOKにする活動をすれば良い話。
 「NOですか、そうですか」で終わらず、
 自ら世の中の常識を変える活動も必要になります。
 その為には、自ら専門家になる事、
 もしくは専門家の仲間を作る事が必要になります。

・実行力・組織力
 思い描く事をやっていく為には実行力が必要です。
 もしくは支えてくれる仲間、組織力が必要です。
 私は人嫌いで仲間を排除する傾向にありますが、
 最低限の礼は尽くし、維持しているおかげか、
 何か思いついた時には、相談先や支援者が居ます。
 私は孤高の戦士?ですが自分一人では何も出来ない事も知っています。
 やると決めたら出来上がるまで続けられる環境は
 周囲がお膳立てしてくれるものではなく、
 自らが示して行かねばなりません。
 その為にプロトタイプを示せるだけの専門知識や
 免許や機材は自前で揃えたいと思うのが、私です。

・何があってもブレない軸
 よいアイデアでも、他所がそれで成功しても、
 自分がどうしても納得できない事、
 あるいは許せない事は断じてNoと言う勇気が必要です。
 理事長先生が保育園を中止にしました。
 別の場所に土地を買ってまでやると言ってました。
 当時ブレブレだった理事長先生にいくつか質問をしました。
 私の指摘に満足な答えは出てきませんでした。
 お金目的のアイデアが持ち込まれたのかな?
 何か悪い夢でも見てたのでしょうか? 笑
 結局、理事長先生の軸に保育園はなかったのでしょう。
 自分の軸にない事に手を出すには、
 相応のエネルギーが必要だし、
 Noと言う勇気も大切だと思っています。

・100年先の夢
 人の上に立つ者は常に方向性を示さねばなりません。
 それも具体的に描いた未来像を見せる必要があります。
 明日の事も大切です。
 来年、3年後5年後も、大切です。
 そして100年くらい先の事もイメージして語るべきだと思います。
 大それた事でも良いのです、
 自分たちが描く未来を示し、
 そこに賛同する人達と一緒になって歩けばよいと思います。

そうした中で、
・発達障害への対応
・アレルギー給食対応
・一貫教育
が公立では不可能で、私学に許された特権です。

実現するにしても、
やまばとでは経験や知識、専門的判断ができません。

私は「園に医者が欲しい」と言いました。

これは小児科の併設と言う意味で言いました。
もちろん、あの場所に小児科を開業して、
経営的にどうか?と言う問題は除いています。

真凪さんが医者を目指しているのは、
この意見を聞いての事があるかもしれません。

そして世の中の傾向として発達障害への対応や
アレルギー症状の多様化など、
幼稚園運営の中でも医師の出番が多いと思います。

ただ、医師と言う資格を維持するには
免許取得後、研修医修了後も、
膨大なエネルギーは必要です。
馬場先生の様子でわかる通り、
様々な専門医の追加資格を取り、
学会への出席や研修が続きます。

小児科の医師をやっての事であれば、
常日頃から連携する他の医師との接点も維持でき、
最新の情報も手に入るでしょう。

しかし園の1部門として専門家としてだけの医師は
資格の維持・医療品質の維持は難しいと思います。

真凪さんが医師となって園に居てくれれば、
相応に高度な体制を敷設できるでしょう。
しかし資格維持と園内の任務とでは
バランスが取りづらいと私は感じています。

昔看護師だった人が来てくれてたとしても、
日々進化するテクニックは知りません。
たぶん採血1本もできないでしょう。

私が5月に入院した時と、
今回でもいくつかの医療機器が変わっていました。
まあアルメイダだから常に最新なのかもしれんけど。

理想は医師免許を持つ園職員でしょう。
でも、それは外部のスタッフの立場の方に
お願いする事も1つかもしれません。

「パパと一緒で自分で根拠を持ちたい」
と真凪さんは言ってました、当然だと思います。

でも自分で手を出す範囲を、
結果からの逆算で見る事も必要かもしれません。

私は、みなに美味しいマグロを食べさせて上げたい。
勉強をしました、市場でマグロ仲卸さんと仲良しになりました。
それで良いと思っています。
理想を言えば自分で津軽海峡で釣りに行くのでしょうが、
そうすると生涯に1度くらいしか実現出来ず本来の目的の
「みなに美味しいマグロを食べさせて上げたい」
から大きくかけ離れてしまいます。

自分がめざす目的は何なのか?
それを考えて、三信学園の未来設計をしてはどうでしょう?

一貫教育も同じことだと思います。

小学校からの途中入学はOKなのか?
進学辞退者が出て場合の欠員補充はするのか?
その選考方法は?
縁故採用はするのか?
不当入学の防止策は?
公立校との連携やバランスは?
いろいろな事をシミュレーションする必要があります。

1つの国を作るくらいの事でしょう。

その実現に必要な登場人物を仮定して配置し、
当てはめられる人選の中で、
自らが立たねばならない場所や、
欠くことができない条件なども出てくるでしょう。

夢や理想を描く事は大切です。

しかし、私たちは実業家です。
事を起こし、進めてナンボの人生を歩いています。

好む好まざる、
周囲は勝手に山崎さんちに期待をしているでしょう。

イヤなら止めても良いです。
スキなら大きくしても良いです。

もし、詩音さん真凪さん紗代実さんが三信学園の事を
自分の人生の中に考えてくれているなら、

理想と現実をしっかりとバランスさせる訓練も
必要な時期かもしれませんね。

私は、理事長から三信学園の未来象で外されているので、
どこまで申し上げて良いのかわかりませんが、

上記の事を思っています。

・パパ