ドクターヘリを見に行った、その1

2010年1月より、

フジテレビ系列で放送された、

「コードブルー2」というTVドラマ。

前作に続き、大手医療機関のERスタッフを取り上げた作品。

通常の医療ドラマとひと味違って、
救急搬送用のヘリコプターがストーリーの柱に入ってくる。

次女真凪は、常々医療行為に興味を持っており、
メカニカルな思考もあって、
ドクターヘリにも食指を動かした。

我が家の成り行きからすると、
「ドクターヘリを見たい」
となり
「じゃあ、行くか」
って事に。

TVドラマの話かと思えば

高度医療が整備された首都圏の話で
さらにはTVドラマ用の作り話でしょ。

って感じもするが、
実際、日本各地にドクターヘリは整備されている。

ドクターヘリは、
事故現場での対応や判断を行うため、
医療行為の免許をもった
「医師搬送」という役目がある。

また、搬送中の急変に対応すべく、
医療行為を行いながら搬送する
「移動治療室」という役目もある。

救急車に医者が乗っていくという話と大差は無いが、
事故の内容・傷病の内容によっては、
車で陸路を移動するよりか、飛んだ方が早いという事。

「ドラマ:コードブルーシリーズ」では、
ヘリに同乗するに値する経験とノウハウをもった
医師や看護師を育成・認定するためのプロセスが描かれる。

同者らは、
「フライトドクター」
「フライトナース」と呼ばれ、
ERの中でも秀逸な人材が望まれるようだ。

ドラマの意図には、
「フライトドクター」
「フライトナース」
の求人募集的な感じとも取れなくはない。

もちろん、その前段階として、
医学部や看護学校の壁が待ちかまえている。

さておき、
実際に緊急を要する事例の際、
空を飛んで、医者が駆けつけてくれるなら、
どんどん普及すればよろしい。

なんて、思うのだ。

だが、当然のことながら、
1機数億円もかかる上に、
受け入れ病院の体制・発着場の整備
パイロット・整備士などなど、
初期投資や維持するコストは、救急車の比ではない。

日本は、全員皆保険制度であるから、
お金持ちがドクターヘリを使い、
貧乏人は間に合わずに死ぬ、
という事は、想定されていない。

つまり、ドクターヘリのコストは、
厚生労働省管轄の税金によってまかなわれる。

ということは、
整備される病院は、税金を投入して、
しかるべき理由付けがなされる場合にのみとなる、

余談ではあるが、

日本国内には、

ドクターヘリの他

・消防庁管轄の
「消防防災ヘリコプター」

・警察庁管轄の
「警察ヘリコプター」

・防衛庁管轄の
「自衛隊ヘリコプター」

が、いろいろな事情で整備されている。

その他、マスメディアが持っている
「報道ヘリコプター」など。

どこにいけば見られる?

さて、ネットで情報収集

まず、最初に判ったのは、
「大分県には無い」事

山間部も多く、離島もあるので、
大分県にもあっていいのでは?なんて思うが、
そんな金は大分県にないってのが現実。

私らの「見てみたい」という希望が、
いきなりの挫折。

で、調査の結論から言うと、
九州には「久留米大学医学部付属病院」にあった。

あー、久留米かー。

「大分ホーバークラフト」程度のノリで、
休日の行楽気分でいけるところにあれば、
なんて、思っていたが、
久留米は、ちょっと遠いなー。

なんて、調べただけで、終了。

余談

実際は、民間の医療法人で、
独自にドクターヘリを運行している病院もある。

「大分ホーバーフェリー終焉」

大分県でもドクターヘリ!

しばらくは、そのまま企画倒れで放置していた本件。

なにげに、思い出して、あれこれ、調べると同時に、

現在(2010/4)、大分県立病院に入院中の友人
ふじのくんに、ドクターヘリのことを話した。

彼曰く

「えー、時々、屋上に飛んでくるよ」
とのこと。

大分県立病院は、10Fがドリンクラウンジとなっており、
通常は、入院患者や訪問者が、歓談の場として利用できる。

その窓ガラスをあけて、屋上に出ることができるが、
屋上には、あのHのマークがある。

ふじのくん曰く、
ラウンジでお茶してたら、突然大きな音がして、
ヘリが現れ、ストレッチャーが出てきたって。

そこで、私は、本件に対する意欲が再燃した。

そう、つまり、
大分県には、ドクターヘリの駐機場はないが、
ドクターヘリの管轄範囲ではある。

見ることは、不可能ではない、ということだ。

「お、じゃあ、ふじのくん、
今度ドクターヘリきたら、教えてよ、見たいから」
という私に、ふじのくん。

「あー、ムリかな、患者おろしたら、すぐに飛び立つ」

そりゃそうだ、まったくもって、正しい。

患者をおろしたら、次の現場に備えて、
駐機場(久留米)に戻らねば。

やはり、大分県で、ドクターヘリを見ることはむずかしい。

ちなみに、ドクターヘリは、
上空を、時速200キロ以上で飛行可能だ。

つまり、九州の範囲、およそ30分で、
どこへでも到着可能なわけだ。

飛ぶって、すげー。

ダメでも元々

そうなると、やはり見たくなる。

この際、久留米まで行くかと思い始める。

せっかく行くとなると、できるだけ近くで見たい。

また、行ったけど見られないって事も無しにしたいので、
情報収集がてら、

久留米大学医学部の総務課へメールしてみる。

同施設のホームページには、
「なんでもメール下さい」って書いてあるので、
こちらの意向を記述して送った。

でも、先方の意図としては、
「医学部卒業見込みの学生に対して」
なんでもと、門戸を広げているのだった。

一般向けでは無いのねー。

ははは

で、お返事も来ないし、すっかり忘れていたところ、

総務課の酒田氏から、お返事を頂いた。

====
山崎雅治 様

ご連絡遅くなり申し訳ございません。
久留米大学の坂田と申します。
以前、メールにてお問い合わせありました、ドクターヘリ見学の件ですが、
当院では一般の方への見学は行っておりません。

しかし、現在グランド内ヘリポートに常駐しており、
ご覧になる程度になるかと思いますが、グランド外からの見学であれば可能かと思います。
====

そんな、お返事を頂いた。

坂田さん、感謝です!

どうやら、頂いたメールによると、
近寄れないが、見ることは可能だという。

これにより許可をいただいたという事ではないが、
酒田氏から、案内をいただいたので、
すぐにでも行動すべきと、
早速、見学の日程を調整した。

「ドクターヘリシステム」

久留米はブリジストンだらけ

都合良く、春休みシーズン。

4月9日(土)に、おじょうさんたち3人を乗せ、
久留米に向けて出発。
※一番大きな娘は、幼稚園行事のため、行けず

その日、大分は雨

大分自動車道は、一部通行止め。

ちょっと、不安もあったが、予定通りに行動開始。

湯布院ICから、自動車道に入り、
いつもは、右にまがる鳥栖ジャンクションを、
今日は左へ。

ほどなく、久留米ICに到着し、一般道へ。

目的地は、
久留米市街地(市役所などがある中心部?)だ。

特に大きな混乱もなく、
右折目印の、久留米市役所を曲がる。

そのまま直進すると、久留米大学付属病院が見えてくるはず。

って

市役所よりも大きな建物群が、目の前に現れる。

迷う方が難しい。

気が付けば、途中・途中にも、大きな建物や倉庫があるが、
それらは、みな、ブリジストン関係。

やはり、久留米は、そうなんだ、と関心。

付属病院外来車駐車場の先を左に曲がると、
大学の運動場があり、そこに駐機場があるとのこと。

事前の下調べで、運動場と隣接する神社の間にそって道があり、
そこに路上停車すれば、いいだろうと、考えていた。

おお、あれか!

大分は自動車道が通行止めになる悪天候だったのに、
久留米市内は快晴だった。

運動場の端を右折し、フェンスにそって進むと、
神社駐車場があった。

ひとまず、そこに、車を一時停車させようと、左に寄せていく。

すると、運動場の手前に、整備された芝生があり、
その真ん中に、TVでみたようなカラーリングされた

ドクターヘリが、しずかに置かれていた。

おじょうさんたちも
「ああ、あった、あれだ、あった!」と、歓声。

大学の運動場なので、ラグビーができる広さ。

その端に、テニスコート2面程度の広さが芝生となって
真ん中に、白い機体のドクターヘリが停止していた。

敷地の端には、格納庫がある。

私らが到着した10:30は、
緊急出動待機中なので、
格納庫から出されて、発着場の中心に居る。

機体の他に、エンジンのスターターらしき装置が
太いケーブルでつながっていた。

どこまで近づけるか?

さて、「見る」という事は、達成したが、
この後、どこまで近づくか?

あるいは、触れるか?という段階。

もちろん、強行突破をする気は元々無い。

というのが、今回の訪問も含め、
こちらの身分を明かして、久留米医大
総務課酒田氏とのやりとりを経ての訪問。

私らが強行突破すれば、坂田氏への問責となり得る。

そりゃ、やはりイカンでしょう。

で、さらに難関が…….。

実は、機体のそばには、びっちりと警備員さんがいる。

そう、推測ではあるが、
TVドラマをみて、ドクターヘリに興味をもった人が、
ここを訪れて、ヘリに近づく事件が多発したのだと思う。

一見、ただ停止しているヘリだから危険でもないし、
触っても経るモンじゃない、なんてババアの理論もあっただろう。

でも、ドクターヘリは、医療機器なのである。

シロウトの接近は、
患者さんにつながれた人工心肺に触れるようなもの。

そして、待機しているという重要な任務を遂行中だ。

もし、見学者がヘリの装備に触れ、
出発が遅れるようなことがあり、
その結果、大切な命が救えなくなる事にでもなれば、
ドクターヘリの意義自体がゆらぐことになる。

なので、今回は、ムリをせず、フェンスの外から、
見るだけにした。

もちろん、それだけでも充分な見学だった。

ドクターヘリが活躍して、
飛び立つところや着陸を見たかったのだが、

それは、誰かがケガなど重傷を負うと言うこと。

本来なら、飛ばないことを祈るべき。

「良い一日であった」と、お嬢さんらと確認した。

久留米城跡

せっかく、久留米中心部まで来たので、
久留米ラーメンを食べずに帰るのは失礼?だろう。

その前に、参拝者でもないのに、篠山神社駐車場に車を止め、
ドクターヘリの見学に行っていたので、
駐車場を拝借した御礼に、神社へ参拝することにした。

けっこう急な石畳を上り、本堂に参る。

この石積みの高台は、久留米城跡らしい。

どこかのご家族が、本堂内で拝礼していた。
なんだろう? 新入学のお参りかな?

私らも、なんとなく参って、城跡上から、
再度、ドクターヘリを見下ろす。

久留米ラーメン・沖食堂

車にもどり、さてラーメン屋に。

いくつか、候補をしぼっていたので、
まずは、わかりやすそうな所へ向かう。

でも、目的の場所らしき所には、
下調べのラーメン店は無かった。

そこで、次の候補「沖食堂」へ。

久留米市役所をめざし、
篠山小学校・明善高校に向かう。

およその場所に近づくと、
「沖食堂駐車場」があり、そこへ駐車。

でも、店はどこよ?

私らは、ひとまず駐車場から右に向かって歩く。

でも、どこにも、なにもなさそう。

すると、駐車場から左に向かう人達を見つけ、
沖食堂にむかうのだろうと、その人たちについていく。

すると、どこかの民家の倉庫みたいなところに入ったので
「あれえ、ここじゃないのか?」

と、その民家の扉奥には、多くの人が座っていた。

「わお、ここだ!」

沖食堂って、イマドキの飲食店らしくなくて、
創業以来の木造店舗そのままだった。

店内に入ると、開店から間もないのに、ほぼ満席。

私らは、運良くテーブル席を確保でき、即着席。

その次の組から、行列となった。

さて、初めての店舗。

無難に、ラーメンを4つ注文。

1杯380円だ。

私らは、福岡の長浜屋(2010/5/10再開)が好きなので、
それを基本に、ラーメン判断をする。

沖食堂のラーメンは、
少し太い麺で、白濁のとんこつスープ。

ほどなく4杯が用意され、しばらくラーメンをすする。
子供慣れしているのだろう、小皿をすぐに用意してくれた。

その間、お客は続々と増え、
店の外まで、行列ができていく。

もちろん、店内も立待ちが出てきて、
ゆっくりという雰囲気は吹き飛ぶ。

でも、おじょうさんら、なんとか食べて、退店。

支払いを済ませて、そとに出ると、
そこは、沖食堂の正式な入り口。

そう、私らは、調理場横の入り口から入ったので、
民家の倉庫という印象を持ったのだった。

太麺に「しっかり食べた感」を抱き、沖食堂をあとにした。

福岡青少年科学館

自然博物館は、北九州の
「いのちのたび博物館」が良い。

科学館は、
この「福岡青少年科学館」が
九州でも、高レベルだと下調べしていた。

なかなか、単独目的では訪問する機会も無かったが、
今回のドクターヘリ見学と合わせて、訪問実現。
※まあ、また5人で、再来かな。

この日、土曜日は、子供入館料無料デー。
大人400円のみ支払い、入館。

同館は、プラネタリュウムや望遠鏡などを備え、
数々の実験施設を持つらしく、期待も大きかった。

3Fは、地球・海底・古代・資源・ロボットなどが展示されている。

もちろん、お約束の様に、「故障中」もあるが、
かなりの数の展示に、おじょうさんら大興奮でそれぞれに進む。

紗代実は、Tレックスのロボが怖かった。

真凪は、エア稼働のロボットとの会話が面白かった。

詩音は、地底探査のシミュレーターが良かったと。

その他、絵を描いてくれる産業ロボにアンパンマンを書いてもらう。

2Fは、物理コーナー。

リニアモーター・飛行機の原理
テコや滑車の原理を組み合わせたボールマシン。

鏡や偏光レンズの部屋

風力・水力なども事件設備が満載。

竹とんぼが、びゅーんと飛ぶのをみて、
私と紗代実は大爆笑。

館内では、時間が決まっている実験があり、
説明者がライブをやってくれる。

ちょうどのタイミングでライブ開始となっていた実験、
日本でも数少ないという、高電圧実験室に入った。

強電やカミナリの実験だが、
結論からいうと、爆音が怖かっただけ?

ガラスを走る電気はキレイだった。

このフロアに高精度のフライトシミュレータがあり、
完全予約制らしい。
(もちろん無料)

時間をみると、順番チケットが取れそうなので、
詩音が受付に走る。

フライト待ちの間、
なにげに、ウォータークーラーで
水を飲むのに、4人ではまってしまう。

シミュレータ自体は、高性能なんだろうけど、
初心者コースだったので、ほとんど自動操縦で終わり。

でも、室内の造作もそれっぽくて、
ジェット機に乗っている感じだった。

施設最後は、1F中庭にある、大規模な水車仕掛けのポンプを
手回しして、遊ぶ。

また、
巨大反響版で、離れた所との会話ができる施設に、
私と紗代実が挑む。

紗代実、大喜び。

15mくらい離れているけど、
ひそひそ話が、きちんと聞こえるから、あー不思議。

さて、時間としては、プラネタリュウムの上映時間だったが
夕方からの用件もあって、もう久留米を離れる時間。

おじょうさんら3人のブーイングを断し、館をあとにする。

そして、車は一気に、大分へ。

久留米は快晴だったのに、大分は、やはり雨。

長距離移動の一日だった。

ドクターヘリなら、30分なのに…….。

「福岡県青少年科学館」

驚き!気をつけねば

あとで気が付いた事だが、
この時、免許証を携帯してなかった。

3月の下旬に、車両保険の切り替えした時、
資料に挟んだまま、いつも持ち歩いているバッグに戻してなかった。

つまり、この数日前に北九州にも行ったが、
この時も不携帯。

約10日間ほど、気が付かなかった。

いやはや、問題にならなくてよかった。

さらに、車検切れなども発見で、
らしくない展開に、猛省......。

2010年に向けて

☆はじめに

毎年、年初、
前年の反省と、新年の抱負を、年賀代わりに紹介しております。

今回も、メールに本文を記載せず、
認証された方だけが閲覧できるホームページなっております。

なにせ、膨大な情報量のため、メールでの「送りつけ」は、

逆の立場で考えますと、あまりな無礼モノかと考え、ページ化しております。


☆2009年 76点

2009年頭に公言したキーワードは2つ

前年に引き続き

 ・ロングバケーション
 ・記録記述

・ロングバケーション

約4年前になる、2006年夏の事、

大分市城崎町から、同市上春日町に移転してから、
仕事も、生活リズムも、ぐっと変わってしまって、

それから4年目となり、いまでは、すっかり私、開店休業中。

もちろん、カレーワゴンも、継続中。

インターネットホスティング事業も、継続中。

コンサルタント業も、継続中。

しかし、待機の日々。

「なにも足さない、なにも引かない」
と、TVCMの様にカッコイイ話ではなく。

さらに言うなら、

この、「ロングバケーション2009 」という公言は、

・ゆっくり休む宣言
ではなくて、

・お休みをそろそろ終わりにしよう宣言
だったはず。

つまり、2009年中に、なにか行動を始めるキッカケを見つける、

はず、だった......。

なにをやっていたかは、別途、ご紹介。

・記録記述

見聞きした事は、記録に残すという活動。

これは、成果として評価できる行動ができたと感じている。

前述、自宅待機中に、ありあまる時間を利用して、
映画を見て過ごしていた。

そして、見た映画は、
「必ず感想文を書く」としている。

2009年は、271本を見た。

感想文は、
http://kobin.jp/
に、掲載している。

その他、

ニュース・新聞・雑誌などからのネタ
自分の行動範囲で見聞したこと

いろいろな事を、記録している。

つまり、この年賀メッセージを書くために、

一年、アンテナを伸ばして、情報収集したという感じで。

さて、結果の、76点は、昨年の87点より下がるが、

私としては、十分な評価だと思っている。

42歳、近年変わらず取り組みも考えもしなかった、

「日の出を制する」には、未だ至らず・・・・・

それでも、総合評価76点


☆足の親指が・・・・・

40歳代の私

足の親指が痛いって事は・・・・・

結論として、どうってことないんだけど、

あれこれ調べると、いろんなネタがあった。

約1年間、記録し続けた体重・血圧などのバイタルサインから

見えてくるモノは、なに?

数字で健康を見つめる


☆飲食業・ネット通販

カレーワゴン事業

2009年9月10日に、3周年を迎え、4年目に突入。

多くの知人・友人に、
「まだ、続きよんのかい?」
と、驚かれる。

別に、続けているという意識はないが、

「辞めてないだけ」というのが、正しい表現かな。

2009年は、

「大分県産黒豚カツカレー」を、ラインナップに加えた。
※詳細は別途

さて、カレーワゴンは、2008年比110%。

夏に、九石ドームで行われたイベントに参加したのが、売上げ拡大の大きい要素の1つ。

開店から30分で、持ち込んだ商品を、完売。

昨年より、参加している、「リレーフォーライフ大分」
今年は、日本文理大学で開催され、大盛況。

カレーワゴンも、目標値通りの売上げをあげ、大成功。

また、秋口に、竹田市の建設機器レンタルの会社が、
新社屋お披露目のイベントに呼んでくれた。

2日間で、日別売上げの記録更新。

さらに、大分市街地にある、トキハ会館の軒先に出店を始めた。

うーん、でも、反応は、まだまだ。

街中であるから、人通りも多いが、
もちろん、飲食店も多いので、厳しいのは事実。

その他、毎月第3土曜日に開催されている「まちなか市場」への参加も継続中。

2010年は、出店場所見直しもアリかと。

======

大分市公設市場に、申請をして、正規に買い出し人登録をした。

朝、5時、プレートのついたボウシをかぶって、市場へ向かう。

といっても、カレーワゴンの仕入れには、ほとんど関係がない。

季節の魚が、どういうものか、見て回るのが楽しい。

時折、長女詩音も同行して、魚についてあれこれ議論する。

2009年末最終セリ日にいったが、大量のナマコに驚いた。

大分市民は、正月にナマコを食べるのか?、それもあんなたくさん・・・・・

======

移動販売のみなさんと、現場が一緒になったこともあって、徐々に仲良しに。

カレーワゴンは、あまり出店しないから、賑わい協力にならないので、
携帯サイトを作って、出店情報を告知することに。

移動屋
http://idouya.bbk.jp/

携帯サイトを自分で作れるなんて、
移動屋のみなさんには、雲の上のような話だと感心される。

そして、みなさん曰く

「山崎さん、あんた、こんな(ページ)の作れて、
 カレー屋でなくて、コンピュータで食えるやねーな?」

と、転職を進められました。

ははは

======

ネット通販事業「おこのみハビング」

開店休業中だったが、
ご縁あって、地方新聞47紙合同の通販サイト、
「47club」に参加することとなった。

2010年3月まで、続けてみることに。


☆IT事業

私の積極的な活動が成されていない事もあって、

事業数字としては、激減。

顧問契約のある所は、継続中であるが、

新規開拓がおろそかになっており、それが顕著に結果に出てきた。

ホスティング事業も、無駄の整理は進むモノの、新規は無い。

2010年、規制緩和に伴って、
ドメイン名取り扱いに事業の機能拡大を行うので、

少し、営業強化を行うつもり。

でも、もう私の脳みそは、最先端に居ないので、
身の丈に合ったやり方を見つけねば。

それと、温めてきた、ネットサービスを実現かな。


☆カブ(バイク)オヤジ、酔っぱらいだよ

2009年4月の始め

木曜日のカレーワゴンを、14時で閉店し、
上春日の製造所まで、車を走らせていた。

途中、テニスコートを目にして、
ローソンの角を、右に曲がる。

そこから先は、1台しか通れない細い道。

対向車が居ないことを確認して、車を進めていく。

すると、右手1軒目の家の前に、横転したスーパーカブ

「ああ、電気検針のオヤジ、バイク倒れてるよ」
と、そんな程度におもった。

道路にかかって倒れていたので、ワゴンが通過できず、

仕方なし、道のど真ん中にカレーワゴンを停車して、

バイクを起こしに、近づく。

なんと!!

オヤジが乗ったまま横転していた。

下敷きだったので、目線の高いカレーワゴンから見えなかった。

「おいさん!、だいじょぶかい!、おいさん!」

すると、右足が下敷きになって、動けず、
上側の左足は、ペダルに引っかかり、自力で抜けない状態。

左足を抜き、バイクを立てて、座らせる

頭が痛いと言うが、でも流血や打ち身は無い。

カレーワゴンから、売り物のミネラルウォータを持ち出して、
ひとまず飲ませる。

この状況、見るタイミングによっては、
カレーワゴンが、オヤジを引いてしまった様に見えなくもない。

でも、テニスコートの人達は、見向きもせず。

次に、警察通報か。

ん?、酒臭い?

オヤジ、酔っぱらいか?

「おいさん、だいじょぶな?」

「あー、足が痛てえ」

「どうするな、誰か呼ぶかい?」

「いや、はあ、・・・、あー、いいわ」

「だいじょぶかい?」

「ああ、水、すまんな、うまいわ、お金払わんと」

「いやいや、かまわんけど、だいじょうなんかい?」

大丈夫だというので、そのままにして、

私は、そこから70mほど先の、自宅に戻った。

カレーワゴンの片付け後、通りにでて、のぞいてみたら、

5分もたってないのに、消えていた。

それはそれで、飲酒運転、継続中だな。

その後、時々、そのオヤジが、近所をバイクで走っているのを見かける。

酒酔いの赤ら顔では無いから、そのままだけど。

やれやれ……..。


☆ペットショップの犬猫客

熱帯魚(ベタ:まんじろう)の導入にともなって

あまり縁のなかったペットショップに行く機会が増えた。

だが、私にとって、そこは不本意な場所だ。

大分市内で、熱帯魚を求める場合、
ペットショップに赴くのが手っ取り早い。

もちろん熱帯魚の専門ショップもあるらしいが、
うわさでは、敷居の高さを耳にする。

我が家の「まんじろう」
※トラディショナル・ベタ(青)
は、ペットショップで購入した。

よって、飼育初心者の私は、
販売担当者に接し情報収集する。

また、エサやら、水槽維持薬など、
購入のために、ペットショップに行く。

しかし、大分市のペットショップは、
複合ショップが大半であり、

熱帯魚の他、犬・猫・鳥・は虫類、
虫など、いろいろな種がおいてある。

当然?、犬猫の売り場比率は大きく、
来店者も、その比率に応じて存在する。

まあ、それはそれでかまわない。

だが、問題は、その犬猫の主たち。

店内では、それぞれの目的の居場所にて
行動をするので、問題はない。

私が、イヤなのは、レジでの行列。

店舗面積の割りには、レジの台数は少ない。

つまり、ちょっとした人数で、行列となる。

そうすると、自慢のウチの子を抱っこしたままの
犬猫の主たちが、私の前後に位置することもある。

そして、問題が発生する。

レジ行列の待ち時間

私は、興味無いが、ぼんやりと、目の前に居る抱っこされた犬猫に目をやる。

別に、犬猫がキライではないが、
今、目の前にいる犬猫に、特別の感情はない。

しかし、主は、我が子を見つめる私に気が付き

主:「ほらー、○×ちゃん、こんにちはーって」

私:「・・・・・・・」

主:「いいお天気ですねー、お買い物ですかーって」

私:「・・・・・・・」

犬猫に代わって、私に話しかけてくる。

トキハデパートに孫をつれてきているババアたちも
おなじような言動に出ることもある。

まあ、赤ちゃんは、かわいければ、そんなに悪い気はしない。

しかし、犬猫は、いろんな種と形状もあり、
センス悪い衣装を着せてて、主のセンスも下げ。

そんな方々から、声をかけられても困る。

さらに言うなら、

ペットショップにいるからと、

皆が、犬猫スキと思うなよ、な、おい。

魚目的の客だっているんだから、ね。

ま、付け加えて言うなら、

犬猫に熱心な主は、ファッションセンスと体型に
独特のグルーピングが存在するように感じる。

なんだか、激安スーパーにいるような、それ。

いやはや、生活の範囲を変えると、
接する人種も範囲が代わる。

引きこもりの私としては、
よくかんがえなくて、行動せねは.....。


☆あの件

興味も薄れてしまいました。

いろんな所からの問い合わせに、
事実をお伝えすると、つじつまが合わないこと、山積。

でも、それも、秋口ぐらいまでで、
もう、問い合わせすらなくなりつつある。

都合の悪いことを避け、
虚像の中で生きて、なにかいいことがあるのかな?

TOPとしてどうこうというより、

あるべき姿として、どうかな?

という感じが強くなっていく。

これまで把握した事実関係を結んでいくと、

周囲の問題も、見えてきます。

メンツとメンツが、別のメンツを作って、

だれにも倒せないモンスターが誕生!!

もう、いまさら、どうしようもない状態。

どうやら、ワルモノは、一人ではないと感じています。

なんだか、逆に、あわれで、かわいそうになってきてます。

また、

JALのこれまでとか、

大分FCの経緯とか、

似たような空気を感じます。

どこかに、共通の要素があるんですね。


☆国際宇宙ステーションをみた

2009年3月から、若田光一氏が、
国際宇宙ステーションに搭乗している。

それを、地上から肉眼で見るわけ。

国際宇宙ステーション(ISS)は、高度、約500Km位の

地球上空を、一周90分のスピードで飛んでいる。

いろいろなコースを通って回っているが、

ときおり、大分県上空、もしくはその近くを通過する。

ISSは、地球に届くほどの照明を点けているわけではないから、
基本的に地上から見ることはできない。

しかし、その機体にある、巨大な太陽電池パネルに、
太陽の光が反射して、強く光る事がある。

その光は、地球から、光の点として、見えるくらい強い。

その時、丁度、大分県上空を通過し、
なおかつ、太陽の位置と太陽電池パネルの角度が、
光を反射するのに都合のいい時、見えるのだ。

その日時は、JAXAのホームページで、
リアルタイムに公開されている。

それにそって、

5月18日
5月29日と、日没近く

空を見上げて、待機した。

太陽パネルの反射による光なので、
ずっと点灯したままの光が夜空をすーっと流れていく。

飛行機のライトとちがって点滅はしない。

ゆっくりと、3分ほどかけて、夜空を横断する。

ただ、それだけだが、

宇宙開発に参加した気分になるのだった。

JAXAのホームページに掲載されている飛行位置を確定するため、
方位や角度を計る、GPSやらあれこれを、用意して待つ。

およその角度を、見上げて、子供らと待っているが、
なかなか発見出来ない。

なんども、GPSのメーターを確認して、角度を調べる。

機材をあれこれいいじっていると、長女が言う。

「パパー、あれ、あれじゃない?」

と、あっさり、肉眼で発見。

あ、確かに。

しばらく、空を見上げる、私たち。

都合良く、大分上空を飛行機が通過して、ISSの航路とクロスする瞬間をみた。

なかなか、感激。

ハイテクの集合体である、ISSを、
ハイテク機器で追いかけた私だったが、

長女のアナログ肉眼に惨敗。

ははは・・・・・・……..。

追伸
もちろん、ISSは、今でも飛んでいるので、
ぜひ、お試し下さい。


☆電車でGO!「Wii版」

「電車でGO!」という、ゲームがある。

1997年

アーケードゲーム版として、

市中のゲームコーナーに登場した。

電車の運転席を模したシートに座り、
目の前の画面には、運転席からの景色が映し出される。

プレイヤーは、
マスコンと呼ばれる、操作レバーと、
ブレーキを使い、

運行表通りに、電車を走らせるのである。

自動車の運転ゲームと違って、

左右に曲がるハンドルは無い
※レールを走るから、当たり前だが

前後とブレーキしかない。

しかしながら、

秒単位で決められている運行表にそって
列車を動かすには、かなりの経験が必要だった。

その、「電車でGO!」は、

のちに、SONYプレイステーションに移植され、
販売100万本を超える、大ヒットとなった。

2009年5月、訳あって、私も、Wiiを購入したのだが、

初版「電車でGO!」を遊んだことのある私は、

Wii版の電車でGO!にも、興味を持った。

調べると、Wii版は、
「電車でGO! 新幹線EX 山陽新幹線編」
というらしい。

700系新幹線の運転ができるのだが。

さすが、最新の新幹線、いろんなところが、自動になっている。

このゲームのおもしろさは「電車の運転」を行う事である。

しかし、自動運転(ATS・ATC)を使うと、
ほぼ、自動で、すべての運行が行われる。

それって、面白いのか?

なんて思って、いまだ、このWii版は手に入れていない。

世の中、お仕事体験的なゲームやキッザニアなどもあるが、
自動化が進んだら、お仕事体験の内容も変わってくるのかナー。

職人技なんて、死語かしら?

なんて、思ったしだい。


☆バッカス・ネプチューン

とても良い格言を見つけた

「バッカスは、ネプチューンより、多くの人を溺れさせた」

うーん、確かに、と感激。

私も、日夜、バッカスを信仰し、その偉業をたたえている。

時折、溺れる直前に至ることもあるようだが....。

・ネプチューン

ローマ神話に登場する、海の神様

・バッカス

ローマ神話に登場する、ワイン(酒)の神様

つまり、水害で溺れた人より、酒に溺れた人の方が多いという格言だと思う。

確かに、それは事実だろうと、妙に納得した私。


☆4人の姫たち

2009年も、元気な4人だった。

新型インフルエンザ
季節性インフルエンザ

それぞれ、学校や幼稚園で、
近隣に発症者がいたにもかかわらず、
逃げ切り、感染の魔の手から逃走中。

10歳・8歳・4歳となると、
そろそろ、それぞれの好みや希望の食い違いがみえてきたが、

まだ、私の言うことは、聞いてくれるようだ。

2009年は、飛行機に乗るような旅行はなかったが、いろいろと出かけた。

・北九州市いのちたび博物館

 全員、博物館が大好きなので、しっかりとした展示がある所を探していたが
 ここが、いいようだと、赴いた。

 最大級の恐竜、セイスモサウルス(35m)の骨格模型は、さすがにデカイ。

 その他、あらゆる自然資料が満載、おすすめの博物館。

・北九州市立児童文化科学館

 私が、北九州在住時(7歳まで)によく行った場所。
 いまだに、当時のまま(30年以上変わり無しかい!)の展示がある。
 次女、真凪が携帯電話を忘れ、施設の人が丁寧に対応してくれた。

・県立図書館

 大分県立図書館に行くことが、増えた。
 自宅の近所なので、これまでも機会がありそうなモノの、なかなか実現せず。

 でも、子供らは、現地レストランでワッフルを食べるのが主な目的。

・城島後楽園「キッズドライビングスクール」

 春休み最後に、私・詩音・真凪と、3人で赴いた。

 開設したばかりのアトラクション「キッズドライビングスクール」では、
 終了後、本物と同じレイアウトの運転免許証が発行される。

 以後、買い物しているとき、レジで子供が財布とだすと
 免許証がちらりと見えて、びっくりさせる。

・矯正歯科

 福岡の夕田歯科医院。
 指示通り、乳歯抜歯をしたら、数ヶ月で真凪の出っ歯が治った。
 理論に基づいた治療というのは、すごいなーと感心する。

・福岡劇団四季「ライオンキング」

 初めてのミュージカル体験。
 三女、紗代実が怖がるかと心配したが、楽しんだようだ。

40歳代の姫も、あいわらわず。

2010年は、決断するのか、しないのか。

先日、私がこれまで制作した映像のDVDをバックアップした。

時間にして、150時間くらいある。

が、1T(テラ)バイトのHDに入ってしまった。

自分の制作物って、そんなもんかねー。

その中に、披露宴時の映像があった。

いつでも、最前列の席を確保するといってる私。

(いまのところ)隠し事も無いし、
おもしろそうな事は紹介するなど、
実行できてると思っていたが、
たしかに、「明確な御席」の用意はオロソカだな。

ちと、反省。

どうも、最前列は、長女の席であることがおおいか。

まあ、4人とも、健康でいてくれればよろしい。


☆2010年のキーワード

今年のキーワードは1つ

 ・ローコスト生活

現在の場所に引っ越して以来、
保管スペースに余裕のある家屋だから、
余分なモノの購入が増えた。

それが、次第に精神的な余裕スペースとなり、

「あれば、あったでいいじゃん」レベルのモノまで購入。

つまり、消費消耗しない在庫が拡大し、
つぎつぎに興味が移動し、それを追いかけ支出が増える。

私の中に、浪費の悪循環がはびこっている。

そこで、2010年は、在庫の整理と、
購買ルールの策定を当面の作業目処として行きたい。

対象は、企業決算でいうなら、一般管理費の削減、
前年比、20%に押さえる、としたい。

つまり、前年比80%削減。

レガシーコストの削減なんて、都合のいい言葉は無しにして、
誠実に取り組んでいくつもり。

1月一杯かけて、過去3年の分析かな。


☆その他

・カレーワゴン
 出店日を増やす、まずはトキハ会館出店の増日。
 今年の新メニューはなにかな?

・映画感想
 2010年も続けます。
 しかし、いまどき、映画を見ようとおもったら、
 TVでいくらでもやってるよねー。

・FX
 もう少し勉強を重ね、自分のスタイルを確立したい。

・未使用品の整理
 倉庫に眠っている8ビットPCとか、FD装置なんて、整理だな。

あとは、気がかりの整理宣言とか、損切りとか。

お楽しみに!

2009年に向けて

☆はじめに

2003年から始めた年賀メッセージ

前年の出来事と今年の計画を綴って記載しておりましたが、

2008年1月の事、こちらが信頼おける人と思い、
年賀メッセージを送付差し上げた方の中に、
内容を第3者へ開示されてしまう事がありました。

開示を受けた方からの指摘でわかった次第。

該当者を特定できる情報も提供いただきました。

年賀メッセージ掲載内容の中には、
子供の事や、写真など極私的な事まで掲載している以上、
見ず知らず・不特定の方には発信していません。

情報セキュリティーを生業とする私としては、
自分が未熟であったと反省しております。

そこで、閲覧をシステム化し、
さらに、パソコン・携帯電話、
iPhoneや、任天堂DS−i(笑)でも
閲覧できる仕組みを作っております。

2009年は、
この閲覧システムに手を加えつつ、
ネット通販「おこのみハビング」システムと併せて、
情報システムに仕上げたいと考えております。

みなさまには、
メーリング配信などで、
勝手?に協力いただく場合もあろうかとおもいますが、
適当にあしらっていただきまして、
よろしくお願いいたします。

 

☆2008年87点

2008年頭に公言したキーワードは2つ

・事実確認
・居場所探し

・事実確認

この公言をした前年、つまり2007年に、よほどヒドイ事が有った。

という訳ではないが、事実を確認せぬままの言動が、
その後の円滑なコミュニケーションを阻害した要素があったと思う。

もちろん、それは私側の確認だけではなく、相手もしかり。

個人情報保護という大義名分を拡大解釈し、
人と人が暮らしていく中で「あたりまえ」に存在した接点にさえ壁を作ってしまったように思う。

どこかでお会いした人の事を、詳しく知ろうとしても簡単に知ることができない。
※ストーカーじゃないんだけど

それと同じで、事実確認をするための情報収集も難しくなる一方。

得られた情報の信憑性を確認する手段は、ますます困難になる。

それらを踏まえ、手に入る情報だけで言動するしかない状況を危惧して、

2008年頭に、「事実確認」というキーワードを掲げた。

公約実行できたか?

と、聞かれれば、Yes、と答える。

だが、得られる情報以上の根拠を求めるということは、
それ自体が「得た情報を疑う」と言うに等しい。

つまり、情報出展(人・書籍・世論など)を疑うって事。

もちろん、私は、スパイや探偵あるいは警察じゃないから、
事実関係の検証を、立証目的に追い詰める必要性もない。

ただ、事実関係の裏取りされているのにも係わらず、
「知らない」とか「言ってない」なんて言う人を見かけると、
証拠をそろえておかねば、って思ってしまう。

他にも、子供たちが、小学校で見聞きして帰る事に対応せねばならない。

例えば

・ワカメを食べたら、髪が黒くなる

なんて事を、教師から聞いて帰ってきて、真意を問われる。

私の答えは、Noである。

言い伝え的な話題もけっこうなのだけど、
今の時代、根拠として否定されたり覆されていることは正しておきたい。

特に、子供たちには、真実に近いところを教えてあげたいとおもう。

そのために、事実確認に精を出す私。

だけど、それは収入につながらない雑学ばかり、

って、いつものオチ。

・居場所探し

居場所を探そうと、周囲をみまわしてみると、
けっこう多数有って、結局、再考保留。

物理的な居場所というより、環境かな。

私は、勤務しないので、

・通勤という居場所
・出社という居場所
・お昼の食堂?って居場所
・午後、さぼってお昼寝の居場所
・会社帰りの居場所

が、存在しない。

そこで、私にとっての居場所とは、

・収入のための仕事

・家系内での役目

・社会との接点

・自然界との接点

など、とする。

「おまえ、現状でよろしいか?」と、考えていた。

少なくとも、収入環境は、先細りの傾向が出てきた。

思えば2年近くロングバケーション状態だから、
ま、それは、あたりまえ。

よろしくない事も、2年経てば、いろいろと出てくる。

それを、少しでも解消せねばと、考えていた。

現状、あまりに怠惰な生活であり、きっと世間様にご迷惑をおかけしているだろう。

そこで、いろいろな視点で、居場所を探してみたら、かなりたくさんある。

でも、2008年中には、結論もでず、本件も保留のまま。

さて、

結果の87点は、まずまずの評点。

成果物としての物証は少ないが、

私自身、2008年をゆっくり過ごしてきて、

今後、どうするべきか、少し見えてきた。

仮に、人生80年寿命だとすると、
折り返して復路のスタートを切ってしまった。

2009年以降の事を思う時間を取れた2008年を大いに評価したい。

41歳、今年は取り組みもしなかった、

未だ「日の出を制する」には至らず・・・・・

それでも、総合評価87点

 

☆飲食業・ネット通販

カレー屋、継続中..。

そして、
そのカレーを販売するネット通販も継続中。

・カレーワゴンNo2Mas

2007年に比べ、メディア(TV・雑誌)への露出が少なく、

現実数字から見ると、

「個数売上げとも、前年対比、約18%減」

という結果。

出店回数を減らしたりはしていないので、
単純に考えると、1回の出店あたりの販売個数が減っている。

日曜:上春日ポイント

テニスコートに集まるプレイヤーが来店したことは開業以来ない。
だが、それらしき関係者の来店は多い。

たぶんに、友人らが出場しているので、それの応援組。

本来なら、それで数字が出るのだが、
2008年は、その一般大会が土曜日だったことが多かった。

水曜:田室町ポイント・中島マルショク

固定客があるため、安定した数字を見込める。

ただ、場所柄、人事の出入りが頻繁で、
馴染みになっても、退職して縁が切れるケースもあった。

木曜:元町ポイント

ここも懇意な固定客が育っている。

2〜3ヶ月周期でいらっしゃるので、
こういう顧客を増やすことが、1つ検討課題と思う。

出展場所前に、タイヤショップが開店。

なにか、キッカケになれば良いけど。

2009年は、出店曜日を拡大する予定。

カレーワゴンNo2Mas

・ネット通販開始(おこのみハビング)

2008年は、積極的なアローチ

・商品の拡充
・ページの更新
・メルマガ配信

などを、行っていなかったため、出荷数も激減。

もちろん、そうなることは判っていてのこと。

システム屋の視点からしてもあきらかな問題点があり、

その改善が、2009年の作業となる。

 

☆インプラント手術終了

2007年9月26日、初診に赴き、

約15ヶ月

2008年12月26日で、全行程終了。

幼少の頃から、歯並びは悪い方だった。

新人類?と呼ばれ、アゴが小さくなり出した進化の過程で、
永久歯32本が生える場所を確保できず、

乱れた方向へ伸びた歯は、メインテナンスしづらく、
昭和40年代の子供たち(親)にも、十分な歯科知識はなかった。

プラークコントロールなんて、言葉も無かったね。

虫歯と対処治療を繰り返して成人し、その結果が現在の歯。

左奥歯が、上下とも無くなってしまっていた。

今回のインプラント装着は、

左上顎5番6番の2本
左下顎6番の1本

計、3本を施術した。

総額862,000円

経過は、まずまずイイ感じ、だけど。

おかしな事もある。

続きと、全容については、
「インプラント手術全容」を参照....。

インプラント手術全容

 

☆アイフォン

2008年7月

ある製品が、世界中の話題をさらった。

iPhone3G

パソコンメーカー、アメリカ:アップル社が発売した

スマートフォンである。

今回、日本、及び他国で発売されたのは、
第3世代iPhoneと呼ばれる。

発売当初は、様子見で、スルーしていた。

維持費が変わらない事から2台もっていたauの1台を変更して、2008年9月に導入。
8Gバイトモデル。

べつに、飲み屋のねーちゃんにモデようって魂胆もない。
※第一、飲みに出ないし。

いまのところ、一般的に言われている、

・アプリ間のコピーペストができない
・カメラフラッシュがない

なんて事は、気にもならず。

さしたる不満なし。

アプリも面白いので、自分で作りたくなりデベロッパー登録した。

でも、開発ツールxCodeは、インテルMacしか動作せず、
私の手元にある5台のMacの中で、該当するのは1台だけ。

なんとなく、ヤになって、そのまま。

かつて、インサイドオブマッキントッシュ全巻を持っている程だったのに。

もう、頭は料理人になってしまったのかしら?

ははは、それも中途半端だ.....。

 

☆あの件

それらについて、良い悪いという判断は、私に出来ない。

現状が良いという種族がいるんだろう。

種族が違うんなら、仕方がない。
資質の有り無しも、関係ない。

今年、私、(幽霊会社も含め)社長業20年になる。

これまで、20年の中で、痛感したことがある。

「24時間、だれか見ている」ということ
「言動は記録されている」ということ
「抗弁の機会は多くない」ということ。

いまさらで恥ずかしいが、
これは当たり前の事だとおもう。

「誠実」に生きていなければならない。

この1年、いろいろ、驚愕の事実が、出てきた。

続きは、
「あの件2008」を参照......。

あの件2008

 

☆ブログギネス

タレント:上地雄輔のブログ(ホームページ)が、
一日で閲覧された回数世界一として、ギネスブックに登録された。

ちなみに、記録は
1317万1039ページビュー

すごい、といえばスゴイのだが。

信憑性にかけるというのが、ネット上の話題。

つまり、これ、人が手でマウスを操作して見た回数か?って事。

検索エンジンと呼ばれる、自動の情報収集ロボットが存在する。

GoogleやYahooなどだ。

これらの自動ロボットは、定期的にホームページを閲覧し、
書かれている文字を分析して、自分の索引に分類していく。

という事は、相手が機械であるなら、何万回?って言っても、
それが、上地氏の(生身の人間から受けた)人気とは違うだろ、って。

これの検証を行ってみた。

自分で書きためた、業務プロジェクト用のシナリオを、
小説っぽく仕上げ、公開してみた。

小説館「小瓶」という。

小説館「小瓶」

外部から、小瓶へのアクセスは、

累計:303,210pv2008/12/3123:59時点

これは、2008/5/10からの累計である。

約30万件の内訳は、90%以上、GoogleやYahooである。

つまり、私の小説は、人が読んでいるのではなく、
機械が読んでいる、ということだ。

Googleで、上地雄輔と検索すると、出てくるという以上

彼の記録となった回数のどれかも、Googleの仕業ということになる。

握手会に何人が来ましたってのなら人気のバロメータになるかと思うが、
ネット上のデジタル数値に、根拠を求めるのは異常だと私は思う。

いくらでも改ざんできるんだからねー。

じゃ、人が並べば人気の証拠か?、って

マクドナルドが、人気混雑を作るため、派遣会社に動員したって。
1000人近く、サクラだったとか。

何を信じていいのやら?

幸い、私は、自分を信じている。

わはは

 

☆盗聴器発見しました

根拠もないし、単なる予感なんだけど、
ここ数年の間に、大きな天災があるような気がして....。

それに対応すべく、あれこれ整備中。

具体的には

・飲食の備蓄

幸い、大きな冷凍庫があるので、加熱・非加熱、
あれこれ想定して、保存分量を調整中。

飲料は、多めの在庫を抱えて、賞味期限を見ながら消費。

・電源・燃料

これまた幸い、カレーワゴンがあるので、
ガソリンがある限りは、発電機があるし台所もある。

プロパンガスも、まあしばらく生活出来るくらい備蓄がある。

・通信手段

携帯などは、麻痺するだろうから使えないだろう。

かといって声を張り上げるのも限界があるので、拡声器を導入。

それと、広帯域受信機。
0.1〜2150MHzを受信可能な装置。

防災無線をいち早くキャッチするために、
アルインコ社DJ-X2000を導入。

防災無線など、キャッチするためだ。

そして、これが大事件?を起こす。

DJ-X2000は、日本で使われている無線のほぼ全域を受信可能。

つまり、TV・ラジオ以外、タクシー・飛行機・警察・消防などなど
チャンネルを合わせれば、聞こえてくる。

さらには、コードレス電話や盗聴器の電波もキャッチする。

機能の1つに、「盗聴器発見」機能がある。

起動すると、特殊な周波数音を発信し、
盗聴器がそれを拾って、発信し返したら盗聴器有りとなる。

おもしろ半分に、自室で、盗聴器を探す。

ピーっとなって、すぐさま、液晶画面に、

「トウチョウキヲハッケンシマシタ」

って、え?おい!なに?

えー、この部屋、盗聴器あるの?!?!?

ビックラこいて、一般的に言われる隠しマイクらしき
卓上コンセントやら、置物やら、疑わしきを取り外していく。

1時間後には、部屋全部の電力供給をOFFにした。

すると、感知は停まった。

結論を求めるため、外した機器1つ1つを戻しながら、検知をすすめる。

なかなか、反応は出ず。

テーブルタップや、ふたまたコンセントを、元通りにつなげていく。

でも、反応は出ず。

とうとう、TVやパソコンなどの電気製品だけとなった。

サーバー類は、無関係だろうと、次々にON

すると、

「トウチョウキヲハッケンシマシタ」

と、出た。

なんと、2001年に稼働開始した、パソコンが犯人だった。

もちろん、盗聴器が内蔵されていた訳じゃない。

推測だが、

電子基板の一部が、周囲の音(振動)を拾って、
電子機器特有の電波ノイズを発していたと思われる。

だから、音声をどこかに盗聴通信されていたという事ではなさそうだ。

※でも、これ、製品が違法電波(ノイズ)発信ってヤツじゃない?

以上が、3時間くらいかかって部屋の中味を出し入れして行き着いた結論だ。

また、この受信機には、コードレス電話の通話も入ってくる。

ご近所は、コードレス電話使っている家、おおいのかな?

聞くのは違法ではないが、
知ったことを流布すると触法なので、内容は、ヒミツ。

隣人さんに、コードレス電話使用するなって
おしえてあげなくちゃ。

 

☆許認可・商標

今年も、いくつか、商標や許認可を取得した。

・カレーワゴンNo2mas
文字商標

・カレーワゴンNo2mas
旗マークのロゴ商標

・素肌ソース
通販用カレーソース
通販用パスタソース
などの、シリーズ商品群名称

そして、飲食の新たな分野に進出?!

・食肉処理業
非加熱生肉の処理・販売

食肉処理業の許認可を取った経緯は、
「今日から肉屋だし」を参照.....。

今日から肉屋だし

 

☆4人の姫たち

4人の姫たちも、元気です。

三女紗代実が、やまばと幼稚園に入園。

お姉ちゃんたち二人と違って、

宇宙組(満3歳児)に入園したため、

今後、4年間、通園することになる。

次女真凪は、初めての小学校生活を

大分市立西の台小学校小学校でスタートさせた。

個性の強い子なので、どうなることか心配だったが、
いまのところ、大きなトラブルはない。

長女詩音は、人生初の転校を経験し、真凪と同校に通う。

フレンドリーな彼女は、もちろん新天地でも溶け込みが早いが、
持ち前の正義感が、少しづつ彼女の言動を複雑にしている感がある。

妻という姫も、あいかわらずで、病気もせず。

2008年、結婚10年の節目を過ぎると、
いろいろと(私に)反省も出てくる。

家族に限らず、社会でもそうだとおもうが、

自分の言動は、相手にとって不快や不安を与えているかもしれない。

避けて通ったり怒鳴ったりする人って、どうなんだろう?

「犬の十戒」という詩がある。

ネットで見つけて、考えさせられた。

 

☆税務署が来た

2年前、自分が関与する範囲で相続が発生した。

2008年、相続税の申告内容にモレがあると、
税務署の担当者が来宅。

もちろん、こちらは顧問税理士がいるし、
2年前の申告も、それに沿って提出した。

こちらに悪意はないし、
税務署もそれは理解の上の面談。

家の修理が、増築か補修か?で、
資産価値が違うんですと。

そんな細かな事が大半。

大きな狙いは、別のところにあって。
※「あの件2008」を参照.......。

話は、私の興味本位の質問だった。

今回の税務調査の中で、なんども故人の通帳の提出を求められた。

言われれば、はいはい、と提出。

それで、私は、思った。

私、ネットバンク数社に、いくつか口座がある。

だから、通帳はないのだ。

ネットバンクなので、画面上で処理するから冊子の形態の通帳は無い。

私が、いま、死んだら、家族のみんな困るだろうな。

ま、そんなに、残高ないけど。

で、その事を、税務署さんに聞いてみた。

すると
「頭の痛い問題です」
とのこと。

もし、私が取引内容PDFを印刷保管してあったとしても、
それが物証として通用しないかもしれない。

だって、デジタルデータって改竄できるわけだし。

税務署は職権で、銀行側に照会できるとしても、
遺族側との協議は難航するって。

「法律が現状に追いついていない事例の1つです」

と、言って、帰って行った。

たしかになー、って思った次第。

 

☆その他

・ソフトバンクホークス観戦

2008年7月15日

カレー師匠、藤田氏の要望もあって、

ソフトバンクホークスの試合観戦のため、
福岡ドームに赴いた。

午後1時過ぎ、カレーハウス藤田で合流し、
おっさん二人は車でひた走り、福岡へ。

途中、山田SAで、トイレ休憩を挟み、天神周辺へ。

食事がてら、ラーメン「元祖長浜屋」に入る。

藤田氏は、10年くらいまえ、大分市都町で、
ラーメン店を営んでいたので、ラーメンには一言お持ちの方。

「元祖長浜屋」を、どう評価するのか、楽しみだった。

結果は、Good,と言う。

「とんこつを丁寧にブランシュしてるなー」、って。

※ちなみにブランシュとは濁らせないスープの取り方。

ドームの混雑を避けるため、車は天神に置き、タクシー移動。

到着したのは16時前、開始まで、まだ2時間以上ある。

そこで、おっさん二人、ドームやホテルシーホークを、うろうろ。

プレイに先立ち西鉄ライオンズの記念式典があって、ライオンズファンも居た。

そして当日朝は、博多祇園山笠、最終日追い山が夜明けに終わったばかり。

一眠りしてきた博多っこが、祭りの熱気が褪めぬまま次第に会場を埋めていく。

ところで、私、プロ野球観戦は、初めてに等しい。

たぶん、20年位前、大分であったデイゲームにつれていかれたのが最初で最後。
※海外は、1994年だったかカナダに行った時にトロンロブルージェイスの試合を見た。

その新大分球場の時に比べたら、大型スクリーンもあるし、
ホームランだと、なんか出てくるし。

イニング交代のタイマーがあるし。

来場者を盛り上げる、なんとかカメラ?もある。

「こりゃ、すげー」と思ったけど、すぐアキた。

サッカーの試合はなんどか行ったことがあるけど、
プロ野球って、3時間あるのねー。

結果は、好成績で、フォークスの勝利!

花火もあがるし、ドームも開くし。

フォークスファンに、あとで聞いたら「いい日に観戦したな」と言われた。

そうかい?

そう、おもしろことがあった。

7回に、ジェット風船タイムがある。

膨らますと1メートルくらいで、さきっちょがちょっと太くて、
飛ばすと、ぴーってなる、アレ。

4万本近くが、一斉に放たれると、すごいねー。

視界のすべてが、風船で埋めつくされる。

自分も、風船の1つになって、漂っている気分。

それは、まさに「精子になって卵子を目指してる」って感じ。

精子だった頃を思い出すよ。

感動した。

試合後、長浜の屋台でラーメンをたべたが、店選択に失敗。

おっさん二人は、来た道を、ただ戻っていきました。

それと、今回、チケットは、球団オーナー会社さんの御厚意で、

提供いただきました、感謝!!

今年も、お願いします!

 

☆2009年のキーワード

今年のキーワードは2つ

・ロングバケーション
・記録記述

・ロングバケーション

自宅生活になって、2年以上

自己抑制力だけが頼みの綱の日々

体重は変わらないが、減りもせず。

空撮したくなって
・電動ラジコンヘリ
※1年練習して、目線まで上がるようになった。

パン焼きにこって
・電子発酵器
※たくさん作っても食えないので試食が進まず

防災を危惧して
・広帯域受信機
※災害がおきないので充電中

興味本位で
・お掃除ロボット(廉価タイプ)
※おかげで、自室はホコリ無し!

寝ながらTVを見ようと
・グラス型モニター
※横になると眠ってしまって意味無し

食品衛生を徹底したくて
・Bacct(検査キット)
※勉強になっている

きちんとした拡大鏡がほしくて
・サージテル
光学機器は高額

その他、購入DVDは、数知れず。

・人体解剖マニュアルシリーズ
・ジョエル・ロブションのフレンチ

などなど

消費ばかりのロングバケーションも、そろそろ終わりと思う。

でも、2009年、もう1年、このままのつもり。

・記録記述

この閲覧システムは、自分用に開発したモノ。

覚え書き?メモ書き?って、無くなることが多い。

なので、Macのデスクトップに、
スティッキーズという電子付箋を動かしてある。

でも、そこに書いたモノは、出先から見ることができない。

自宅にいれば、いくつかのサーバー内に、

・写真
・映像
・文書
・企画書
・受領資料

などが、分類保管されている。

そこで、

・どこからでも閲覧が可能で、

・なおかつ用途別に整理されてて

・公開・非公開の指定ができ

・端末に依存されず

・セキュリティー万全

という仕組みが欲しくなった。

2009年、これの開発を進めると同時に、
うまれてこのかた見聞きしてきたこと全てを記述する。

過去に限らず、日々、発生するあれこれに感想をもち、
その思いを書き記しておく。

2009年は、雇用不安のネタになるのかなー。

情報が蓄積され、5年10年経ったとき、おもしろいと思う。

50歳の自分に、
「おまえの半世紀だよ」って誕生日プレゼントできればいいな。

大きな課題は、

生活リズムを、整えることかな。

子供たちにならって、日課表作るとか。

カレーワゴンの出動を、毎日にすれば、
まあ、それだけでもイイかもしれない。

・事実確認
は、引き続き継続なので、

過去の記録作成時に必要を感じたら、
現地に赴く小旅行なんてのも、アリかな。

あとは、周囲の健康かな。

友人たちと楽しく飲み食いするには、
本人たちもさることながら、
ご家族も共に、よい方向でなければ。

気がかりも、いくつかあります。

さて、机上の空論は、ここまでとして、

2009年も、楽しみです。

給食費納入確約書(顛末)

極一部の方には、

本件、「取り組み」とご案内しました。

まずは、軟着陸したのですが、

その際、「オチ」としてかわした書面に、
学校側の混乱を避けるため、
本件結論の守秘義務を内包しました。

本来であれば、年始に出します一年総括のページに
掲載したいほど、ビッグな案件なのですが、

守秘義務をかわした以上、公開レポートには出来ず、
極一部の、守秘の意図をくんでいただける方だけに、

経緯をレポートします。

で、いつもの宣言ですが、

私は、法曹ではありませんので、
第3者に法律の解釈を述べたりできません。

あくまで、考え方の1つだとして、ご了承下さい

不思議な書面

2008年6月のある日、

大分市立西の台小学校に通う長女次女が、
不思議な書面を持ち帰った。

「給食費納入確約書」
と、表された書面は、

いま、世の中で静かなブーム?を呼んでいる、

給食費支払い拒否者に対する、アレである。

学校長宛の、その書面は、

・給食の継続提供を依頼する旨
・給食費を期限までに支払う旨

が、柱として記述されており、

保護者とは別世帯の、成人保証人を求められている。

私の感想を、率直に言えば、

「ははあ、きたな、大分も」

と、意外に早かった事に感心した。

さて、本書面には、
保証人とあり、「連帯保証人」ではない。

他自治体に寄せられた苦情回答例には、
その法的意味や強制力の違いを明確にして、
「やわらかい対応のため」という理論もあったが、

一般生活者に取っては、「連帯」があろうとなかろうと、
保証人を用意する精神的負担は、同じ事だろう。

で、私なりに、本書面について、
どう取り組むか、考えてみた。

子供達の学校生活に必要なモノは、
欠かすことなく整えてあげたい、と思っている。

しかしながら、趣旨とかけ離れた行動は、
同意しがたい主義の私。

例えば、
学校の活動で、「空き缶回収」がある。

これは、家庭で排出される空き缶を、
学校に集めて、収入の補助を得ることが目的だろう。

しかし、我が家には、空き缶はないのである。

飲料もPETがほぼ全てであり、
私の晩酌は、洋酒なので、缶ビールは無い。
4リットルのPETなので、ガラス瓶も出ない。

だが、学校の空気としては、
無いといって、もってこない山崎さんちは、
「非協力的」だ、という扱いになっている部分があるように感じる。
※考えすぎだろうけど。

だからといって、
わざわざ買ってまで、空き缶を作ることはないだろう。

話を戻すと、

この「給食費納入確約書」配布の背景には、
西の台小学校に通学している世帯の一部に、
滞納問題があるためだ。

実情はどんな事かというと、

2008年PTA総会の資料によれば

給食費年間予算、約5000万円
滞納額、      約40万円

そう、約0.8%のロスのために、
1000名近い生徒の保護者に、

保証人を求めることになっているのだ。

カレーでいうと、125個の販売を目指し、
1個、売れ残った。

その売れ残りの解消のために、
1000名規模の販売促進を動員した。
という事になる。
※違うか?ん?

もちろん、滞納を放置することは、良いとも思わないし、
滞納ムードを拡大させない空気は必要とおもう。

しかし、現段階の西の台小学校に、
給食費納入確約書が最適な施策であるかどうかの議論は、
どこにあるのだろうか?

で、もし、仮に、この書面が、絶対提出となった場合。

受け取った書式では、不備が多い。

・債権者が違う
 学校長宛の書面である。
 しかし、学校給食は、PTA活動に内包される。
 つまり、書面の宛先は、PTA会長であるべき。
 「給食運営委員会長(校長)」宛となっているが、
 ここは、おかしな話
 西の台小学校小学校PTAが登記されて、
 なおかつ、給食運営委員会長(校長)の登記があるなら、
 理解できるんだけど、任意団体の役職に提出は難しい。

・元本確定の期日の定めがない
 未払いが発生した場合に、それはいつからか?
 締め日・支払期日の設定が明確にされていないので、
 債務元本がいつになったら確定するのか明記すべき
 例えば、12月の給食費を、いま(6月)に請求されることはない、
 その12月の給食費が「支払われてない」扱いになる流れが
 明確に表記されてない。(別紙にはあるんだろうけど)

・保証限度額の定め
 保証する金額が明示されていない。
 このまま保証する事は、白紙委任状とも言えるかもしれない。
 後になって「延滞が1億円あります」って言われても、
 保証しますってことだから、応じなければならない。

さらに言うなら、

・商取引の原則が不明瞭
 一般商行為でいうと、
 お金と商品(サービス)は、同時に交換される。
 まだ食べてない先の給食に保証することになる。
 これは家賃と同じだが、
 家賃は、賃貸契約の期間を定めている。

 給食でいうなら、1年分の給食提供に関する契約が先
 あるいは同時に交わされるべきであろう。

・給食提供契約がない
 絶対に支払えというのなら、
 絶対に給食を出す、
 という契約が対岸にあるべき。

・延滞損害金の定めがない
 延滞した場合の損害金の定めがないので、
 法定金利の5%なのか、別途加算金があるのか、
 明確でない。

そんなこんなで、本書面は、
さすがに、このままでは、だせないので、

学校に、その旨を伝える書面を出した。

大分市立西の台小学校長
  秦 孝太郎 殿

給食費納入確約書について

 先般、配布されました「給食費納入確約書」に付きまして、意見差し上げます。

 昨今、給食費の意図的な滞納が社会問題化されており、その回収と対策に、
多くの費用と時間が消耗されることに憂慮致します。

 その対策の手段として「給食費納入確約書の提出」が推進されていると思いますが、
保証人を求めている点について、同意致しかねております。

 保証人を選定するとなれば、これまでの生活に複雑な債権債務関係を加える事となり、
それらの不必要な関係性の追加構築は避けたい、と私は考えております。

 同書面は、給食費納入を担保する目的と思われますが、収入保全が目的であるなら、
保証人の提示以外の方法も、選択肢として採用して頂きたくお願い申し上げます。

 具体例を申しますと、
  ・就学年度 一括支払い
  ・裁判所による保全担保(供託金)
 など、保証人とは別の納入確約方法を、ご検討下さい。

 本制度の根拠説明も無く、強制力・権利関係も不明瞭であります事から、
現段階では、確約書の提出を、控えさせていただきます。

 面談協議が必要で、お時間をいただけるようであれば、学校まで伺います。

平成20年6月17日  
3年2組 山崎 詩音
1年4組 山崎 真凪  
 保護者 山崎 雅治

すると、6月20日

教頭先生から、お手紙を頂いた。

それによると、

給食費納入確約書が生徒に配布されるまでの経緯は、
6月23日13:00から、西の台小学校で、
説明をいただけるとのことで、訪問する。

それに先立ち、いただいた手紙によると

今回の、給食費納入確約書の配布は、

・大分市学校給食ガイドブック
・大分市教育委員会の指導

によるもので、なおかつ、
5月1日に開催された、

大分市立西の台小学校PTA総会にて
承認された事項である。

との説明が書いてあった。

んー?

でも、この総会は、私も出席していたが、
保証人を求める確約書の件は、説明がなかった。

「確約」という単語が1点有った。

それは「給食費の値上げ」について、
確約をもらいたい、との説明は記憶がある。

ともかく、面談。

学校訪問

6月23日 13:00

校長室を訪問

校長・教頭、2名で対応いただいた。
※男女がどうこう言うわけではないが、教頭は女性だ。

挨拶もそこそこに、

「大分市学校給食ガイドブック」
を、見せてくれる。

その後半の資料ページに、
給食費納入確約書 のサンプルがあった。

ま、そのまま使っているわけだ。

私が質問した、給食費納入確約書配布の経緯については

「大分市教育委員会の指導で、
 給食費の滞納をなくす活動を進めて欲しい言われており、
 ガイドラインにそって、書面を作成した」

ということである。

口がまわる教頭先生が、率先して説明してくれて、
校長先生は、うなずいていた。

私の話の焦点は、

・保証人を求める書面は提出しない
・給食費納入確約書に強制力はない

というあたりを、明言してもらえば、
よいだろう、と思っていた。

書面を契約書として見た場合に、不備が多く、
保護者側が損をするおそれがあることを説明し、
「私は提出しない」とした。

その間、二人の反応から、
・教育委員会の指導なので、自分たちの責任ではない
・法的なことはわからない

そんな空気を感じたので、深い交渉はヤメにした。

タイミングをみて、教頭先生が、
「私どもはどうすればいいですか?」
と、落としどころを求めてきた。

もともと、破壊が目的ではないので、やわらかく対応。

「保証人は、説明の通り、だしません」
「では、どうすれば?」

私のオチは、
「このままの書式でよいですが、保証人欄は空欄で」

それで良いと合意されたので、協議終了。

さて、もう一押し。

私から、
「今回の件は、記録しておいて下さい、
 うちの子供が不利益にならないよう、
 正当に交渉し、同意を得たことを
 周知して下さい」

それに対して、
「もちろん、今日の事は、記録を残し、
 今後、引き継ぎが有った場合でも、
 伝達されるようしておきます」

私、
「で、私の方も、今日のお話を記録させていただき、
 書面で保管しておきたいのですが、議事録など作りませんか」

「はい、いいですけど・・・・・」

「で、およその話を記載して、持ってきたんです」

協議議事録

給食費納入確約書について協議議事録

 甲( 大分市立西の台小学校)と乙( 山崎詩音・山崎真凪・保護者山崎雅治)は、
給食費納入確約書の作成について協議し、下記のついて合意した。

・甲乙共に、給食費の支払いは必要であると合意した。

・乙は、給食費の支払いそのものを拒否していない事を甲は確認した。

・甲は、給食費納入確約書に保証人の記入を求めない

・乙は、保証人を求めない給食費納入確約書の提出を行う。

・本協議は特別案件と認識し第三者に協議内容を開示しない。

平成20年    月    日  

大分市にじが丘3丁目1717番地の1

大分市立西の台小学校

____________________

大分市上春日町4組
3年2組 山崎 詩音
1年4組 山崎 真凪  

 
保護者    
____________________

そういって、これを出して。

「これに、双方で署名して、終わりと言うことで」

さすがに、署名をするのは、
躊躇されるかと、思ったら。

「えーえー、そうしましょう」

と、校長デスクに座り直し、ささっと、書いて下さった。

うーん、持ち込まれた書面に、簡単に署名して大丈夫か?

ともあれ、

私の想定した落としどころに、持って行けたし、
校長・教頭の様子も分かったので、

今回の件は、これで、終結としました。

学校は、それ以外にも、いろいろと矛盾があるので、

それに取り組んでいたら、働くヒマがなくなるくらいネタ満載。

あくまで、「疑問の解消」の、センで、やっていきます。

END

全日本空輸株式会社 さま

2008年4月2〜4日

家族5人で、沖縄に旅行に行った最終日。

三女 紗代実が体調を崩してしまい、
大分に戻る飛行機移動で、機内での出来事、その後の出来事、

「ANA」へ問い合わせをしたメールだが、

適切な対応というのは、こういうことだろうと思った。

送付した謝罪文

全日本空輸株式会社 さま

この度は、大変なご迷惑をおかけし、もうし訳ありません。

Web問い合わせで、書き切れない詳細事情を、掲載しております。

ご多忙中とは、存じますが、一読いただき、今後の処置を、
ご指示いただきますよう、お願い申し上げます。

870-0817
大分市上春日町4組A
FAX:097-573-6090

山崎 雅治(やまさき まさはる)
TEL:090-3737-6512

amx@un-an.gr.jp

=================

要旨

4月4日、那覇空港発 ー 福岡空港着の飛行機内で、
使用した、ブランケットを無断で持ち帰った。

その後、返却できない状況となった。

ブランケットの弁償方法など、伺いたい。

=================

詳細

3月中旬、アメリカンエキスプレス ツアーデスクを通じ、

4月2〜4日、大分県大分市から、沖縄県名護市の
美ら海水族館観覧旅行を実施しました。

最終日、4月4日早朝、3女(当時2歳)が、
感染症と思われる嘔吐下痢症を発症しました。

現地の診療所で診察の結果、帰省には問題はなさそうだとの判断で、

予約しておりました、14:10 ANA486便にて、
沖縄=>福岡に進みます。

しかし、三女の症状も、あまり良くなく、
機内で、嘔吐や下痢を起こす可能性もあって、

一般シートで、臨席の方に、ご迷惑をおかけするのも、
心苦しく思い、少しでも座席間隔に余裕のある飛行を求め、
空港カウンターで、スーパーシートにアップグレードしました。

シート位置 3G他三席

機内では、空港カウンターで発言した三女の体調不良が伝えられており、
細かな気配りをしていただきました。

三女を、機内で抱きかかえたままの飛行でしたので、
私がきていた、Yシャツと、機内のブランケットを合わせ、
三女を横にさせていました。

機内サービスが終了し、降下を始めた頃だったと記憶しますが、
三女が、少しですが、嘔吐しました。

その際、私のYシャツの上に、吐き戻しましたので、
シートなどを、汚すことはありませんでした。

着陸後、機内を離れる際に、

家内が、キャビンアテンダントに、
「子供を保温したいので、ブランケットをお借りできないか」
と、お願いをしたようですが、
「機内備品のため」と、お断りをいただきました。

その後、福岡空港から、大分に自動車移動し、
脱水症状のため、緊急入院となりました。

処置が終わり、入院準備の時に、

私のYシャツと、重なって、青い機内ブランケットを
持ち帰っていたことに気がついたのです。

たいへん、申し訳ありません。

お返ししなければと、考えましたが、

医者の指示で、
「感染症の嘔吐物が付着しているので焼却」
と、なりました。

その後、
病院側の適切な処置で、三女は翌日に退院し、
その夜から、通常の生活に戻ることができました。

以上の、経緯です。

報告差し上げるのが、遅くなりました。

=================

END

頂いた回答

山崎 雅治 様

平素より弊社便をご利用賜り、厚く御礼申し上げます。

去る4月4日弊社486便(沖縄-福岡)にご家族様でご搭乗頂きました際、
機内にご用意いたしておりますブランケットを
誤ってお持ち帰りになられたとのことでございますが、
弊社宛てにご連絡を頂戴し、誠にありがとうございます。

当日はお嬢様のお加減が悪く、機内でのご心労は如何ばかりで
あったかと存じますが、そのような中、機内座席や備品への
ご配慮を頂き、誠に恐縮するばかりでございます。
弊社と致しましても、お嬢様が無事退院されたとお伺いし
安堵し、また嬉しく存じます。

尚、お医者様のご指示によるブランケットの焼却処理につきましては
客室内の備品を管理いたしております部署に申し伝えております。
今般、山崎様におかれましては弁償方法についてお問合せを頂きましたが、
斯様なお気遣いは必要ございませんことご案内申し上げます。

弊社サービスには至らぬ面もあるかと存じますが、
「安心」「信頼」の基本理念のもと、「お客様」にこだわり、
“あんしん、あったか、あかるく元気“なANAらしさの伝わる
空の旅をご提供致すべく今後とも努めて参りますので、
変わらぬご愛顧賜りますようお願い申し上げます。
山崎様のまたのご搭乗を心よりお待ち申し上げております。

ANA WING MAIL
カスタマーデスク
担当 前 沢
TEL 0120-029-787
09:00〜17:00(土・日・祝休)

受付番号: 080523-000171

(株)カヌチャベイリゾート さま

2008年4月2〜4日

家族5人で、沖縄に旅行に行った最終日。

三女 紗代実が体調を崩してしまい、
その対応を頂いた宿泊先
「カヌチャベイリゾート」へ

御礼としてメールしたのだけど、

これまた、見習うべき顧客対応を頂いた。

私から送ったメール

(株)カヌチャベイリゾート さま

2008年4月2〜4日に、家族5人で、お世話になりました。

最終日、4日早朝、三女が嘔吐下痢を発症し、
近隣の診療所まで搬送いただくなど、細やかな配慮、
心からお礼申し上げます。

その後の経緯、感染症の内容など、
遅くなりましたが、簡単に報告差し上げます。

長文のため、ホームページ化しております。

記述の中に、原因と推測される要点を記述しておりますが、
決して、「誹謗中傷を目的」としている表現では無いことを、
ご了承下さい。

ご多忙中とは、存じますが、
なにかの御参考になれば、幸いです。

870-0817
大分市上春日町4組A
FAX:097-573-6090

山崎 雅治(やまさき まさはる)
TEL:090-3737-6512

amx@un-an.gr.jp

送付したレポート

詳細

2008年4月2〜4日の滞在で、最終日の早朝、
三女が、嘔吐下痢を発症しました。

しばらく、様子を見ておりましたが、
症状も変わらないため、フロントに問い合わせし、
医務室の有無を、おたずねしました。

医務室は無いが、診療所を紹介するとのことで、
移動の準備を始めておりましたところ、

ホテル側の案内に同乗し、搬送していただくことになりました。

その節は、大変お世話になりました。

久志診療所での診察では、緊急性を要する措置までには至らず、
大分までの移動に対して、危険性も示されませんでした。

その後、チェックアウトし、
予定通り、14時の飛行機で福岡に飛び、
陸路、大分に戻りました。

大分に到着後、かかりつけの小児科を受診したところ、
脱水症状のため、緊急入院となりました。

しかし、病院側の適切な処置で、三女は翌日に退院し、
その夜から、通常の生活に戻ることができました。

医師の診断によると、症状も小康状態で、
吐瀉物の生理検査でも検出が難しく、
原因菌の特定などはできないが、

症状からすると、
「なんらかの感染症」との診断でした。

その後、家族で、三女に、なんらか感染に至るような、
飲食や状況は無かったか、あれこれ検証してみました。

中日の4月3日は、

朝食を、ホテルバイキングで済ませ、
食事は、そこのみです。

ホテル出発後、美ら海水族館に14時まで滞在しましたが、
その間、飲食は、コンビニ等で購入した、
市販のドリンク・スナック類です。

ホテルまでの移動途中に、

ナゴパイナップルパークに立ち寄り、
生パイナップルを、数切れ食べました。

ホテルに到着して、沖縄料理「くすくす」で
食事をしております。

注文品は、伝票の記録の通りです。

食事後、土産物購入と、
コンビニでアイスクリームを購入しております。

部屋に戻り、

私(父)は、残って、
母・子供3人は、屋内プールへ出かけました。

プールから、帰って、三女は、
先ほどホテル内コンビニで購入した、
アイスクリームを、1カップ食べ、就寝します。

そして、翌日早朝の嘔吐下痢につながります。

この中で、感染に至る可能性があるのは、

「屋内プール」という考えが上がってきました。

小児用の浮き輪を付けて、楽しんだようですが、
なんどか、水に沈み込む事もあり、
プールの水を飲むことがあったとのこと。

また、これは、率直な感想ではありますが、

他の利用者も、もちろん、私どもも、
プール入水前に、シャワーを使うことが無く、
入館して、すぐにプールに入ったと聞いております。

当然、プールの衛生管理は、万全だと思いますが、
家内の、見たままの感想からすると、

なんらか、プールの水に、幾ばくかの成分が存在し、
旅行で、体力を消耗していた三女が、
反応したのではないか、と、感じております。

プールに入っていない私は、当然症状が有りませんが、

家内と長女は、那覇空港を離れる時点くらいで、
腹痛を感じており、大分到着後、受診しております。

次女は、なにも症状を訴えていないので、
プールが原因ではないのかもしれませんが、

今回の旅行で、5人が別行動をとったのは、
屋内プールの利用時だけであり、

何らかの関連があるのではないか、と考えた次第です。

報告は、以上です。

決して、カヌチャの屋内プールの衛生状態に、
問題点云々ということではありません。

今後の運営の参考につながればと、記述しております。

不躾な表現がございましたら、お詫び申し上げます。

今回の滞在、子供達も、たいへん素晴らしい思い出となった、
沖縄旅行で、大切な宿泊の場を、カヌチャベイリゾートで
過ごせたことは、一生の宝物と感じているようです。

いくつものご配慮いただきました今回の滞在が、
子供達の旅行のスタンダードとなるなら、
毎回、このクラスのクオリティーを求められれば
親として、幾ばくか負担をも感じております。

また、後になって
「沖縄で行きたいリゾートNo1」であることや
「要人利用」の品質を持つリゾートだと知り、
驚いております。

もし、また機会がありましたら、
ビーチや、カルチャー施設を楽しめるような
滞在にしたいと考えております。

以上です。

=================

END

頂いた回答

山崎 雅治 様

先日はカヌチャベイホテル&ヴィラズへお越しいただきまして誠にありがとうございます。
ご丁寧にメールをお送りくださいましたこと、心より感謝申し上げます。
ご宿泊の際にはお嬢様が体調を崩され、ご心配されたかとお察し致します。
大事に至らず、ご快復されたとのこと、安心致しました。
山崎様から頂きました内容は各部署に伝え、今後の運営に活かさせて頂きたきたく存じます。
また、嬉しいお言葉も頂戴し、大変恐縮いたしております。
私共スタッフ一同にとって日々の業務の励みとなり、より一層頑張って参る所存でございます。
是非またカヌチャへお帰り下さいませ。心よりお待ち致しております。
貴地におかれましてもこれから暑くなるかと存じますが、お体ご自愛の上、ご多幸をお祈りいたしまして略儀ながらメールにて御礼申し上げます。

カヌチャベイホテル&ヴィラズ
コンシェルジュマネージャー
三京直子

一家全員の「沖縄美ら海水族館へ旅行」

最初で最後のお泊まり県外旅行

多忙の合間をぬって実現

当然ながら、
盛りだくさんの旅行となった.....。

小学校入学前旅行

思えば、2006年4月

長女 詩音が小学校入学直前の春休みの事。

半ば業務ではあったが、父娘二人で2日がかりの旅行に、出かけた。

今年、2008年4月は、次女 真凪が小学校入学となる。

別に、小学校入学前の旅行を恒例化する気もないのだが、
なにか、真凪に遠出のネタがないものか、と考えていた。

・雅治の生地である、北九州まで、父娘二人旅
・鹿児島平川動物公園にコアラ見学
・大阪海遊館
・長崎ペンギン水族館

などなど、考えていたが、なかなか、コレといったモノは浮かばず。

動物園や水族館にいくとなれば、他の面々より、
私たちも連れて行けと、異議が出されるだろう。

昨年くらいから、TV番組の影響で、子供たちの中に、
どこか遠くにお出かけして行きたいところ、といえば、

・沖縄美ら海水族館
・北海道旭山動物園

の2択があったようだ。

父娘二人旅ではなく、一家全員旅行となるとして、いずれを選ぶかしばらく考えた。

父娘二人で2日がかりの旅行

選択権は、パパが行使

雅治・佐和子の業務のスケジュールやら、周辺事情なども含めると、
なかなか日程も決まらず、話だけ盛り上げて、その気にさせて、
「都合付かず中止」、はかわいそうだと、

「旅行の実現」をひた隠しながら、

日々の会話のなかで、
美ら海 or 旭山、の選択を子供たちにインタビューする。

「さよみちゃん、動物すき?」
「イルカさん!」
「なるほど」

「まなぎさん、サファリとうみたまご、どっちがすき?」
「うみたまご!」
「そっかー」

「うたねさん、美ら海と旭山、どっちがいい?」
「うーん、・・・・・・、どっちも!」
「ダメ、却下!」
※長女にはストレートに質問する
なぜなら、長女は、その質問の先に旅の実現が含まれているなど
感づいたりしないからだ、次女ならば察するけど.....。
あるいは、日頃から、まじめな顔してウソつく私であるから、
詩音が私の話を信用してない事もあるかもしれない。

いろいろと選定理由を考えてみたが、どちらにするか、私が決定した。

迷うことなく、美ら海水族館に確定。

その理由は、
「厚さ60cmのアクリル水槽を見てみたい」
と、思ったのが、決定理由。

旭山動物園にも、おおいに期待はある。

しかし、ガラス管を泳ぐアザラシや、飛び込むホッキョクグマなど、
TVで取り上げられて部分は、おもしろくても、
基本的には、ごく普通の動物園だ、という感想も(ネット上には)多い。

動物園は、九州管内で十分だと思っている。

どちらか選べと言われたら「私は美ら海水族館を選んだ」ということ。

旅行見積もり

そこで、佐和子に、沖縄旅行にいけるか、打診をする。

漠然な話なので、費用やら所要時間など、はっきりせねば、
特に年度変わり時期なので、何とも言えないと言う。

そりゃそうだ、私も、やみくもに論ずるのは、キライなので、
2月25日、アメリカンキスプレスのツアーコンシェルジェにプラン作成を依頼した。

「あのー、すみません、沖縄美ら海水族館まで旅行を考えております」
「はい、では山崎さまのご希望をお聞かせください」
「あのー、電話ではお伝えきれないので、FAXでいいですか?」
「え?・・・・はい、どうぞどうぞ」

FAXには、
人数・年齢・5人1部屋・朝食夕食の要否・水族館が主であること、
A4に2ページびっしり希望を書いて、送った。

折り返し、TELが入り、
「山崎さま、FAXいただきました、細かい希望がお有りのようなので、
しっかりとお調べして、明日になりますが、お返事いたします」

約束通り、翌日の夕方、
航空券・宿泊先・レンタカーやタクシーなど、
こちらの希望を含めた旅行プランをFAXで返ってきた。

飛行機の空席状況などを確認するため、仮に3月26〜28日の予定としたが、
この時点では、実施決定ではないので、ツアーデスクにも、
無駄な仕事をさせる場合もある、と伝えてあった。

受け取ったツアープランを元に、
しばらくは、実現性の検討と、現地の様子や
「実際のところ、美ら海水族館ってどうよ?」
って話をネットからかき集める。

気候や移動距離、混み具合、費用、体力、業務などなど、
膨大な事実関係から、うちの一家にあった旅程を考えていった。

数日後、ツアーデスクから、「その後は?」と、電話をもらい、
「今回いただいた、3月26日出発はむずかしく、
4月に入って、もしくは、夏休みシーズンにでも、
また、取り組みさせてください」
と、3月出発案をお断りをした。

断念というワケではないが、ひとまず無かった事と考え、
日常の生活の中で、時折、旅行計画の詳細について疑問点を埋めていく。

例えば、
・自動車道と国道58号線、どちらが移動が早いか?楽しい事があるのか?
・道路渋滞時の逃げ道はあるのか?
・沖縄の歴史や名護市の位置はどう?
・ホテル内で、どういう生活になるのか?
などなど

3月に入って、そろそろ決断の時期。
※航空券の早割の日数期限がある

今年2008年春は、
・真凪の、大分市立西の台小学校 新入学
・紗代実の、やまばと幼稚園 新入園
が控えており、その準備や体調作りなども、考慮せねばならず。

そこで、土日を避ける事や、春休みのその他の日程も考慮し、
2008年4月2〜4日 2泊3日の旅程に決定した。

3月12日、さっそく、前回プランを立ててくれたツアーデスク担当者に
再度連絡を入れ、4月2日に実施であることに加え、
前回提案してもらったプランにこちらの希望修正をしてもらい、
最終のツアープランを、再度、確定した。

ツアーデスクの担当範囲は、
・福岡<=>那覇 飛行機予約&チケット
・現地レンタカー 予約&クーポン
・宿泊(カヌチャベイリゾート) 予約&クーポン
これらの費用、291,878円

3月16日、正式に発注して、
2日後、18日午前中、航空券やクーポンが配達証明で、届く。

子供らに計画公開

いよいよ、3月18日夜、子供たちに沖縄美ら海水族館旅行を発表する。

しかし、ただ「行くよ」というのは、ナニなので、
我が家装備のアンパンマンクレーンゲームを用いた。

カプセルに、
「沖縄美ら海水族館」と書いた当たり券をいれて、

「当たり券が入ったカプセルを取ろう」とだけ言って、
それ以上の説明せず、3人のお嬢さんたちに挑んでもらう。

一人、6枚のコイン(6回チャンス)が与えられた。

当たりカプセルは5個、ハズレは1つ「コイン2枚追加券」があった。

最初に引き当てたのは、次女真凪
カプセルをあけて、折り畳んであった紙を広げると、
青い「美ら海水族館のホームページロゴ」の紙がでてきた。

「うわー!」
と、叫んだのは真凪ではなく、
まだ1つも取れていない、長女詩音だった。

その「うわー!」は、自分が当たって無くて、おいて行かれる事への叫びだ。

しばらく、大騒ぎのなか、3人とも、アタリを引き当て、
この当たり券の詳細について、パパから発表する。

「えー、春休み、みんなで、沖縄美ら海水族館に行きます」

その日から、おねえちゃん二人は、美ら海水族館一色の
待ち遠しい生活となる。

なお、三女紗代実は、先日パパと行ったばかりの、
東京タワーとしながわ水族館の区別があやしくて、
また東京タワーに行くと感じていた時期もあったようだ。

※あとで聞いた話だが、この当たり券、入場時に必要だとおもい、
詩音・真凪は、自分の財布に入れて現地まで大切に持って行ってたそうだ。
確かに「この当たり券を無くした人は連れて行きません」と私は言った。

雅治&紗代実の「東京日帰り小旅行」

旅行準備

衝撃の発表の日から、指折り数える中で、準備を進めた。

3月20日、イオングループ、パークプレイスにて、5%offの日、
旅行用のスーツケースを購入、75サイズで、1万円弱。

3月30日、
私は、旅行中の様子を記録するコンパクトデジカメを
購入するつもりで、市内のヤマダ電機に赴いた。

事前に、ネットで下調べはしたものの、
実際、店頭には多数の機種が並べられており、
大いに悩んだ。

欲しかった、IXYデジタルの新機種は、
この日には、まだ発売されておらず、
旧機種を買うのか、大いに悩んだ。

店員さんが、いろいろと説明をしてくれて、
「当店のお勧め」を、見せてくれた。

自動的に、露出の違う数枚を瞬時に撮ってくれるとか、
笑顔キャッチとか、あれこれ便利?機能が山盛りになっている機種ばかり。

あー、悩むなー。

しばらく、多くの商品を手にしながら考え、

結論として、きっぱり、買わないことにした。

3万円程度が、もったいないと感じた。

このちょっとした積み重ねが、総費用に影響するだろうと考えた。

さて、出発前夜、4月1日深夜から、現地の気象状況などを確認し、
再度、道路マップなど、下調べ資料集に追加した。

出発当日、朝

そして、4月2日 6:00
皆、それぞれ起き出して、出発の準備を進める。

家を出る直前まで、あれこれあわただしいが、
車に乗り込み出発したら、もう、後戻りはなし!

まずは、大分自動車道をつかって、大分IC(7:55)=>福岡太宰府IC(9:03)まで、
途中、SAに寄り道もせず、一気に走る。

福岡都市高速に入り、
そのまま、一気に福岡空港国内線ターミナルに乗り付ける。

4人と荷物を降ろして、
私は、車を民間駐車場に預けるため、単独行動。

駐車料金 2泊3日で、2400円

民間駐車場はたくさんあるけど、一番、近い所が、ここだった。

他の民間駐車場は、離れている所だと、送迎ワゴンがあるんだが、
帰り着いたとき、大荷物と子供を抱えて、違う車に乗り換えなんて、
ちと、メンドウだなー、っておもって、帰着時、私だけ車を取りに行き、
皆で乗り込んだら、家まで乗り換え無しで、OKなのが、今回のポイント。

空港から搭乗・飛行

SN340343

私が、もどって来て、再度、5人、あつまったところで、記念写真。

いよいよか、どうなることやら。

実は、私、極度の下痢だった。

別に感染症ではないんだろうけど、ときどき、ひどい下痢がある。

さすがに、旅行中止の空気ではないし、なんとかなるだろう、って

空港のドラッグストアで、下痢止めを購入。
まあ、それでピタリとおさまった。

福岡空港のショップに、以前から気に掛けていた、
北海道土産の「まりもっこり」があって、購入を迷った。

今から沖縄に行くわけだし、北海道土産を、福岡で買うか?

まあ、帰りにまた考えるか、とそのまま。

3Fフードコートで、しばらく時間つぶし。

出発まで、時間の余裕もあるが、早めにチェックゲートを通過して、
搭乗口前のシートで、待つことに。

おじょうさんたちは、すでに、ヒマヒマで、折り紙開始。

私は、なんどもトイレ。

本日の飛行機、JAL3607便
中型の機体なので、3席2列。

三女紗代実は無料扱いで、母の付属品?として搭乗する。
つまり、5人に4席。

ツアーデスクの配慮で、
3席シートの窓側2席の前後を予約されており、
もし、隣に誰も座らなければ、一番下のお子さんも、
通路側空席を使って、ゆっくり座ってとの事であった。

しかし、搭乗機は満席だったので、どなたかが隣に座る。

エコノミーにぎちぎちが、キライな私。
ずっと我慢の90分だった。

クラスJ、にすべきだったか?

当然、窓際のおじょうちゃんたちは、
トイレに立つし、そのたび、お隣さんに立ってもらう。

ああ、気をつかうの、ヤダよー。

約90分程度の飛行。

着陸降下開始のアナウンスがあったが、空港の順番待ちでしばらく降りられず、
当初予定より、30分ほど、予定ずれこみが、確定、うう。

那覇空港着

空港に入り、手荷物を待つが、貨物コンテナが遅れているらしく、
ここでも15分ほど、ただなにもなく、待ち。

荷物を待つ間、美ら海水族館の水槽看板を見学の3人

「ああ、またずれ込む・・・」

私が気にしていたのは、
このまま、夕方の美ら海水族館に入館したかったのだ。

それも、17時のジンベエザメの餌付けを見たかった。

空港から美ら海水族館まで、推定100キロ
公式には、自動車で3時間となっている。

土地勘のある大分で、さらに自分の車であれば、
距離だけで所用時間の推測ができるが、ここは異国の地。

時間が下がることに、ヤキモキしながら、ようやく手荷物がでてきた。

レンタカーの誤算

さて、次はレンタカーの手配。

予約済みなので、お迎えバスに乗るだけだ。

大分空港のレンタカー手続きの様子から想像していた私、
2組くらい別の客がいて、それらと同乗で配車場にいくんだろう、
なんて、勝手な想像をしていた。

が、お迎えバスの乗車場をみて、驚く。

1000人近くが、待っている。

何十ものレンタカー屋の送迎バスが、錯交して、
その目的の送迎バスを待つ人の列が、大混雑。

そして、その乗降場は、はば150mくらいあろう中央分離帯にあり、
お迎えの一般車両や大型バスが行き交う道路の向こう側だ。

渡らねばならないけど、両端にしか、横断歩道はなく、
その中央にいた私たちはぐるりとどちらかに歩くことになった。
ああ、目の前に、日産レンタカーの旗があるのに。

細かな時間のロスを積み重ねながら、
レンタカーバスの受付で「予約の山崎様」を確認してもらい、
事務手続き上のミスは無くて、少し落ち着く。

日産レンタカー送迎バス乗り場のおにいさん

その後、雑多なマイクロバスに乗せられて、

空港から離れた場所にある、日産レンタカー那覇空港営業所へ

沖縄観光はレンタカーが主な手段であると、知らなかった。

那覇市を離れると公共交通の便が悪い沖縄の観光は、レンタカーが当たり前(らしい)。

那覇市内だけなら、モノレールやバスでもなんとかなるが、
美ら海水族館がある海洋博公園は、沖縄本島の中部であり、
公共交通機関も運行数が少なく、観光目的には自由度に欠ける。
タクシーだと、1日3万円くらいだとか。

旅行計画中、ツアーデスクに、「慣れない土地なので移動はタクシー」でと言ったが
あまりに高額になるので、レンタカーを薦められた。

日産レンタカー3日間で、35,070円+チャイルドシート1050円
「日産セレナ」

 

手続きをまつ3人

 

今回、日産セレナを使用

 

お世話してくれた、レンタカー配車のおねえさん

いよいよ沖縄の地を走る

車に乗り込み、県道331号線を走り出す。

最初の目的地は、沖縄自動車道終点の先、国道58号線道の駅「許田」
ここに、美ら海水族館の割引販売があり、割引率が高いという情報があったためだ。

渋滞もなく、お天気も良くて、気温22度くらい、
大分に比べ「ちょい暖か」というくらいかな。

沖縄自動車道に乗るべく、県道に沿って進む。

途中、曲がり損ねて、迂回したが、
空港道路=>沖縄自動車道と接続し、
なんとか無事に予定のコースで安定走行開始。

沖縄自動車道 西原ジャンクション通過、14:45

沖縄の町並みは、台風対策の歴史もあって、風を流すスリットが多く、
小さな箱を積み上げたようなモノが多く目に付く。

那覇の町並みを過ぎれば、ミドリの多い自動車道を北上。

時間が下がったので、予定していた中城PA(なかぐすく)には立ち寄らず走行継続。

走行している、約半数が、レンタカー(わナンバー)だ。

しばらくすると、嘉手納基地を左に、そして太平洋が右に開けてくる。

この辺りまで来ると、走行台数も少なくなってきて、
前後、自分たちだけというタイミングも、けっこう有った。

大分自動車道、宮河内IC・臼杵ICの間みたいだ。

15:00、
沖縄自動車道、唯一のサービスエリア、伊芸SA(いげい)に立ち寄る。

沖縄っぽさアリアリのSA

ここで、美ら海水族館の入場券が、割引で売っていた。
通常1800円=>1620円

事前情報では、自動車道をでて、国道58号線に入ったところにある道の駅に、
ここにしかない、美ら海水族館の割引チケットがあるとの情報だったが、
実際は、コンビニや、ちょっとしたショップにも割引券は置いてあるようだ。

ご一行様は、このSAで、トイレやお菓子など買い物をして、再び、走行を開始。

伊芸SAは、沖縄自動車道57キロ中、37キロ地点なので、
ほどなく、終点、許田IC(きょだ)に到着し、国道58号線に出る。

この時点で、15:28

自動車道走行時間は、約43分
もちろん、平均速度は、標識の指示を大きく上回っての所要時間である。

もしかすると、このまま順調にいけば、17時前に美ら海水族館に到着し、
念願の「ジンベエザメの餌付け」を見ることが可能になるかも知れない。

道の駅「許田」に近づいたが、先ほど伊芸SAで、割引入場券を購入済みなので、
時間のロスをしてまで立ち寄る必要もなく、パス。

名護市に入り、国道58号線沿いに、名護市役所など横目に走行する。

名護市役所庁舎には、大多数のシーサーが搭載されていた。

左に東シナ海を位置して、車は、国道58号から県道449号線へ

沿道には、琉球セメントの採石場があったり、沖縄独特の墓地が道にそって続いている。

沖縄海洋博記念公園

そして、県道449号線「浦崎の交差点」を左に曲がると、
沖縄記念公園、そして海洋博公園の敷地が続く。

第1駐車場・第2・第3と、通り過ぎた先、

右手に第6駐車場があるが、それを過ぎた所に、
第7駐車場と、美ら海水族館がある。

広い広い4階建ての第7立体駐車場(無料)に車を入れる。

気持ちは、あせるが、「走るな」と大声をあげながら、
広大な芝生の遊具公園の向こう側に、
目的地、「美ら海水族館」があった。

入り口にあった、マンタの模型と記念写真

館内のレイアウトは、同館のホームページをご覧ください。
「美ら海水族館」

この記念撮影のマンタの模型の後ろに、上から見える珊瑚のプールがあって、
実は、それは、館内3Fの熱帯水槽の上部だった。

4F構造の同館、入り口は、3F。

すでに、入場券は購入済みなので、そのまま駅の改札ゲートみたいなところを通過。
券をいれれば、シャッターが開いて通れるのだが、
無料対象者の真凪・紗代実が、ぞろぞろ付いて歩いても閉じることはない。

※JRや都営線の改札なら、どこかで見てるのか?と思うほど、
正確に「バシーン」と閉められるのに.....。

入館して、最初にあるのは、タッチプール。

多くの水族館のように、大型のタライにヒトデとウニくらいなものでなく、
ジオラマになっており、たいそう大きいプール。

「美ら海水族館」

SN340346

最初の水槽は、「サンゴの海」

その後、熱帯・サンゴ・珊瑚礁・貝類・甲殻類・シアターなどが続く。

各展示水槽も、キレイだが、今日は、パス

初日の目的は「ジンベエザメ」だと先を急ぐ。

目的は、「黒潮の海」水槽

世界最大の展示水槽のギネス認定証と私たち

SN340370
SN340370
SN340370

この巨大な水槽は、いろんな情報で、ご存じと思うが、
単一窓として、世界最大の、横22.5m × 縦8.2mは、さすがにでかい。

だが、正直な感想というと「まあ、こんなもんだろうな」って感じ。

ジンベエザメの餌付け

予定通り、17時から、「ジンベエザメの餌付け」が始まった。

プールの上部から、小エビ・オキアミなどを投入すると、

TVなどで、ご存じの通り、大きな身体をゆっくり動かし、近づいて、
「ゴボッ」と、吸い込む。

館内のアナウンスによると、ひと吸い100リッターらしい。

見所の、立ち泳ぎ食い

47

「黒潮の海」は、ジンベエザメの他にも、マグロやサメ・エイ・クエなども、居る。

もう1つ、ここにしか居ないのが、「マンタ(オニイトマキエイ)」

口の前に、ミトン(手袋)をつけた手のようなものが、ひらひらとしている。

SN340350

この黒潮の海水槽の周囲に、
水槽を目の前に出来る座席を設けたレストランがある。
カフェ「オーシャンブルー」

私たちは、その1席を陣取って、軽く飲食しながら水槽を眺めて、
時折、レストランの外まで出て、大きな水槽を眺め、
また軽食のため席に戻り、と繰り返して、しばらくすごした。

レストランというが、フードコートのようなイメージ。
なので、入店退出という感じではなかったが....。

※今思えば、これは二度と出来ない体験だったかもしれない。

ジンベエザメのいる黒潮の海を満喫したので、
先ほど素通りした、いくつかの水槽に戻ってみた。

熱帯の水槽では、ウツボがひらひらと泳ぐ姿をみた。

伊勢エビの水槽には、体長1mくらいありそうな、
大きなモノが居た。

ハイビジョンシアターを通りがかったとき、
丁度良く、上映時間だったので、観覧する。

沖縄の歴史と海について15分程度の映像にしてあって、おもしろかった。

上映後の仕掛けも、びっくり。

館内の順路を守っていれば、
もうちっと感激度は上がったかな?

ジンベエザメもデカイけど、
オオメジロザメも、デカイのが居る。

「サメ博士の部屋」と言う、サメだけの展示室がある。

実際に捕獲されたホホジロザメの皮

1989年8月15日、場所:伊江島沖、性別:メス、全長:508cm、体重:1325kg

模型:古代ザメ(カルカロドン・メガロドン)の歯(体長16m)

SN340373

「サメ博士の部屋」をでて、通路を降り、
「黒潮の海」を左にいくと、

巨大水槽のアクリルパネルの見本がある。

世界最大の水槽は、アクリルパネルを何枚も接着剤で貼り合わせ、
厚さ60cmとなっている。

紗代実の大きさとくらべてみた

その先に「黒潮の海」の底部側面を見上げることができる「アクアルーム」がある。

この先は、深海と冷水系があって、終わり。

SN340408

最後にショップで、おみやげと自分用を、大量購入。

詩音は、事前に知った「ジンベエザメのクッション」を外さない。
なぜか、真凪も紗代実も、そして雅治も、手にした。

もう1つ大きなサイズもあったが、
今回購入のコイツがかわいい。

その他、アロハやTシャツ・文具、
定番のちんすこうや紅芋関係をごっそり購入。

ここのおみやげだけで、49,192円

翌日も来館の予定だったが、もし来館しない場合もあろうかと、
今日は今日で、必要なおみやげを完了した結果ではある。

大量のおみやげを抱えて退館すると、
初日(4/2)の美ら海水族館、外はもう暗くなっていた。

カヌチャベイリゾート

朝から、ずっと移動ばかりで、
館内も走り回った一同、最後の力を出して、駐車場まで歩く。

19:15、動きだしだ車が、公園内を出て、一般道を走る頃には、
3人のお嬢さんは静かになっていた。

海洋博公園を離れ、84号線・50号線・329号線・331号線と走って、
本日宿泊の「カヌチャベイリゾート」に向かう。

2000年沖縄サミットの際、各国の要人を受け入れたとか、
沖縄県最大級のリゾートホテルだとか、なかなか手の届かない所であるとか、
噂はいろいろあるんだけど。

私に言わせれば、ハワイもグアムも沖縄も、「佐賀関」という事で。

「カヌチャベイリゾート」

チェックインの手続き待ち

入室が20時だったので、施設内のステーキレストランで、今日の晩ご飯。

ドリンクについてきた、お花を飾っての二人

ステーキレストランなので、ステーキを頼む。

お約束?で、佐和子は「なのに、ロブスター」を注文。

紅芋フライドポテトは、おいしかったが、
ステーキについては、辛口評価の私どもなので.......。

それでも、お会計、22,117円

SN340400

レストランは宿泊棟の1Fだったので、そのまま歩いて、部屋に。

お部屋は、イーストタワー(8F建)の7F

パームエグゼクティブツイン

ツアーデスクの予約内容とちがって、無償アップグレードされていた。
金額で言うと、倍以上?

確かに、太平洋側に水平線を望める、いい部屋だ。

バルコニーにジェットバス・ジャグジーがあるということで、
女ども、夜の水遊びを、4人で楽しんだようだ。

でも、バルコニーのジャグジーって、外から丸見えだし、
ジャグジーって、露天風呂じゃないでしょうに?

お風呂も終わって、部屋着に着替えて、
興奮さめやらぬ一同、4ベッドなので、それぞれに別れ、

私は、モバイル一式で、到着メールの返事をだすなど、業務時間。

みな、静かになって、
私も、移動の任務に疲れて、酒も飲まず、寝てしまう。

イーストタワー(8F建)

二日目、4月3日

4月3日(予定)

06:00 起床

06:18 日の出

07:30 カヌチャ出発

08:30  美ら海水族館 着

12:00  美ら海水族館 撤収 下記3カ所のいずれかに行く?
・今帰仁村(なきじんそん)城跡
・不思議なジャングルやんばる亜熱帯園
・ナゴパイナップルパーク

13:30  カヌチャ到着
・プールなど、ホテルで過ごす

19:00 晩ご飯

6:00、携帯のアラームがなる。

気象庁の予報で、日の出が、6:18

それを、見ようと、待ちかまえたが、あいにくの雨。
つまり、曇り空。

なんとなくな起床となってしまい、ぐだぐだ。

7:00過ぎに、バイキング形式の朝食へ。

施設内は、ともかく広大なので、歩いて移動は不可能。

15分おきに、各施設間を結ぶ上下線のバスがあるので、
それで、飲食施設街に向かう。

SN340377

朝食会場のプールサイドにつながるイタリアンレストラン

SN340378

お嬢さん3人とも、食う食う。

7時に入ったから、すいていて、ゆっくりの朝食だったが、
帰り際、8時を過ぎたら、この朝食会場も長蛇の列。

30人ほど、テーブル待ちで、列を成していた。

そんなに、このリゾート内、客がいるんだ、と驚く。

プールデッキのお花のそばで

朝食後、バス待ちの二人

沖縄のあちこちで見かける巨大なゼンマイ(正式名「ヒカゲヘゴ」)

昨夜の到着時は見えなかったが、宿泊棟にも、シーサーがいた。

9時前、朝食後、しばらくは部屋で、ダラダラ。

予定では、8:30前に、美ら海水族館に入るはずだったが、
なんとなくな起床だったので、どうもエンジンかからず。

8:30到着は、その時刻から、団体客が入るため、
その前に水族館内に入らねば、身動きがとれない、という情報を、
事前に得ていたためだった。

しかし、昨夜、ほぼ貸し切り状態で、楽しんだ私たちは、
いまさら混んでいる場所に、また行くか?と、ちと疑問。

かといって、このリゾート内で、過ごすのもなんだか、イヤ。

やはり、予定通り、美ら海水族館に行くことにした。

9時過ぎ、さっさと身支度して、車に乗り込み、出発。

前夜、暗い中で走ってきた道路を、走る。

カヌチャリゾートがあるところは、
本当に、大分県の佐賀関の沿岸部のようなところで、
コンビニもないし、人通りもない。

集落部には、「共同売店」という謎のショップ?があるんだけど?!

※共同売店
現在沖縄本島の農山村地域と、離島の一部に存在し、
字(集落)ごとを単位に、字の全住民の出資によって運営されている商店
引用:沖縄と波照間の共同売店

今日の目的地は、美ら海水族館だけだから、
昨夜、水族館からホテルに移動した、そのままを逆に走る。

県道331号線・329号線を走って、
東シナ海側に出てくる。

その交差点の先に、ローソンがあったので、
車中のドリンクや、美ら海水族館の割引入場券を購入。

もう、沖縄の道路事情にもなれてきたので、カーナビのルート案内は未使用。

ローソンの前は、国道58号線。

シーサー一杯の名護市役所を過ぎて、そのまま58号線を走る。

郊外型ショップが林立する交差点を左に、昨夜も通った県道84号線に入る。

この県道84号線は、そば店が多いことで有名らしい、
「沖縄そば街道」と呼ばれている。

山間の道、人工植林が無い地域なので、左右の緑は、原生種が多いとか。

きいろい花を咲かせた、コガネノウゼンが目立つ。

2回目の美ら海水族館

11:00、
順調な走行で、一行は、海洋博公園に到着。

ところが、楽々の昨日とはちがって、

P1〜P7まである、駐車場、
すでに満車の看板が道沿いに並ぶ。

「あらら、もしや、混雑?」

昨日と同じ、P7に向かうと、車が数台並んでいるが、
動きがあるので、最後尾に並ぶ。

待つこともなく、ゆっくりだけど、無事、駐車場の3Fに留めた。

さて、2回目の、美ら海水族館。

この海洋博公園は、駐車場も、
イルカショーやマナティー館・ウミガメ館・イルカラグーン
すべて、無料。

水族館の館内に入らなければ、一切お金はいらないのである。
※公園内のシャトルバスや、飲食は有料ですよ。

水族館内は、昨日、貸し切り状態で楽しんだので、
2日目の今日は、主に、屋外施設・公園内を回る。

狙いは「イルカショー」。

実は、11:00のショー時間をねらって移動したのだけど、
入場者の車の流れなど、予測できなかった時間ロスが積み重なって、

イルカショーの会場には、10分遅れで到着。

1回のショーが、15分なので、途中から見るって状況でもなし。

じゃあ次回って、それは、2時間後、13:00開始、うう遠いなー。

SN340386

水族館をバックに。

この水族館にいる、イルカのフジ。

シッポを失って、泳げないところを、
人工のヒレをつけて、泳いでいます。

SN340384

人工のヒレ

SN340385

クジラのシッポの模型

さて、外回りも、すませ、12:30

イルカショーに向けて、早めに会場に座ったが、どうやら雨。
屋外なので、ベンチもびっしょり。

しばらくは、待ってみたけど、ひどくなるし、気温も下がるし。

あきらめて、館内に移動。

長いエスカレーターで、3Fの入り口を通って、入館して、びっくり。

昨日の、ゆったり感が、当たり前と思っていたら、
どの水槽に近づけないほどの人だかり。

そう、やはり人気の水族館って、まともに見られないんだ。

入場後、最初のサンゴの水槽がある場所で、作戦立て直しの、私たち。

偵察隊に、長女詩音が、ジンベエザメの居る、黒潮の水槽エリアを見に行った。

残りのメンバーは、まもなく始まる
「熱帯魚の海」での餌付けを待っていた。

程なく、迷うことなく、偵察にいった、詩音が戻ってきた。

彼女曰く
「あのね真ん中に砂糖をおいて、それの周りにアリがいるくらいだった」
と、たとえ話をしてくれた。

うーん、表現がどうかってことより、「昨日とは違う」って事だけはわかった。

留まるも行くも混雑なら、このまま「餌付け」を待つことに。

13:00から始まった熱帯魚の海の餌付け、とても面白かった。

1つの水槽にいろいろな生き物がいるけど、
確かに、どの生き物に共通する食べ物は無いわけだ。

草食・プランクトン・小動物・エビ・イカ・小魚など、
種によって大きさによって、エサも違う。

この水槽の餌付けは、その違いを順を追って投入することで、
種によるエサの違いを見事にわけて解説していた。

※私の水族館の師匠である、
故高松史郎氏(旧マリーンパレス元館長)の言葉通り、
「環境と生態は組み合わせ」というのを思い出した。

さて、いよいよ、黒潮の海に行ってみることにした。

昨日は、貸し切り状態だったが、
長女詩音のレポート通り、砂糖に群がるアリのようなのか?

たしかに、通路は身動きできない程だった。

SN340389

そして、昨日、余裕の出入りだった、水槽が見えるレストランも、
長蛇の列で空席待ちの人達が、ずっと連なっていた。

テーブルを陣取って、見て回るなんて、不可能。

館内の移動も、困難なので、私たちは、早々に退館を決定。

冷水系・深海系を、おさらいしながら、ショップに。

佐和子は、再度、おみやげの補充にショップに分け入る。
当然、ショップも、大混雑で、レジも長蛇の列。

わくわくアクアラボ

私と、お子様3人は、アクアラボと呼ばれる学習ブースに参加。

丁度、ジンベエザメの解説をしていた。

私にダッコされていた紗代実が、
「おなかすいた」という。

そりゃそうだろうな、と、思ったが、食べるものも持ってない。

「何食べたい?」と、聞くと、
「パン食べたい」と、おっしゃる。

ともかく、ここを出なければ、なんともならず。

ジンベエザメの解説を聞いていた、おねえちゃん二人の横に座る。

「ジンベエザメの歯と皮」を、カウンターにいる解説のおねえさんが、
次々と出してきた。

ジンベエザメの歯や皮に触れるため、カウンターに群がる、姉二人。

紗代実も、自分で駆け寄って、触っていた。

戻ってきて、私に言う。
「おねえさんに、パンありますか、って聞いて」

このカウンター、生き物の実験もあるようで、水道が付いている。
ちょっと見たところ、ファーストフードかドリンクカウンターに見える。

紗代実は、自分の空腹のあまり、フードショップに見えたのだろうか?
出発時、福岡空港のフードコートは、確かに、こんな感じで、
おねえさんが立っていて、水道があった。

「紗代実ちゃん、ごめんね、パンはないみたいよ」
「えー、たべたいー」

そんな事をいいながら、レジに並ぶ佐和子を待たず、
私らは、退館ロビーに出た。

全員そろって、外に出たら、もう14時を回っていた。

帰り際
切りかきがあったので、記念撮影。

公園内に、ミストがでる場所があって、そこに駆け込む3人

駐車場に戻り、ホテルに向けて出発。

車内では、お菓子を食べるだ、ジュースをこぼしただ、大騒ぎ。

私は、淡々と、車を進める。

さて、水族館だけでは、なんなので、もう1カ所くらいは、観光地へ。

ナゴパイナップルパーク

SN340398

結果、移動途中にある、ナゴパイナップルパークにいった。

「ナゴパイナップルパーク」

自動操縦のカートにのって、熱帯植物の解説が聞ける。

大分市佐野植物園のようなところを、この無人カートで走って、
車載のFMラジオから、解説が流れてくる。

約10分ほど走って、降ろされたら、同じようなコースを歩く。

その次は、なぜか貝類展示館。
これでもか、ってくらい、貝殻が分類されて展示してある。

パイナップルと貝との接点がわからないままだ。

その後、稼働してない、パイナップルワイン工場と缶詰工場を抜けて、
おみやげコーナーへ、強制的に順路となる。

パイナップルに関連した、おみやげがズラリと並ぶ。

運転があるので、パイナップルワインは飲めないが、ジュースはおいしい。
シークヮーサーは、苦い。

そこを過ぎると、第2おみやげコーナー。

その前に、「パイナップル食べ放題」がある。

確かに、食べ放題だ。

しかし、時折、施設のオヤジが
「あまり食べ過ぎると、酸で口が痛くなるから、食べ過ぎないように」
と、食べ放題を制止に動く。

第2おみやげコーナーは、沖縄全般商品。

なので、首里城やら、泡盛やら、満載。

お嬢さんたちは、ムームーを購入。

外に出て、車を走らせたら、もう16時を過ぎていた。

2日目の行動を終えて、ホテルに戻ってきた。

このリゾート内は、自分の車で、施設内は、原則移動禁止。

なので、外から帰ってきたら、共同駐車場に車を停めて、
フロントから出発するバスで、部屋に移動する。

昨日から、今朝にかけて、リゾート内の移動に、
バスでは、あまりに不便だと、私らもカートを借りた。

通常24時間、5000円だが、宿泊特典で、2500円

ゴルフ場にある、アレだ。

ひとまず、一度、部屋に戻り、夕食に出かける。

今日は、沖縄料理を堪能しようと、
リゾート施設内の、沖縄居酒屋にきた。

沖縄そば・ソーキそば・フーチャンプルーなどなど、楽しんだ。

お会計、8,891円

さて、女どもは、このリゾートで、プール利用を計画していた。

部屋に戻り、水着あれこれを用意して、大騒ぎで出て行った。

私は、部屋に残り、シャワーして、マッサージを呼ぶのに内線を鳴らす。

ずっと話し中で、1時間くらいして、ようやくつながった。

しかし、「本日、予約で一杯です」って、そりゃそうだろうな。

朝食会場が、あんなに混雑するんだから、ムリだろう。

沖縄オリオンビールを飲みながら、一眠り。

プールご一行様は、帰ってきて、シャワーして、
小腹が空いたのか、お菓子やら、アイスクリームやら、食べる。

皆、寝付いたので、ルームサービスで、シャンパンとサンドイッチをオーダー。

30分ほどで、届く。

お会計、8,875円

佐和子とお疲れ様乾杯して、私は、メールチェックなど、業務に。

みなが、寝静まった部屋で、シャンパンを頂きながら、眠りについた。

3日目、4月4日

4月4日(予定)

10:00  カヌチャリゾート 出発

11:00  沖縄自動車道 許田IC通過

11:20  沖縄自動車道 伊芸SA立ち寄り
12:00 沖縄自動車道 中城PA立ち寄り

12:30 日産レンタカー 返却

13:00 日産レンタカー送迎バスで空港へ

13:10 チェックイン・買い物などなど

14:10 ANA486便 那覇空港発

15:45 福岡空港着

16:15  荷物受け取り後・ロビーに集合

16:30  車取りに駐車場へ(雅治単独)

16:45 全員乗車 大分へ

18:45 上春日着

夜明け前、紗代実が調子悪く、ベッドに嘔吐した。

寝る前に食べた、アイスクリームが、おなかに悪かったのか。

グズリはせず、眠ってしまったので、そのまま様子見にする。

夜が明けて、お姉ちゃん達も起きてきた。

なんどか、空腹のまま、嘔吐する紗代実。

朝食の時間だが、紗代実はムリみたい。

パパ・紗代実は部屋に残り、
佐和子・詩音・真凪が、昨日と同じ、朝食バイキングに。

紗代実は、気分悪そうだが、眠いのが勝り、寝ていた。

SN340409

沖縄の地方紙「沖縄タイムス」

私も、添い寝の合間に、新聞に目を通す。

丁度、沖縄尚学が、春の選抜高校野球で決勝に残った日だ。

その沖縄タイムスの中で、お悔やみの欄がすごい

子・兄弟・孫・ひ孫・区長さんまで、名を連ねる。

朝食チームが帰ってきた。

どうも、紗代実の回復が見えないので、フロントに連絡し、
医務室はないか、問い合わせ。

医療部署は無いが、近くの診療所へ案内するという。

丁重な扱いだな、と、思った。

そうか、施設内が原因の嘔吐であるなら、大問題。

リゾート側も、原因には気を遣うのだろう。

すぐに、フロントから、お迎えがきて、佐和子と紗代実が診療所に向かった。

(株)カヌチャベイリゾート さま

久志診療所(くししんりょうじょ)

ここの医者の娘さんが、大分県に嫁いだと、
大分から来た私たちに親近感を感じて頂いた。

原因は不明だが、対処薬をもらって、帰ってきた。

点滴も可能だったが、帰りの飛行機の時間もあるので、
ひとまず、大分に戻ることを優先にした。
※良い判断だったのだろうか?

荷物をまとめ、大量のおみやげも別送することなく、出発準備ができた。

借りたカートがある間に、荷物をレンタカーに運ぶことにした。

出発前に、まとめた荷物を、レンタカーに運び込む。

紗代実の体調も気になるが、ここのリゾートの内容も見ておこうと、
海岸線まで、行ってみた。

天候や時間の都合がいろいろあって、いけなかったビーチ

部屋に戻り、全員でフロントへ。

借りたカートを返却し、滞在中にツケで買った支払いを済ませて、
カヌチャリゾートを後にする。

ともかく、那覇空港へ移動する。

自動車道を走り、那覇空港へ、女4人を降ろして、
私は、レンタカーの返却手続きに行く。

返却は、ガソリン満タンだけで、
傷のチェックとか、なにもなく、
空港行き送迎バスに乗り込んだ。

空港について、みなと合流すると、紗代実はかなり悪い。

飛行機の状況を見ると、また満席。

紗代実の嘔吐が続くようなら、何度かトイレに駆け込んだり、
衣服の着替えなどで、周囲にご迷惑をおかけするかも知れず。

発券カウンターに行き、プレミアムーシートの空き状況を聞く。

「子供が調子悪くて」と事情を話す。

せめて、1席と、思っていたら、4席確保できるとのこと。

「では、全員、プレミアムーシートにアップグレードで」
と、変更を告げる。

お金の問題ではないけど、びっくり。

「では、お一人、7,000円の追加になります」

てことは、4席で、28,000円?

まあ、しょうがないか。

優先搭乗で、手荷物も最初に出てくるし。
広めのシートで、紗代実ダッコでも、大丈夫だし。

手荷物を預け、Priorityシールを貼られる。

沖縄離れる直前の、おねえちゃんたち

出発まで、そう時間も無いが、そば屋で、食事をして、

私と紗代実は、搭乗口に移動し、休むことに、
佐和子・詩音・真凪は、最後のおみやげ物色。

紗代実をだっこしたまま、ぼんやり搭乗案内を見ていたら、

ANH486 14:10 出発遅れ
と、あった、私たちが乗る機体だ。

あれ?

フライトは、14:30と思っていた、私。

気がつけば、14時過ぎ、佐和子達に、ウソ言ってしまった。

すると、14:30は、間違いと気づいて、
おみやげ隊は早めに移動していた。

さらに搭乗口も、35番から33番に変更されていた。

飛行機も、到着が遅れて、折り返しの出発が、15分遅れ。

5人そろったところで、33番搭乗口に行くと、
乗り込み客が並んでいた。

たくさんの人が並んでいる中をかき分けて、
プレミアムーシート優先搭乗で、一足先に機内へ。

機内は、大きいシートで4席確保。

紗代実は、私に抱きかかえられたまま。

アップグレード時、子供が調子悪いと、言っていたので、
キャビンアテンダントさんが、様子を見に来た。

「なにか必要なモノがあれば、言ってください」
「はい、いまのところ、落ち着いています」
「隣の席は、未使用ですから、お子様にお使いいただいてもいいですよ」
「上空で安定したら、考えます」

空港カウンターから、山崎様の状況が連絡がいってた様ですな。

那覇空港は、混雑していて、しばらく機体は停止したまま。

紗代実が、少しでも横になれるように、クッションやブランケットをつかって、
私のヒザと、ヒジ置きの上に横になる。

10分遅れくらいで、動き出した。

離着陸のGが好きな紗代実が、気がつくこともなく、機体は飛び立った。

上空で水平飛行になると、機内食サービスが始まる。

出発前、空港で、ざるそばを食べた一行、
空腹ではないけど、始めて体験のお姉ちゃん達は、トライ。

実物と若干違うけど、サンド・ケーキ・フルーツのBoxだった

ごそごそやっていると、紗代実が目を覚ました。

すると、機内食のツナサンドを食べたいという。

食欲があるのなら、「良いこと」だと思い、食べさせた。
※イケナイ事だった。

1カットと半分くらいを食べ、お茶を飲んで、また眠りについた。

「食欲があるのなら回復してきたのかな」
なんて、安易に思っていた。

隣に座る詩音と、食事を済ませ、片付けをする。

紗代実の体制を整えるのに、少しクッションを動かした。

すると、「ごほん・げほん」と、咳き込んだ。
その拍子に、先ほど食べたモノとお茶を、一気に吐き戻す。

タオルと、私のシャツで、首元を支えていたので、
それに出して、落ち着き、また眠った。

髪がすこし汚れてしまったが、まあ仕方ない。

消化も何もしていないのが、そのまま出てきたから、
臭いもせず、周囲の方にご迷惑をおかけすることは無かった。

ただ、早く着けと、あまり機内を楽しむこともなく、ヤキモキの約90分

全日本空輸株式会社 さま

無事に、福岡空港へ着陸

プライオリティーバゲージで、最初に手荷物が出てきた。

これから大分まで走るので、みなトイレに行く。

私は、4人を残して、民間駐車場に車を取りに行く。

駐車料金、2400円を払って、4人の待つ到着口16番ポイントへ。

丁度、他の車が居なかったので、車を寄せて、皆を呼ぶ。

この待ち時間にも、また紗代実は吐き戻したようだ。

スーツケースと、大量のちんすこう、そしてジンベエザメのクッションを
車のトランクに詰め込んで、紗代実は佐和子がダッコで出発。

いつのまにか、自分の車の前に、BMW7シリーズが停車しており、
一見、その筋の方々が立っていた。

そうだ、以前、福岡空港でタクシーの運ちゃんに、
「17番は、ヤクザ屋さんたちの専用なので近づくなよ」
って、言われた事があったが、忘れていた。

お偉いさんのお迎えに来ていたのかな。

5人、そろったところで、車は大分に向けて走り出す。

16:57 太宰府ICを通過

ともかく、走る走る、走る走る。

紗代実の主治医である、大分健生病院小児科 酒井誠先生に診察を依頼するため、

大分市古ヶ鶴へ、ひた走る。

大分健生病院小児科

18:13 大分米良ICを出る。

米良有料道路を経て、19時前、大分健生病院小児科に到着。

夜間診療だが、4月4日は、金曜日で、酒井先生が当番だ。

事情を簡単に話をして、
佐和子も詩音も調子が悪いと、3人が診察室に入る。

私と真凪は、待合室で、待つ。

沖縄のホテルで、ルームキーを勝手に操作したことについて、
真凪を諭す、彼女は悪いと思っていたようで、号泣....。

時間もかかるようなので、真凪は「牛乳屋さんのコーヒー」を購入。

そういえば、2005年10月24日の事

前夜から真凪は調子悪くて、あまり食べて無く、
朝、起きても、フニャフニャ。

幼稚園に行けるようではないので、
早朝から、私と真凪は、大分健生病院小児科に。

すると、脱水症状だと言われ、そのまま点滴開始。

尿検査を続け、数値回復を待つ事になったが、
10時間ほど、かかって、ようやく解放された。

当然、真凪は、幼稚園はお休みで、私と二人で、
朝からずっと、病院で過ごしたことがある。

そんな事もあったねー、と、真凪と二人で、診察結果を待つ。

紗代実入院

しばらくして、佐和子・詩音は、特別な処置はないが、
紗代実は、やはり点滴が必要だった。

しっかりと、ダッコする必要があるので、私にダッコを交代。

紗代実は、会話できる程度ではあるが、ぐったり。

処置室で、採血と点滴の留置針を構成する。
ちいさな手に、針が刺さる。

静脈も細いだろうに、言われたとおり、しっかりと拳を握って我慢する。

試験管2本程度の採血後、500mlパックにブドウ糖やら
吐き気止めを加え、点滴開始。

500mlだと、5時間かなー、なんて思って、
「今夜中には帰れるか」と、安易な想像をしていた。

小児科の夜間診療が終わり、一般夜間外来の方へ、移動する。

だれも居ない処置室奥のベッドで、紗代実と二人で、
ただ時間が過ぎるのを待つ。

しばらくして、酒井先生が所見説明に来た。

「嘔吐の原因は不明ですが、脱水症状が重いです、
松竹梅でいうと、一番悪いという位、
このまま点滴を続け、尿検査を繰り返し、
数値が回復するのを待ちましょう」

先生の「松竹梅」の話のオチを探しながら、

「先生、どのくらいで、先が見えますか?」
「うーん、それは本人次第なんですが、
今日は、このままで、明日にはなんとか判るでしょう」

「てことは?」
「今夜は泊まってもらいますので、入院手続きをしています」

なんてこったい!!、紗代実は緊急入院するほど、悪かったのか?

諸手続を済ませ、佐和子とお姉ちゃん達が、紗代実の所にきた。

いずれにしても、全員で、ここに居るわけにもいかず、
私が紗代実と病院に残り、他は、旅行の後始末に、帰宅した。

しばらくして、看護師さんが、病室に案内してくれた。

原因がはっきりしてない段階での入院なので、
他の患者への感染を懸念し、個室になった。

入り口には「面会謝絶」と貼られる。

簡易トイレが持ち込まれ、
「おしっこが出たら取ってください」
と、プラカップを10個ほど、渡される。

SN340402

入院直後、不安で一杯の紗代実

なんせ、初めての小児入院

大分健生病院では、小児入院は、完全付き添いが基本。
当然ではあろうけど、医療行為以外のお世話はなくて、
それらを任務する付き添いが、誰か24時間居なくてはならない。

ひとまず、お父さん用の布団も貸し出してくれて、
入院に必要なものを書いた資料をもらった。

ブドウ糖注入で、すこし元気が出てきた紗代実、
今度は、ヒマとの戦い。

TVは、あるが、プリペイドカードが必要。
なんども、部屋を出入りして、そういうものを集めてくるところから始まった。

途中、酒井先生が、様子を見に来た。

先生の問いかけに、答える紗代実の様子に、少し安心していたようだ。

先生は、しきりに、おなかに触診する。

「おなかがなにか?」と、私が聞くと。

「消化器系の機能停止」について簡単に話をしてくれた。

脱水症状が起こると、いろんな弊害が全身に出てくるが、
子供に多いのが、消化器系の機能停止というのがあるとのこと。

後日、私なりに調べた事をまとめると、
嘔吐下痢による脱水症状の場合、胃の中が空になってしまう。

そうすると、口から水や食べ物を受け付けなくなり、
さらに増してに、水分がとれなくなってしまう。

その結果、不思議なことに、
「拒否反応で受け付けられない」はずなのに、
食べ物や飲み物が入ってこない事に準じて、

消化器官の機能を、自ら停止してしまう。

そうすると、分泌液も停止し、伸縮運動も停止する。
やがて、臓器自体が石灰化して、固まってしまうとのこと。

そうすると、死に至る。

小児用点滴針が、開発されたのは最近、
それまで、小児脱水は、死ぬ事が当然の時代もあった。

また、石灰化が始まるような状況で、助かったとしても、
小腸の絨毛が、退化して短くなって、栄養を取れなくなる事もある。

その時の酒井先生の話では、
「紗代実ちゃんのおなかは固くなってないけど、止まっています」
ということだった。

いまになって、酒井先生の言った
「松竹梅でいうと、一番悪いという位」
との表現に、悪化の程度が感じられる。

また、調べた中で、小児脱水の対処は、
乳児用イオン飲料が必要だということ

アクエリアスやポカリは、大人に合わせて作られており、
小児の電解質成分のバランスでは無いらしい。

未発達な肝臓・腎臓では、失われる電解質が多く、
乳児用イオン飲料は、そこを強化している。

そして、脱水症状の子供に、自分でゴクゴク飲ませてはいけない。

なぜ、点滴が、60ml/hなのか、理由があるのだ。

いまになって「大変恐ろしい状況」だったと感じる。

沖縄の診療所で、診察を受けた時、
帰りの移動を中止し、点滴を受けるべきだったのではないか?

そんな判断も、有事の際は、許せなくなったであろう。

私の主義である「予定通り」に事を進め、
紗代実に二度と笑顔が戻らない事になったら、と思うと、
自分の主義に疑問と恐怖を抱く。

宛のない時間を、ただ待つ。

紗代実は、折り紙をすると言うので、出す。

いつも、何となくだが、折り込んだブツを作ってくれる。

しかし、今日は、うまく折れないようで、イラついている。

そう、左手を点滴されているからだ。
動かないように、添え木を付けられ、指と共に包帯されている。

しばらくは器用に、添え木の端を指先のようにして、折っていたが、
どうも、思い通りにやれないので、「パパ、折って」と選手交代。

「なんだよ、オレが折ったら、暇つぶしの意味ないじゃないか」
「いいの、折って」

なので、鶴を折る。

その後、点滴が1本終わって、深夜。

旅行の片付けに一段落した佐和子が、交代にやってきた。
着替えなど、入院に必要なモノが、ようやくそろった。

交代で私は、上春日に戻る。

3日間、家を空けたのは、詩音の誕生以来、初めてではないだろうか。

業務関係・郵便物、その他、滞りを整理して、休んだ。

入院翌日、病院朝食に戸惑う紗代実

衝撃の緊急入院から翌日、4月5日 9時前
佐和子と交代で、私が付き添いに。

病院食がダメらしく、カレーワゴン薄辛を持って行く。

お昼前に、酒井先生が、診察に見えた。

「先生、泊まりですか?」
「いえいえ、寝坊して、いま来た所です」

酒井先生が、紗代実のおなかを聴診し、
触診して言った。

「ああ、動き出しましたね、もう大丈夫かな」

私は、安心した。

「朝ご飯どうでしたか?」
「ちょっと、ムリみたいでした」

「普段、いいもの食べてらっしゃるから?」
「またぁ、そんなことじゃないです」

「おとうさん、おなかが動くと、当然、空腹を感じます、
なにか食べたいというなら、なんでも食べさせてあげてください」
「はい、わかりました」

今日も、TVみて、ごろごろしてるだけかなー。

リクエストに応じて、鶴を折る。

ご機嫌もいいみたいなので、
「さよみちゃん、コーヒー牛乳飲む?」
みどりのラクトコーヒー90mlを持って行ってた。

飲む、と言うので、飲ませてみた。

なんと、一気に、飲みきってしまった。

「おなか、大丈夫?」

大丈夫と、うなずいた。

私は、紗代実が快方に向かっていることを実感し、うれしくなった。

やがて、お昼になって、病院食が、やってくる。

おかゆと、かぼちゃの煮物、刻み野菜のサラダ、なぞのゼリー

おかゆに、カレーを少しかけて、1/4くらい食べたけど、後はNG

リクエストに応じて、鶴を折る。

お昼から、おしっこの頻度も増えてきて、
そのたびに、ナースコールで検査をしてもらう。

改善に向かっているけど、数値の上下があるらしい。

15時くらい、
「何か食べたい?」と聞いた。

すると、「おっとっと食べたい」と、おっしゃる。

「えー、でも、無いよー」
「いやだ、いるー」

さて、どうしたものか.....。

病院の近所に、スーパーがあるのは、知っている。

でも、紗代実をひとりにして、いかがなものか?

「紗代実ちゃん、おっとっと買ってくるけど、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫、おっとっと、いる」

そこまで言うなら、ちょっと駆け足で行ってくるか。

病院の前のスーパーに、買い物に走る。

そういえば、私、昨日の機内食以来、あまり食べてない。

自分用のレタス巻きなど、ざっざと買って、病室に戻った。

紗代実は、おとなしく、TVを見ながら、ベッドの上で、待っていた。

入院キットの中の、器に、おっとっと、1袋出して、食べ始めた。

病院内で購入した、イチゴオレも、どんどん進む。

16時過ぎ、おなかもふくれて、することもないので、寝てしまう。

私も、横で寝てしまう。

やがて、夕食の時間

同じく、おかゆだ。
焼き魚、温麺、フルーツ、プリン。

お昼と一緒で、カレーを少しかけて、ちっとだけ食べる。

18時過ぎ、酒井先生が来る。

尿検査の数値などから、ほぼ大丈夫かな、という所見。

めどを知りたい私は、
「先生、あのですね、大人の事情なんですが・・・・」
「はい?、ああ、なんでしょ?」

「私、飲食業してまして、明日の日曜日は営業日なんです、
で、入院が、まだ続くようなら、それはそれでかまわないんですが、
明日、休業にするなら、今夜の仕込みとか、ありまして、
それを無駄にするのもなんなので、明日までかかるのなら、
いろんなこと、ストップしようと思うんです」

しばらく、考えたあと、
「おしっこが、点滴量と同じくらいでているようなので、
ほぼ、合格というところです、
もう一日、様子を見るというのは、急変に対する対処を考えてまして、
ああ、でも、もう大丈夫かなー、帰った方がいいですか?」

「ええ、姉妹3人そろってないと、3人とも元気でないようで、
面会も出来ないので、お姉ちゃんたちも、キツイみたいです」

酒井先生は、紗代実の顔をじっと見つめて、
「よし、合格にしましょう、いまかかっている点滴が終わったら、
お帰りください、ナースセンターにそう言っておきます」
「ありがとうございます」

酒井先生は、合格にしてくれたが、私に不安があった。

まだ、うんちが出てない。

もちろん、ずっと食べてないから、固形物はでないだろうけど、
うんちが出て、はじめて、消化器系の合格では無かろうか?
と、そう思っていた。

とはいえ、帰れるとなれば、広げた荷物を整理しなくては。

点滴が終われば帰れる

「点滴が終われば帰れる」

それだけを気力に、紗代実と私は、したたり落ちるしずくを見つめていた。

あと30分くらいの時だった。

「パパー、うんち」
「ええ?、うんち出るの?」

大急ぎで、簡易トイレに座らせる。

すると、立派なのが出た。

紗代実の消化器は生死の境まで行っていた、
もしかすると二度と見ることが出来なかったかも知れない、うんち。

うんちをみて、二人で抱き合って喜んだ。

紗代実のおなかが、元気になった、物理的証拠。

さすがに記念に持って帰るとまでは、しなかったけど....。

病院側から、退院の手続きや、精算などを言われて、
病室やら受付やら、あちこち行って、
室内のゴミの整理などを、ばたばたとする。

荷物もまとめて、撤収準備完了!!

それから、点滴が終わるまで、
私と紗代実は、病院のベッドの上で、正座して、そのときを待つ。

20時過ぎ、
点滴ポンプの赤いランプが点灯、ナースコールを押す!

しばらくして、看護師さんがきて、点滴を外してくれる。

最後、針を抜く時、泣いてしまう紗代実。

ずっと、ずっと耐えてきたのが、一気に崩壊。

ようやく、入院生活から解放されて、1Fのロビーに立つ、私たち。

紗代実を、ロビーに残し、私は、タクシーを手配しに、病棟北側へ走る。

「ああ、すんません、退院なんで、玄関まで車回してください」

そういって、紗代実の待つロビーへ。

紗代実は、しっかりと立って待っていた。

「さあ、紗代実ちゃん、お家へ帰ろう」

全員帰宅

タクシーは、スムーズに、上春日へと走った。

家の前で、ママのお迎えを受け、
部屋に入ると、おねえちゃん二人と、感動の再会。

自分なりに、大きな事を成し遂げた紗代実は、
無言で笑顔のまま、部屋の奥に進んだ。

そして、全員が、帰宅し、沖縄旅行は、終了した。

To Be Continued…….. Thank you!!

雅治&紗代実の「東京日帰り小旅行」

我が家、恒例「満3歳直前東京旅行」

満3歳前日まで、交通機関や各施設入場料が無料だから
と、そんな理由で、詩音の時代からはじまったこの企画。

次女、真凪も、例外なく実施した。

つまりは、三女、紗代実も、当然実施することとなる。

この旅行の意味

私には、3人の姫について、人生を賭けた恒例ネタがあるが、

わかりやすい例で言うと、「同じ年齢時期に同じ場所で撮影する」手法がある。

これは、3人が約1歳半くらいの時に、大分市城址公園の特定の場所で撮影した3枚+1

6年ちかくかけて、実現した3人の比較写真である。

3人のそれぞれの個性は、すでにこの頃から出ていたのかな、
と、改めて、同時期の比較を実現し、感じるところである。

さて、さすがに東京日帰り小旅行も3回目ともなると、実施は当然という流れの中で、

「さて、いつにするよ?」という判断が必要だった。

三女、紗代実は、4月18日生まれなのだが、
この4月から、幼稚園に通園を始めるため、

長女・次女とちがって、「お気楽平日旅行」が、できないのである。

かといって、人混みが苦手は私は、土日は絶対に避けたい。
また、春休みシーズンも、避けたい。

結果、2008年3月10日、となった。

※実は、3月11日を予定し、航空券の手配まで済ませていたのだが、
目的地の1つである、しながわ水族館が、休館に当たり、急遽10日に繰り上げ実施。

さて、前日3月9日

これまた恒例により、緊急用携帯電話を紗代実に装着する練習。
詩音・真凪の時も、おなじ装備を持たせた。
※残念ながら、機種変により、同一機体ではない。

機体に「この子を保護した方は090-・・・へご連絡下さい」
と、これまた、恒例のシールが貼られているのだ。

結局、この作戦、これまでも、今回も実用されたことがなく、効果は不明のままである。

さて、3月10日、6時前に、紗代実は起こされた。

多少の身支度をして、ママ・ふたりのお姉ちゃんから、
盛大なお見送りを受けて、6:15タクシーにて、大分ホーバーへ。

紗代実は、着替えパンツなど、ご自慢の赤いテントウムシのリュックを持つ。

真凪と違い、「パパー、重たいからパパもって」とは、言わず。

「オシャレには負担は付きもの」と、捉えているのだろうか?

大分ホーバー

SN340297

6:30には、ホーバー基地に到着。

ホーバー乗船出発は、6:45なので、しばらく待機する。

紗代実の、トイレ対応や、乗船券購入で、多少館内うろうろ。

今日最初のタダ乗り、ホーバークラフト 大人2980円

SN340299

出港時刻が近づくにつれて、いつのまにか、待合室は混雑。

6:40、乗船開始。

1番に、船内に入り、「右舷窓側最前列」に治まる。

見送りが有る場合は、「左舷窓側」にするのだが、
今回は、他のご家族にお譲りする。

約100名の定員、ほぼ満席

最前列は、運転席ワイパーがあり、運航中も外が見渡せるため、いつも最前列に座る。

出港し、海に入った時、右側の緑地帯から、
大量の鳥が、ホーバーの音によって、飛び上がり、空を覆った。

そして、出港間もなく、ホーバー基地から、運転席に無線連絡が。

私たちは、最前列に居たので、聞こえた。

「駐車場にライトが付いたままの車があります、
大分・・・・のボルボ、船内にいれば、
鍵を預かって、戻ってきてください、
その際、キーは事務所で預かりますので、
お客さんの帰りの予定を聞いておいてください」

そんな話だ。

さっそく、航海長?が、船内放送で
「大分・・・・のボルボを駐車場にお停めになったお客様いらっしゃいますか?」
と、問いかけると、該当者がいたようだ。

しばらくして、航海長は、キーをもって戻ってきたので、
予定通りの交渉となったのだろう。

なんだか、人間味あふれる対応だなー、なんて感心した、
でも、ホーバーも、船だとするなら、アリかな?

船乗りはそうなのかしら?

四国行きのフェリーに間に合わなかったが、
事務所に泣きついたら、出港済みを戻ってくれた、
なんて事を、友人から聞いたことがある。

私は、ほのぼのとしながら、そんな事を考えていた。

が、紗代実は、音楽も無くて、大きなエンジン音に恐怖を感じ
「こわいー」と、私の懐に潜り込んだまま。

波もなく、無事、大分空港ホーバー基地に到着。

真凪の時は、このホーバー基地ロビーに、亀がいたのだが、居なかった。

うーん、そりゃ、5年前の話か?

大分空港出発

私と紗代実、淡々と、動く歩道で、JALカウンターへ。

ネット予約済みのクレジットカードを、係に手渡し、
3歳未満の同伴者がいる事を告げ、手続きをしてもらう。

本日2番目の、タダ乗り、大分東京航空券(大人は30,000円)

二人分の搭乗券を受け取り、2Fの出発ロビーに向かい、まずチッコ。

真凪の時と一緒だ、
私もなれたもんで、さっさと抱えて、男性トイレ洋式に駆け込み
スルスル、ほい!、・・・、デタ、はい、ジャー、と....。

トイレ後、ゲームコーナーで、お金を使わず、見学だけして、移動。

フライトまで1時間あるので、ふたりで、朝食。
3Fのレストランで、和朝食を。

紗代実は、毎朝のバナナミルクが少なかったのか、
和朝食のごはんと、卵焼き、バク付き。

私は、焼き魚と昆布をいただく。

しばらく、ふたりで、朝食を取り、くつろぐ。

SN340301

レストランをでて、トイレを済ませ、時間があるので展望デッキへ。

先に出発する、ANA便を見送った。

2Fに降り、それぞれ搭乗券を持って、ボディーチェックに。

もちろん、ノープロブレム

すでに、機内への案内が始まっていたので、そのままゲートへ。

上り飛行機

SN340302

本日の搭乗機を後ろに記念撮影。

SN340014

機体は、B767、座席は42A 後方左窓側
富士山が見える側だが、むずかしそう。

ごそごぞ、写真とっていたら、
「携帯電話はお切りください」って怒られた。
電波OFFモードだったんだけど、まあ、こちらが悪い。

ダッコ前提の無料搭乗なので、建前上、ダッコして、出発を待つ。

月曜日なので、多めの機内ではあるが、
一人客は、一人で座れているみたいだった。

やがて、機体が動き、滑走路へ。

離陸の加速がはじまると、
「わー、飛んでる?、パパ、飛んでるの?」
「うん、ほら、外みて」

といっても、ちょっと、難しかったかな。

海上にいた船が、どんどん遠ざかっていくので、
少しは、速度感を得たみたい。

水平飛行に移り、機内サービスが始まってすぐに、お子様グッズが届く。

以前は、JALだと、ディズニーなのだけど、
経営再建中のJAL、おまけは、ファミレスのおまけっぽい。

なにやら、変身ロボ系のブロックを選ぶ、女の子でした。

隣の席は、空席だというので、紗代実をダッコから外して、
一人で座らせる。

機内サービスの準備で、行き来するCA

紗代実のもっていた、テントウムシのリュックに、CAが興味を示す。

「これ、機内でお買い上げになったんですか?」
「は、や、いえ、違う、と、思います」返答の怪しいお父様

「あ、そうですか、2月の機内販売で、こういうのがあったので」

しばし、CAと紗代実がお話をしていたが、
紗代実の髪のゴムにも、テントウムシだとCAが気がつく。

紗代実も、リュックもゴムも、テントウムシであることが、
今日のファッションポイントだったので、大喜び。

いやあ、オシャレには厳しい三女です。

アップルジュースをもらって、しばらくご機嫌な、紗代実。

結局、ちょっぴり、うとうとした程度で、眠ることなく、羽田に。

羽田空港到着

SN340305

現地は、大雨だった。

09:50、東京の人となった二人。

到着の一報を、ママにメール。

モノレール

本日3番目のタダ乗り、モノレール、大人470円

ホームに行くと、各駅と快速の、選択肢

快速まで、7分あったので、その間に、トイレだ!

と、個室にはいり、紗代実を座らせた。

ところが、「も、もれたー」と、おっしゃる。

見てみると、パンツの下げ方が足らず、パンツびしょ濡れ。

あっちゃー!!

これは、パパのミス、到着早々、これだ。

もちろん、換えを入れてもらっているので、さっと交換。

持ってきた、バナナミルクも、機内の温度で、劣化が懸念され、ここで処分。

ホームにもどると、所要時間、8分。

あー、快速、出てしまった。

パパの判断ミスで、快速を逃すし、パンツをダメにするし。

まあ、でも、紗代実は、怒ってないみたいなので、
次のモノレールを待って、乗り込む。

地下を走る間、外はまっくらなので、自分がなにをされているのか、
判らなかったようだが、天空橋駅を超えたら、外に出る。

「あー、飛行機のところやー」

しばらく、地上・地下と繰り返す。

SN340306

なんだか、表情が硬いので、

「紗代実ちゃん、怒っちょんの?」と、聞くと。
「ちがうの、ほっぺが赤いだけ」と、おっしゃる。

外向きの座席で、大きな窓の景色は、移り変わる。

途中、ボーリング場のピンを発見したり、
川を航行する貨物船に、大はしゃぎ。

10:30、JR浜松町駅に到着した。

東京タワー

世界貿易センタービル1Fのタクシー乗り場から、東京タワーへ。

滑走路は土砂降りだったのに、浜松町では、傘要らずの雨。

タワーに到着し、250m特別展望台付きチケットを購入。

お姉ちゃん二人と違い、起きたまま東京タワーに到着した。

だから、東京タワービル中2階トイレ前のベンチでは、寝てない紗代実だ。

さっそく、私たちふたりは展望台エレベーターに。

真凪の時は、夏休みだったので、大混雑だったが、
今日は、エレベータ、10人程度だった。

本日4番目の、タダ乗り、東京タワー展望台(大人は1,420円)

SN340307

150m、展望台窓際。

あまりおもしろくなかったかな、反応なし....。

SN340310

旧式100円の望遠鏡。

結局、盛り上がりにかけるまま、250m特別展望台に。

詩音の時と同じく、待ち無しであがれた、シラけた雰囲気の特別展望台だったが

上りエレベーターホールで、もめている、60代くらいの、ご夫婦。

「ここでもいやなのに、なんで、250mまで行かなならんのか」
と、もめている。

詳細は不明だが、高いところが苦手な旦那様が、
なんとか150mまできたのだが、
セットで買った250mチケットがもったいないと言う奥様

それで、モメているみたい。

見かねた、エレベーターホールの案内のおにいちゃんが
「払い戻し、いたしますよ」と、なだめた。

結果、250mから下りてきた客に混じり、ご夫婦は、去っていった。

さて、250m

このエレベータ、もちろん、外にあるわけだ。
で、詩音の時もそうだったが、雨漏りがする。

そして、今日も、雨漏りだ。

何年も経つのに、修理しないのか?

SN340311

上がったけど。展望台窓際で、写真を撮って、すぐ降りる。

特別展望台は、狭いしなにもない。

ママにコール

SN340312

再び、150mまで降りてきて、カフェで、休憩。

紗代実は、バニラソフトクリームだと譲らず、

私は、コーンだと、落としたり、こぼすから、
それはダメだと、タワーサンデーを、薦めるが、

紗代実は、こういう事は、ぜったいに譲らない。

 

そこで、販売のおねえちゃんに、

「あのー、すいません、ソフトクリーム、コーンでなくて、カップで、とか?」
「いいですよ」

なんだ、いいのか。

てことで、ソフトクリーム実現。
私は、アイスコーヒー。

11:03、ここで、恒例、ママに電話。

SN340314

その後、「透明の床」を発見したので、記念撮影。

※床に伏せているのを、上から撮っています。

さて、今回は、パパの仕事先訪問は、一切なし。

なので、次は、しながわ水族館に移動だ。

エレベーターで、地上ビル4Fに到着し、
そこは、トリュックアートギャラリー。

「あー、あそこやー」叫ぶ紗代実。

そう、先日、家族で、豊後高田のトリュックアートギャラリーに行ったばかり。
大分に有った「大きな口に食べられてしまう絵」が、あったので、

紗代実は、それを思い出したようだ。

でも、今日は、行かない。

さっさと、1Fに、降りた。

真凪の時のように、東京タワーキャラ「のっぽん」は、居なかった。

再び、流しのタクシーに乗り、JR浜松町へ。

京浜東北線

SN340315

JR浜松町駅から、京浜東北線:大森駅に移動する。

本日5番目のタダ乗り、京浜東北線、大人160円

JR浜松町4番乗り場で、しばし待つ。

SN340316

あまり、待つこともなく、列車が到着し、乗り込む。

座席もゆっくりで、座ったまま移動。

列車内、暖房で、すごく暑い。

「さよみちゃん、ジャンバー脱ぐ?」と聞くが、

絶対に、脱がない。

彼女にとって、今回のトータルコーディネートのアイテムなのだろう。

「おしゃれだからね、暑くても・・・ね」ってところなのか。

大森駅に到着し、駅ビルとなっているアトレ大森の中を通る。

ジャスコのような所なので、お買い物に来たかと思ったのか、

「お魚にはいかないの?」と、不安になる紗代実。

大森駅から、タクシーで、しながわ水族館に。

しながわ水族館

4年ぶりか、NISMO本社横を抜け、品川区民公園。

公園を通り抜け、水族館へ。

水族館の前に、レストランがある。

そろそろ、おなかがすくのでは?と、
「なにか食べる?」と、聞いた。

でも、サンプルみて、
「いらない」と、おっしゃる。

しながわ水族館は、館内に食べるところは無いのだ。
※もちろん、当日だったら、何度出入りしても、OK

まあ、いいや、まずは、入ろう。

自動販売機で、チケットを購入。

本日6番目のタダ乗り、しながわ水族館、大人1300円

入ってすぐ、淡水の水槽で、大喜びの紗代実。

SN340319

詩音・真凪がお気に入りだった「東京湾のさかな」水槽に
体長30センチくらいのエイが、今もいた。

垂直にこちらに手を振るように泳いでいる水槽がある。

同じく、大変気に入ったみたいで、しばらく離れなかった。

でも、紗代実は、エイの口やエラあたりの、
ごにょごにょ動いているのが、気に入ったようで。
「なによこれー」と、言ってた。

13:00から、イルカショーだと、Webで調査済み。

ゆっくり館内を見て回る。

SN340324

トンネル水槽を上から見える場所で、大きなウミガメを発見。

横の階段から、降りていくと、トンネル水槽だ。
白いクエも健在、大きなエイも健在だった。

SN340325

冷水系にいた、タカアシガニで、止まる。

うしろにいた、孫同伴のおばあちゃんが、
大騒ぎで、割り込んできて、紗代実、トーンダウン。

SN340326

特別展示のテッポウウオ

でも、ぴゅっとはしないので、ただの熱帯魚にしかみえず。

SN340328

珊瑚礁の展示は、カラフルだけに、紗代実も、↑気分。

SN340330

さて、毎回、疑問に残る、淡水系。

薄暗く、雷のおとがしており両生類誕生の地球の再現だろうが、
小さい子供は、爆泣きが必ず、1〜2名いた。

紗代実も、泣きはしないが、順路を戻って、逃げてしまった。

12:30、イルカショーまで、あとすこし。

今回は、新設の「ベンギン・アザラシ館」に行ってみた。

ペンギンは、なんとなく岩肌を模したプールに、
直立不動してただけで、水のにおいが気になるだけだった。

アザラシ館も、1F・2Fと、つながった回遊水槽で、
3頭くらいが、泳いでいる。

でも、トンネル水槽の接合が屈折してて、
変な形に見えたり、旭山動物園みたいな事ではなく、
いまいちな施設であった。

そうこうしていると、13時も近いだろうと、イルカプールに行く。

SN340332

イルカプール入り口にある、ペンギンのモニュメント

SN340333

まだ、誰もいないが、プールには、出演者の2頭が泳いでいた。

止まることなく、くるくると、プール内を泳ぎ回るイルカたち。

ところが、紗代実が、プールサイドに行くと、
1頭が、紗代実の前に止まってくれた。

SN340334

そして、「ケケケ」と、鳴いてみたり、
紗代実が言うには「ウインク」してくれた、とのこと。

しばらくは、紗代実の手を振るのに合わせて、動いてみたり、
じーっと、紗代実の目線に、自分の目線を合わせていた。

なにか、会話でもしてたのかな?

13:00と思っていたショーは、13:30と知り、

なんだか、疲れてしまって、そのまま、ショー会場のベンチに座っていた。
時折、平和島の競艇の音が、鳴り響く。

13:30になり、会場も観客が増えてきた。

ショーは、
イルカ2頭が、小道具を使ったものや、
わくぐり・フラフープ・高速遊泳

で、ジャンプのバリエーション。

紗代実は、水面から顔をだして、ぐるぐると回るわざと、
高い位置にあるボールをつくのが気に入ったみたい。

もちろん、フラフープマニアとしては、それも見逃さなかった。

イルカショーのあと、アシカショーが予定されていたが、
紗代実も飽きてみたみたいだし、帰りの飛行機の時間もあるので、
水族館を後にする。

外のショップで、おみやげを買うが、

最初の3つだけ、詩音・真凪・ママで、
それ以降は「さよみちゃんの」ということだった。

自分のは、しっかり、選んで買ってた。

SN340317

真凪思い出の、屋外の「クジラのヒレ」モニュメントで記念撮影。

帰り、公園を抜けて、通りにでて、タクシーで、スムーズに空港に。

羽田空港出発

タクシー内で寝てしまったが、空港に着いて、
荷物の整理に、ベンチに置いたら、起きてしまった。

時刻は、15時前。

羽田第1ターミナル南ウイングレストラン街に、
「築地 寿司岩」がある。

築地に本店がある、寿司屋で、

私が、電通の関係の仕事をやっていたとき、
なんどか、連れて行ってもらっていた。

「ごはんが食べたい」と、紗代実の希望で、寿司に。

お子様セット、1980円

エビ・まぐろ赤身・玉子・いくら軍艦・吸い物・おもちゃ
ってところだ。

細かいところで、1カンを半分に切ってある。
ちと、感心した。

頼まずに、半分に切ってくる寿司屋、初めてだ。

サービスというのは、こうでなくてはならない。

子供用なのに、1カンそのまま出したり、高級素材を使うべきと、
エンガワを子供に出すような寿司屋は、ダメでしょう。

あるいは、大トロを子供に出して、スジをノドに詰まらせたら、どうすんのよ。

きっと、この店舗、全国の食通の子供に揉まれてきたんだろうな、
なんて、お察しします。

そんな「子供のため」の寿司を出してきた、板長と支配人

なにも臆することなく、イクラをつぶさずに1粒箸で食べる子供、
聞けば、3歳前、つまり2歳と知り、驚愕。

私は、おいしいところのセット、3980円を、頂く。

ふたりとも、おなかがふくれて、おみやげ、お買い物に。

あれこれしてると、15:20

ボディーチェックで、携帯などひとまとめにして、通過

さっさと、行ってしまった、おじょうちゃん。
ジャンバーの金具が、ひっかかり、再検査。

無事、通過。

少し、時間があるので、クレジットカード提供のラウンジへ。

本人と同伴ひとりまで無料で、ドリンク飲み放題。
※以前は、サンドイッチとかケーキとかアイスも無料だったのに。

ここで、事件発生。

会員制ラウンジなので、トイレもキレイなのだけど、
それをねらって、おしっこに行かせた。

そして、朝と同じく、パンツの下げ方が不十分で、びしゃぬれ。

「パパがした」と、攻められる。

もう、換えがないので、
「さよみちゃん、もう、そのままズボンだ」
と、ぬれたパンツだけ、脱がせて、ズボンをはかせる。

しかし、ズボンも濡れていたようだ。

広い、ラウンジのソファーの戻ると、
じゃんじゃんズボン脱いで、オシリ丸出しになる女子、1名。

あわてて、引き上げ、換えズボンもって、再度トイレへ。

※このラウンジ、常時、係が何人もいるので、
ソファに、手荷物を放置したまま、トイレにいっても大丈夫。
もちろん、事故の際、保証をしてくれるとは限らないけど。

SN340336

すっきり着替えて、ようやく、二人で落ち着いて、飲み物を頂く。

お菓子食べたい、とおっしゃるので、ラウンジを撤収し、搭乗口まで移動する。

東京ばなな関係を購入し、じゃがりこを購入。

搭乗口にいくと、もう機内への案内だった。

下り飛行機

本日7番目の、タダ乗り、東京大分航空券(大人は30,000円)

右窓側中部の座席、本来なら、富士山なのになー。

滑走路に居る間は、いろいろ言ってたが、
上昇し、水平飛行になったので、一人座りにした。

そしてら、寝てしまった。

私も、途中、うとうとして、気がつけば、降下体制。

「さよみちゃん」と、声を掛けると、起きた。

一人座りしてたので、着陸用だっこにする。

無事、着陸し、機体も停止した。

大分空港到着

後部のひとを先に行かせ、最後に、機体をでる。

身支度は、とうぜん、テントウムシのリュックを背負っている。

階段をおりる途中、ママの姿をみて、そちらに走る。

自分が買ったおみやげを、ロビーで紹介する。

これも、3人同じ言動だな。

我が家恒例の「満3歳直前東京旅行:紗代実編」無事終了。

あー、長距離自動車旅行は、恒例にならないのか?

To Be Continued…….. Thank you!!

 

2008年に向けて

☆2007年 44点

2007年頭に公言したキーワードは2つ

・飲食業
・40歳

・飲食業

引用:「カレーワゴンNo2mas」

がんばって、続いています。

車体などの投資的な部分を、別にすると、
原材料費などは、なんとか、まかなえる程度で
売り上げもあり、運営できております。

まあ、しかし、それで「職として成立」しなければ、
評価に値せず、あるいは評価の対象にも上がらず。

もうちっと、実績をまとめたい所。

カレーワゴンNo2mas

そして、IT屋の私は、当然の様に「ネット通販」を企画・実施。

引用:「おこのみハビング」
を、2007年8月に立ち上げたのであります。

これも、起業当初は、身内知人からの注文ばかりでしたが、
検索エンジンへの登録の普及や、いくつか営業活動の効果なのか、
見ず知らずの人から、注文が出てきつつあります。

もちろん、権利関係の扱いは、大スキですから、商標登録申請もぬかりなく。

カレーワゴン
【出願番号】 商標出願2007−37046

おこのみハビング
【出願番号】 商標出願2007−89851

素肌ソース
【出願番号】 商標出願2007−89863

おこのみハビング

カレーワゴンマーク
【【出願番号】 商標出願2007−37044

博多の居酒屋みたいなの始めようかと、画策してみたけど、
保健所の許可が望めず、企画倒れ。

メニューもつくったのに。

 

 

 

・40歳

2007年10月15日、40歳になりました。

通常なら、40歳の誕生日を迎え、数日以内にみなさんへ、

「40歳になって」

の所信表明をだすのだけど、相手があることだったりで、
いろいろと整理が付かず、2008年に持ち越し。

20代から30歳になるときと同じく、
なにも変わらない夜明けでありましたが、

生活習慣病検診で、いくつもボーダーオーバーが出てきたり、

日々の生活の中で、

「あれ?、ど忘れ・・」
「おっ、取り落とし」

その他、筋肉のゆるみやら、
体調回復の遅れやら、あれこれ、経年変化に、
40代に入った事の手応えを感じています。

さて、
結果の44点は、公式記録?で、史上最低....。

特に、この1年の出来事を振り返ると、
「なんとなく」過ごした1年だったと思います。

昨年2006年、大きな転換の多い1年であったゆえ、

今年2007年は、その整理に費やした部分もありますが、
かといって、積極的に整理に勤しんだ記憶もないし。

判断ポイントに、それぞれ違う思いの当事者が複雑に絡む事もおおく、
それらの対応に失笑の繰り返し。

40歳、今年は行けるかとおもいつつ、
未だ「日の出を制する」には至らず・・・・・

 

☆総合評価44点

1年のメール:・・・・・・

SPAM対策を「激しく」したので、
正確な数字は、分からないが、
分類された(正規な相手)のメール本数は。

8,438本

ちなみに、SPAMを含めると

1,960,445本

約200万本って、切手貼ってだしてたら、

郵便事業、億の売り上げじゃないか........。

カレー通販も、SPAMで行くか?

それじゃ、あの韓国海苔屋と、いっしょか。

 

☆カレーワゴンNo2mas

車で移動販売が専業の「カレーワゴンNo2mas」

2006年9月に開業し、いまだ続いています。

カレーワゴン事業、
基本的に、広告活動はしない方針でありますが、
費用の発生しない「取材は、お受けする」シブイ方針です、

2007年2月、大分地元民放「テレビ大分」週末の地域情報番組に出演したところ、
問い合わせや来店が急激に増え、メディア露出の手応えを得ました。
引用:ハロー大分「たかすぅいの熱血食堂」

このTV出演で、2〜3月の販売量の増加を見ると、
確かにメディアの効果はアリです。

思えば、私の事業活動の中で、
「IT系コンサルタント」や、「サーバー管理者」など、
大分のそこいらでは、遭遇するのが困難な職種とはちがい、

めずらしく、
「なにをやっているのかわかりやすい(カレー屋:飲食業)」
ですから、私を知らぬ一般の方にも、わかりやすいようです。

世の中のみなさん、いまさら、
カレーなど、「食べ飽きてるだろうに?」と私は思うけど、
大分市内も、わざわざ大分市外からも、TVを見たからと、
来ていただいた方もいらっしゃいました。

TV出演は、すごいもんだ、と感心する私。

でも......。

それ以来、TVの出演もなく、販売数は、低位安定。

ゼロじゃないってのが、これまた、ねー。

ありがたいのか、特殊事例なのか、

・2006年10月の「CATV出演を見た」から。
・以前掲載してもらった」City情報雑誌を見た」から。

大事に情報を暖めて、訪ねてきていただく来店もあり。

そんな中で、めずらしい問い合わせは、

製造所(自宅)の上春日販売ポイントの近くにある、

「大分県立女子高(現:西高校)」の卒業生で、
「上春日」という住所がなつかしく、
電話を差し上げました。

と、大分県内国東市国見町に在住の女性から。

そして2007年、遠方出店や出店依頼も、ちらちら.....。

・大分市上田町 マンションのママさんたち
・大分市大南 PTAお別れ会
・大分市大道町 医療関係ビル
・大分県中津市 ノースFM(FM中津)
・大分市敷戸街 M’S CLUB(パチンコ・スロット)
・大分市城原 日本文理大学(チアリーディング部)
・大分市中判田 やまばと幼稚園イベント
・大分市西大分 海辺のクリスマスパーティー2007
などなど

不成立だった出店依頼

・大分市下郡 ゲームアメリカ下郡店新店舗オープンイベント
イベントの規模や出店場所の調整ができず消滅。

・大分県日田市上津江町 スーパーバイクレース
カレーワゴン側に、予約同日先約があったため断念。

 

2007年、お休みすることもなく、
なんとか、終えることができました。

もちろん、ちいさいけど、
商品入れ忘れやら、お釣りの間違いなど、
事件がなかったわけではありませぬ。

ちょっとだけ、まだ後ろ髪引かれているのが、

カレーワゴンちょろQ の制作

予算が合わず、経営的に無駄との判断。
※最低ロット、4000個。

でも、あきらめきれず,,,,,,。

その他で予算確保してでも、ぜひ実現を!!

いろいろ、あったような、なかったような、

やっているのか、やってないのか、
忘れた頃に、思い出してしまう、

私の「存在そのもの」のような、カレーワゴン運営でした。

2008年も、このままで、いきます。

 

☆ネット通販開始(おこのみハビング)

この1年、
移動販売で、全体の5%が「ルーだけ購入」でした。

たしかに、市中の弁当屋でも、ルーだけ販売は、
存在しますが、そんな需要もあるのかと、改めて認識しました。

私、もともと、IT屋ですから....。

もちろん、ネット通販を画策。

「おこのみハビング」
を、立ち上げたのであります。

2006年9月の開業以来、友人へ、
ときおり、ルーのみを、
プラ容器に4〜5人分の単位で、
送ってあげていた事もあって、

ルーの個食販売の対応もアリだろうと、考えました。

2007年5月くらいから、

真空パックの技術や理論を調査・学習し、

TVショップであるような家庭用の真空機を導入。

試したところ、真空パックっぽい物が出来なくもないが、
あまりにショボイので、不採用。

結局、業務機を導入。

外装やら、パッケージやら、シールやら、
ある程度、自分が思い描いていた製品イメージに到達したので、
ワゴン販売以外を、本格開始。

その1段が、前述、ネット販売です。

結果、家族の寛大な理解のもと、自宅に、大人が3人くらい入るような
大きな冷凍ストッカーが、やってきたり、
1000個もの出荷用段ボール箱在庫が、1部屋占拠しました。

また、よそさまのwebシステムは多数手がけてきましたが
自分のものとなると、スペックにキリもなく、
いつもの馬場ちっくな、シンプルな画面の裏には、
分析に必要となる緻密な稼働記録や、高度なセキュリティー対策が
随所に施されています。

そして、そういうことへのエネルギーは、商品を選ぶ人側にとって
「なにもメリットがない」というのも、いつものオチであります。

事実、開発したシステムは、月間10万BOXの処理も楽々な
スペックでありますが、

現実問題、10万個の段ボールに、私ひとりでガムテープ張るのか?
10万BOXって、60トン近いのに、一ヶ月でそんなにルー作れないよ。

これまた、システム屋にありがちな、数値ありき、上限値ありき、
机上の空論からくるダメ傾向ですね。

まあ、SQLデータベースから見ると、
1個でも、4億個でも、一緒なんですが。

クロネコヤマトも、知らぬ間に、高度なシステム化がほどこされ、
こちらのシステムから、さらりとデータを移行し、
レーザープリンタで、じゃんじゃん送り状を出してくれます。

ボールペンでゴリゴリ書く必要など、まったく無し!

また、割り当てられた送り状コードも、こちらのシステムに吸い上げて
ほぼノータッチで、お客様にお知らせできるのであります。

やー、すげー世の中ですね。

今回の、通販立ち上げには、めずらしく、多くの人の意見をもらいまして、

BBブランチでお世話になっております、「けーこ先生」やら、
「東京中野区のママさんたち」などなど、

協力してくれたモニターさんたちに感謝感謝です。

その成果物のクオリティーには、賛否有りますが、
私としては「これが良い」との判断でございます。

通販開始から、半年が経過して。

見ず知らずの人からの注文も、事実、あります。

驚きとともに、なにやら、責任も感じています。

商品の拡充と、許認可と、あれこれ複雑な世の中の仕組みに、

ひとつ1つ、取り組みをしながらの通販事業となりそうです。

 

☆高額歯科治療(インプラント手術)

数万年の進化の過程にある、私の頭蓋骨は、原人に比べ、小さくて、
人類の身体構成の規定通り、32本の歯が生えるのに、無理がありました。

歯並びが悪い上、
幼少の頃、当時の常識は「虫歯は伝染病」とは考えられて無く、
プラークコントロールなんて、おしゃれな言葉も無かった。

結局、歯磨きが幼稚のまま、大きくなり、
対処的歯科治療の繰り返しで、この歳に。

つまりは、削って、埋めて、差して、抜いて、
そんな事を、繰り返している間に、
左側上下とも、なにもなし、になりました。

20年近い、お付き合いの、明野古澤歯科の院長から、
「いよいよ安心して入れられる技術になった」
と、左側の歯の再建に取り組んだのです。

・インプラント

歯の根がなくなった人に対する歯科技術でして、

あごの骨・頭蓋骨に、金属の土台を埋め込み、
人工の歯の根をつくります。

そこを基礎として、義歯を設置する。

私の場合、左下に1カ所、左上に2カ所、
チタン製の金属を、埋め込みました。

体に、なにかを埋め込むなんて、
ペースメーカーを埋めるとか、考えてしまったけど、
手術自体は、親知らずを抜くより、簡単。

とはいえ、下の歯の埋め込み位置には、
下あごや味覚(舌)に関わる重要な神経があるし、

上の歯の埋め込み位置のすぐさきは、
頭蓋骨の空洞があって。

上下とも、数ミリ先には、
顔面のしびれとか、頭蓋骨ぶちぬき、
なんて、ミスは許されない場所であります。

今回は、明野古澤歯科の紹介で、
大分市岡病院
引用:マキシロフェイシャルユニット
で手術。

あご・顔面に関する、特殊診療のチームだとか。

まずは、問診

およその話は、明野古澤歯科から連絡がいっているけど、
骨の様子などを調べるため、レントゲン・CTとったりなど
結構大がかり。

それよりも、大切なのが、歯磨き。

せっかく、インプラント装着して、歯を作っても、
歯磨きが正しくできてないと、
人工物なので、汚れからばい菌が付き、
感染して根が弱り、だめになってしまう。

1回目:問診と現状の歯の型どり
歯磨き指導
2回目:型から作ったマウスピースをつけてCT
歯磨き指導
3回目:手術スケジュールの策定
歯磨き検定?、合格なので、手術を決断。

4回目:下のあごに、1個、埋め込み手術
ここで、上のあごに問題発生
残っている歯の根に、腫れを発見、
そのため、上は後日に延期

5回目:下の縫合抜糸と、上の腫れの治療(切開除去)
6回目:上の縫合抜糸
7回目:上のあごに、2個、埋め込み手術
8回目:上の縫合抜糸

で、今年は終わり。

これから、4〜6ヶ月、経過観察して、
インプラントが、骨とくっつくか確認する。

2008年5月くらいに、次の段階へ。

埋めたチタンは、直径5ミリくらいの管。
その内穴に、芯となる「コア」を作るのが、2次工事?。

最後の3次工事が、セラミックの歯を、そのコアに取り付ける。

以後、年に2〜3回、メインテナンスがある。

あー、うまく、根付けばいいな、なんておもっています。

マキシロフェイシャルユニット

歯の話なので、関連して。

うちの娘達、

アゴの大きさから、多分に、歯並びにムリがあります。

歯科矯正の要否、悩み中。

友人知人の女性たち、あるいは歯科強制経験の女性たちに、

「歯科矯正の是非」について、多くの意見をもらっています。

みなさんの意見を総合すると、

100%「実施すべし」

との結果。

でも、神経的にキツイとか、口内炎との戦いとか、
装着当初の飲食制限など、どうなんかなー、って、悩み中。

女の子だからなー、
10代のキラキラ時期前に、済ませておくべきなのかなー。

実施するなら、長女は、たぶん2008年が決断。

 

☆Xマスツリー

三信工業に立っていた、大きな木

毎年、電飾を付けて、Xマスツリーにしておりました。

それが、中止。

そして、木も撤去しました。

2001年に、植樹し、点灯式もその12月に始めました。

当時、三信工業の非常勤取締役として、
ようやく、すこしづつ出入りをさせてもらっていました。

その頃、いただいてた役員報酬は、
1円も使わず、貯めていました。

そのお金は、三信のために使うべきと、思って。

その使い道が「Xマスツリーをやろう」って、
突然言い出した私に、社員のみなさんが、
どう思ったのか、いまとなってはわかりませんけど。

私の祖父 山崎正巳が、大切にしてきた

・人の笑顔
・人が集うこと

を、こういう形で守っていければいいな、
そんな思いから、始めました。

その山崎正巳の生誕100周年が、2017年になります。

そこまで、三信工業を持たせるぞ、との決意もあって。

計画を、正巳に話すと、無駄だと、反対されました。

あらゆる手段をつかって、説得にかかりました。

正巳:雅治対決の1つでした。

結局、土下座まではしなかったけど、
それに準ずる私の決意に、正巳が折れたわけです。

乗ったら、賛同してくれた正巳。

サンタになれといえば、サンタに扮し、

トナカイになれと言えば、トナカイとなって、
若手社員の先頭にたって、ソリを引いてくれました。

毎年、点灯の瞬間、敷地が笑顔で埋め尽くされます。

怒っている人なんて、一人もいませんでした。

私が、2005年、IT事業部長を逃げ出す際、
総務部長と相談をし、

「これは、私の個人所有物なので、
引き上げましょうか?」
と、申し出ましたが、

「そのままでよい」、との、お答え。

2006年は、三信工業の新役員さんが、
大きな金のネクタイをつけて、大演説をするなど、
この木の意義をすっかり受け入れてくれた物と感じており、
2007年も、円滑に実施するのかと思っていました。

期日近くになって、

会場で流す音楽の貸し出し問い合わせを、社員の方から頂き、
責任者同士の実施の意思確認を求めました。

新体制となり、社の方針が、
「すべて社長決裁」であると、
総務部長から聞いていたので、

社員さん(社員親睦会)からの依頼では、
会社としての総意と勝手に解釈するわけにも行かず、
「直接の意思確認」を、求めたわけです。

その真意は、

・木の所有者である私
・会場の責任者
・共催者のやまばと幼稚園の責任者

それぞれが、意思確認をすべきと思っています。

というのが、このXマス点灯式は、
近隣の方々をお招きをし、地域の行事として受け入れられ、
多くの方に参加していただいていました。

なので、会場は、社員だけではないわけです。

もし、万が一、電球が破裂して、人の目に入る事故があった場合

主催者責任・共催者責任・所有者責任
それぞれが問われることになります。

損害賠償となれば、

主催者である三信工業が追うべきだろうし、
それを、「社員の企画」だと、逃げるわけにもいかず。
※船場吉兆みたいに、パートの責任にする?

人を招いて、イベントを起こすのには、
それ相応の責任と覚悟が必要と、私は考えています。

ただの意思確認だったのに。

結果、当事者のひとりは責任のテーブルに着くことがなく、
責任の所存が確認できない以上、
開催できない結果となりました。

それが、三信工業の新体制の方針であるのなら、
しかたがないですけど。

一部で流布されている、私が意図的に中止に追い込んだ
みたいな、話は、いかがなものか、とも思います。

点灯式を楽しみにしていた、やまばと幼稚園の園児に

SN340277

なんとか、楽しんでもらおうと、12月8日に仕込み、

12月11日、点灯式を、実施することができました。

木は、やまばと幼稚園に移設しました。

2001年に、創業者山崎正巳の生誕100周年を祝う
「2017年タイムカプセル」を、木の根元に埋めていたんですが、
それも、やまばと幼稚園に移設しました。

このタイムカプセルは、
私の関係者のみならず、社員さんたちやそのご家族
そして、近隣や趣旨に賛同していただいた多くの方に
2017年に向けてのメッセージをいれてもらいました。

※もう、移転することはないと思いますが、
同園の運営と私との接点には、根拠がないので、
私の私物を置くことを、問題視する意見がでる可能性もあるし。

田室町にあった時、たいへん目立つ木でしたので、
「無くなったこと」に心配や不安を感じる方も
いらっしゃるだろうと、考え、告知を計画しています。

新聞掲載などで、告知を考えています。

しかし、三信工業から、不思議な禁止事項を頂いておりますので、
これに応じるか否かは別として、
表現が曖昧な掲載になるかもしれません。

 

☆あの件

昨年2006年、山崎2大星が、天に帰って、

2007年は、その後を決める重要な1年であったと思います。

率直、「意志の不在」が気になるところ。

これは、約10年前、私が山崎を名乗った時から、
この一族へ、有言無言に問い続けたことでもあるんだけど。

まあ、現状が、その結果であるなら、しょうがないな、と思っています。

さて、このページをごらんの皆さんは

私にとって「あの件」とは、説明するまでもないでしょう。

新体制さんも、がんばっているようです。

なんだか、doクラフトを起業した時を思い出します。

結果を出すことに夢中になり、
社長として周囲からナメられないように言動したり、
意味不明の広告出稿とか、
コストを考えない人員拡大とか、
ほめてくれる人には近づき、
否定する人から遠ざかり、
収支のバランスもわかったフリで、
社員は社長に従うものだと誤解して、

ともかく、勘違いヤローだった、私。

会社経営は、
In・Process・Outのシステムであり、
方程式が間違っていなければ、うまく機能する。

なんて、私は思っていました。

薬屋さんとか、
電気屋さんとか、
不動産関係さんとか、
製造業さんとか、
卸さんとか、
※オレは入ってないって書き忘れている人?、ごめんなさい!

たくさんの、よい人に恵まれたなー、って思います。

でも、共感する言葉をいただけたのは、
「創業者」である経営者さんだったかな。

いまでも、忘れず
「馬場君は、なぜdoクラフト始めたの?、
社長になるためや社員のためじゃないでしょ、
やりたいことがあって、手段として会社があります」

まあ、たしかに。

それと、山崎正巳・山崎立子という、二人の経営者との出会い。

これも、いまの自分にとって、大きい。

なにも、学んではいないんだけど、
この二人が、貫いた事は、ごく当たり前で、自然で、
でも、以外と成すには困難。

この二人のようになりたいとは、おもわないけど、
判断材料としては、最適最高。

なにか役に立てればよかったな、とも思う。

いろんな事あって、三信工業に移動の際、
あれこれ縮小したので、doクラフトも休眠状態。

前述の影響ではありませんが、

「やりたいことをやる」日々を過ごしています。

でも、
「身の丈にあった範囲」かな。

一時期は、三信工業の代表を引き受ける準備もしたので、
自分の努力以外の所で、足を引っ張られたり、
長年積み重ねた先送りの問題とか、
世論からつっこまれたら一瞬で破壊される弱点など、
問題が大きくなっては困るよー、と思い、

同社の物も人も、良い点悪い点、いろんな事を調べ上げ、
万全の体制を構えたけど。

結果、私が逃げ出したわけ。

本来なら、新体制さんに、そのネタ、引き継ぎすべきなんだろうけど、

「逃げる・ウソ付く・ひとのせいにする、どなる」状態では、ムリ。

でも、人のふんどし借りて相撲とってるんなら、
それ相応の態度もあろうかとおもうんだけど、

特に創業家に対して........。

まあ、創業家の意志決定も、中途半端だから仕方ない。

サンネット21

社員の協力で2年かけ、作り上げた、三信工業の社内システム。

2008年に駆逐されてしまいます。

今から、数千万円掛けて、同じ物を、OECに委託。

経営上ものすごい欠損出してて、どこにそんな余裕があるのかしら?
産みの苦しみみたいな事で説明になるのかしら?

システムリプレースの根底には、
サンネット21がある限り、アンクルアンティークとの
関係が切れないため、現システムを破棄する。

あーあ、って感じです。

方針なら、仕方がない。

ところで、OECが、現システムの調査だと、
あれこれ質問があるみたいだけど、

どうも、アンクルアンティークと直接話をしたくないようで、
「管理者に無断で管理情報を教えてくれ」
みたいな、非常識な態度を取っております。

公式に質問してくれれば、こちらもビジネスなので
対応するのに、コソコソした態度は、いかがなものか。

それが、大分のIT業界の常識なのかしら?

セキュリティーのシステムトラップが起動する前に、
円満な関係になれるといいんだけど。

就職サイトなど、うろうろしていた時、

偶然に、三信工業の事を書いていると思われる
公開情報に遭遇。

引用:もっと教えて! 建設・住宅・不動産の会社で働く|仕事白書を編集する

記述者のお名前や、経緯や、記述されている「親」の様子などから、
どうも、三信工業の事と思われるし、

同名の方が、現在、三信工業に在籍なのは、事実。

しかし、下段
メッセージの記述は、どう考えても許せない。

仮に三信工業の事を言ってるとするなら、
この仕事を下に見ているとしか思えない。

この記述者のことを、褒め称え、
未来の三信工業の後継者だと言う人が、たった一人いる。

三信工業の未来は、みんなでDJになるわけか。

創業家に、三信工業という名称の使用を禁止する前に、
自制すべき点があると思うのですが.......。

方針なら仕方ない。

失笑....。

 

☆SPAMと戦った

SPAMの話の前に、

最近、やたらと、SEO対策コンサルタントを目にします。

SEO = Search Engine Optimization (検索エンジン最適化)

簡単にいうと、
「あんたとこのホームページ、グーグルで検索したら何番目にでますか?
やっぱ、1番にでないと、効果ないでっせ、
私に任せとけば、1番最初にでるようにしてあげるさかい、
300万円用意して、待ってってんか」

という、コンサルタントビジネスです。

やたらと、目にするし、ちんけなIT系記事に、
IT系プロフェッショナルの代名詞みたいに紹介されています。

現状、これらのコンサルタントの多くは、
グーグルの関係者ではなく、素人が自分の経験で、
あれこれやってきたことで、上位にもってくる、
ページの作り方とか、リンクの張り方で商売しています。

つまり、その手法に、根拠は無し!

「枯れ木に花を咲かせましょう」ビジネスですな。

彼らが取った手法を、グーグルが「無視」という処理を入れるだけで
その瞬間から、効果が消滅します。

あやしい商売だこと。

何をやってるのか、試しに、グーグルで、

カレーワゴン

といれて、検索してみましょう。
たぶん、上位に出てくるでしょう。

この話をすると、

「へー、どうやってやるん?」と聞かれます。

私は、
「じゃ、300万円用意して、待ってってんか」
と、答えます。

私も、IT系コンサルタントなので。

わはは

さて、SPAMメールと戦ってみました

みなさまも、不必要なメールの処分に、
無駄な時間を取られている事と思います。

ずっと、SPAMの対策って、どうなのかな?

と、おもっておりましたが、2007年5月の連休中に、
ふと、思い立って、SPAMの現状を把握しようと立ち上がりました。

ところで SPAMって、缶詰だった、ってご存じ?
+++++++++++++
なぜ、迷惑メールがSPAM?か、調べると、
Hormel Foods社(実在)が販売するハムに似たランチョンミートの缶詰である。

最近、近所の食材店にあったので、買ってみた、600円くらい。

俗説ですが、それにまつわる話。

「この缶詰会社の商品についての逸話で、
この商品を材料とするメニューしか置いてないレストランの出来事、
ある客が、SPAM商品しかない事に、抗議をする様子をみていた他の団体客が、
その講義の会話の内容に、SPAM・SPAMと連呼されているのに乗じ、
SPAM.SPAMと歌い出したところ、その歌い声で、抗議をしていた人が、
自分の声をかき消されたため、会話が不能になった」という話があります。

つまり、自分の会話をかき消すほどの大量の発言(歌)や、
本来の会話を邪魔することから、

本来の目的のメール交換を、邪魔するメールや、大量に発せられるメールを、
SPAMと呼ぶようになった、とのこと。

さて、状況把握の第1歩

ひとまず、発送者拒否と内容拒否の2つがあります。

ともに、郵便物に例えるなら、自宅のポスト前に立ち
配達に来た配達員を、その場で待たせたまま

1つ
・送り主をみて判断し、不要ならポストに入れさせず持ち帰らせる

もう1つは、
・その場で開封し、中身を見てから、不要物は持ち帰らせる

の2種類です。

結果、2007年度末で、200万通に迫るメールが跳ね返し対象になっています。

もちろん、これだけの記録があつまると、傾向も見えてきて、

・CANADIAN PHARMACYは、善意の販売社で、
名前を悪用されているとか。

・添付ファイルが広告主体で、メールの内容は
CNNなどからの抜粋とか。

・また、発信者側も、特定のキーワードを決定しにくいように
不規則に内容を変化させてきます。

・バイアグラが、人気ですが、
最近、ヨーロッパの方からローンのオススメが多くなりました。

さらには、SPAMの主催者と
発信者アドレスとは、無関係であることが多いのも事実です。

SPAMに決定的な対策ができないのが、
受け取らねば、SPAMであるか、判断できない事にあります。

ゴルフをしない、私にとっては、
激安ゴルフクラブの案内は、SPAMなのです。

では、GOLFというキーワードで跳ねていきます。

フランスには、メール交換をする友人がいませんから、
メールアドレスの終わりが、

.fr で終わるドメインは、拒否します。

そうやって、積み重ねてきたのが、現在のブラックリストです。

でも、やりすぎて、添付ファイルの一部が拒否となり、
任務に支障を及ぼした事も、あったりで、いやはや。

まるで、自宅の防犯対策の行き過ぎで、
自分が入れないってオチみたいですな。

そんな事を、5月から、ずっとやってみました。

結論からすると、「決定的な対策は無し」となりました。

現実の生活でも、
ポストに入る手配りのチラシやら
不要なDMも、対策はないし。

そうそう、2006年に無くなった祖父のところに
先日、「会長様へ夏のセールの御案内を」
と、訪問してくる、大分地場のメガネ屋は、
どんな営業趣旨なんでしょう??

話は、戻って、

もちろん、SPAMは、海外物だけに限らず、
国内でも存在し、風俗系の案内がおおいですね。

最近の特徴では、
メールのやりとりのような文章がおおく、

「千葉営業所の加藤です、先日の出張、お疲れ様でした」
なんて、はじまって、一緒にいった風俗店の誰がイイだの
そのコンパニオンが、DVDを出したけど、内容がイイだの、
まあ、さも、ありがちな文章で攻めてきます。

私、出張に行かないのを、周囲が知っているから平気だけど、
出張が多い人なら、行動を疑われそうだなー、なんて、思ってみています。

自分自身が、SPAM側に立ってみるとどこまでできるかしら?
とは、思いますが、いまのところ、予定無いなー。

12月末日まで、

200万件近い、SPAMの記録から見えてきたSPAM世相があります。
公開の予定はないですが、時間を見て、ちくちく書いております。

添付画像のギャラリーなんて、おもしろいですよ。

 

☆生と死2007

生と死を、考えることが、いくつかあった。

2006年、大好きだった、祖父母を亡くし、
残された事実の大きさに、エネルギーを費やした事も、
無関係ではないかもしれないが...。

なぜ、死へのプロセスがあるのか?

死というゴールは1つなのに、
そこに至るまでの道筋の数は、ほぼ無限。

なぜ、生後の選択肢があるのか?

生は、1つなのに、その先の道の選択肢は、これまた、ほぼ無限。

ずっと、きになっていたのですな。

友人の、佐藤太一氏の、義理の父が、

「消化器系の問題」を見いだしたらしく、

めずらしく太一氏は、弱気な面持ちで、
わたしのカレーワゴンに訪れた。

大分県下では、その症例の第一施設とも言える場に入院し、
そこで、率直な状況を聞かされたと。

時計の針で言うなら、22時か23時、そんな空気...。

私には、この症例で、父を亡くした友人?が数人居た。

無神経な事だったかもしれないけど、
この症例について
「あなたが把握してからENDまで体験し思ったこと」
あるいは、
「施設の選択・課程・要点」を、率直に聞いた。

その友人は、手短に、でも隠しも誇張もせず、
事実と心情を教えてくれた。

※おしえてくれた、あなた、ありがとう。

その内容を、そのまま、太一氏に、渡した。

それらを含め、ご家族の中には、ある覚悟もあったようだ。

そして、現在(2007年末)、

夏頃の大きな手術(摘出)を経て、元通りとは行かずとも、
義父が義父であった位置に、再び居るようである。

昭和生まれの寿命をみていると、

80歳を超えるような、ご長寿さんって、
あまりみないですね。

仮に、80歳が昭和生まれの寿命なら、
きっちり、半分の位置にいる、自分。

死も、人ごとではない。

誰だったか忘れたけど、現代美術家の名言

「死体は他人」

確かに、

自分が見ることができる死体は、他人だ。

妙に納得して、頭から離れず、とても気に入っています。

急に、自分が居なくなったら、こまるだろうな、

って、サーバーのパスワードやら、
会社の運営の停止の仕方とか、

結構、あるなー、って思って。

生前の意思って、結局、死後勝手に解釈されて、
解体されていく様をみていると、準備は要らないのかな、

なんてのも、おもったわけです。

生は、止められない。

今後のカレーワゴンの活動の1つ

「施設にカレーご試食訪問」

というのがあります。

まずは、老人・子供施設ってことになるのかな。
※当面、食事制限や介助のすくない分野でと考えています。

老人施設は、いったこと、たくさんあるので、
子供施設に、行ってみた。

熊本の赤ちゃんポストの話とか、
連日のように流れてくる、子供の虐待・殺害、
いかがなもんかなー、と思っていました。

赤ちゃんが、「捨てられる」という事、

手塚治虫漫画
ブラックジャック4巻35話「赤ちゃんのバラード」を
目にしてから、脳裏に残っているのかもしれない。

赤ちゃんを捨てるのは、コインロッカーだ、って。

幸い、私は、3姫に恵まれて、
それぞれ、両親のどこかに似通った表現を見て、
日々、新しい発見と驚きの毎日だけど。

いま、自分の生活環境って、世のパパたちからすると
かなり「レアケース」と、思っています。

一日中、家にいて、たらたらとしていて。

トイレトレーニングに付き合える、お父さんは、
なかなか、居ないだろー。

未体験の、子供の施設の見学をしてみようと思い、

早速、12月17日(月)、その1つに行ってきました。

興味を持ったのは、
引用:この記事
が、大分合同新聞に載っていた時。

場所は、
大分県別府市の荘園(別府市の斜面の中腹あたり)

結構な大きな敷地(5000坪)で、

0〜2歳までの、乳児院
3〜18歳までの、児童養護施設

今回、見学行ったのは、乳児院のほう。

18名の子供が、入所しているとのこと。

大分県では、老舗?の施設ゆえ
歴史的な話や、創設者については、
著書や、報道資料も、けっこうあります。

この記事

さて、調べた住所に近づくと、

一見、自衛隊の訓練施設っぽい、
ひろい運動場と、宿舎っぽい建物がある、
フェンス囲いの広大な敷地でした。

2カ所ある、入り口(通用門?)には

「立ち入り禁止」

と、かかれているので、
ちょっと、引きそうになったけど、

「まあ、攻撃されたりはせんだろう」
※自衛隊じゃないって。

と、敷地内を車で横切り、管理棟らしき建物へ。

管理棟に近づく段階で、
事務所から、発見され、入り口に導かれる。

「あのー、すいません、新聞で、ここの話を知りまして
ちょっと、見学に来たんですが」
「はい、わかりました、おまちください」

丁寧な対応です。

あ、もしかして?

「子供に困って、預かって欲しいと、相談に来た、お父さん」
に、みえたかしら?

しばらく、担当に電話連絡をするが、不在で。

ここ、職員を先生とは呼ばないらしく、
「にいさん」「ねえさん」と呼ぶみたい。
※理由は、創設者の著書にあるようだ。

うたねねえさん、まなぎねええさん、って感じ。

芸人さんの上下関係みたい。

ほどなく、乳児院の職員さんが、管理棟まで迎えに来てくれた。

あ、そうそう、どうでもいいのかもしれないけど、

「いま、担当者が、参ります」
「いま、担当者が、ご案内します」

ではなくて、

「いま、担当者が、お迎えにきます」
と言われた。

「お迎え」って言葉に、
なにか意味を感じるような、無いような。

お迎えの職員さん、1歳くらいの女の子、おんぶ中。

「あーすみません、突然、
私、大分市の方で、飲食業をやっていまして、
新聞で、乳児院の事を知りまして、
興味本位ではないんですが、
どういうところなのか、見学させていただきたくて、

あの、なので、相談とか入所希望ではないです」

「ええ、わかりました」

まあ、比較的、第一印象が良い?、私は、怪しまれもせず。

管理棟から50mほど離れた所に、
平屋で、ちょうどよい大きさの建物。

玄関に回され、施錠が解かれて入室する。

入り口で、手の消毒をして、室内へ。

生活と医療が、すべてまかなえるようになっている。

乳児院は、0〜2歳までの子供が生活する場で、

子供たちの個室は、ベビーベッドが1人に1台。
訪問時は、16人いるって言ってた。

新生児は、別部屋で、2名
ベッドには、心拍音のセンサーがあり、
寝ているときの心停止を監視する。

医務室・感染症の子供の隔離室
お風呂・食堂・厨房

で、プレイルーム

さらに、全室、監視カメラがあり、
宿直室?にて、モニター可能。

なんだか、IT屋営業の準備して、
ネットワーク型監視カメラの資料もって、出直そうかな?

一通り、施設案内して貰って、談話室で、お話を伺う。

まず、自己紹介せねば、
このままでは、あまりに、怪しすぎる私。

「私は、大分市の方で、コンピュータ系と飲食業をやっていまして、
差し上げた名刺のような車で、移動販売しています。

どこからお話すればいいかな、

こちらを知ったのは、先日、大分合同新聞に
大分県で1つしかない、乳児院だと言うことを知り、
また、昨今、熊本の赤ちゃんポスト、などの話も
気になっていました。

私、3人の娘がいますが、
よそのお父さんと比べまして、仕事は自宅でして、
出産から、ずっと一緒に居られました。

私の友人パパたちの、子供への関与の度合いとか、
赤ちゃんポストとか、こちらの事を知って、
自分やうちの子供たちは、レアケースだと思っております。

だからといって、どうしようとかないんですが。

事実として、乳児院があって、
そこで生活する子供たちが居て、

いま、自分になにか、お手伝いできることなどが
あるのか、ないのか、見学に来たのです」

なんて、自己紹介したと思う。

なんとか、職員の方も、
で、私自身も、ここに来た理由がわかってきた。

いくつか、私から質問をした......
※回答側の表現は、若干私の補足があります。

Q:2歳を超えたら?
A:敷地内にある児童養護施設へ移動
しかし、法改正で、年齢制限の垣根は無くなった

Q:ここに居る子はいつごろからここに?
A:諸事情があって来るが、最短、生後産科からここに直行もある

Q:なぜここに入所するのか?
A:まず、大分県で乳児を受け入れるのはここだけ
理由は様々だが、出産後シングルマザーが病気入院、
貧困による育児困難も無くならない、
育児放棄や育児ストレスによる虐待からの保護もある、
なので、親が居て、ここに居る子もある

Q:そういう場合、いずれ実母の元へ帰るのか?
A:残念だが、ほぼ、無い

Q:一般と、ここの子供に差があるか?
A:一人の子供に接してあげられる時間の関係か、
言葉や反応の発達の遅れは見受けられる

Q:里親については?
A:子供に恵まれない夫婦の登録が多い

Q:どうやってベアを決めるのか?
A:子供がなつくかを最優先に考える
あとは夫婦が本当に受け入れられるか
ペアの決定要素は様々。

Q:私は実子でも実感を得るのに時間がかかった、
他人の子供となると、男性側は受け入れがたいのでは?
A:やはり奥様が熱心なケースが多い

Q:賢い子や(みために)かわいい子が人気とか?
A:そういう感覚も否定できないが、
最終的には、いっしょにいられるかを見る
「鳴き声を聞いて、手をさしのべるか拒否か」、
それが里子成功の相性判断のポイントかもしれない。
あと、「お互いの体臭」も、判断になる。

Q:なにか私や一般の人にできることはあるか?
A:「だっこボランティア」がある
施設に来ていただき、子供たちをだっこして貰う。
1時間程度のことだが、特別に何をする必要もない、
職員で手が回らない部分を手伝いしていただく、
「ただ、だっこしてくれれば」ありがたい。
里親希望者も、だっこボランティアから入って貰う。

Q:カレーワゴンは、接点があるだろうか?
A:ここ(乳児院・児童院)の子供たちは、
あまり、外に出る事がない。
だから、外から来るモノに、すごく興味がある。
例えば、週1のゴミ収集車でも、大喜びする。
見たことがない車がきたら、
それだけで、子供たちは、大喜びする。

Q:カレーを提供するのは、たやすいが、予定を考えるのに休日とか?
A:ここにいる子供たちは、帰る所は無い。
だから、正月でも祝日でも関係ない。
私たち職員は、勤務として通っているモノも居るが、
ここが住居である子供達の家である以上、
施設側の都合で、休館などは、ありえない。

今回の訪問で、1つ、私の中に誤解があったことは、

現在の、乳児院・児童養護施設は、

昔のイメージの「捨て子の家」ではない、という事。

核家族化が進む影響だと言うが、

・出産後、母親の病気入院あるいは死亡
・親の刑事事件で、育児が困難
・断れない長期出張中の、ショートステイ
・両親の協力が無い10代の出産育児支援
・ストレスによる母親の精神疾患
・家庭内暴力からの一時避難

などがあって、終戦直後の「孤児院」から
内容が変遷してきた要因だと聞いた。

それに関連して、いろいろと子供の生きていく環境について
あれこれ調べてみた。

引用:愛着障害

乳幼児期に、あまり人と接してないと、PTSDになる。

「にげる、うそつく、ひとのせいにする、どなる」大人をみると、
乳児期になにかあったのか、考えてしまう。

愛着障害

社会保険の生活習慣病検診で、

「ピロリ菌」が発見された。

生まれて初めて、内視鏡検診を受けた。

もっと、カメラケーブルは細いのかと思っていたのに、予想外。

ノドの麻酔を、シューのタイミングに吸ってしまい、
大きくむせ込んで、その後は、まあなんとかなる。

若干、紅潮気味だが、キレイな胃壁。

2カ所ほど、口内炎のようなもの、発見。

これが、ピロリ菌の仕業だと説明を受ける。
生体検査で、試薬が紫に。

陽性反応で、そのまま内科外来に行く。

「ヘリコバクターピロリ菌」
おもしろい説明を受けた。

ピロリ菌は、4歳までの感染があって、体内に宿るらしい。

4歳を超えると、ピロリ菌が体内にはいった段階で、
嘔吐下痢など、拒否反応がはたらいて、住み着けない。

その拒否機能が働く前の4歳までに、感染しなければ、
いま、大人になって発見されないとのこと。

医者の説明では、
「親から、口移し喫食を受けた時、
親が保菌者だと、感染の可能性が高まる」

あるいは
「肥だめ肥料の野菜などから感染した時代もある」

うーん、なんとドラマチックな話だ。

なんだ、じゃあ、仮に、私のピロリ菌は、親から来たとして、
40年ちかく、私の胃にいたわけだ?

で、この20年くらい、強烈なアルコールの浴びせかけにも
耐えて生き延び来た分けか?

ちと、感激。

抗生剤で、対処したが、

2008年2月、完全駆逐できたか、再検診。

 

☆食に関し

飲食に関連して、

食から、体の応援ができないモノか?

なんて、考えたりしてみた。

身近に、人工透析を必要とする人がいて、
その食生活に、驚かされた。

私自身、2歳のころに、腎炎を患い、無塩食だった。

が、あまり覚えていない。

食とは、そういうモノだと思っていた。

しかし、健常の両親や兄は、それに付き合わされた食生活。

父兄は、ふたりで市街の食堂に通ったと聞く、
また、母は私が寝静まるまで、食を控え、
入院ベッドの下に隠れて、食事をしていた。
※私は知っていた。

人工透析というモノ自体、あまり理解してなかった。

腎臓の機能を、人工的に行うモノだ、ていど。

体験談を聞き、あるいは自分で文献などを調べて知ると、
なにも気にせず、普通に、おしっこが出る、って
「すばらしいこと」だと、あらためて自分の健康に感謝。

・水分の摂取コントロール
・カリウム(生野菜など)摂取の抑制
などなど。

もし、「食べることが第一」の人が、
この食事制限を受けたら、死にたくなると思う。

そして、それを支える家族も、大きくリズムは変わってしまう。

管理栄養士などの専門知識があるわけではないが、

知り得た範囲で、人工透析者でもオッケーな献立を考えてみた。

すると、私の得意料理は、ほぼNG。

多くの方に評判のスープ類は、野菜のうまみが凝縮されて、
たいへんウマイのである。

しかし、
人工透析者に「野菜のうまみの凝縮」は、NGなのである。

そうして、消去法で、得意メニューを判断すると、
あっという間に、「持ちネタ無し」となる。

「なんだよー、オレ、なにひとつ、飯作れないじゃん」
と、思うのである。

自分は結構、「なんでも出来る」と、常々思ってきたけれど、

その自信には、「前提条件が必ず付帯する」と言うこと。

健常者のための調理って、
「成功して当たり前の仕事」と思う。

ウマイ・マズイの前、
すぐ隣には、まったく違う世界がある。

世の中、いろんな事があるなー。

2007年2月

毎年恒例の東京方面、年始あいさつ周りの際、
築地の市場に出かけた。

そこで、マグロを仕入れるための店を開拓し、

いま、FAX1つで、いいところ、を送ってもらえるようになった。

4人の姫たち、
未成年の姫達は、魚が大好きで、マグロも大好き。
※成人の姫は、魚食べない。

皿に出すと、あっという間に、無くなる。

「おまえらー、それ1枚なんぼするとおもっとんじゃー」
言ってもわからんか....。

マグロもスキだけど、

大分市内のスーパー、
中島マルショクに、対面の鮮魚店がある。

ここも懇意にしてもらっていて、
「いいもの」を、出してくれる。

なので、「いいもの」が無いときは、
目の前に、たくさん魚たちが並んでいても
「旦那さんには売れん」
と、出してもらえない。

養殖モノもダメ、
天然でも囲いモノはダメ、

もちろん、合格で出てきたモノは、おいしいんだけどねーー。

食育のためとかではないけど、

この魚屋のおやじさんが言っていること、
理論で説明できないか、研究中。

天然と養殖の違いとか、
パック販売と対面販売の違いとか、

鮮度や、日持ちとか、異臭とか、ドロップとか、味とか。

システムチックに分類してみたら、
いろいろ見えてきた。

うまい・まずい、とは別に、

物理的に違い、がある。

そのレポートは、またいずれ。

あまり、人のレシピを参考にしないんだけど、

おもしろそうだったので、

「ジョエル・ロブション」
のレシピDVDを、そろえた。

ジョエル・ロブションさん
フレンチの料理人で、日本にも店がある。

2007年年末に話題になった
「ミシュランガイド東京」にも☆付きで紹介されている。

そのジョエル・ロブションさんが、
材料と手順を紹介するTV番組のDVDBOXだ。

春夏秋冬の4BOXで、季節の素材をテーマに、
約600品目くらいが、収録されているが、
どれも、家庭で再現できるようになっている。

特殊な機器も、アクロバティックな手順もない。

・鶏のホワイトソース煮
・スープ ヴィソワーズ
なんてのは、再現が簡単で、おいしい。

しかし、お国柄か、疑問もある。

・豚の腎臓
を、「おー、すばらしい、食欲をそそられる」
って、かなー?

・米を素材とした料理
「米料理と言えば、デザートですね」
えー?

人のレシピを受け入れるのは、私には難しい。

 

☆4人の姫たち

うちの、4人?の姫たち

2007年、大きな事故もなく、無事に過ごしました。

==========

長女は、小学校2年

住居の移転にもかかわらず、そのまま荷揚町小学校へ通学。

すこしづつだけど、クラスメートの個性に、
感情を左右されることがでてきたみたい。

いつもフレンドリーな彼女自身も、
自分と相手との距離感は多様であることを得て、

しかるべき対応を身につけつつあるみたいです。

さて、疑問が1つ

4月下旬の家庭訪問

予定時刻を、いくらまっても、現れず、

こちらが校区外通学ゆえ、
なにか多大な負担を、担任の先生に強いていたのでは?
と、不安も覚えて待つ。

日没となり、あまりに時間がさがったので、
小学校に問い合わせをすると、

「個々の訪問に時間がかかり遅れている」
とのこと。

私が、待っていたのは、30分程度の事ではない。

一般的に考えるなら、
「後日に予定組み直し」という程の、時間変更である。

それを、こちらが問い合わせするまで、
状況が把握できないとは、いかがなものなのか?

小学校は、サービス業ではないのかもしれないが、

「約束」の時間を守ることや、
「相手の事を考える」ことは、

学校という社会教育の場でも、
大切にされるべきではないだろうか?

「先生は、常に正しい」
なんて事は、無くなったのかな?

まあ、
「親が正しい」
という部分、自分に向けて考えると、
他人は疑問を持つのかもしれないし、

それと一緒か? ん?

次女も、元気だ。

数手先まで読んで、行動はするものの、
最後の詰めで、集中力を無くし、
「オッパッピー」な結果が多い点は残念だ。

彼女の通う幼稚園に、大きな竹藪があり、

そこから、1本、竹を頂いてきた。

竹藪は、見上げるような急斜面で、
そこに、ノコとナタをもって分け入った。

自分が小学校の頃、自宅付近の山で、駆け回っていた頃を思い出し、
特に、装備をすることもなく、山に入る。

もちろん、自分の体重に見合った枝振りの木や竹をつかみ、
急斜面を、目的の竹の位置まで進む。

しかし、人が入らない、その場の土壌は柔らかで、
82Kgの私を支えるには、あまりに弱々しい。

まして、急斜面。

不安定な位置で、目的の竹の根元に、
幾度とナタを振り下ろし、ノコで切り離した。

大きく倒れた竹は、下の駐車場まで届き、
下で引っ張ればとれそうになった。

しかし、登った急斜面、下りに窮する私。

いくつか斜面には切り取られた竹の鋭利な切り株が天を向いている。

その切り株に体重をかけようものなら大惨事。

踏みしめる土壌も怪しい。

私は、一気に、斜面を駆け下りた。

こけた.....。

下の駐車場の砂利まで、転げ落ちた。

大きなケガは無かったけど、
左腕に、打ち身と擦り傷を作った。

半年たって、いま、打ち身のアトは完治せず。

あー、小学校のころは、こんな山間、
まったく平気だったのに。

でも....、あのころの体重の2倍の今、
フットワークも衰えますがな。

でも、ノコ引く力は、大人なので、作業も早い。

子供のフットワークをとるか、大人の作業効率をとるか。

で、その竹は、

「そうめん流し」
をするためのモノでありまして。

パパの夏休みの工作で、

次女真凪の誕生会にあわせて、
そうめん流し大会が行われたのであります。

ちと、折り返し部分の精度が、イマイチで、
そうめんのスイッチバックが、滞り気味だった。

改良のポイントは、分かっているので、
次回があるなら、大きくて複雑なの作ろう。

三女、2歳

秋口から、
トイレトレーニング
を始めた。

紙おむつだと、後処理が廃棄なので簡単だが、
パンツに、うんちをやられると、捨てるわけに行かず、
ブツを処理して、すすぎ洗いして、洗濯に回して、
と、いろいろと面倒。

また、2時間おきくらいに
「トイレ行く?」
と、習慣づけをするわけだ、

出来たら出来たで、
「スーパーほめてあげる」
事も、大切。

紗代実は、
自分の体から、うんちが出てくる様子を、
「生まれて初めて見て」
悪いことが体に起こっている?
と、不安を感じていた様だったが、

「よかったねー」と
接してあげるうちに、
「良いこと」だと認識し、

たくさん排出時は「大物がでた」と、
自慢ネタに変わってくる。

トイレトレーニングが始まったと同時期、

一番大きな、「妻という姫」に
出張が増えて、家を空けることが多い。

結局、
三女と過ごす時間の多い私は、
「パパー、しっこー」「よし、トイレいこー」
「パパー、うんち、でた」(過去形?)「はいはい、じゃ、お風呂」

デモノハレモノ・・・・

こちらの都合は関係なしに、
「パパー」
と、お誘いがやってくる。

電話中だろうが、
調理中だろうが、

カレー仕込み中だと、いちど調理場を出ることになり、
また、全身消毒からやり直しなので、
(かんべんしちくりー)だけど。

まあ、しょうがない。

こちらが寝たきりになったら
「さよみー、うんち、でたー」
って、言ってやろう。

でも、相手してもらえるとは限らんか......。

引用:人体の不思議展
が、大分であった。

本当の死体を、樹脂化して、保存処理したあと、

医学的・学術的な資料として、切断、分解
あるいは、再構築をおこなった標本展である。

1997年夏に、福岡で公開されていたのを、
当時手がけていたTV番組の取材で目にして、
福岡で開催のたびに、赴いていた。

いつか大分に来ないかなー、と思っていた。

※1997年当時に人体の不思議展を大分の人に紹介したのは、
私のTV番組が最初だろう、と根拠のない自慢アリ!

大分の会場は、場所の関係か、
展示数もすくなくて、ちょっとがっかり。

うちの姫たちは、こういうの大好きで、
体の構造のイラストなどを見る度に、「人体」という。

もちろん、私、プレゼンが本職の1つであるので、
会場の展示を、子供にわかりやすく説明してあげる、
だから、おもしろかったと思う。

パパの解説付き動物園も、盛り上がりますな。
「くじゃくは、オシリがメインなんでー」
なんて。

人体の不思議展

事件といえば、事件アリ

長女が、市営のプールの水泳教室に通い始めた。

念願の「習い事」なわけです。

初日、帰ってきて、驚く。

なんと、プール教室参加者の名簿を持って帰ってきた。

氏名・連絡先などが、書かれている。

あれだけ、個人情報の問題が、世の中を賑わしているのに、
こんな事をする施設が、まだあるのか?

それが、市営のプールで、行われているのか?

さすが、「お役所仕事」と、思った。

早速、プールの事務局に問い合わせをすると、

・参加者同士の親睦のため
・連絡網のため
だと、言う。

また、個人情報保護の意識を問うと、
・住所は通称名までにとどめ、番地まで書いていない

あのねー、特定できたら、アウトでしょ?

あまりに、幼稚な運営なので、名簿の回収を依頼。

もちろん、そんな幼稚な事務局だ、
回収結果の報告など、受けていない。

2007年から、施設管理者制度の基づく、
運営外注が、同プールでも、始まり、
民間の会社が、運営を行っている。

つまり、お役所の話ではなく、この民間会社の資質の問題。

そして、この民間会社は、「あの件」とも結びつくわけで、

この会社を知る私としては、思いも複雑。

もともと、リテール業務なんて、
まともにやったことが無いから、
ノウハウもないわけです。

バブル期、銀行が、消費者金融に手を出して、
ノウハウが無かったから、大やけどして、
撤退したの思い出します。

いずれにしても、この個人情報流出事件は、
なにも解決していないので、2008年も引き続き、
整理に向けて、行かねば。

経過は、また、別途。

 

☆その他

黒子として、舞台に立ち

1月に行われた、
引用:後藤智江舞踊公演
での、出来事。

後藤智江舞踊公演

華麗な毛氈さばきに、観客が魅了される。

いまのところ、ハリウッドからのオファーは、無いですけど。

6月6日 別府市を中心に地震が続いた。

結構、日本では有名な断層があるとのことで、
怖いなー、って思っています。

カレー屋のおかげで、結構な食料ストックができています。

有事の際は、しばらくは避難生活できそう。

だけど、困った人達のところに、タダで持って行くんだろなー、私。

年金記録

話題の年金記録、ネット問い合わせしてみました。

日鉄コンピュータから始まって、
現アンクルアンティークまで、
8回の転籍でも、ヌケなし。

ヌケがある場合って、どんな場合なんだろう?

Macを買い換え

仕事から、Windowsも使うけど

主力は、ずっと、Macintosh

CPUの構成が大きく変わり、
買い換え時期をずっと、見守り続けて、
たぶん7年ぶりの新機種。

iMac 20 2.4 CoreDuo2 4G 750G Leopard

ずっと教員採用試験を落ち続けていた友人が、

2007年秋、合格になった。

家族・友人に、とても大きな変化があっても、それを支え続け、
自身も大きく疲労する時期もあったのに、

あきらめず、勝ち得たのは、すばらしいな。

私も、あきらめず、ロト6を続けようと思う。

doクラフト開業から、毎年12月25日は

Xマス&忘年会を行ってきた。

昨年だけは、会場の消滅と、こちらの移転で、
実施出来なかった。

みんなに会いたくなって、お誘いをだすと、
懐かしい顔が集まってくれた。

倉庫が集会場だったときは、30人くらいでも
平気だったけど、今回は自宅会場なので、
幾ばくか、声を掛ける範囲を調整した。

皆、おっさんになったし、
放浪者状態(私も含め)がパパになった。

しかし、根底は、変わらず。

みな、現状と理想に、思いがあり....。

 

☆2008年のキーワード

今年のキーワードは2つ

・事実確認
・居場所探し

・事実確認

自分の目で見て、耳で聞いて、味わって、触れて。

1985年解禁のパソコン通信から数えると、
20年以上、通信による情報教授をしています。

こと、インターネットの普及で、
「ネットに聞く」事で、多くの疑問が解決してしまいます。

ネット検索で、いくつか回答を得られるモノの、
それが事実かどうかの確認は、怠っています。

その社会現象に警鐘を鳴らすのが、
「Google八分」

検索エンジンは、Google と Yahooが有名ですが、
それらの蓄積情報が正しい情報なのか、異論を唱えた話。

機械的に自動的に収集された情報を
ある規則に基づき分類し、公平にランク付けして
表示をしている、とする大手検索エンジン運営会社。

しかしながら、政治・宗教・アダルト・犯罪
そして、自社との利害関係者の情報は、
意図的に操作されているという現象を

日本の風習「村八分」になぞらえ、
「Google八分」と呼ばれています。

大げさなことではない、
例えば、「すきやきの作り方」と検索し、
最初に表示されたレシピと、
20位後、次のページのレシピは、ちがうでしょう。

でも、その上位結果表示が「世の常識」と受け止められ、
閲覧者の記憶に残ります。

そうであるなら、ネットを利用した、
意図的な思想の流布が可能であり、
また流出情報の訂正は、ほぼ不可能となります。

すでに、マスメディアとして、
ネット情報の操作は、始まっており、
ネット従事者として、気になっています。

ネットに限らず、
普段の生活の中でも、

小学校の保険だより

「スポーツドリンクは2倍に薄めて飲んでください」という記事。

根拠も前提条件も曖昧で、
しかし、学校の保険担当という立場が、
書面で明記してあることに、ちと異論。

2008年の楽しみの1つ。

人の噂話とか、聞き伝えたネタとか、
言い伝えとか、民間療法とか、家訓とか

意図とか必要性とか、緊急性など。

しっかりと、自身で事実を把握した上で、取り組みたいと思っています。

・居場所探し

後継者指名から離脱し、
その他の事業の関係も計画になく、
そろそろ、今の場での役目も一段落になりそうと感じています。

相手に合わせて中途半端な対応の積み重ねが、
この10年、たくさんあるみたいで、

あの件に関連し、その立場を守るべきと、
主義に反するのにNoと言わなかった事も多い。

2008年は、その整理かな。

2007年に向けて

☆2006年 81点

2006年頭に公言したキーワードは3つ
 ・新生活
 ・飲食業
 ・60点

・新生活

新生活には、2つある。

1点目は、

山崎雅治さんになって以来、ずっと過ごした、城崎町のマンションから、
戸建て新築へ引っ越した。

城崎町のマンション、
2人から始まった住人は、3人の娘さんたちを迎え、
5人家族が、喜怒哀楽を詰め込んだ一室だった。

生活の不自由を感じていたわけではないが、
老人夫婦と同居生活を考えての引っ越しである。

引っ越しを迎えるに当たり、私、根がシステム屋なので、
入念の事前計画やら、トラブル予測などを、
綿密におこなった、入魂のプロジェクトだった。
私にとっては、職場(会社)の移転でもあったわけで。

さらには、単に引っ越しという事ではなく、
新築で、さらに注文住宅である。

建築士・建設会社と、定期打ち合わせをおこなって、
こちらの意向を伝えて、仕上げてきた。

うーん、結果オーライではあるが、予測できなかった事も多く、
引っ越しの是非まで、再考させられることもあった。

住み慣れた、ストレスの無い城崎町の生活も捨てがたいが、
上春日町の新築も、必要に駆られての環境であり、
もう、今の生活はマンションでは、ムリ。

して、引っ越し屋に頼まなかったからであるが、
結局、城崎のマンションも、いまだ片づかぬママである。

新生活の2点目

飲食業の開業である。

年初、
いくつか、飲食業への関わり方を模索していたが、
結論として、

「移動販売のカレー屋」
となった。
カレーワゴンNo2mas

・飲食業

年初の記述によると
————————————————
 方向性としては、
 ・洋食店
 ・居酒屋
 ・弁当屋
 ・給食屋
 というところか。

 開業にまで至るのか、
 システム構築だけに終わるのか、
 試行錯誤だけの1年となるか。
————————————————
とある。

これから判断すると、まだ2006年初時点では、
開業の意識は低かったようだ。

それが開業に至った経緯は、別述で。

・60点

出しゃばりすぎないことを数値として、
「60点でありたい」
と、表現した。

これは、達成できたと、感じている。

どちらかといえば、「引きこもり状態」であったので、
外交の機会が無く、出しゃばるチャンスがなかっただけもしれず。

—————–

2006年、振り返ってみれば、
山崎さん任務が多かった。
幼稚園関連・葬儀・株主・引っ越し、などなど。

馬場さん的活動は、下郡の消滅以降、
フェードアウトっぽい。

あ、でも、カレー屋は、馬場さん的だな。

また、今年、山崎家、統計開始(いつ?)以来、
初の人口減となった。

結果の81点は、昨年72点より向上した。

自分自身としては、充実の1年と思っており、
もう少し、高得点でも良いとは感じているが、
「うまく行かなかったこと」がゼロでもなく、
そこに自分の欠点が影響しているなら、
減点対象であろう。

39歳、未だ「日の出を制する」には至らず・・・・・

総合評価81点

1年のメール:・・・・・・

5月初旬、パソコンの破損で、
メールの一部が、紛失したため、正確な数字が把握できず、
今回は、提示無し。


☆バスを買いにいった

2005年末、
やまばと幼稚園で、図書室を拡充する計画があった。

創設以来、30余年が経つ、やまばと幼稚園は、
園児の増減に併せて、教室や職員室、準備室の配置や
レイアウトを変化させて対応してきた。

その結果、図書室が、「なんとなく」な状態だった。
スペースの都合で、やむを得ず。

広大な敷地であるが、平地は少ないため、
園舎に増築するなら、運動場を食い込むことになる。

できれば平地は有効利用できるようにしておきたい。
また、図書室だけを新築するわけにもいかず。

そこで、マイクロバスの中古車を購入し、
客席をはずして、ひろい部屋と見立てて図書室とする。

普段は、園舎に併設駐車をして、図書室として利用し、
運動会などスペースが必要な場合は、
自走して、移動すればよいのである。

さて、では、中古のマイクロバスを探しましょうと、
通園バスをお世話頂いている日産自動車に問い合わせ。

結果、希望は叶わず。

新車なら用意できるが、中古車、特に中型バスは、
アジア方面など、需要が大変多くて、まず、手に入らない。

そういえば、やまばと幼稚園にも、
中古車業者から、「手放す計画はないか?」と
問い合わせがあるくらいだから、簡単には、ないのだろう。

2005年末から、そういう事を考えていた。

ある日、
「そうか、ネットで中古車を探すべ!」
と、さっそく検索をかける。

もちろん、たくさんの情報があった。
いちばん、数が多いのが、大型路線バスの中古。
30〜50万円程度で、たくさんあった。

しかし、これでは、幼稚園の敷地まで、大きくて入らない。

中型マイクロバスが、ちょうど良いのだ。

もちろん、無いわけではない。
しかし、大きさがぴったりの車体があっても、
価格が高かったり、自走が困難だったり。

なかなか、うまくいかないな、と思っていた2006年3月。

ヤフーのオークションで、ナイスな物件を見つけた。

日産シビリアン 平成2年 70万円

これはいいと、出品者と連絡を取り合って、
状態の確認などを、おこなった。

幼稚園からも、購入の意志が出された。

車体は、神奈川県にあった。

父と娘の二人旅シリーズ「自動車日本列島mini縦断」

その後、しばらく、幼稚園の行事や、
こちらの対応で、放置されていた車体であるが、

ようやく、車内の整備が終わり、小規模ながら、
「移動図書館」が完成した。

今後は、棚の組み方を試行錯誤しながら、
本の出し入れがしやすく、
より多くの図書を載せて行くと思われる。


☆荷揚町小学校

長女 詩音が、4月から小学1年生になった。

2006年4月当時は、大分市城崎町の住人だったので、

大分市立荷揚町小学校へ、通うことになる。

彼女の様子を簡単に言うと、
「頭のてっぺんからつま先まで、心底、小学校が楽しい」みたいだ。

毎日毎日、学校に行くのが、楽しくて楽しくて、仕方ない様子。

うちの娘さんたちは、
カミサンの経営する、やまばと幼稚園に通っている(いた)。

自営の幼稚園なので、困ったことがあれば、職員室に行く、
そうすれば、ママがいる。

先生たちも、園児を差別をすることはないが、
多少「理事長先生の娘さん」という扱いが
無いわけでもないと感じる。

今回、詩音が、荷揚町小学校に入るということは、
生まれて初めて、親の居ない場所で、生活をするに等しい。

周囲も特別な扱いをしないし、
本人も、直面する壁は自分で、解決しなければならない。

また、よそ見したり、他のことに気を取られがちな性格だ、
登下校時、なんらかのトラブルや事故にあわないか。

カミサンと「大丈夫かしら?」と心配した。

なんだか、福岡の短大に合格したので、
一人暮らしを始める、ような感じだ。

入学当初は、下校時間になったら、
なんどか、校門まで迎えに行こうと思ったし、
実際、なんどか、様子が気になって、近所まで出かけたことがある、

ところが、根がフレンドリーな彼女だ。

下校時に、時間がかさなったお友達とにぎやかに帰っていた。

心配せずとも、大丈夫なのかな、
詩音なりに、自分の生活環境は構築出来るみたいだ。

下校途中、おしっこしたくなったら、
駆け込むクリーニング屋さんも、自分で開拓していた。

高学年のお兄さんお姉さんに比べると
まだまだちっちゃい、詩音は、
自走式ランドセルのような状態で、
毎日、学校に向かう日々の1学期も
あっという間に、終わり。

夏休みに入って、引っ越しがまっていた。

上春日町に引っ越すと、小学校区が変わるので、
西台小学校へ転校になる。

私は、2学期から、そうするものだと思っていた。

ところが、詩音は、このまま荷揚町小学校に通うという。

まず、私は「ダメだ」と言った。

私の幼少のころの記憶では、
下校後、近所の仲間たちと、遊ぶことが、
今の自分を作った、大切な経験であったことが多い。

校区外通学となると、そういう時間も出来ないし、
休日あさから、友達と遊びに出ることもできないだろう。

もう1つの反対理由、「送迎」が必要になってくる。

私もカミサンも、仕事の都合などで、
うまく下校時間に合わせられることを保証できない。

どちらかが任務を放棄して、送迎にあたらねばならない。

引っ越し後、おばあちゃんが滞在する予定だったし、
出るに出られない時に、お迎えはどうするんだ?
そういう、大人の理論で、反対した。

その解決案は、ひとりでバスに乗って、通学するという。

私は、荷揚町小学校継続反対を掲げた以上、
理由もナシに「じゃあイイよ」と転換はしたくない。

家族会議の結果、
「バスに乗って、一人で行き来が出来るようになったら」
という、荷揚継続の容認条件を、提示した。

夏休みの間、なんども、大分バスに乗って、
行き帰りの練習を重ねた。

最初は、同伴して乗っていたが、
時期をみて、単身乗車をこなし、
結果として、夏休みのプール教室に、
「勝手にいって、勝手に帰ってくる」ことを
成し遂げてしまった。

これでは、容認せざるを得ない。

8月下旬の登校日
「先生に、2学期も荷揚に来ます、と言ってもいいよ」
と、送り出した。

もう1つ心配事。

詩音は、大変、正義感の強い子だ。
順番の割り込みや、たばこのボイ捨てなど、
許せない。(私もそうだが)

私は、
「詩音ちゃん、あなたから注意された人が
 まともな人とは限らないから、
 自分を守るために、出来るだけ我慢してね」
と、それが心配だと話して聞かせた。

さて、2学期が始まった。

結局、あれこれやりくりして、送迎している。

つまり、一度もバスに乗ることが無く、2学期は終わった。

そうそう、荷揚町小学校は、
全校生徒196人(2006.12.24時点)だ。

1年生は、28人。

この規模だと、授業参観も、運動会も、
スペース的に余裕があって、大変心地よい。

2年生に、ルーカス・シャムスカ君がいる。

彼のパパ、ペリクレス・シャムスカ氏は、
サッカーJリーグ「大分トリニータ」の監督であり、
いまや県内外に限らず、時の人である。

もちろん、運動会には保護者として参加していた。

そして、荷揚町小学校の、多くの生徒の赤白帽子には
シャムスカ監督の直筆サインが、あるのだ。

なんだか、荷揚町小学校、いいじゃん。
と、思う私。

でも、卒業まで、このままなのは、いかがなモノかな。


☆2大巨星が逝く

いつか、その日が、来ることはわかっていた。

でも、それが今年2006であることは、わからなかった。

大分の地で、偉業を成した、二人の老夫婦が、
順序よく、次の世界へ旅立った。

この二人の長かった人生の中で、
ほんとうに最後の短い時間のなかで、
私を家族として迎え入れてくれて、
かわいがってもらった。

山崎正巳 2006年5月28日  享年88歳
山崎立子 2006年11月21日 享年84歳

私は、両名の事について、語れるほどのものはない。
そういう事は、他の方にお譲りして。

正巳・立子と接してきた中で、一番に感じるのが
「人として生きると言う事は、こういうことなのだろう」
と、思う。

まず、自分自身がしっかりと、自己を確立する。
そして、有形無形の足跡を残し、周囲を愛する。

個別の取り組みに、方法論で賛否が出たら、
きちんと正面から対応する。

決断には、勇気をもって、揺るがない。

「成す人はいつの世でも成す」
そう感じてしまう。

そして、確かに、この二人の存在は、
社会的にも大きな意味を持っていた。

なんだか、1000年女王みたいだな。

正巳・立子の世代交代が、雅治・佐和子か?

うーん、いまのところ、そんな気配なし。

自然の中で、生と死は、いつも無計画だとおもう。

うちの3人の姫たちは、出産予定日に生まれていない。

また、正巳・立子も、予定した日に逝ったわけではない。
※別に、予定日を決めていたわけではない。

しかし、天皇家の男子が、生まれた2006年、
彼は、出産前に誕生日が報道されていた。

これは、どうなんだろう.....。


☆お引っ越し

2005年末から、計画を進めていた、上春日町への引っ越し。

注文住宅で、設計士を立てての新築である。

当初、5月下旬には、完成予定で、

私のネットワークセンターも、そちらに移転を計画した。

・全室、収納(押し入れ・クローゼット)は無し
・廊下は、ストレーッチャーが回転できるよう幅180cm以上
・コンセントは、210cmの位置に
・分電盤は、1コンセント1回路で
・温水は、深夜電力系・ガス系と細かく分けて
・水道は、すべてセントラル浄水を採用
・老人・乳幼児のためのバリアフリー

などなど、せっかくなので、こちらの意向を盛り込んでもらった。

しかし、長雨かつ梅雨時期にかかり、完成はズレ込むばかり。

それと並行し、時間が経つにつれ、絵空事であった飲食業開業が、
なんだか、現実味を帯びてきて。

急に、新築の台所を、飲食業許可を取得できるように設計変更。

もともと、シンクなどは、世の奥様方がよろこぶような、
アイランドキッチンなどのシステムキッチンではなく、
嗜好の筋から、IHも不採用。

開業の気持ちが高まると、すぱっと行動開始。

さっそく設計図をもって、保健所へ相談に。

要点となるのは、衛生管理。

外界との遮断、出入り口での手洗い。
そして、掃除が容易な構造などがポイントである。

設計士・建築会社・設備会社、急な方向転換に、
「ええー!!」というところも、なきにしもあらずだった、
なぜなら、一般住宅に不似合いな台所が、建築許可になるのか?

専門家の間では、そういう心配が少しあったみたいだが、
なんとかして、設計変更に取り組んでもらった。

家族全員、新築の大きな目的であった「祖父祖母と同居」
を始めるのを楽しみにしていた。

「今年(2006)の大晦日は、にぎやかやな」、
そう言って、デジカメに撮ってきた進捗状況を
見て言った祖父が、5月28日、他界した。

祖父も、私たちも楽しみにしていた、新築だったが、
彼は、自らここに足を踏み入れることがなかった。

未完成ながら、正巳が、この家に帰ってきたのは、7月14日
それは、彼の四十九日の法要だった。

以後、細かな仕上げを経て、
2006年7月21日、ようやく完成した。

ちょうど、子供たちも夏休みに入り、
5人で、協力して、引っ越しの開始。
※プラス正巳の法要対応。

引っ越し屋に頼む方が、効率的だし、
費用的にも、結局安上がりと、判っていたが、
なんだか、勢いで、自分たちだけで、着手した。

幸い、ワンボックスワゴンが、あったし、
カレー屋開業のための、デリバリーバンがあったため、
城崎や立小野から、大小の荷物を運び込めた。

その間に、突然の設計変更で、仕上げてもらった、自慢の厨房について、
保健所の検査を受けて、晴れて「食品製造所」となった。

8月13日、ようやく人が住める状態になってきたので、
療養施設に居る立子おばあちゃんを、外泊にして、滞在してもらった。

私たちが考え抜いた、老人用の部屋や設備は、うーん50点というところか。

おばあちゃんには大きすぎ、広すぎな所もあって、最高点とは行かなかった。

おばあちゃんは、曾孫さんたちとおふろにはいったり、大笑いしながらご飯を食べて、
近所の散歩や、デパートへのお買い物などなど、楽しんでもらった。

また、台風も近づく中、みんなで花火を楽しんだ。
私は、祖父正巳も居る、この状況を楽しみにしていたのだが.....。

荷物の運び込みと併せて、棚の準備なども、繰り返す。

日々の衣食住をこなし、城崎とホームワイドを何度も往復をしながら、
あっという間に8月も終わった。

ようやく、ペースがつかめてきた9月。

私は、カレー屋を開業した。


☆嫌われ松子の一生

「嫌われ松子の一生」

そういう小説があるらしい、

そういう映画があるらしい、

そういうTVドラマがあるらしい。

女優 内山理名さんが、TV版主役の松子を
好演しているという話は、どこぞの芸能ページでみた。

その程度の認識だった。

あるとき、福岡のネット製作会社の知人から連絡が入る。

ホームページ製作を、ご一緒したことがある。

「馬場さん、嫌われ松子、見てます?」
「はい?、や、見てません」
「実は、あのTVドラマの影響でね」

彼の話を要約すると、

松子が、風俗嬢だった時代の放送回のあと、
内山理名さんが「美麗なソープ嬢」だったので、
風俗への就職を考える女の子が増えたらしい。

で、風俗の就職サイトの拡充を企画したとのこと。

「で、馬場さんって別府の近くですよね」
「はあ、車でちょいちょいですが、何をしろと?」
「店はこちらで段取りますから、話聞きに行って下さい」
「僕がですか?、製作される人がいったらイイじゃないですか」
「やー、今回、予算無くて、話だけなんですよ」
「てことは、グルメ番組で試食ナシ、ですか?」
「そうなんです」
「えー、そんなー、つまんねー」
「だから、こっちも交通費使ってまで、誰も行きたがらなくて」
「で、僕ですか?」
「車でちょいちょいでしょ?」
「・・・・・」

後日、インタビューに応じてくれる、お店をきいて、
秋空のお昼時、別府の歓楽街に、赴いた。

別府は、12時から営業している店も多いので、
目的地に向かう途中、何人かの客引きにであう。

別にやましいところは、ないのだが、
どうみても「昼真っから風俗お遊び」に見えるし、
ご縁のある空調会社は、ここいらの保守で入っているから
ばったり出会うことも、あるかもしれず。

なんだか、荷の重い仕事だなー。

お店に入って、店長にご挨拶すると、段取りができているのか、
すぐさま、ひとりのコンパニオンさんが出てきてくれた。

今回のインタビューは、就職サイトに掲載する、
「私がこの会社を決めた理由」的な部分に使用するらしい。

安雑誌にありがちな、ライターが想像で書いても
済むようなことかもしれないが、企画者の意向で、
「生の声」を載せたいとのことだ。

・就職の動機
・この会社を選んだ理由
・就職時にわからなくて困ったこと

などなど。

彼女の話の中で、印象に残るのが
「介護士となにもかわらないです」

身体洗って上げたり、
マッサージして上げたり、
たしかに、変わらないか......。

そして、彼女は、自信と誇りをもって、
日々、男性のストレスを洗い流し、
欲望希望を叶える、この仕事をしている。

世間様では、風俗は影のイメージも残るようだが、
考えようによっては、これもアリかもしれない。

うちの娘が、介護士になって
「身体洗って上げたら、喜ばれた」
と聞くと、私も立派な事だと思うだろう。

では、
うちの娘が、ソープ嬢になって
「身体洗って上げたら、喜ばれた」
と聞くと、さー、どう思うかなー。

やはり、「立派な事」と思うだろうなー。

自分のカレー屋と比較して、考えた。

カレー屋、製造途中でたくさんの廃棄物をだして、
販売時も、器や袋など、ゴミがでる。
自然界に対して、悪いことをしているじゃないか。

うーん、製造業は、ダメかなー。

そんな、ちょっとした時間に得たネタで、
あれこれ、考えさせたれた。

なんだか、風俗もいいじゃないか、と思った。
※開業の予定はありません。わはは

帰り際
「サービスしますから、次回は、ぜひ、お客様で」
と、いって、見送ってくれた。
※次回があったのか?

やー、でも、金払って、客で行くなら
中州か吉原の高級店がいいな。

そう思いながら歩いていると、出がけに寄ってきた客引きから
「お疲れ様でした、次回は、うちにどうぞ」と見送られる。

あー、きっと遊んできたと思われてるな。

せっかく、ここいらに来たので、商店街に向かい、
ヒレカツカレーで有名な「なつめ」に立ち寄って、

「食欲」だけ、満たして、別府を後にした。


☆カレーワゴンNo2mas

突然、カレー屋を始めた。

それも、お店ではなく、車で売り歩く移動販売で。

なぜ?
なぜ??
なぜ???
と、聞かれることも多いのだが、私にとっては自然な流れ。

数多く、自分の抱いている興味の対象の1つに、飲食事業があった。

そこに、2005年から2006年にかけて、自分の周囲で、
技術を身につけ、環境が整い、やる気の周波が合っただけである。

1994年夏、
当時、OCT(現大分ケーブルテレコム)の制作責任者であった大島三明氏に、
「なんか放送すんネタがあんのなら、作っち流しちいいど」と、話を頂いた。

もしかすると、大島氏は冗談だったのかもしれないが、私は本気にした。

「自分でTV番組作るなんて、なんてステキな話だろう」

そこで、TV番組を、自分だけで本当に始められるのか、思案した。
資本があっての事ではないから、低コストで、実現させねばならず。

映像機器・編集機器、そして放送内容の企画など。

大分美術研究所 二宮圭一氏とのご縁で、放送内容は、
「現代美術作家のドキュメンタリー」に決定。

映像機器は、民生用ハイエンドという商品が出てきつつあった時期、
SONY Hi8 3CCDビデオカメラ

編集機器は、ようやくコンピュータ編集の「素人マニア用」が
普及しつつあったときで、それらをそろえた。
※DeskStudio のち Media100

準備と並行して、二宮氏と、福岡まで現代美術展の取材に赴いた。

そして、突然、1994年11月21日 0:00
「NEWAGEARTCUT」が始まった。

同番組は、2000年3月31日までの、5年半続いた。

なので、飲食開業も、突然ではあるが、もともと持っていた興味が、
実現に向けて、動いただけだ。

それは、昨年の大型免許取得も、同じ事である。

2006年8月下旬、友人・身内へのテスト販売を終えて
本当に営業を始めた、2006年9月9日から、
4ヶ月が経って、朝の出店準備も慣れて効率よくなってきた。

いくつかのメディアでも、取り扱ってもらった。

・車はかわいい
・パッケージもステキ
・カレーは、おいしい(自薦他薦)

残るは、「店長のヤル気」だけの状態。

でも、店長さんは、以外と、ルーチンワークを文句言わずに、
淡々と続ける才能もあったりで。

ひとまずは、四季を体験してから、次の展開を考えるつもり。


☆その他

・頸椎のヘルニア

2月くらいに、右腕がしびれたり、指先が動かしづらかったりした。

以前、開業医の整形外科に、いったら、
流行の(利益率の高い)星状神経ブロック注射をされただけで、
なにも進展がなかったので、総合病院に行った。

————————————————
1991年3月10日、
電柱に衝突して、大事故を起こし、
そこで、運び込まれた先が、大分中村病院。
————————————————

それが、縁というわけではないが、今回も中村病院。

そこで、MRI映像から、頸椎5・6番に、ヘルニア発見。

腕の神経への分岐点を圧迫しているらしい。

なので、しびれの原因は、これだろう、ということに。

切除するまでの事態ではないが、
この先の人生にも付随してくる要件であることはたしか。

・葬儀

今年は、主催の葬儀に2回参加した。

北九州から、大分に来た私は、
親戚がこちらにいるわけでもなく、
火葬までお付き合いする葬儀は、初めてだ。

なので、知らぬ慣習?も、多かった。

通夜あけて、昼食時、
あちらこちらで、主催者側が、
協力者たちに、声をかけている。
「おとき、なおってください」

なんじゃ?、それ?

つまりは、葬儀手伝いの人たち用に
準備された昼食を、食べて下さい。

ということなのだ。

ちなみに、おときは、葬儀中に供される食事の総称のようで、
「お斎(おとき)」と書くらしい。

なので、手伝いの昼食という意味ではないようだ。

その昔、仏教僧侶の、その時間だけに許された食事を、時食と呼んだらしい。
それが、斎(とき)食となったのでは、と言われている。

・カレンダー

2006年2月、やまばと幼稚園の作品展に、関連して、
「今井 アン」作品展を並催した。

その際に販売されていたカレンダーを、
私のこれまで出会ってきた知人友人に、
約200名ほど、発送した。

もちろん、最新の住所がメインテナンス出来てない人もいて、
宛先不明で返ってきた人もいるが、多くの方から返事を頂いた。

意外と、みな、自分の事を覚えているものだと、感心した次第。

・弱ってきた

なんだか、2006年は、手に弱気を感じてきた。

まあ、商業ピアニストでは無いので、
敏感な動きを制されても、なんとかなるであろうけど。

IT屋として、「涼しげなキーボードタッチ」が出来なくなると
思考も、暑苦しくなってしまった、なんだかめんどくさい。

せっかく始まった飲食業も、花板の包丁さばきは、ないけど、
4キロの肉をきったり、猛火の中でカレーを仕込むには、
健康な手でありたい。

カレー屋で、お釣りをもらうお客さんも、イヤだろうし。

そんな事から、将来の事まで考えてしまう。
なにげ、近親者の前では「実はねー」と、弱含み。

イカンですな、弱キャラでないので、しっかりいきましょう。

2007年は、強く行くだ!!


☆2007年のキーワード

今年のキーワードは2つ
 ・飲食業
 ・40歳

・飲食業

突然始まった、飲食業。

意外と、反応はよろしい。

これまでのIT家業と同じく、自分が好きなモノを提供している。

私的に言うと、
「これは、うまいと自信あり」
となる。

とはいえ、IT屋として、多くの経営支援をしてきた経験から、
「良い商品が売れる訳ではない現象」も理解できるし、
きっかけは、別の次元であったりする事も、よくわかる。

2007年は、カレーワゴンを通じて、
ありとあらゆる商品戦略・流通計画を、実現させていこうと思っている。

・40歳
 
2007年10月15日
40歳になる。

同級生に、プロ野球「清原」も、同世代。

最近、なんだか、彼が好きだ。(お会いしたことはないけど)
佐々木と愚痴って飲んでいるTV番組で、偶然鉢合わせの
王貞治には、やはり頭が上がらない所をみて、
なんだか親近感を感じた。

30代、なにをしてきたかな?
なんどか、決断を迫られた事があった。

そのたび、助けられて、なんとかやってきた10年かな。

40代の10年は「好き勝手」にやっていきたいな。

なんて、思う。

とある、企業グループの件

書面手続き上は、整理ついたのだけど、
気がかりもあるし、私の周囲(知人友人)は、
そうは思っていない所もあって。

また、決断の一年かも。