未成年者のSNS利用について

未成年者のSNS利用について

このネタを頂いて少しだけ教育関係者が考えるSNSの課題に目を通した。

※教育委員会が学校しているガイドラインなど。

まず課題を見る立ち位置の前提が大きくズレていて、お話になりません。

SNSを未成年者が利用する事は「悪」と言う方向性が定められた上で

利用についてのガイドラインを模索しているから話がズレる。

ちょっと余談も入りますが「SNSとはなんぞや?」を整理します。

人類は有史以来、単身で生きていくのは困難と知り、

集団あるいは統率された組織によって人類種を維持してきました。

2人以上が協力して生きていくためには、

・同じ目的

・力のバランス

・ルール

・共感

が必要だろうと思っています。

・食生活による区別(積極的狩猟・受動的採取)

・居住環境による区別(温暖・寒冷・海・山など)

から近しいグループが出来上がり、

自然に、拡張・淘汰を繰り返してきた結果が現在です。

やがてそれが村になり町になり、国になっていきます。

領土の拡大を求めて勢力を大きくした種族もあります。

駆逐排除された種族もあります。

場合に寄っては友好的な交渉による領土の融合もあったでしょう。

時は進み、

太鼓や煙で遠くとの意思疎通の技を身につけ、

のち、

飛脚や自動車・船舶・航空機による手紙の配送で

コミュニケーションを維持してきました。

伝達される内容は、生死の確認や徴税・兵役などから

詩書・絵画・音楽譜・写真を用いて心を伝え合ってきました。

そして人類は電気の発明と共に信号伝達や無線などを発明していきます。

つまり、人間は社会本能的に、

・自分の心を誰かに伝えたい

・相手の心を中を受け止めたい

と言う欲求があるのでしょう。

ここまでで判るように、人は本来、

「自分を立たせ、誰かを求める」根底があると言えるかも知れません。

その欲求を低価格(手にしやすい環境)で容易(難しくない技術)に

実現出来る方法を模索し続けています。

話は少しだけ、ズレますが、

電気通信技術を使ったコミュニケーション方法は、

モールス信号から始まり、電報(カタカナ)・電話・FAXと続き

パソコンを使った文字通信に進化をしていきます。

とは言え、パソコンの通信は、

設備や安全性の維持もあって一般に使われず、

それまで会社や大学・行政機関しか許されてなかった事。

ところが1985年4月、電気通信法の改正により、

ネットによるパソコン接続が一般に普及する事になりました。

大分でも地場企業の社長や2代目が研究団体を作り、

大分県を日本一のネットワーク県にするぞ!と意気込んでいました。

現在では、列車の時刻表や航空機の予約などスマートフォンで

簡単に実現出来て、個人がリアルタイムに情報を得ることは

まったく当たり前です。

しかし、その当時は、大分駅の営業時間中でしか対応してもらえず、

まして自宅からパソコンで調べるなんて不可能でした。

その大分の研究団体は、

時刻表や公文書図書館を作ろうと頑張りました。

しかし、情報を入れてみたものの誰も面白いと思わず、

立ち上げ早々、尻すぼみに陥ってしまいます。

さあ、そこに伝説の男子高校生が登場します。

大分県立鶴崎工業高校電気科3年のその男子は、

高校生ながら東京のパソコン雑誌に記事を書き、

ビジネスをやっていた天才少年でした。

なんとこの高校生は、

大人がビジネス利用のサイトで、投稿ルールを無視して、

自分の日頃の生活を日記風に書き始めます。

少年の文才も効果してなのか、

時刻表に飽きてた大人達は、その少年の投稿に夢中になります。

そして研究団体は気が付くのです。

「ネットは情報図書館ではなく人の生活のそのものである」と。

言い方を変えれば、

「社会活動(ソーシャル)を通じて人々が相互に通信しあう事」である。

そう、SNS(ソーシャルネットワーク)こそネットの醍醐味だ。

狭い国土の、これまた大分と言う片田舎で、一人の天才少年によって、

ネットワーク社会へ通じる未来の扉が1つ開かれた瞬間だったのです。

笑笑

その経緯を詳しくまとめて出版されています。

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=電子の国コアラ

ママが単行本を持っていると思う。

さて、

前述の事を踏まえて考えると、大人でも未成年者でも、

自分と他人との関係をより深くに求めていく行為に差はなく、

それが社会生活に参加する人間の正しい姿であるし、

学校は、その社会性を身につけるための集団生活を行っている場であります。

見方によっては学校もSNSであると言えるでしょう。

電気通信によるネット社会も、大きく変化をしてきました。

でも、人が求めることに違いはありません。

ネットが文字だけの通信から始まり、

日々の生活の様子をノンフィクションの様に求める一方で、

物理的距離を意識させないネットでは、

旧交を求める活動が生まれてきました。

日本のSNS史上、面白い出来事があります。

1996年に始まった「このゆびとまれ」と言うサービス。

全国の小中高大の同窓会SNSです。

一時期、事業譲渡などで混乱したが

現在は有志によって再開されている。

https://yubitoma.or.jp

自分の母校がなければ、申請により作れます。

全国の同窓生が、電子上の仮想の同窓会を楽しみました。

※のち、ゆびとま、と呼ばれ、大ヒットになり

 その後、Mixiと言うSNSに進化します。

それと同じ事をやったのが、Facebook

これはハーバード大学の在校生・同窓生SNSでした。

Facebookには、特殊な起爆剤があって、

「ハーバードの人と友だちになりたい他校生」が

こぞって参加したため、爆発的に会員を増やしました。

上位層とつながりたい下層のゲスな行動丸出しで、

なんか、こっけいですね。

そう見ていけば、SNSとは人類が集団で生活を始めた時から、

電気通信の発明前でも、それ以後でも自然に存在する活動であり、

そして日本でも多の国でも当たり前に存在する現象です。

さあ、そこで、日本で特有の状況、

なぜ学校や大人が、未成年者のSNS利用に警戒心を抱くのか?

これは国の運営にも似ています。

国にとって国民は、

「国家を構成する最重要の要素」

であるのは当然ながらも、

「国家の運営方針に従順でなければならない」のです。

身分制度とまでは言いませんが、

支配管理層と従業者層はその垣根を越えてはならないし、

従業者層の中から優秀な人材がうまれてもいけないのです。

戦争中の指揮管理体制、あるいは不当労働環境下では、

上から下達した情報のみが真実であり、他は排除する必要がある。

その精神は、未だに学校や、もしかしたら行政にもあると感じています。

教育カリキュラムに無い事は、覚えてはいけないし、知っても行けない。

教えてないことは発見してはダメだし、教えあってもNGです。

近隣の大国が、国民の情報管制をしています。

まさに上記の通り支配管理層による国の独占化を目的としての事です。

つまり学校で言うと、

・学校内の様々な問題を外部に流出されては困る

・教師の個別の立ち振る舞いを記録されては困る

・他校との違いを感づかれては困る

わけです。

あるいは教育者が自分で提唱した教育論の間違いを指摘されるのを恐れています。

みなさんなら判るだろうが、

・髪型と成績に相互関係はない事

・持ち物と素行に関係はみあたらない事

・校則には人権無視がある事

が、バレては困るわけです。

極めて独裁的で閉鎖的な場が日本の学校という所なのです。

一方で、学校側も未成年者の本音に近い部分を求めています。

従来だと生徒会や、進路指導教員&不良グループと言う、

「裏公式で設置された連絡機関」において、

多数の生徒の動向を相互に情報交換していましたが、

ネットの登場によって、その情報管制が不可能になってしまいました。

近隣大国は、

まずい問題があればネットを遮断する事で国民を内閉しましが、

さすがに日本ではできない。

どうすれば未成年者のSNS利用を自分たちの手中に取り戻せるか?

これに悩んだあげく旧態思考の文部省や教育者は、

SNSの利用制限を実現するために、

「ネットは悪だ」と言うキャンペーンを張ることになりました。

ネットは詐欺行為・援助交際(パパ活)などの不法行為の温床となる。

なんて事を前面に押し出して、悪を印象付けます。

もちろん、もう遅い。

そんな幼稚で根拠のない手法に今の未成年者はだまされません。

元々、パパ活をする子はネットがなくてもやります。

不良グループの集会も、実現出来ます。

ネットが元凶だ!、と言う部分の立証は難しいです。

さらには、私のようにネットの誕生からみてきた50代が、

親となった結果、未成年者(我が子)にネットのある暮らしを容認しています。

あるいは援助交際をしていた世代女性が、今、母になっています。

それもあって、エンコー(性行為)はダメだよと言い、

でも若さは金になるから十分活用すべきで、

パパ活(ゴハンまで)にしておきなさい、となっているのかも?

極端で失礼な例え話ですが、

シングルマザーが彼氏をさがすのにSNSで熱心な横で、

高校生の我が子にSNSを禁止!なんて言えるかどうか?

余談だけど、山崎家の謎ルール。

「ゴハンの時はTVを消す」

これはママが決めた事です。

たしか、真凪さんがようやく離乳食になったコロかな?

TVに夢中で食べない二人に怒って、

「ゴハンの時はTVは消します」と決めました。

それが続いていたと言う事です。

ルールは徹底するパパは、絶対に守ります。

パパの徹底ぶりにママは自分が見たいTVが見られないと

なんどかキレていたのを覚えています。

3人に「TVが見たいから早く食べて!」と怒った事も。

ゴハンの時にiphoneを触らないのもルール。

パパが同居の時は徹底していたのになぁ、

場の意識の維持って、一度崩れるとダメになりますね。

つまり、山崎家のルールと同じとすれば、

学校は、自分らが理想とする学校の品質を維持するため、

それに影響を及ぼす存在はすべて「悪」だとしてとらえ、

未成年者にそれを教育していくのです。

例え、教員側がルールを無視した実生活があったとしても、

未成年者には徹底を強いるのです。

同じく、ネットいじめもそうだと思います。

いつの時代でも、なくなることはないでしょう。

人が発展のために競争心を燃やし続ける以上、

誰かが負ける事はさけられません。

笑う話だけど、教員の中でもいじめは当然だろうし、

上下関係によるハラスメントもひどいものでしょう。

大人で言うなら、酒の席でそれらの情報交換や

問題の発生を知る機会だったのでしょう。

それがSNSになっただけ。

未成年者でも同じです。

SNSのない昭和の時代でも、醜い事はありました。

そして現在、実際にSNSを通じて不当行為に及んだり、

相互のいじめや個人攻撃に至る未成年者もいるでしょう。

しかし、それは本来、その子が自ら戦うべきで、、

あるいはその子の周囲が責任(支援)を持つべきで、

親や親権者、教員など関連する大人達の責任です。

売春やドラッグ・金融詐欺の片棒など、

未成年者が末端で犯罪行為に巻き込まれる事があります。

その事件のすべてがSNS起因だとは思えません。

言い方をかえれば、SPATIOやCHAIMOも

彼女らの貴重な10代を大人達がつぶしたと言えなくもない。

未成年者の被害は昭和でもあった事だし、今後も続くでしょう、。

よく考えてみたら良いと思います。

未成年者の犯罪や無茶ぶりは、必ずどこかに指導する大人が居ます。

お金目当てか、母校のOBか、関係性は様々でしょうけど。

そうであるなら、SNSは学校が指導するべき事では無く、

各家庭の思想により、判断実施されるべき事だと思っています。

例えば、アルバイトを未成年者に許可するか否か?

まなぎさんがやまばとの手伝いをする事は違反か?

かつてうたねさんが若草公園カレーワゴンに同行するのはNGか?

生活困窮家庭がアルバイトをする事を止める正義はどこにあるのか?

一般的な、高等学校の言い分に乗せると、

ファーストフード店のアルバイトは大学生などとの接点が増え、

背伸びした言動や、あるいはカラオケ・居酒屋など、

本来高校生が立ち入るべきでない場所に関係する恐れがある。

と言う事になります。

ここまでを見直すとわかるように、

SNSの規制は、未成年者にする事では無く、

その子の周囲の大人に注意喚起・啓発を行うべき事です。

ただ一方で、

保護者の意識の低下や貧困による社会教育の不徹底で、

親が子供と向き合えない状況が多くなっているのかも知れません。

つまり、親は学校の責任として投げてしまう方が楽だし早い。

学校も、指導現場の教員は自分に実害がないから、

教育委員会や文部省に押しつけて指導書を読み上げるだけ。

やれやれです。

私の現在の自論からすると、

自分で出来る事は、自ら考え行動する。

もちろん家族のあり方や成長の仕方も含め、

仕事も社会との関わり方も「突き通せる筋」が必要だと思います。

ただしね、重要な事があって、

社会性への依存性が高い環境で生活を望むのであれば、

「個の意思は相応に押さえる必要がある」のは理解しています。

50代で、いまだ自分の道を見つけ切れてないと言う事なのでしょう。

長くなりましたが、SNSが良い悪いは判断が難しと言う事です。

本件、単純にまとめると、

「包丁(刃物)の存在は利便なのか?悪なのか?」

と言う哲学的な展開と同じだと思っています。

(ぱ)

班の検討についてコメント

その班の認識は確かに理屈に合ってますが、

少し論点がズレているように感じます。

デジタル機器の存在は、

学習方法の「手段の多様性」を増やすに留まり、

決定打ではないと感じています。

大学生なら、多かれ少なかれ受験を経験しているでしょう。

その際に、どのような学習方法をやってきたのか人それぞれです。

単語を覚えるのに、単語カードを使った人や、

ノートに連記した人もいるでしょう。

単語をつなげて物語風にしたり、歌って覚えた人もいるかもしれません。

デジタル機器を使った学習方法は、その手段の1つとなりえますが、

すべての子供達の学力向上に寄与するかは難しいと思います。

なので、

>ちぐはぐじゃね?

と思ったのは当然の感想でしょう。

確かに、今後予見されるデジタル社会で生きていくために、

デジタル機器の操作を身につける事は大切です。

もしかすると自転車に乗るより重要になるかもしれません。笑

ただ、詩音さんも経験したとおり、

ネットの情報を駆使する事で

リアルの授業中に理解出来なかった事が

ネットに掲載の情報で理解できた事があると思います。

それは、学習塾による授業の動画だったり、

要点を視覚的に記した資料画像だったかもしれません。

もし、その班の人たちが、

「デジタル機器の操作を覚え、youtubeで授業を見た事」

がデジタル機器による学力向上と言うのなら、それは間違いです。

情報(授業)の提供手段がデジタル化されているだけで、

その動画を見て理解が進んだ子供は、

「先生が口頭で解説し板書した授業に参加した事」で

理解出来なかった事を克服したわけですから、

担任の説明より、塾講師の方が自分に合っていただけです。

DVDの配布でも良いわけで、

デジタル機器を経由する必要はないはず。

そうだな、

システム屋の思考回路で言うと、

これらを次の3つに区別して考えます。

1)デジタル機器(ハードウェア)

2)検索アプリ・動画アプリ(ソフトウェア)

3)授業の内容(コンテンツ)

にわけて捉え、それぞれの関係性とバランスを設計します。

これは、自動車の運転に置き換えると、

1)自動車そのもの(ハードウェア)

2)運転技術・免許(ソフトウェア)

3)どこに行く?(コンテンツ)

となります。

人が成長とともに学習をしていく事は、

この3番の「どこへ?」を問いかけて実現する繰り返しです。

学校教育は、その人が定めた目的地に到達できるように、

現地の事や旅程の立て方、必要な用具などを浅く広く体験する場を

提供する事で、学校はそのミニシュミレーションの場だと考えます。

子供に学習させる意義は、

どこへ?を模索する力をつける事が目的であり、

その場所に行くために、自転車・自動車・列車・航空機の選択は、

出発時の環境によって決まってきます。

大分の生活だと、出掛けるのは基本的にマイカーですが、

東京では事情が違います。

あるいは、どうしても歩いて旅行したい人もいるだろうしね。

なので、この班が言う事は、確かにそうなのですが、

この時に詩音さんが居た教室で議論されていた事が、

1)デジタル機器の種類(ハードウェア)

2)ネットの活用手段(ソフトウェア)

3)学習の内容(コンテンツ)

いずれについてだったのかで、論点が違ってきます。

もし、それがあやふやな場であったら、

その講義の講師のテーマ設定がダメだと言う事なのだけど。笑

==

文部省の方針で学校でプログラミングを教育するとなっていますが、

これもいくつか要素が混在したまま進んでいます。

馬場雅治先生が城崎503でやっていたIT教室の中で

「これだけ理解すればOK」のネタがあります。

それは次回、上白木で講義します。

(ぱ)

デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

以後、話を進める中で、デジタル機器について

次のように整理をします。

・PC

 いわゆるパソコンで、キーボード・マウスを使うデジタル機器

・Pad

 iPad・iPhoneなど単画面のタッチ操作のデジタル機器

・デジタル教材

 上記、PCとPadを指す。

とする。

私が「教育に関するデジタル教材」を意識し始めたのは、

鶴崎工業高校在学中の事だったと思います。

たぶん、高校2年(1984年)くらいだったです。

当時、私はSHARP製のPCを使っていた。

日本語はまともに表示されず、メモリーも64Kだった。

 ※64Kとは、ギガの16344分の1

そして高校生がPCを使う事がめずらしい時代。

販売元であるSHARPの大分営業所でも話題になり、

その話は大分県下を駆け巡ぐりました。

やがて大分県教育員会情報センターに噂が届き、

当時の情報処理部長の先生と面談する。

この方(故人)は、のち情報科学高校の校長を務めました。

この時、部長先生から、

「学校でパソコンが使われると思うか?」

と聞かれ、たしかこう答えました。

「パソコンを学校で学ぶと言うのはプログラミングですか?

 それともパソコンの製造ですか?、活用ですか?」

と、いつもの問いに対して問いで返す馬場少年。

まだこの当時は各学校にPCを設置する事は無く、

実習として、この情報センターに行って使っていました。

そのカリキュラムは、極簡単なプログラムを体験する程度で、

その体験を元に「将来はPC関連の仕事に就くぞ!」と言う事など

想像できるほどのものではありません。

いまで言う職場体験程度の事です。

しかし翌年、1985年に実業系高校に少しづつPCが入ってきます。

NECのPC88Mark2だったと記憶しています。

授業は、簡単なプログラミング例を紙で渡されて、

それを打ち込んで動く事を確認するだけの話でした。

馬場少年は当然「おまえはスキにやってろ」という扱いです。

その後、1985年からパソコン通信が普及すると、

学校現場では、興味をもった教員が自分の活動として、

あるいは部活としてパソコン通信を取り入れるようになって、

学校現場からの情報発信が始まってきます。

ネットワークの歴史は、1993年に大きく変化を始めます。

インターネットの一般開放が始まりました。

1990年当初まで多くを占めていたパソコン通信は、

利用者とセンターが、1対1でつながって情報通信をしていました。

その為、センター側の回線数が利用者の最大値となり、

例えば、100回線のセンターでは、同時に100名しか利用できず、

101年目は、使用中の誰かが退席するまで待たされていました。

また接続中は、ずっと通話状態となり秒刻みでお金がかかります。

新規投稿を表示してデータを受けている時もお金がかかり、

その画面を操作せずにずっと読んでいる間もお金がかかりました。

ところが、インターネットは、仕組みが違い、

利用者は、最寄りの幹線道路(ネット)につながりさえすれば、

その道路を通じて、沿線に立つビル(ネットサービス)に自由に行けるのです。

インターネット開始当初は、パソコン通信と同じく、

時間でお金が掛かっていましたが、のちに技術の進化によって、

定額制が始まり、通信の速度も、光ファイバーの普及で飛躍的に向上します。

1990年代後半になると、学校でのPC導入は、

「プログラミングを体験する」

から

「インターネットでの情報検索」

にかわってきます。

うちの3人は、この時代以降のPC教育を受けてきたはずです。

さて、学校現場は、基本的に文部科学省の管轄ですが、

一方のインターネットは総務省(当時の通産省)が担当です。

お互いの成果競争が始まります。

通産省は学校にインターネットの普及を促し手柄にしたいし、

文部省も同じく、ネット利用のカリキュラムで誇示したい。

しかし、

学校の現場や周辺の業者にとってはどちらからも予算がでる美味しい話でした。

私は、当時の御縁から、

東京都港区 神応小学校のプロジェクトに参加します。

苅宿俊文先生

http://www.si.aoyama.ac.jp/gshi/profile/kariyado.html

苅宿先生は、当時、神応小学校の教員でした。

「らしさ工房」

そこで自由な発想で子供達が活動できる環境の研究をしていました。

その環境にPCを取り入れて行きたいと言う話があり、

私は、そのソフト開発のお手伝いをしました。

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003026422

「再構成型描画ソフトウエア脳の鏡」

簡単に言えば「お絵かきソフト」なのだけど、

子供が描いていく様子を白紙からずっと録画を続け、

また使ったペンのサイズや色もそのまま記録していく。

その後、再生をしながら子供がなにを思って描いて言ったのか分析ができる。

例えば、

最初は、大きなマルに長い鼻をつけてゾウを描こうとしていたが、

羽をつけたり、足が車輪になったりと、なにやら不思議な絵が出来上がった。

その描画課程を見ながら、子供と教員は、

この時なぜ羽をつけたの?

足が車輪になったのはナゼ?

と聞きながら、子供の心理や好奇心の変化を遡って見る事ができる。

そのようなソフトでした。

紙に描いて、結果だけみる、従来の図工の教育では不可能な事です。

PCが教育に使われる1つの好事例だと思っています。

※私はそのソフトのレコーディング部分の開発を担当しました。

 ええ、はい、とても美味しい仕事でした。

 たぶん1000万円近くもらったと思う。 笑

しかしながら、

学校現場の現実は、物理的環境よりも、教員のやる気や

職員室の空気や、学校そのもの・教育委員会の歴史が左右して、

PC導入よりももっと前の段階で解決すべき事が多いと感じています。

上記ソフトを導入して、苅宿先生に続けとばかり挑戦した学校は多く、

九州では、宮崎の小学校に予算が付いて脳の鏡を使いました。

酪農しかない村で、全校生徒6人とか言う小学校です。

私も関係者として宮崎まで見学に行きました。

ホテルシーガイヤのスィートルームに滞在して、

電動で開くカーテンから太平洋を昇る朝日で目覚める体験をしました。

さすが省庁が予算に付くと、いろいろ違いますね。 笑

もちろん結果は、おわかりの通り、

苅宿先生が築いた教育は、苅宿先生しか成せない。

効果がなかったわけではないですが、

そうやって感性を膨らませた子供達が、

その後の人生に於いて、それをどう活用する?

あるいは、何かの別のキッカケをスイッチOnできるか?

と言う部分で難しいのだろうと思いました。

ここまでの話でわかるように学校現場でのデジタル機器の導入は、

当初の、開発者養成から=>利用者訓練に変わっています。

たぶん、本質はデジタル機器の利用方法というより、

氾濫する情報社会の中で、情報の真贋をどう見分けるか?

と言う事になるだと思いますが、

今の時点で、日本の教育システムの中では、

その判断基準を設けたり、適切な指導をする教員の要請は難しいのでしょう。

最後に、

2000年に入ってからは、インターネット利用の道具としての導入も

少しづつ変化をみせ、教育の道具としての導入が出てきました。

デジタル教科書、あるいはデジタル授業としてのデジタル機器の活用です。

たぶん日本の教育史の中で、機械にたよる授業の始まりは、

英語教育ではないかと思っています。

ネイティブの教員をすべての学校に配置できない事から、

録音テープや教材ビデオを整備していきました。

その録音を繰り返し聞く事で、英語を学ぶと言う仕組みです。

LL教室(LanguageLaboratory)といわれていました。

そのLL教室の刷新にあわせてデジタル機器の入れ替えが行われています。

1998年くらいだったか、

私は、東京銀座のシステム会社の依頼で、

教科書・問題集ソフトを作りました。

教員が、設問と回答の選択肢を登録すると、

生徒の画面に、アンケートの様に表示され回答していきます。

教員画面では、各生徒の進捗や出席、成績が一目瞭然!

このシステムは、

・東京医科歯科大学

・早稲田大学

・桐朋学園

・慶應義塾大学

に納入しました。

美味しい仕事でした。 笑

今でも使っているのかは判りません。

さて、

それらのシステムに携わってきた事を振り返ると、

「授業でネットを使う事」

については、何も問題はないと思います。

しかしながら、その授業は

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

いずれが目的なのかをスタート時に明確にすべきでしょう。

別件「未成年者のSNS利用について」に関連しますが、

SNSを上手に活用するためには、

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

の能力が求められます。

そして、指導者側の教員も、上記4点について習熟が必要です。

ピアノを弾けると同じような習熟レベルが求められます。

ネットは極身近で活用されていますが、

それは自動車の運転と同じくらいの距離にあり、

利便性がある事と同じように、危険性も大きいです。

自動車の運転には免許が必要なように、

ネット利用も、もしかしたら許可制にするほど危険なのかも?

と思う事もあります。

ひとまず、このくらいで終わりとしておきます。

(ぱ)

THIS IS ITを観覧して「本音編」

 冒頭のインタビューから落涙する。

 マイケルのライブは本人だけでなく多くのスタッフで構成されていて、マイケルから指名による参加とオーディションによって選ばれた者だけがその場に立つことが許される。

 世界一のスターと共演できる権利を望む者は多く、チャンスをつかみに門を叩く者はその扉の前にして、既に一流であり最高の存在である事は間違いない。

 マイケルのオーディションに参加する事は自分を出し切る事や100%のコンディションで臨む事など当たり前すぎて議論にならず、自国・地元では頂点に立つ者でさえ平等な程の僅差の中、行われるオーディションは偶然の立ち位置やグループ割、照明の位置やマイケルからの距離、そして運すら左右されるのかも知れない。

数分あるいは数秒の中で自分が積み上げた人生を出せた者だけが生き残れる場である。

 その緊張感は何事にも例えがたいのであろう、しかし合否の結果を受けて全員が歓喜に包まれている様子からその場の出来事は合否に関わらず、左右の道に別れたとしても参加者の生涯の宝モノとなっていく。

 私はダンサーではないが、もしマイケルのライブスタッフに参加出来るのなら例え会場のパイプイスを並べる担当だとしても全てを置いて参加したいと思うし、インタビューにあるように「飛行機に飛び乗った」と言う青年の気持ちは理解出来る。

 マイケルがライブの完成度に注力する姿勢の中で学ぶべき事があった。

 程度は低いが私は何かしら物作りに携わる仕事をしていて、出来るなら自分の思った通りの位置を目指した結果に到達したいし、機会を積む度に質を向上させて行きたい。

 マイケルもその姿勢がすべてだと思っていたが、キーボード担当と演奏速度について調整を行うシーンの所で「観客のイメージ通り」にしたいと言う。

 これは飲食の世界で例えるなら「この店のこの味」と言うところだろうか、料理人が毎日同じ味を作り続ける中で、より良いものを目指して改良する事もあるだろう。

 しかし消費者がそれを望まず「いつもの味」を求めているとしたら料理人が高い位置を目指すプロ意識が逆に作用して消費者の期待を裏切る事もあるかもしれない。

 マイケルが世の中にリリースした曲は、多くのファンに愛され、何千回何万回と繰り返し聞かれているとすればファンにとってのマイケルの曲は僅か数%のブレやタイミングの違いすら違和感を抱かせ、ファンの中にあるマイケルの作品と違うものになってしまう。

 自分の作品を世の中に出すと言う事は、その後永遠に同じものを再現し続ける責任と維持する能力を保ち続けねばならないと言っていると私はこのシーンから感じた。

 だがその反対にライブでこそ味わえる生の醍醐味を来場者に体験させるために、大切な事は保ちつつもダイナミックなアレンジも必要なのだろう。

 余談だが、ダンサーにレッスンをするインストラクターが「バリシニコフ」の例えで振り付けを解説しているシーンがあったが、ここに採用されたダンサーは当然バリシニコフと言う単語とその例えの意味を理解出来て当たり前なのだろうなと思った。

 マイケルとデュエットを担当する女性シンガーは子供の頃からマイケルに憧れてきた上での参加で、近距離のリハーサルは緊張で自分を出せずに必死の様子が伺える。

 歌唱の精度で言うなら彼女より上位の者はたくさん居るだろうし、女性的なスタイルや美醜の度合いにも様々な解釈があるだろうから、マイケルに選ばれる事はそのような風評にも対峙しなければならない。

 選ばれた責任もさることながら、選んでくれたマイケルに恥を欠かせない為に出来る事をやり遂げる精神力も想像以上に大きいものが求められるのだろうと思う。

 マイケルのライブで演奏を担当するミュージシャンは時の人を選ぶ事があるそうで、このライブでも、マイケル自身がyoutubeから見つけてきたオリアンティ(ギターリスト)を起用している。

 当時20歳代半ばの彼女を対等に扱い、ライブの中でソロパートの部分を設け「ここは君の見せ場だ」と敬意を示し、より高みを目指した演奏を促している。

 もちろん演出・音響・照明・衣装・道具の全てのメンバーも自分の仕事に誇りを持ち、マイケルと共にライブを作り揚げることになんら疑問を抱いていない。

 物作りをする中で、作者が一人で進めていく方法もあるし、複数の人間が協力しあって意見を出し合い、より大きな成果を出していく事もあるだろう。

 方法は様々だとしても、マイケルの姿勢の中に見える「ファンのため」と言う制作基準はいろいろな物作りの現場でも適用できる事だと思う。

 本作はライブを作り上げていく経過のドキュメンタリーであるが、マイケルが曲を作って行く課程も見たかった、今となっては叶わぬ事になってしまった。

 最後に、マイケルは音楽活動を通じて、平和や愛や自然の大切さを訴え続けてきた。

 ダンスと歌唱がバランス良くこなせる日本のとあるタレントに対し「和製マイケル・ジャクソン」と言う表現がつけられているが、もちろんファンの間では非難の的であるし、噂によれば当のタレント自身も良い表現だと思っていないらしい。

 呼称を用いるメディアにも慎重な扱いをするべきだと思うのだが…。

 自分の事をマイケルと同列に扱う気はないが私も戦闘やいがみ合いの状態よりも、穏やかな日々が続くことを願っている。

 しかし具体的な行動に出ることは難しく、また何から手をつけて良いのか模索している間にマイケルが去った50歳を超えてしまった。

 私がマイケルの言動を知り感じた様に、もっと多くの時間をマイケルに費やしてきたファンの方々は、マイケルが大切にしてきた愛について行動を始めているのだろう。

 であるならマイケルは今もなお現実として生き続けている。

 本作の中、もしくは後半で劇場公開映画に見られる「END」と言う単語が見当たらないのは「終わりではない」と言う事を暗示しているのかもしれない。

睡眠薬

まず、

「なぜ睡眠剤を求めるのか?」

によってアプローチが違う。

大きく2つ、

1)寝付きが悪い

  なかなか眠りに入れない

2)睡眠が浅い

  途中で起きる

  一度起きたらもう寝られない

このいずれかに分けたとしたら、

どちらに属するか?で薬の種類が違ってくる。

次に、薬の種類

A)興奮安定系

  ハーブや抗ヒスタミンを成分とする

  ※市販薬に多い

B)医薬:非向精神系

  ベンゾジアゼピンを成分としない

  ※軽度症状に服用

C)医薬:向精神系

  ベンゾジアゼピンを成分とする

  ※強度だが副作用が強い

====

上記を踏まえて、服用には

2x3のパターンがあるとして。

例えば、

仕事のストレスや考え事が頭に浮かんで、

気になって眠れないパターンとして、

脳や神経の興奮を抑えれば入眠が可能になる。

お楽しみの前日に寝れないのもコレに入る。

あるいは、昼間の身体のお疲れと、

心のお疲れのギャップでバランスが崩れる事も。

身体はボロボロなのに心がやりたい事いっぱいで焦る、とか。

なので、先日メッセで言ったように、

満腹感は興奮(空腹)の平定につながるので、食えと。

あるいは、カティーサークの薄い水割り(笑)で

軽く酔ってしまうのも1つの手ではある。

もう1つ、途中で起きてしまう場合。

睡眠が浅い場合や、周囲の騒音や振動で起きてしまう、

身体の物理的なサインの空腹や喉の渇き排尿便なども睡眠を脅かす。

ちょっと酒飲んで寝るつもりが大酒になって、

寝てるとき、何度もシッコにいったら逆効果。

ビールは利尿作用あるから、たくさん出るし。

疲れすぎて、寝返りをしたくても筋肉痛や

身体が思うように動けず苦しくて起きてしまうとかもアリ。

そうすると、矛盾する感じだが、

良い睡眠をするためには、健康で無ければならない。

体調を修復するのに睡眠が必要なのに、

体調が悪くて寝付けないって不思議な現象。

====

さて、自分が睡眠に感じている問題は何か整理すべき。

寝付けないのか、眠りが浅いのか?

上記、A)は医師の処方が不要だが、

つまり、効果はプラシーボ的な部分が多いとワシは思う。

疲れた時に甘い物を食べると血糖値が上がり回復すると言うが、

実際の所、疲れた時に血糖値が計測出来るほどグンと下がるようなら

昏睡状態でぶっ倒れているわけで、これは都市伝説。

甘い物を食べて元気が出る人は、市販薬でOK

結論からすると、市販薬は意味が無い。

====

処方薬

それでも効かないようなら、処方薬を求めて受診が必要。

この時に、申し出る事は、

・入眠が悪いのか

・睡眠中断なのか

はっきりと伝える事。

で、睡眠剤の使用に「計画と訓練が必要」って言ったのは、

・何時間くらい寝たいか?

・どの位深く寝たいか?

を決める事。

睡眠剤の効果は、成分によって、6~36時間の持続効果がある。

※血中濃度半減期と言う

翌日、学校があるのに36時間タイプを飲んだらアウトだわな。

例え、6時間タイプでも、午前3時に飲めば、起きるのは9時。

そんな事を考えて(計画して)服用する必要があるわけ。

天災や事故で逃げなきゃならんのに起きれなかった!も残念だし。

もちろん6時間タイプと言っても、3時間で切れる人もいれば、

9時間持つ人も居るだろう。

自分がどのくらい薬効があるのか、訓練が必要って。

====

怖い話としては、

C)は、効きは良いが、「習慣性・依存性」がある。

で睡眠薬の多くは、酒と同時に口にすると昏睡に陥る。

パパも、高血圧の先生(古国府クリニック)から

寝酒を押さえたいときに、睡眠薬飲んで寝なさいと

「B)マイスリー」をもらっているが、

絶対に、酒と一緒に飲まないようにって言われてる。

ちなみに、パパの場合、

あまり睡眠障害的な部分はないので飲まなくても寝れるし、

服用しても、まあ規定通りに効果あるけど、

わざわざ薬にせんでもええか、って使っていません。

当然、飲み続ければ本来必要ないはずの支出になってしまうしね。

薬である以上、肝臓・腎臓への負担もある。

====

そんな感じ

(ぱ)

詩音さん、おめでとう、ありがとう。

20年前、6月11日の夕方、

私は、美術の二宮先生とビアガーデンに行こうと、

大分駅周辺を散策していた。

いくつか回ったが、

値段と内容にお得感を感じる店がなくて解散。

なにもせずに城崎に帰宅した。

もし、

飲んだくれ帰宅してたら怒られてただろうなぁ。

ママは、あれこれ準備をしていた。

ソフィアクリニックの1週間の入院準備だ。

一泊でも大騒ぎの荷物なのに、1週間となれば、

どれだけの事か想像出来るだろう。

そして「そろそろかな?と」言った。

私は、そのまま酒を飲まずに自室でグダグダ。

夜中を過ぎて、

ママが「行きましょう」と、

荷物をもってソフィアクリニックへ。

町田先生家から頂いたイヌのぬいぐるみ3体。

私は、最初の子は一番小さい子になるとママと話した。

結果、確かに「出産時」一番小さい子が生まれた。

ソフィアでも馬場先生の弟夫婦だと知られていたが、

特別な事も無く。

ママが心酔した江上さん?と言う助産師さんに助けられて、

無事出産を終えた。

音楽で歌うような産声を上げた女の子。

でも知恵と人との調和を大切にする意味を込め、

「詩音」と名付けた。

実は、名付けは急がなくてもよかったのに、

ソフィアクリニックの新生児室に、

赤ちゃんの名札をみると、名前が書いてあった。

佐和子ベビー と言う様に、

それは母親の名前だったのに、私は子供の名前かと、

急いで決めねば新生児室に入れてもらえないと勘違いして、

当夜に決定したのだった。

義母が名付させなかったと怒っていてケンカとなった。

もうこの人はカンベンして欲しい。

5日ほどが過ぎ、

城崎で3人の生活が始まる。

あ、そうそう、

詩音誕生の前にaiboが城崎の住人になっていた。

なのでaiboはウチの長男と言う扱い。

帰ってきた初日、城崎の部屋が寒いのか、

泣いてしまう詩音。

困り果てたママは、

「ソフィアクリニックへ帰そうか?」と言う。

私は写真を撮りまくる。

当時はフィルムのカメラだったので、

1日3回、カメラのキタムラに行ってた。

馬場家にとっては初めての女の子。

女の子を切望していた光子さんに逢わせたかったなぁ。

なにもかも初めての子育てに奔走する城崎。

世の中のお父さんと違って、

私は当時から城崎自宅勤務だったので、

比較的、お手伝いが出来たと思う。

夜中の抱っこ当番も、ママの助けになったのでは。

お風呂はママがやってた。

私は、出た後の拭き上げ、着替えを担当した。

詩音世代までは、ベビーパウダーを使ってた。

※真凪から、汗腺を痛めると廃止。

二人で、いろいろと試行錯誤しながらの毎日だった。

時折、アポなしで乱入してくる義母と戦う。

正巳さんが入院のため遠方に滞在していて、

その見舞いにママが行かねばならず、

初めて、父子二人だけの一日があった。

ママは母乳の冷凍ストックを作り、

万全の準備と最大の不安を残して出かけていった。

その日、私は、ずっと詩音のミニベッドの横で過ごした。

映画:ムトゥ 踊るマハラジャ を横目で見た。

ゴキゲンに、目を覚ましている時があったので、

お口にガーゼをちょんとすると、

「キャッキャ」と笑った。

私は初めて詩音の笑う姿が面白くてずっとそれをやってた。

ビデオ撮影するの忘れてた。

夕方無事、ママが帰ってきた。

私の制作していたTV番組のオープニング曲が

夜泣きに聞くことが判り、なんども実験した。

1ヶ月のお宮参り

100日のお食い初め

ママお友達から、アヒルのおもちゃを頂いた。

ケロケロ言ってボールを出し入れするのだが、

とてもうるさくて、これはテロか?と速攻撤去された。

この頃になると、ハイハイをするはずが、せず。

両手をあげて、コロコロと転がる方法で移動し始めた。

そして、リビングとキッチンを隔てる仕切りを、

未使用だった障子扉をつかって作った。

仕切りを作った時期、

詩音誕生記念に、ニンニク醤油を作った。

いまでも残っている。

そろそろお出かけも出来る様になってきたので、

上春日や幼稚園に、時折行く事が増えてきた。

11月、正巳さんの受勲で東京に行った。

赤ちゃんが飛行機で耳を詰まらせる防止に、

授乳すると良いと噂を聞いて山崎家は盛り上がっていた。

着陸後「飲ませたか?」「飲ませた」「良かった!」

私は科学的根拠がないのになあ、と思っていた。

時折、不思議な慣習を疑問無く取り入れる山崎家だった。

ソフィアクリニックで一緒だった家族が城崎にきた。

ミネストローネだしたけど、気に入らなかったかな。

名古屋にママ友達の結婚式に三人で行った。

離乳食の出し方がステキと、ママが喜ぶ。

ママの友達の赤ちゃんを1日預かった。

1歳になると、少しだけ私と会話が出来る様になってきた。

この時期で、ようやく自分の子供と実感した。

トムとジェリーが好きだった。

ママは大分をくまなく走査して、子供用品の手配に走った。

当時は店がすくなかった。

やがて、ママの中に次女が入り、ママは寝たきり生活になる。

その頃、後藤知江先生の舞台の手伝いで数日家を空けた。

その事が気に入らないとママの心に大きなヒビが入った。

ママがきつそうな時は、詩音と私は二人でお散歩に出た。

城址公園でお弁当を食べたり、

大手町のロイヤルホスト(当時)横の公園で遊んだ。

トキハまで言ったこともあったなぁ。

三輪車を手に入れて、私が後ろから棒で押す散歩が流行った。

一度だけ、うまく操作できずに詩音がコケた。

私は「なんしよんか」と強めに言ったが、

たぶん初めてのパパの否定的な言い方におびえた顔を見せた。

この秋、フィルムカメラから、デジタル一眼に変えた。

初めて、マリンパレス(当時)に行った。

やがて真凪の出産。

真凪が城崎に参加した時期、詩音は普通にゴハンだった。

ハヤシライスがおいしかったのか、顔ベタベタにして食べた。

ママは、

「いいよ、汚してもいいから食べて」と笑った。

数日後、別の食材で顔を汚したら、怒られた詩音。

初めて社会の矛盾を感じた1歳だった。

下の子が出来ると、長子が赤ちゃん返りをする事が懸念だった。

でも、城崎では赤ちゃんにかまっている間に放置されることは無く、

ママか私がいるので、詩音はそうでもなかったように思う。

やがて真凪も歩けるようになると、

二人そろいの衣装が城崎に増えていった。

真凪のべビーカーの後ろに台車をつけて移動するのも一時期流行った。

3回くらい使ったかな。

そして、公式に幼稚園3歳組に進む。

ママの公正な考えから、私は午前4時からならんだ。

3人ほどの他のパパとならんだ。

マンガ:F を全巻持って行った。

2002年、サッカーワールドカップが大分で。

4人で行った。

三信工業敷地で、スウェーデンチームが練習した。

詩音は幼稚園で、なんでも頑張った。

一輪車も竹馬もフラフープも。

残念ながらマラソン大会のカップが取れず落ち込んだ。

城崎で表彰式を模したがニセモノでは効果無かった。

その影響で、幼稚園ではカップ授与が廃止となった。

自我として、真凪と自分は別の生き物ある事が意識し始め、

少しづつ衝突することが増えてきた。

特に、モノの占有権については難しいことが多かった。

運動会でも、発表会でも、夏祭りでも、全力でやっていった。

それゆえ自分の納得いかない結果には相応にマイナスに向かう。

私は、あまり市販のおもちゃを導入しなかった。

なんでも遊び道具になると思っているからだ。

購入おもちゃは山崎家がやっていた。

おもちゃの与え方にも人生観でるなぁと思った。

とにかく、本物を見せ、体験させたかった。

ほんとは私が行きたかった。

博物館・美術館・科学館など行った。

その結果なのか、疑問は質問をするし、

質問の回答には根拠を求める。

おかげで、人間関係に苦労がある3姉妹となった。

詩音は、スキキライは少ない方だ。

下2人はウルサイが、詩音はなんでも口にする。

でも、それは味覚が鈍いとかではなく、

食べる事の面白さを楽しんでいる故、

例えばおいしくないとしても、そのおいしくなさ

あるいは、どこかに良いところはないか?を模索している。

その事は、詩音の友人作りにもあるようで、

キライな人とも壁を作れず、なんとか良い点を見つけようと、

努力して無駄に終わり、自分が傷つく。

小学校は、城崎に居たので、荷揚町小学校に行った。

見知らぬ集団に入ることは、上手の様だ。

下校初日は、気になって学校が見える所まで行き、

陰に隠れて帰宅を見守った。

道の草花に手を出すなど、

一秒一秒を大切に楽しんでいるようだった。

慣れた頃には、帰路の途中でトイレを借りる事があったと言う。

上春日に移転し、転校となると判った時、

バス通学で通うといい、バスの練習をやり遂げた。

詩音は、課題を突きつけられると必ずやってのける。

結果、転校となった。

理由は、親の送迎になることは目に見えているし、

三女の誕生もあって、

その精神的負担が家庭に影響する事を考慮しての結論。

にしの台小学校の転校手続きに、私は同行した。

新学期転校なので、他の転校生と共に手続きをする。

クラスに分かれて自由時間になったが、

多くは級友とかたまり、詩音は一人になる。

教壇に集まっていた数名の男子に近づいたが、

小2男子は女子との距離感に緊張するので、

アクションはなく、そのまま。

小学校時代は、楽しいことが一杯だった様に思う。

最大の敵は次女か?

ニンテンドーDSを初購入する際、

狭間イオンで、泣いた詩音。

聞けば次女とケンカになるので、一人一台欲しいと言う。

もちろん、ママに怒られ、一台購入。

当然、ケンカもしつつ、誕生日ごとにカードを購入した。

ゲームボーイミクロってものあったな。

後、私の健康管理のためWii+Fitを導入。

詩音のmeと詩音の動きが似てて、私は一人笑った。

徐々にDSも人数分となり、

私も3人に参加して

マリオパーティーをした事がある。

相手を負かすゲームだから、徐々に辛辣な空気となって

一時期禁止令もあった。

詩音の転機は、小5なのかな。

クラスメートの構成が良かったのか、

特に男子を中心とした話題が多かった。

運動会でも、日々の生活でも、学校中心の話題だった。

でも、前述の根拠を求める正義感の行き過ぎから、

ゆるい対応の教師とは衝突もあったようだ。

それと同時に、母との衝突もちらほら。

ウチは、ママの方針で動く家庭だ。

その方針の決定に入り込めなければ自分の意向は通らない。

私は父と言えども居るだけの営繕担当用務員なので、

ママがYesと言わない事には加担しない。

特に三女が巧みにその隙間を縫って行くので、

別の腹立たしさもあったのかもしれない。

TVでイモトが流行って、詩音が似ていると話題に。

中学に進む際、国立校の受験をした。

本人的には、頑張ったのだと思うし、見ていてそうだった。

しかし、やはり空回りの部分があったのかな。

進学の根拠が曖昧だった?

希望とは少し離れた結果を得た。

少し、詩音が荒れていた時期。

顔もブスだったなぁ。

その事が善悪どちらに作用しているのか判らないが、

下の二人は、その影響で、自宅学習に疑問を持っていない。

姉はやはりお手本となる存在になっていた。

私の兄も学習の鬼だったが、私は違う道を歩いた。

小学生6年生の6月の誕生日

「パパ、抱っこして」と来た。

二人で子供時代のお別れをした。

中学校で、剣道を始めた。

試合前夜に初めて防具をつけるシロウトっぷり。

見る方もルール判らずはじめてと言うグダグダ。

剣道はそれ以後も続けている。

ママが居ない夜、体調が悪いと、

私に生理用品を買いに行けと言う。

なんとか買ってきたが、銘柄が違うと後でママに怒られる二人。

中学生、

部活に励み、京都旅行に騒ぎ、楽しかったのだろう。

高校受験は、中学受験の経験から、

ポイントを押さえて取り組んだようだ。

希望の進路に乗った。

高校でも、剣道を続けていた。

有数の強豪校であるため練習も容赦ない。

それでも詩音は楽しんで付いていった。

靴下がやぶれた様に皮膚が剥がれてもいた。

本人はキツイ事もあったようだが、

私には舞鶴最強説を熱心に話してくれた。

ベトナム旅行は不本意が多かったようだ。

特にクラスメイトの事で、楽しめなかった部分もあったらしい。

この頃なのかな、人間関係に異論を口にするようになったのは。

高校2年くらいになると、私との接触も少なくなってきた。

結果として、私は詩音の大学進学について何も知らない。

入学してしばらくして昭和女子大に行った事を知った。

当時、関与していれば別の選択肢を提案できたかもしれなし。

あるいは余計な事に混乱させたかも知れない。

詩音の大学受験時と、私の作業場構築とが重なり、

物理的に距離があった事も原因だろう。

その後も、私は湯布院に通った時期や、

緊急入院をするなどで、ますます疎遠になった。

大学1年の夏、詩音が極度な頭痛で塞ぎ込む。

ネットを通じて、症状を聞くが民間療法では対処できず。

福岡くらいなら走るのだが、さすがに東京は遠い。

この時は、本当に距離を感じた。

病院に行くことで、なんとか処置できた。

その後、帰省の度に、飲食をし、

時折、遠距離ネットTV電話で諸処を聞く。

あと3年? 大丈夫かな。

====

改めまして、

お誕生日おめでとう。

そして、

父をやらしてくれて、ありがとう。

パパはお金もないし、

家をほったらかして出て行くし、

父として何もできてないけど、

近所の物知りおじちゃんくらいなら、

もうしばらく出来そうです。

先日、発達障害の子供を預かる施設に

バイトの募集があったので、潜入してみようかと

応募を試みたが、

よく考えると、漢字書けないし、文書作業できないよね。

なので、やめた。

そうすると、今後、どこかに就職など出来ないわけで、

ああ、ワシの人生、選択肢は狭いな、と笑った所です。

詩音さん、いろいろ思う事あるだろう。

キツイ事もあるだろう。

でも、喜怒哀楽って単語があるように、

4つの感情がそろって一式なんだと思う。

バランスの問題はもちろんあります。

怒ばかりの人もいるし、

はため楽ばかりに思える人もいるだろう。

自分なりのブレンド割合を見つけていくんだと思う。

いろいろあるけど、

それはすべて他人の事情なので、

そこでしっかり線を引いた上で接してはどうかな。

パパは、詩音さんのいまの課題点は心配していません。

一輪車や剣道を乗り越えてきたと変わらないでしょう。

一番心配なのはね、

詩音さんの最大の敵は詩音さんである事。

・自分に嘘ついて場を取り繕うこと

・自分にない回答に従うこと

・自分が許せない現象を容認すること

そして、

それらをやってしまう自分を嫌いになること。

が、一番気がかりです。

それ以外は、なんも心配していません。

今後、全てが自己責任になります。

親が口をだす権限はないし、親に従う義務もないです。

法律要素内では親が助けることも出来ません。

法律に基づき、

その時代のその場の常識と事実があって、

それをどう解釈し言動するのか、だけ。

根拠(ルール)を軸に決めるのも良いし、

慣習を参考にするもいい、

当事者の意見でもいいし、

上級者の独断でも良いです。

そうやって集団と社会は動いてきます。

また集団である以上、必ず、主と従に分かれます。

主に立てば、相応の力を求められます。

従に就けば、主を全力で支えるべき。

キツイ事もあります。

でも、喜怒哀楽は、4つセットです。

詩音オリジナルブレンド、研究してみて下さい。

大分に帰省時は、大いに議論しましょう。

・雅治

経営者とお金

※ワシの長文を書く自主練なのですが、

 お付き合い下さい。笑

先日、理事長先生の東京出張が、

公用か私用か?についての疑問を持っていたようだが、

身体の100%が正義感で出来ている長女にしたら

違和感があるだろう。

まず一般論としての話だが、

・いま使った金の出所はどこか?

・サイフにある金は誰のものか?

と言う話なのだろう。

・未成年者であれば保護者からもらった金

・社会人であれば給与報酬で得た金

だろう。

以前、上白木で法律には、

自然人・法人の二種があると説明した。

そうすると、サイフの金は

・自然人(成人・未成年)

・法人(もしくは代表(選任された)する自然人)

となる。

と言う事は、サイフにある金は、

その人(自然人・法人)のモノであり、

どう使おうが文句言われる筋合いはない。

これは正論だ。

そして、人(自然人・法人)は生業を通じ、

報酬を得て、サイフの枯渇を防いでいる。

サイフの金を増やす手段、つまり入金と言う事。

ワシが1000円のサバを仕入れて、

シメサバにして2000円で売る。

差し引き、

ワシのサイフは1000円増えるわけで、

これを「営業利益」と言う。

2000円売ー1000円仕入=1000円利益

しかし上白木の維持費や水道や電気など、

施設の維持と言う商品には現れない別の支出がある。

さらにワシの時給も含まれる。

これを「事業経費」と言う。

日本の税法では、

自然人・法人ともに、報酬(利益)を得た者から

10~20%の所得税を徴収する事になっている。

シメサバで言うと、

1000円の利益だとすると、

200円納税せねばならない。

ちょっと待って、

1000円は単純に材料費を引いただけで事業経費は

考慮されてないから計算し直しだ。

仮にシメサバを作った事業経費が600円だったとする。

すると仕入れを引いただけの営業利益1000円から、

事業経費600円を考慮すると、

400円の利益となる。

これを「純益」と言う。

税金は、この純益に対し20%なので、

400円X20%=80円

経費を考慮の有無で納税が、

200円と80円の違いになってしまう。

そこで個人事業者でも法人(企業経営)でも

純益を減らし納税を少なくするための節税として、

事業経費のやりくりに知恵を絞る。

※逆に純益が蓄積されないと資産が増えないので、

 施設の改修や新規事業が出来ない。

 納税をしてでも貯蓄を殖やすのが正論ではある。

例えば、

園バスは事業を行うために必要な物だから、

営業利益に余裕があれば事業経費として購入する。

画用紙・折り紙も腐る物ではないので、

利益に余裕があるときにまとめ買いをしておく。

なんて事ね。

その解釈で行くと、

「社長が安全に移動するためにドイツ車が必要」

と言うのもアリか?

もちろん、

税務署も経費申告されたモノをすべて認めない。

社長家族で旅行した費用とか?

社長が狙っているクラブママの店飲み代とか?

愛人のマンションの家賃とか?

税務署は、

「それ事業に関係あるけ?」と調査し除外して行く。

認められなければ、NGと言う話となる。

バレた時、例えば、

月額20万円の愛人家賃を2年間遡り、

480万円分を経費から外して純益を再計算、

その後、大きくなった純益で会社は所得税を出し直す。

違法性が高ければ懲課金として40%割り増し。

また社長はその480万円は自分の給料として再計算で

社会保険や住民税などやり直して個人の納税し直し。

と言う面倒な話になる。

その点から一般的には税務署の判断基準で、

サイフの金の私的流用は、ある程度抑止されている。

さあ、ここからが長女の正義感との戦い。

では税務署の基準をかわせば良いか?

まずワシの話で言うとグレーだらけの会計である。

  • 知っての通り、

ワシは(有)アンクルアンティークで社長を務め、

事業所の所在地として上白木を本社としている。

アンクルアンティークは、

年間300~999万円の範囲で売上を付けて、

純益は創業以来一度もプラスになった事がない。

経営状態としては破綻と見なされるに等しい。

社長のヤル気(笑)の問題が大きいが、

これは意図しての事。

従業員がいないので売上がない月は給料ナシでOK。

ムリに払わなくても良いから、

給料日に間に合わせるための銀行融資なども必要ない。

なので、会社の状態を良好に保つ必要も無い。

つまり見栄をはる必要が一切ない、って事。

そして山崎雅治社長は給料が10万円としており、

保険や税金を引かれモノがあって年収64万円ほど。

※婚活パーティーで年収64万円です!って叫ぶか。

個人の収入も前述の様に年収の20%を取られる。

1000万円だと200万円は取られる。

64万円だと約13万円。

そこでワシは999万円の売上のある会社で、

最低限の個人所得とし事業経費で生活する方法を選んだ。

これは、城崎の時からずっとそうなのだけど、

ワシの住居は、

移動の度に切り替えて事業所になっているので、

家賃(維持費)は会社持ち。

電気・ガス・水道も、会社持ち。

車両・交通費(ガソリン)・保険も会社持ち。

大分のサラリーマンが、20万円の給料をもらい、

20%引かれて、18万円しかない中から、

生活経費を支払っているが、

ワシは、その20%の節税のために、

一度給料と言う段階を省略して、会社名義で支払っている。

となれば、生活のすべては会社でそろっているので、

個人で負担するモノはなにもないし、

ワシの10万円の給料、手取り8万円は、

毎月のおこづかいと言うワケだ。

簡単に言えば、

年収1000万円にして200万円納税するより、

1000万円分の会社で13万円の納税で済ます作戦。

ここまでの段階でアンクルアンティークのやり方が、

良いのか悪いの?と言う話だが、

税務上において適法であり、もちろん社会通念上、

大きく問題とされる事はワシの経験ではナイ。

ただし、

日本国民であるなら公共の福祉の為に、

納税負担は積極的に成すべきである、

と言う主義者とは見識を同じくしていない。

さて、じゃあ、もう少し黒より、

ワシは、これまで家族で多くのお楽しみをしてきた。

お買い物もたくさんしたし、

映画や博物館や、おもちゃもたくさん体験してきた。

それはすべてアンクルの経費で支払った物である。

ディズニーのDVDも、外食も、交通費もすべて。

一般論では税務署はこれを認めない。

ぱっと見、親が子供に支出する私的生活費だからだ。

ところがアンクルアンティークには、

システム研究部・飲食研究部が設置されている。

ワシのクライアントから、

「立体的な音響システムのレポート」の依頼があったとする。

資料をみて知識として理解する机上の空論ではNGだし、

その体験がなければ生きたコメントできない。

そのために上白木には5.1chのBOSEが要るね!

サカナクションの6.1chを体験しないとダメだね!

つまり「仕入れ」として上記体験の費用は必要経費となる。

名探偵ポケモン・アラジンの観覧も、

「映像系システム屋」として地位維持の為の研修である。

家族で、新規開店の飲食店に行くのも、

イオンで串揚げを食べるのも、

「飲食コンサルタント」として市場調査である。

当然、ファミリー向け業態の調査なので、

女性や子供の意見も必要であり、

調査員を雇う費用を抑えるため、

無償で家族に参加してもらった。

と言う理屈で生活費を事業経費に転嫁している。

アンクルアンティークの会計ソフトには、

・水道光熱費

・旅費交通費

などの他に、

・システム開発

・飲食開発

と言う項目があって、

生活費転嫁は、ここに計上している。

さあ、どうだろう、これは黒?グレー?白?

当然、これは特殊例ある。

税務署にとってアンクルアンティークはザコ。

調査人を派遣して調査しても追徴課税が取れないので、

行くだけ損だから調査に来ないだけ。

7月で創業24年になるが、一度も来てない。

税務署も申告内容をみれば一個人の会社だし、

従業員もいないので、ザコだと言う事。

ちなみに上春日は現在三協技研の管理下にある。

同様に上春日は三協技研の本社となっていて、

電気・ガス・水道・ネットなど、

月額15万円程度の費用はママの負担から除外されている。

ワシは家の金になにも貢献してないとの見方が周囲にあるし、

家を離れ上春日を見捨てた感が一部にはあるようだが、

上春日の維持に関しては、2006年の入居以来、

今もなにも変わってないのよ。

三協技研の部長として総務事務を全てやっている事で、

あんどう先生の給与と同じくらいもらってもいいのだけど、

それはもらわずに上春日の維持費として計上している。

理由は、アンクルと同じで、20%の節税。

あんどう先生がいくら園からもらっているのか知らないけど、

事務員一人正社員で支払うくらいの仕事を無償でしていて、

その相殺で毎月15万円程度の生活費を負担し、

上春日を維持しているのはチラっと知ってて下さい。

さあ、では最終章、園の場合。

アンクルアンティークはグレーだとしても、

山崎雅治社長のひとり芝居って事で納得せねばなるまい。

議題となっている、

「理事長先生の三茶訪問が経費か?」について。

幼稚園に税務署の調査はきた事はないと思う。

園は、税務署より、大分県の監査が面倒で、

公益法人である事の姿勢を毎年調査される。

補助金事業者なので助成する行政側もブラックには厳しいし、

それもあってか税務署はノータッチが多い。

もちろん学校法人なので本来は非課税だしね。

理事長先生の私的活動を経費と見なすか否かは、

その後の所作で解決できる方法がある。

以前、福岡にディズニーオンアイスに、

園のみなで行った事があるよね。

あれは、園がお金を出して行った。

さあ、これ、経費?

単に、スタッフが同じ場所に私的に行っただけじゃナイ?

と解釈もできる。

これを研修だと言う事にするためには、

「レポートを書く」事で証明する手法がある。

オンアイスの時も理事長先生はみなに書かせたと思う。

確か見せてもらったし、

ワシも園の費用で行ったので提出した記憶がある。

つまり一見私的に見えたとしても、

その内容を場で共有する事で、仕事にすると言う話。

理事長先生が中川さんの件で東京に参上したのなら、

その話や参加した証拠を園の会議で発表するなりすれば、

「公的任務」として解釈される。

園でBMWを買うとしても、

日本車ではNGな理由を立証し正当化すればいい。

Xマス点灯式でも、泡祭り?でもOK。

まあ、理事会の流れとしても、

特定の理事だけを長崎で接待するのは、

どういう経費立証をするのか判りませんが…..。笑

社長の私的流用が、社員に不信感を抱かせるのは、

格差が露呈した場合に多いと思われる。

つまり、給与の遅延や賞与の減額、

もしくは長年の昇給の凍結でありながら、

社長の散財が目に付くような場合。

少なくとも赤字の事業体では出来ないワケだから、

幾ばくか利益があって社長も遊べる。

その利益を生むのは従業員であり、

その恩恵を受けられないまま上流で社長が散財してれば、

不満として熱がこもってしまう事もあるだろう。

幸い、やまばとは報酬に関して県内でも良い方だろうし、

財政状況も、そんなに悪化(借入依存)ではないし、

問題にはならないのだろう。

それに加え、理事長先生の作戦で、

理事会・監査・評議員・職員を厳選し、

理事長先生に異論を出さない人間で固めていて、

あるいは異論を言う人(ワシ?笑)を遠ざけてるし。

まあ、佐和子帝国としては順調なのでは?

総論

簡単に言えば、

「経費の扱い方が経営人生感に出る」

と言う感じだと思う。

法律ウンヌンと言うより、マナーと言う感じか。

スーパーの荷造り台?にあるビニールを過剰に取る人

フードコートで手拭きを過分に持ち帰る人

混み合う公共の場で座席に荷物を置く人

我先に飛び出す人

いずれも「摘発する程の違法か?」と言えば白かグレー。

でも周囲からすると見苦しい所作である。

食えれば良いとしてもハシの使い方は人生感が出る。

経費の使い方も、違法でないと言って散財するのは、

やはり見苦しいし、お下品だと思う。

ワシの姿勢としては、

「正義感より品性の問題」

と思って、日々営んでいます。

(ぱ)

扶養と税務

扶養と税務

そもそも扶養状態とは?

生計を一にする家族の中、

主な収入を得る者以外の人を指す。

上春日で言うと生活の収入の主な支払者はママ。

パパは生活固定費15万円を負担しているから、

生計に寄与してないわけではないし無職でもない。

そのため、山崎家には扶養する側が

ママとパパ二人居る事になる。

これは特殊な話ではなくて、

元々、自然人は何らかの対価を得て生活を維持しており、

それが個々単独で存在するのが社会。

その二人が婚姻で民法上の家族となっても、

あくまで個人の生計である。

一方、

この状況が変わるのが、

「自ら収入を得ることが出来ない者が家族となった時」

である。

一般的には、嫁、嫡出子の発生・養子縁組である。

日本社会で女は生涯無職をいう観念があるかもね。

社会通念上、未成年者は扶養される側である。

もちろん実業系の高校を出て就職した場合や、

中卒で職人の世界に入る、

あるいは自衛隊に入隊するなどで、

固定的な収入を得る未成年者は、

「独立した生計を持つ個人」として扶養から外れる。

成人であるにも関わらず扶養されているのは、

専業主婦・高齢者・その他の事情(病気・障害)による者。

次に、扶養の定義は2つある事。

1つは、税務上の扶養

2つめ、社会保障上の扶養

である。

1つめ、

税務は、基本的に収入のある者に科せられる。

専業主婦・引退高齢者・寝たきり傷病者は

「働いてないはずだから無収入」を前提としている。

よって誰かの収入に依存して生きている。

それは家族の中で主となる収入者があり、

その者の税務の中に、扶養されている状態である。

※本来、税務は「支払うが基本」であり、

 無収入特例として減免されている状態であるから、

 103万を超えると「増税」ではなく、

 「基本に回帰した」だけである。

よって、税務上の扶養家族とは、

収入がゼロである事が前提となる。

ただし、そうは言っても子供であればお年玉や、

進入学のお祝い金なども受け取ることがあるだろう。

そこで年間103万円まではゼロと見なしてノータッチ。

103万円を超えたら

「年収103万円とは言え収入アリとして所得税を科す」

と言うこと。

例外として、大学進学に掛かった年で、

通年にない祝い金が集まったなど、

今後も、ずっと続く収入で無い場合は、

一時所得として扱い、その年の超えた分だけの税務を計算する。

103万を超えたら外れるウンヌンと言う事では無く、

これは毎年の税務申告時に判断されるため、

翌年に収入がなければ元に戻る。

別の事例として、

子供だが相続でアパートを受け取り、家賃収入が出来たとする。

働くわけでは無いが収入が定期的にある。

この場合は、毎年の申告に特例を出すのでは無く、

未成年者であっても固定収入がある者として申告する。

この状態を、税務上の扶養から外れると指す場合もある。

次の、150万円の境界線。

これは配偶者(主婦あるい主夫)に限った事。

主たる者が稼ぐ一方で、配偶者がパートに出る事もあるだろう。

その場合、年収150万円までは配偶者控除が適用される。

その家庭の年間収入を合算して、納税すべき金額から、

特別38万円分の免除枠を設けている。

もちろん103万円を超えているので、

所得税を支払う必要はあるが、

家族全員で合算して納税額を算出する元となる総額から、

特別38万円分だけ、減らしてもいいよ、という減額措置。

ラスト、201万円の境界線。

配偶者の収入が201万円を超えたら、

これはもう「一時所得とは言わせないぜ」となって、

独立した収入を持つ者として、単独の税務を追う。

ざっとではあるが、これは税務上の扶養家族の仕組み。

100万円:無かったことにする

103万円:所得税を払う

以下2点は配偶者だけ(子供やジジババは無関係)

150万円:特別38万円の控除枠がなくなる

201万円:独立した社会人と見なす

2つめ、社会保障上の扶養

日本の国民は、健康保険の加入が義務づけられている。

第1は、国民健康保険

日本国が主催する健康保険機構で、

日本に籍を置く国民は、世帯が1口として加入する。

世帯主が主たる契約者となり家族が扶養として扱われる。

家族の人数で支払保険金が違ってくる。

もちろん多人数だと高くなる。

第2は、営利企業が加入する協会けんぽ

法人は協会けんぽの加入を義務づけられており、

法人経営者・従業員はこれに加入する。

国保と同じく給与取得者が主として契約者となり、

家族は扶養として入るが扶養で保険金加算はない。

また家族を扶養として入れるかは加入者の自由である。

なので、うちの子は、

・パパのアンクルの協会けんぽ

・ママの私学共済

どちらに入っても、同じ権利を得られる。

パパママと協議の結果、ママの方が安定しているだろうと、

長女が生まれたとき、そうしたので今でもそうなっている。

さらに言えば、パパが15万円分出しているとしても、

それは個人ではなく法人なので「家計の主たる」にはないれない、

と言う事情もあるけどね。

※そう考えるとパパは家計に寄与してないなぁ。

第3は、私学共済・公務員・トヨタなど

大きな組織が独自に健康保険を実現している。

仕組みは協会けんぽとほぼ同じだが、

保養所や特別診療施設の利用メリットなどがある。

で、一般的に「扶養から外れる事」の懸念は、

この健康保険の身分についての事である。

106万円・130万円と言う境界がある。

長女は、現在、ママの私学共済で、

「成人だが学生で無収入」と言う扱いで加入だと思う。

税務と同じく、

「ウチの長女は限度額を超えたので独立させます」

と申告しない限り、バレなければOK。

たぶん、バレない。

そもそも健康保険機構が加入者の収入を精査する術はない。

よって世の中の多くが、このバレなければ良いで成り立っている。

ところが、!!!!

給料を払う側に規制があって、

「給与支払いが106万円を超える者は自社保険に入れろ」

と言う法律がある。

あるいは月の中14日以上、もしくは週20時間以上、

勤務する者は自社保険に入れなければならない。

なので、個人がバレないようにしていても、

会社側が法律に従えば、バレると言う話。

次の段階の130万円を超えたら、

給与者の保険には入れないのだけど、

これは、前述の通り、サラリーマンの年収納税は、

会社が一括して行うよう指導されており、

配偶者の一時収入は、給与者がまとめて会社に報告をする。

その段階で、130万円を超えたら、バレるわけだ。

健康保険機構は、加入者に対してアプローチ出来ないが、

会社に対しては厳しいので、会社が隠蔽したら怒るし、

もちろんまともな会社は130万を超えて黙ってはいない。

で、バレるのは、別のルートがあって、

その人に金銭を与えた者、

例えば、バイト先の会社や、

フリマの販売と取り次いだサービス(メルカリとか)、

贈与を送った側、

それぞれが、自分の納税を正当化するために、

「支払った先」を正確に申告する。

税務署は、そのつじつまを追いかけて、

支払ったのなら、受け取った側の申告があるはずだ、

として調べていく。

矛盾があれば、どちらかがウソと言う事になる。

ざっと、そういう仕組みで世の中が成り立っています。

全員が、ウソ付きになれば成り立たないのですが、

ある程度の割合で、100%正義感マン(笑)が居て、

事実を述べるから、そこから矛盾が見つかって、

バレていくと言う事なのでしょう。

さて、水商売について

どのビジネスも、同様に、

出を少なく、入りを多く、が利益を出す基本です。

仕入れを安く、値引きせず定価で売る。

と言う正論もあれば、

仕入れを値切り、定価の倍で売る、方法もあります。

キャバなど、

1本1万円のシャンパンを10万円で売るわけだが、

そこには付加価値を乗せて、客もそれを求めて買います。

良い悪いではなく、商行為の成立としてみれば正しい話。

法律違反でもない。

ただし、利益を脅かす事の1つに公金負担があります。

つまり税金や保険など。

前述の通り、公金は算出根拠となる情報が必要です。

物を買えば代金を支払います。

その行為の証拠に、商品と領収書が対になって存在すべき。

この領収書を発行しないと言う手段があります。

キャバで、今日5グループ入って、それぞれ20万円づつ、

合計100万円の売上がありました。

しかし、2グループには領収書を発行していません。

この店の売り上げの証拠である領収書は、

60万円分しか存在しません。

先ほどの話の通り、各グループの正義感マンが、

使った経費として税務署に申告するにも、

2グループは領収書がないので支払いを証明できません。

税務署は、40万円分の売上を証明出来ないため、

この店に、60万円分の売上に対する課税しか出来なくなります。

キャバ嬢もホールスタッフも口裏合わせます。

結果、店は、40%の脱税に成功すると言う事です。

まあ、実際、税務署がヤル気になったら、

店の裏に張り込んで、空瓶を数えたりするらしいが。

キャバ嬢のバイト代も、同じくです。

本来、給与を支払ったら10%の所得税を会社が預かり、

会社が納税せねばなりません。

1万円支払いとして、9000円渡すか、

11111円支払いとして、1万円渡すか。

ちなみに、11…と続く支払い方法を「並び」と言います。

10%の納税分を上乗せして払う行為です。

この並びで受け取った者は、自分で申告しなければ行けません。

頭の悪いキャバ嬢は、そんな事は知りません。

10%増えたくらいに思います。

後日、何らかでバレて、税務署がそれまでの無申告分を

集金にきて、わあ!ビックリ、となります。

店も、嬢の頭を見て、手段を変えます。

もう1つの公金対策は、社会保険の未加入。

学生のバイトなら親の保険があるだろうけど、

シンママなら保険の有無は死活問題。

でも悪徳店は協会けんぽの保険加入していません。

規定の通り、月14日あるいは週20時間超えで、

会社の主たる労働者扱いと見なされ加入が義務です。

でも、協会けんぽは保険料の50%が会社負担です。

それがもったいない。

ちなみ、アンクルアンティークですら、

ひとり分でも毎月29811円払っています。

※でも骨折の手術で170万円を5万円に負けてもらったので、

 5年分くらいは元を取りましたけど。

やまばとも、毎月、恐ろしいくらい払っていると思う。

一人6万円くらい?30人としても毎月180万円か。

心が弱っている経営者なら、

「これがなくなれば利益が出るのに」と涙を流します。

悪徳店は、元から払う気はありません。

なので、加入すらしてないし、加入基準をかわしていきます。

嬢の出勤が14日越えそうになったら休ませるか、

出店しても「今日はゲスト」として店に座らせます。

ひどい店は20時間超えたら「無給」とします。

文句をいえば「辞める?、ダンナ・親呼ぶ?」と言う展開。

一方で、売れっ子になれば、

領収書を発行しない店なので、嬢の給料も明細を出さず、

処理する事も可能です。

先ほど、証明出来なかった40万円は、

証拠だけで言うと「ダレの物か不明な40万円」ですから、

ダレが持って行ったかも不明、店長と嬢で山分けもアリ。

口止めに、その他のスタッフに1万円づつでも出せば

良い店長なんだけど、まず無いな。

その他、

ミネラルウォーターと言いながら水道水の詰め替えや

フルーツ・乾き物の使い回しなどは当然の事。

逆に注意は、

氷・おしぼり・割り箸・植木鉢・壁の絵画は、

ヤクザ屋さんの扱いなので、アンタッチャブル。

お店も、楽では無いと言うことかな。

で、最後、長女のバイトの諸注意。

税務に関しては、気にせず働けば良いと思う。

103万円を超えるくらいなら、

それはそれでええやないか。

例えば、年収1億になる仕事に就いたのなら、

もう学生辞めて、それやったほうがええよ。

でしょ?

納税があったとしても、申告したら学生なので、

ほぼ全額戻ってくる。

ただ長女が103万超えたら、

ママの納税がちょいと増えるかな。

増えるといっても、

ママのAEON爆買より少ないと思うけどね。

あと東京都民の住民税が増えるかもしれん。

前述のように「継続して収入」と言うのがポイントなので、

そうなれば「勤労学生控除」の手続きとなるが、

それって働きながら学校というレベルになって、

いまの長女の生活では難しいと思う。

学校とバイト半々の生活でもどうかな。

売れっ子ソープ嬢とかならあるかもしれんけど。

風俗はせんのじゃろ?笑

いろいろ気にせず、100万超えたら心配せよ。

もし超えても、アンクルには、

顧問税理士いるわけだし、なんも心配せんでええよ。

正しく納税してみるも経験だし、

それがあってこそ正しい節税を検討できる。

それより、仕事先の質の方が判断力を要する。

・就業時に契約書がある

・就業規則がある

バイト用があれば高得点

・基準を超えた場合社会保険への加入がある

 会社にしてない店は無いかも

・給与明細がある

以上は、まともな会社。

商店街の定食屋さんみたいに、

とうちゃんかあちゃんでやってる店は難しいかも。

そうだな、ケーコ先生のところでバイトって言ったら、

個人経営なら上記基準は難しいだろうなぁ。

最低限、給与明細は欲しいけどね。

交通費を支給すると言う店もあるが、

本給ぶっ込みでナンボと言う事も多い。

納税103万円の算出は、本給のみで交通費は含まれない。

例えば、3時間/日の勤務で、

1500円時給でぶっ込みと、

1200円時給と900円交通費は、

納税の観点からすると大きく違う。

285日で、

1500円:課税対象128万円

1200円:課税対象102万円+非課税交通費26万円

年収は同じだけど税務上は大違いでしょ。

逆に、それら労働者の権利を無くして、

・制服代

・消耗品負担

・情報管理費<=派遣業登録に多い(違法)

などがあったら要注意。

雇用契約書などがあるといいけど、

ない所も多いかな。

少なくとも給与や勤務時間などの書面を発行が望ましい。

バイト(雇用)と思っていたら委託契約だったなんて事もある。

やまばとの工事を三協がしているような感じで、

材料費とか使った水道代は自分持ちですね、って。

ガールスバーなども、コースターとかの消耗品を、

嬢負担なんてあるとか。

あと、控え室の共益費出せ、とか。

ソープ嬢などはそうなんだけど、

会社は部屋をレンタルしているだけで、

部屋の中で嬢が何をしているのか知りませんって体。

まあ、あれだ、

なんも知らない田舎者のふりして、

なんでも突っ込んでいって、ひでーめにあうのもイイかもね。

最新の搾取事情を調査しておくれ、

そしたら、ワシが小説にしたるよ。

(ぱ)

デジタル機器は学校教育(授業)に活用できるのか?

以後、話を進める中で、デジタル機器について

次のように整理をします。

・PC

 いわゆるパソコンで、キーボード・マウスを使うデジタル機器

・Pad

 iPad・iPhoneなど単画面のタッチ操作のデジタル機器

・デジタル教材

 上記、PCとPadを指す。

とする。

私が「教育に関するデジタル教材」を意識し始めたのは、

鶴崎工業高校在学中の事だったと思います。

たぶん、高校2年(1984年)くらいだったです。

当時、私はSHARP製のPCを使っていた。

日本語はまともに表示されず、メモリーも64Kだった。

 ※64Kとは、ギガの16344分の1

そして高校生がPCを使う事がめずらしい時代。

販売元であるSHARPの大分営業所でも話題になり、

その話は大分県下を駆け巡ぐりました。

やがて大分県教育員会情報センターに噂が届き、

当時の情報処理部長の先生と面談する。

この方(故人)は、のち情報科学高校の校長を務めました。

この時、部長先生から、

「学校でパソコンが使われると思うか?」

と聞かれ、たしかこう答えました。

「パソコンを学校で学ぶと言うのはプログラミングですか?

 それともパソコンの製造ですか?、活用ですか?」

と、いつもの問いに対して問いで返す馬場少年。

まだこの当時は各学校にPCを設置する事は無く、

実習として、この情報センターに行って使っていました。

そのカリキュラムは、極簡単なプログラムを体験する程度で、

その体験を元に「将来はPC関連の仕事に就くぞ!」と言う事など

想像できるほどのものではありません。

いまで言う職場体験程度の事です。

しかし翌年、1985年に実業系高校に少しづつPCが入ってきます。

NECのPC88Mark2だったと記憶しています。

授業は、簡単なプログラミング例を紙で渡されて、

それを打ち込んで動く事を確認するだけの話でした。

馬場少年は教師から「おまえはスキにやってろ」という扱いです。

その後、1985年からパソコン通信が普及すると、

学校現場では、興味をもった教員が自分の活動として、

あるいは部活としてパソコン通信を取り入れるようになって、

学校現場からの情報発信が始まってきます。

ネットワークの歴史は、1993年に大きく変化を始めます。

インターネットの一般開放が始まりました。

1990年初頭まで多くを占めていたパソコン通信は、

利用者とセンターが、1対1でつながって情報通信をしていました。

その為、センター側の回線数が利用者の最大値となり、

例えば、100回線のセンターでは、同時に100名しか利用できず、

101人目は、使用中の誰かが退席するまで待たされていました。

また接続中は、ずっと通話状態となり秒刻みでお金がかかります。

新規投稿を表示させてデータを受けている時もお金がかかり、

その画面を操作せずにずっと読んでいる間もお金がかかりました。

ところが、インターネットは、仕組みが違い、

利用者は、最寄りの幹線道路(ネット)につながりさえすれば、

その道路を通じて、沿線に立つビル(ネットサービス)に自由に行けるのです。

インターネット開始当初は、パソコン通信と同じく、

時間刻みでお金が掛かっていましたが、のちに技術の進化によって、

定額制が始まり、通信の速度も、光ファイバーの普及で飛躍的に向上します。

1990年代後半になると、学校でのPC導入は、

「プログラミングを体験する」

から

「インターネットでの情報検索」

にかわってきます。

うちの3人は、この時代以降のPC教育を受けてきたはずです。

さて、学校現場は、基本的に文部科学省の管轄ですが、

一方のインターネットは総務省(当時の通産省)が担当です。

お互いの成果競争が始まります。

通産省は学校にインターネットの普及を促し手柄にしたいし、

文部省も同じく、ネット利用のカリキュラムで誇示したい。

しかし、

学校の現場や周辺の業者にとってはどちらからも予算がでる美味しい話でした。

私は、当時の御縁から、

東京都港区 神応小学校のプロジェクトに参加します。

苅宿俊文先生

http://www.si.aoyama.ac.jp/gshi/profile/kariyado.html

苅宿先生は、当時、神応小学校の教員でした。

「らしさ工房」

そこで自由な発想で子供達が活動できる環境の研究をしていました。

その環境にPCを取り入れて行きたいと言う話があり、

私は、そのソフト開発のお手伝いをしました。

https://ci.nii.ac.jp/naid/110003026422

「再構成型描画ソフトウエア脳の鏡」

簡単に言えば「お絵かきソフト」なのだけど、

子供が描いていく様子を白紙からずっと録画を続け、

また使ったペンのサイズや色もそのまま記録していく。

その後、再生をしながら子供がなにを思って描いたのか分析ができる。

例えば、

最初は、大きなマルに長い鼻をつけてゾウを描こうとしていたが、

羽をつけたり、足が車輪になったりと、なにやら不思議な絵が出来上がった。

その描画課程を白紙から再生で見ながら、子供と教員は、

この時なぜ羽をつけたの?

足が車輪になったのはナゼ?

と聞きながら、子供の心理や好奇心の変化を遡って見る事ができる。

そのようなソフトでした。

紙に描いて、結果だけみる、従来の図工の教育では不可能な事です。

PCが教育に使われる1つの好事例だと思っています。

※私はそのソフトのレコーディング部分の開発を担当しました。

 ええ、はい、とても美味しい仕事でした。

 たぶん1000万円近くもらったと思う。 笑

しかしながら、

学校現場の現実は、物理的環境よりも、教員のやる気や

職員室の空気や、学校そのもの・教育委員会の歴史が左右して、

PC導入よりももっと前の段階で解決すべき事が多いと感じています。

上記ソフトを導入して、苅宿先生に続けとばかり挑戦した学校は多く、

九州では、宮崎の小学校に予算が付いて脳の鏡を使いました。

酪農しかない村で、全校生徒6人とか言う小学校です。

私も関係者として宮崎まで見学に行きました。

ホテルシーガイヤのスィートルームに滞在して、

電動で開くカーテンから太平洋を昇る朝日で目覚める体験をしました。

さすが省庁が予算に付くと、いろいろ違いますね。 笑

もちろん結果は、おわかりの通り、

苅宿先生が築いた教育は、苅宿先生しか成せない。

効果がなかったわけではないですが、

そうやって感性を膨らませた子供達が、

その後の人生に於いて、それをどう活用する?

あるいは、何かの別のキッカケをスイッチOnできるか?

と言う部分で難しいのだろうと思いました。

ここまでの話でわかるように学校現場でのデジタル機器の導入は、

当初の、開発者養成から=>利用者訓練に変わっています。

たぶん、本質はデジタル機器の利用方法というより、

氾濫する情報社会の中で、情報の真贋をどう見分けるか?

と言う事になるだと思いますが、

今の時点で、日本の教育システムの中では、

その判断基準を設けたり、適切な指導をする教員の要請は難しいのでしょう。

最後に、

2000年に入ってからは、インターネット利用の道具としての導入も

少しづつ変化をみせ、教育の道具としての導入が出てきました。

デジタル教科書、あるいはデジタル授業としてのデジタル機器の活用です。

たぶん日本の教育史の中で、機械にたよる授業の始まりは、

英語教育ではないかと思っています。

ネイティブの教員をすべての学校に配置できない事から、

録音テープや教材ビデオを整備していきました。

その録音を繰り返し聞く事で、英語を学ぶと言う仕組みです。

LL教室(LanguageLaboratory)といわれていました。

そのLL教室の刷新にあわせてデジタル機器の入れ替えが行われています。

1998年くらいだったか、

私は、東京銀座のシステム会社の依頼で、

教科書・問題集ソフトを作りました。

教員が、設問と回答の選択肢を登録すると、

生徒の画面に、アンケートの様に表示され回答していきます。

教員画面では、各生徒の進捗や出席、成績が一目瞭然!

このシステムは、

・東京医科歯科大学

・早稲田大学

・桐朋学園

・慶應義塾大学

に納入しました。

美味しい仕事でした。 笑

今でも使っているのかは判りません。

さて、

それらのシステムに携わってきた事を振り返ると、

「授業でネットを使う事」

については、何も問題はないと思います。

しかしながら、その授業は

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

いずれが目的なのかをスタート時に明確にすべきでしょう。

別件「未成年者のSNS利用について」に関連しますが、

SNSを上手に活用するためには、

「デジタル機器を使う事」

「適切なネット検索を身につける」

「情報の真贋を判断する」

「情報発信者側になる」

の能力が求められます。

そして、指導者側の教員も、上記4点について習熟が必要です。

ピアノを弾けると同じような習熟レベルが求められます。

ネットは極身近で活用されていますが、

それは自動車の運転と同じくらいの距離にあり、

利便性がある事と同じように、危険性も大きいです。

自動車の運転には免許が必要なように、

ネット利用も、もしかしたら許可制にするほど危険なのかも?

と思う事もあります。

ひとまず、このくらいで終わりとしておきます。

(ぱ)

未成年者のSNS利用について


このネタを頂いて少しだけ教育関係者が考えるSNSの課題に目を通した。

※教育委員会が学校しているガイドラインなど。

まず課題を見る立ち位置の前提が大きくズレていて、お話になりません。

SNSを未成年者が利用する事は「悪」と言う方向性が定められた上で

利用についてのガイドラインを模索しているから話がズレる。

ちょっと余談も入りますが「SNSとはなんぞや?」を整理します。

人類は有史以来、単身で生きていくのは困難と知り、

集団あるいは統率された組織によって人類種を維持してきました。

2人以上が協力して生きていくためには、

・同じ目的

・力のバランス

・ルール

・共感

が必要だろうと思っています。

・食生活による区別(積極的狩猟・受動的採取)

・居住環境による区別(温暖・寒冷・海・山など)

から近しいグループが出来上がり、

自然に、拡張・淘汰を繰り返してきた結果が現在です。

やがてそれが村になり町になり、国になっていきます。

領土の拡大を求めて勢力を大きくした種族もあります。

駆逐排除された種族もあります。

場合に寄っては友好的な交渉による領土の融合もあったでしょう。

時は進み、

太鼓や煙で遠くとの意思疎通の技を身につけ、

のち、

飛脚や自動車・船舶・航空機による手紙の配送で

コミュニケーションを維持してきました。

伝達される内容は、生死の確認や徴税・兵役などから

詩書・絵画・音楽譜・写真を用いて心を伝え合ってきました。

そして人類は電気の発明と共に信号伝達や無線などを発明していきます。

つまり、人間は社会本能的に、

・自分の心を誰かに伝えたい

・相手の心を中を受け止めたい

と言う欲求があるのでしょう。

ここまでで判るように、人は本来、

「自分を立たせ、誰かを求める」根底があると言えるかも知れません。

その欲求を低価格(手にしやすい環境)で容易(難しくない技術)に

実現出来る方法を模索し続けています。

話は少しだけ、ズレますが、

電気通信技術を使ったコミュニケーション方法は、

モールス信号から始まり、電報(カタカナ)・電話・FAXと続き

パソコンを使った文字通信に進化をしていきます。

とは言え、パソコンの通信は、

設備や安全性の維持もあって一般に使われず、

それまで会社や大学・行政機関しか許されてなかった事。

ところが1985年4月、電気通信法の改正により、

ネットによるパソコン接続が一般に普及する事になりました。

大分でも地場企業の社長や2代目が研究団体を作り、

大分県を日本一のネットワーク県にするぞ!と意気込んでいました。

現在では、列車の時刻表や航空機の予約などスマートフォンで

簡単に実現出来て、個人がリアルタイムに情報を得ることは

まったく当たり前です。

しかし、その当時は、大分駅の営業時間中でしか対応してもらえず、

まして自宅からパソコンで調べるなんて不可能でした。

その大分の研究団体は、

時刻表や公文書図書館を作ろうと頑張りました。

しかし、情報を入れてみたものの誰も面白いと思わず、

立ち上げ早々、尻すぼみに陥ってしまいます。

さあ、そこに伝説の男子高校生が登場します。

大分県立鶴崎工業高校電気科3年のその男子は、

高校生ながら東京のパソコン雑誌に記事を書き、

ビジネスをやっていた天才少年でした。

なんとこの高校生は、

大人がビジネス利用のサイトで、投稿ルールを無視して、

自分の日頃の生活を日記風に書き始めます。

少年の文才も効果してなのか、

時刻表に飽きてた大人達は、その少年の投稿に夢中になります。

そして研究団体は気が付くのです。

「ネットは情報図書館ではなく人の生活のそのものである」と。

言い方を変えれば、

「社会活動(ソーシャル)を通じて人々が相互に通信しあう事」である。

そう、SNS(ソーシャルネットワーク)こそネットの醍醐味だ。

狭い国土の、これまた大分と言う片田舎で、一人の天才少年によって、

ネットワーク社会へ通じる未来の扉が1つ開かれた瞬間だったのです。

笑笑

その経緯を詳しくまとめて出版されています。

https://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_sb_noss?__mk_ja_JP=カタカナ&url=search-alias%3Daps&field-keywords=電子の国コアラ

ママが単行本を持っていると思う。

さて、

前述の事を踏まえて考えると、大人でも未成年者でも、

自分と他人との関係をより深くに求めていく行為に差はなく、

それが社会生活に参加する人間の正しい姿であるし、

学校は、その社会性を身につけるための集団生活を行っている場であります。

見方によっては学校もSNSであると言えるでしょう。

電気通信によるネット社会も、大きく変化をしてきました。

でも、人が求めることに違いはありません。

ネットが文字だけの通信から始まり、

日々の生活の様子をノンフィクションの様に求める一方で、

物理的距離を意識させないネットでは、

旧交を求める活動が生まれてきました。

日本のSNS史上、面白い出来事があります。

1996年に始まった「このゆびとまれ」と言うサービス。

全国の小中高大の同窓会SNSです。

一時期、事業譲渡などで混乱したが

現在は有志によって再開されている。

https://yubitoma.or.jp

自分の母校がなければ、申請により作れます。

全国の同窓生が、電子上の仮想の同窓会を楽しみました。

※のち、ゆびとま、と呼ばれ、大ヒットになり

 その後、Mixiと言うSNSに進化します。

それと同じ事をやったのが、Facebook

これはハーバード大学の在校生・同窓生SNSでした。

Facebookには、特殊な起爆剤があって、

「ハーバードの人と友だちになりたい他校生」が

こぞって参加したため、爆発的に会員を増やしました。

上位層とつながりたい下層のゲスな行動丸出しで、

なんか、こっけいですね。

そう見ていけば、SNSとは人類が集団で生活を始めた時から、

電気通信の発明前でも、それ以後でも自然に存在する活動であり、

そして日本でも多の国でも当たり前に存在する現象です。

さあ、そこで、日本で特有の状況、

なぜ学校や大人が、未成年者のSNS利用に警戒心を抱くのか?

これは国の運営にも似ています。

国にとって国民は、

「国家を構成する最重要の要素」

であるのは当然ながらも、

「国家の運営方針に従順でなければならない」のです。

身分制度とまでは言いませんが、

支配管理層と従業者層はその垣根を越えてはならないし、

従業者層の中から優秀な人材がうまれてもいけないのです。

戦争中の指揮管理体制、あるいは不当労働環境下では、

上から下達した情報のみが真実であり、他は排除する必要がある。

その精神は、未だに学校や、もしかしたら行政にもあると感じています。

教育カリキュラムに無い事は、覚えてはいけないし、知っても行けない。

教えてないことは発見してはダメだし、教えあってもNGです。

近隣の大国が、国民の情報管制をしています。

まさに上記の通り支配管理層による国の独占化を目的としての事です。

つまり学校で言うと、

・学校内の様々な問題を外部に流出されては困る

・教師の個別の立ち振る舞いを記録されては困る

・他校との違いを感づかれては困る

わけです。

あるいは教育者が自分で提唱した教育論の間違いを指摘されるのを恐れています。

みなさんなら判るだろうが、

・髪型と成績に相互関係はない事

・持ち物と素行に関係はみあたらない事

・校則には人権無視がある事

が、バレては困るわけです。

極めて独裁的で閉鎖的な場が日本の学校という所なのです。

一方で、学校側も未成年者の本音に近い部分を求めています。

従来だと生徒会や、進路指導教員&不良グループと言う、

「裏公式で設置された連絡機関」において、

多数の生徒の動向を相互に情報交換していましたが、

ネットの登場によって、その情報管制が不可能になってしまいました。

近隣大国は、

まずい問題があればネットを遮断する事で国民を内閉しましが、

さすがに日本ではできない。

どうすれば未成年者のSNS利用を自分たちの手中に取り戻せるか?

これに悩んだあげく旧態思考の文部省や教育者は、

SNSの利用制限を実現するために、

「ネットは悪だ」と言うキャンペーンを張ることになりました。

ネットは詐欺行為・援助交際(パパ活)などの不法行為の温床となる。

なんて事を前面に押し出して、悪を印象付けます。

もちろん、もう遅い。

そんな幼稚で根拠のない手法に今の未成年者はだまされません。

元々、パパ活をする子はネットがなくてもやります。

不良グループの集会も、実現出来ます。

ネットが元凶だ!、と言う部分の立証は難しいです。

さらには、私のようにネットの誕生からみてきた50代が、

親となった結果、未成年者(我が子)にネットのある暮らしを容認しています。

あるいは援助交際をしていた世代女性が、今、母になっています。

それもあって、エンコー(性行為)はダメだよと言い、

でも若さは金になるから十分活用すべきで、

パパ活(ゴハンまで)にしておきなさい、となっているのかも?

極端で失礼な例え話ですが、

シングルマザーが彼氏をさがすのにSNSで熱心な横で、

高校生の我が子にSNSを禁止!なんて言えるかどうか?

余談だけど、山崎家の謎ルール。

「ゴハンの時はTVを消す」

これはママが決めた事です。

たしか、真凪さんがようやく離乳食になったコロかな?

TVに夢中で食べない二人に怒って、

「ゴハンの時はTVは消します」と決めました。

それが続いていたと言う事です。

ルールは徹底するパパは、絶対に守ります。

パパの徹底ぶりにママは自分が見たいTVが見られないと

なんどかキレていたのを覚えています。

3人に「TVが見たいから早く食べて!」と怒った事も。

ゴハンの時にiphoneを触らないのもルール。

パパが同居の時は徹底していたのになぁ、

場の意識の維持って、一度崩れるとダメになりますね。

つまり、山崎家のルールと同じとすれば、

学校は、自分らが理想とする学校の品質を維持するため、

それに影響を及ぼす存在はすべて「悪」だとしてとらえ、

未成年者にそれを教育していくのです。

例え、教員側がルールを無視した実生活があったとしても、

未成年者には徹底を強いるのです。

同じく、ネットいじめもそうだと思います。

いつの時代でも、なくなることはないでしょう。

人が発展のために競争心を燃やし続ける以上、

誰かが負ける事はさけられません。

笑う話だけど、教員の中でもいじめは当然だろうし、

上下関係によるハラスメントもひどいものでしょう。

大人で言うなら、酒の席でそれらの情報交換や

問題の発生を知る機会だったのでしょう。

それがSNSになっただけ。

未成年者でも同じです。

SNSのない昭和の時代でも、醜い事はありました。

そして現在、実際にSNSを通じて不当行為に及んだり、

相互のいじめや個人攻撃に至る未成年者もいるでしょう。

しかし、それは本来、その子が自ら戦うべきで、、

あるいはその子の周囲が責任(支援)を持つべきで、

親や親権者、教員など関連する大人達の責任です。

売春やドラッグ・金融詐欺の片棒など、

未成年者が末端で犯罪行為に巻き込まれる事があります。

その事件のすべてがSNS起因だとは思えません。

言い方をかえれば、SPATIOやCHAIMOも

彼女らの貴重な10代を大人達がつぶしたと言えなくもない。

未成年者の被害は昭和でもあった事だし、今後も続くでしょう、。

よく考えてみたら良いと思います。

未成年者の犯罪や無茶ぶりは、必ずどこかに指導する大人が居ます。

お金目当てか、母校のOBか、関係性は様々でしょうけど。

そうであるなら、SNSは学校が指導するべき事では無く、

各家庭の思想により、判断実施されるべき事だと思っています。

例えば、アルバイトを未成年者に許可するか否か?

まなぎさんがやまばとの手伝いをする事は違反か?

かつてうたねさんが若草公園カレーワゴンに同行するのはNGか?

生活困窮家庭がアルバイトをする事を止める正義はどこにあるのか?

一般的な、高等学校の言い分に乗せると、

ファーストフード店のアルバイトは大学生などとの接点が増え、

背伸びした言動や、あるいはカラオケ・居酒屋など、

本来高校生が立ち入るべきでない場所に関係する恐れがある。

と言う事になります。

ここまでを見直すとわかるように、

SNSの規制は、未成年者にする事では無く、

その子の周囲の大人に注意喚起・啓発を行うべき事です。

ただ一方で、

保護者の意識の低下や貧困による社会教育の不徹底で、

親が子供と向き合えない状況が多くなっているのかも知れません。

つまり、親は学校の責任として投げてしまう方が楽だし早い。

学校も、指導現場の教員は自分に実害がないから、

教育委員会や文部省に押しつけて指導書を読み上げるだけ。

やれやれです。

私の現在の自論からすると、

自分で出来る事は、自ら考え行動する。

もちろん家族のあり方や成長の仕方も含め、

仕事も社会との関わり方も「突き通せる筋」が必要だと思います。

ただしね、重要な事があって、

社会性への依存性が高い環境で生活を望むのであれば、

「個の意思は相応に押さえる必要がある」のは理解しています。

50代で、いまだ自分の道を見つけ切れてないと言う事なのでしょう。

長くなりましたが、SNSが良い悪いは判断が難しと言う事です。

本件、単純にまとめると、

「包丁(刃物)の存在は利便なのか?悪なのか?」

と言う哲学的な展開と同じだと思っています。

(ぱ)